5.外部調達-2
「順調そうだな」
「これくらい手慣れたもんだ」
一方その頃、レナードとワットはブラックスノウの新設工場を視察していた。
だが、新商品の工場とは思えないほど、その外見はみすぼらしい。
それもあってか、工場を見るレナードの目には少し戸惑いが浮かんでいた。
「空き倉庫を工場に転用とは。安く仕上がるのは分かるが、随分と思い切ったな」
「どうせ大した作業はしねえ。これで十分なんだよ。衛生面だけは気をつけてるがな」
2人の視線の先では、トラックがひっきりなしに出入りしていた。
外部からトラックが来て、マシュマロが詰まったケースを納品する。
工員がマシュマロを網の上に置くと、コンベアで流されたマシュマロがチョコレートのプールを通過。
乾くのを待ってパッケージに詰め、トラックに乗せて出荷する。
この工場で行われているのはそれだけだった。
「これなら小さな工場でも生産効率は落ちない。大陸各所に同じものを建設すれば、配送の手間も大きく減る。これは大手柄だぞ」
レナードは手放しで称賛する。
これは協力相手へのリップサービスではなく、経営者としてその改善効果を心底喜んでいたのだった。
従来、ハムズスイーツ社は内製化に力を入れていた。
しかし、ワットは考えを変えた。
(サンドのビスケットは製造用の機械を買ってきて対応したが、工場建設にはそれなりの費用と時間がかかったんだよな)
自前で機械を用意すれば自由にカスタマイズできた。
一方で、増産の足かせにもなった。
(マシュマロとなれば話は別だ。単純な菓子だから、どこのメーカーが作っても大差はねえ)
ならば自社生産に拘る必要もない。
社内の伝統よりも、投資効果と生産効率を優先したのだった。
「ヘッヘッヘ、必要な機械が減るだけでここまで上手くいくとはな。設置作業も随分と楽だったぜ。マシュマロにジャムを詰める作業がないのもありがてえ」
レナードの称賛にワットは嬉しそうに笑みを浮かべ、同時にレナードへ感謝するように視線を向けた。
ジャム入りのマシュマロを調達したのはレナードであり、そのおかげで工程が1つ減った価値をワットは十分に理解していた。
「うむ、大量発注でコストを減らした効果も出ている。ここからは複数メーカーに発注し、競い合わせていくことになるだろう」
「買収の手間もかからねえ。製造装置への投資も最小限で済む。いい話じゃねえか。何が気に入らねえんだ?」
ワットは疑わしげにレナードを見る。
万事上手くいっているにも関わらず、レナードは少しだけ不満そうにしている理由が分からなかった。
「......私はチョコレートを外部に販売する計画を準備していた」
「ああ、そんな話をしてたな。市場を独占するんだったか。でも、それとこれの何が関係してんだ?」
レナードの説明を聞いても、ワットは彼の心中を理解できない。
一方、当のレナードは大きくため息をつき、いかにも渋々といった様子を隠そうともしない。
「チョコレートを外部に販売するはずが、外部からマシュマロを調達するのが先になったんだぞ?皮肉にもほどがある」
「そんなことかよ!」
真相を知ったワットは大声で叫び、呆れ果てた。
まさかそんなことで悩んでいるとは思いもよらなかったのだ。
「外部から調達すれば安く手早く、一定の質で調達できる。自分たちで理屈が正しいことを証明したんだ。そこは喜ぶところだろ!」
「しかしだな...」
「うっせえな。お前といい、ダグラスといい。完璧主義者は細かいことを気にしすぎなんだ!」
なおも渋るレナードを突き放すように、ワットは両手で工場を指し、大声を出した。
「仕事が山積みなんだよ!新しい工場の手配に、小売店との契約、物流網の再構築!この先、何が起きるかお前も想像できるだろ?」
「工場の小規模化は物流を複雑にさせる。監視の目は届かなくなり、不正を働く連中も出てくるだろう」
問題に意識が向いたレナードを見て、ワットは満足気に頷く。
レナードのような人間は慰めるより、乗り越えるべき課題を教えた方が立ち直りが早い。
彼はそのことをよく理解していた。
「そういうこった。従業員の教育だけじゃねえ。販売契約の厳格化やトレーサビリティの管理も見直しが必要だ」
「やれやれ、仕事が一向に減らん」
「分かってんなら、さっさと仕事しやがれ。落ち込んでる暇なんてねえぞ」
そう言い捨て、ワットはレナードを置いて工場へと歩き出した。
そんなワットの背中を見送りながら、レナードは僅かに微笑み、同じく背を向けてオフィスへと向かった。
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後継者レースの始まりから1年が経過した。
そこで、途中報告という形でラモーナは全員を集め、それぞれに現状を報告させる会議を開いた。
もちろん、報告自体は定期的に上げている。
これは競争を煽ることが目的だと誰もが理解していた。
「さて、候補者の皆には5年後の売上予想を作って貰ったわ。全てが予想通りとはいかないでしょうけど、これを踏まえて評価していくつもりよ」
ラモーナは笑みを浮かべるが、その目は笑っていない。
過大な見積もりを出そうものなら減点する。
その意図は正しく伝わっており、そんな間抜けな真似をする候補者はいなかった。
「ベルハウス兄弟のフレークは、年間売上300億リルほどに成長する見込み。朝食市場は大きいから、長期的に見れば伸び代はまだまだある。大したものね」
「ありがとうございます!この調子でやっていきます!」
書類片手に称賛するラモーナの言葉を聞き、エイモスは礼を言い、ブランディンは満足気に頷いた。
「ハーヴィーのミックスバーは400億リルほど。上振れがあるとすれば、製造ラインの課題解決次第と」
「機器メーカーと打ち合わせを行い、課題解決に向けて尽力しています。ただ、今すぐとはいかないでしょう」
ハーヴィーは言いにくいことを隠そうともしない。
その馬鹿正直な姿勢にラモーナは苦笑しつつ、「あなたらしいわね」とだけ返した。
「レナードとワットはサンドとリトルカスクを合わせて150億リルほど。こちらはこのくらいで頭打ちになる見込みで、代わりにブラックスノウが400億リル。先2つの評価も合わせていいのよね?」
「ええ、我々は一蓮托生ですから」
ラモーナの問いにレナードが答えた。
答えたのがワットではないことを見て、他の者は2人の立場は覆らないと確信した。
「なるほど。そうなると合算で550億リル。大雑把な見込みとはいえ、現時点ではレナードが一歩抜けてるわね」
その言葉を聞いてエイモスとブランディンの顔に緊張が走る。
ハーヴィは40%ほど売上を伸ばせばレナードに追いつく計算であり、加えてミックスバーとブラックスノウだけで見ればほとんど差がない。
しかし、ベルハウス兄弟がレナードとの差を埋めるためには80%以上の成長が必要と、かなりハードルが高い。
後継者レースにおいて後塵を拝しているのは間違いなく彼らだった。
(ちっ、ここまでやって劣勢かよ。何か手を打たなきゃならねえな。販売網を広げるか、新しい客層を取り込むか...)
エイモスは密かに施策を思案するが、ブランディンはその気配を察して、「また余計なことをやり出さないか」と不安になった。
「誤解の無いように伝えておくと、現状では勝者は決められないわ。各陣営の商品が出揃っただけ。まだ逆転の余地はあるし、ここからどうやって差をつけるか。それ次第よ」
ラモーナの言葉に場の緊張が僅かにほぐれる。
しかし、それも束の間だった。
では、どうやって決定的な差をつければよいのか?
煙が出んばかりに必死に頭を巡らせ、策を考案し始めた。
そんな様子を前に、ラモーナは実に楽しげに笑みを浮かべた。
「さて、報告は以上ね。誰か伝えておきたいことはある?」
「では、私から1つ」
ラモーナが周囲を見渡すや否や、レナードが挙手した。
そのままラモーナに促され、レナードはこの場にいる者を一瞥し、口を開いた。
「今から述べるのは、今回の競争とは別の話になる。あくまでも私的に考えていた計画だが、現状を踏まえると今の内に共有しておいた方がいいと判断した」
ここでレナードは一旦言葉を切り、誰も口を挟まないことを確認した。
「私が目指しているのは、廉価版チョコレートを外部に販売すること。他の菓子メーカーが我々のチョコレートなしでは商品を作れなくなれば、業界そのものを独占することができる。質の良いチョコレートが手に入るとなれば、飛びつくメーカーも多いだろう。我々がマシュマロを外部調達したようにな」
レナードの言葉に場がざわめいた。
彼の話した内容はそれほどまでに衝撃的だった。
「ハムズスイーツ社の設立以来、チョコレートを原材料として外部に販売したことは無い。それを変えるということかね?」
ハーヴィーは半信半疑といった様子で尋ねるが、問われたレナードは逃げる素振りなどなく真っ直ぐ見返す。
「そうだ。今はチョコレートが余っていないので無理だが、この競争が終わった後に会社として着手したい」
「既に新商品に多くのチョコレートが割かれて、その需要を満たすだけでも大変な規模だ。工場の増設は並大抵の規模では済まされないぞ?未来の競合を育てることになるかもしれない。少し考えるだけリスクはいくらでも出てくる」
「承知の上だ」
レナードの視線と態度は全く揺れ動かない。
それを見て意思が固いと判断したのか、ハーヴィーは「了解した。詳細は提案時に確認することにしよう」とだけ言って話を終えた。
他の取締役たちも唸ったり腕を組んだりと反応はまちまちだが、レナードに反論する素振りはない。
レナードの提案にリスクがあるのは事実。
だが、同時にそれに見合った価値があると彼らも認めたからだ。
一方のケリーは、目の前で繰り広げられた会話に目を白黒させていた。
(後継者レースの真っ最中なのに、その後のことを考えてるだなんて...。なるほど、彼がナンバー2と言われてる理由がよく分かるわ)
会社の経営とは5年、10年先を考えなければならない。
もちろん、足元の業績を疎かにせずにだ。
そのことを理解するのと実践するのでは、天と地ほど違うとケリーは痛感した。
(そういえば、父さんが進めてる冷蔵技術も似たようなものよね)
ケリーはレナードの話を聞いて、かつてハーヴィーが口にした内容を思い出す。
彼はこの後継者レースが始まる前から、暑い地域でもチョコレートを売ろうと長年努力してきた。
その夢が叶えば、チョコレートの外部販売に負けず劣らず、ハムズスイーツ社の業績は文字通り飛躍するだろう。
(視座を高くって言うの?商品や工場だけを見ていては駄目。会社や取り巻く環境を見なくちゃいけない)
経営を学ぶに際して、ハムズスイーツ社は手本に事欠かない。
レナードに限らず、他の取締役たちからも得られることは多い。
(今の私は発言できる立場じゃないし、的を射た提案も思いつかない。だから、学べるだけ学ぼう。時間の許す限り)
後継者レースは残り2年。
ケリーは「彼らに食らいつこう」と改めて決心した。




