5.外部調達-1
「レナード社長、ワット取締役がお越しになられております。お会いになられますか?」
部下からそう伝えられたレナードは怪訝な顔をした。
互いに多忙な取締役クラスが約束もなしに訪ねてくるのは珍しく、一言くらい先に伝えるのが通例だからだ。
「ワットが?予定にはなかったと思うが...。まあいい、会うとしよう」
レナードは部下にワットを案内するよう頼み、準備を整えてから席を立った。
(この時期に顔を出したということは...。そういう意味だろうな)
応接室へと向かいながら、ワットの要件をいくつか想像し、何と答えるかを決めていく。
ドアを開くと、当のワットはソファに座ってふんぞり返っていた。
野蛮というより豪放磊落といった印象を受けるのは、彼の人柄のせいだろうか。
ワットは立ち上がらず、そのまま片手を上げて「よっ、邪魔してるぜ」とだけ言う。
レナードもそんな彼の言動は重々承知しているので気にすることなく、彼と向き合う形でソファへと腰を下ろした。
「いやー、負けた負けた。最近の若いもんは優秀でいけねえ。可愛げがねえんだよな」
口調とは裏腹に、ワットの声色は悔しさではなく喜びが強かった。
そんな彼を前に、レナードは「仕方ないやつだ」と苦笑した。
「まだ戦いは始まったばかりだぞ?期限まで後2年以上ある。挽回は可能だ」
「このままじゃ負けるに決まってんだろ。それくらいお前も理解してるはずだ」
「......」
レナードの言葉に、ワットは鼻を鳴らしながら間髪入れずに答えた。
その正論にレナードは何も言えず押し黙る。
なぜなら、彼自身もそう考えていたから。
「......そうだな。ハーヴィー陣営とベルハウス兄弟陣営。どちらも我々の商品の売上を超えているはずだ。それに対して我々は既に天井が見え始めている」
「片方はぶっとんだ個性を持った商品。片方は朝食市場という新しい分野に食い込んだ商品。どちらも絶賛大暴れの真っ最中だ。この先、差が開くことはあっても縮むことはねえ」
ワットはそう言って両手を上げ、「お手上げってやつだ」と楽しげに大笑いした。
「で、お前さんはこのまま若いもんに道を譲るのか?あの嬢ちゃんなら面白い商品を作りそうだし、朝食市場に切り込むのも悪くねえ。どちらにしても支え甲斐はありそうだぜ?」
ワットは何かを試すような挑発的な目をしている。
しかし、レナードは厳しい視線を向けて一刀両断した。
「まだ早い。忠誠を誓えというなら、もう少し頑張ってもらいたいところだ。それに、聞き分けが良い老人を気取るほど老け込んだつもりはない」
「おー、そうでなくっちゃな」
レナードの答えが期待通りだったのか、ワットはパチパチと拍手を送った。
(茶番だな)
レナードは内心で呟きながら、小さくため息をついた。
ここまでのやり取りは想定通りであり、互いに意思を確認するための儀式のようなもの。
つまり、ここからが本番である。
「それで、今日は何の用だ?」
「協力のご提案ってやつさ」
ワットはそう言ってウインクした。
(ワットがこの計画を立てたのはいつ頃だ?サンドを売り始めた時点で既にそのつもりだったのか?)
妙に様になっている彼を見ながら思案するが、レナードに許された答えは1つしかなかった。
「同盟の条件は?」
「後継者レースの勝利に向けて全力を尽くす。勝った後は互いの目的を尊重し、実行すること。分かっているさ」
「いいだろう。乗った」
「よし、同盟成立だな」
即断即決で答えるレナードに対し、これまたワットも予定通りとばかりに即座に受け入れる。
長い時間を共に過ごしてきた同僚ならではの、阿吽の呼吸だった。
「それで、どちらが上に立つ?」
「議論する時間がもったいねえし、後で揉めるのも面倒だ。ここは潔くコイントスで決めようや。表か裏か。好きな方を選びな」
「表だ」
「じゃあ、俺は裏だ」
レナードが答えるや否や、ワットはコインを指で弾く。
コインは甲高い音を立てながら飛び、分厚い絨毯の上に落ちて跳ね返らず、そのまま動きを止めた。
「表か」
「ってことは、これからよろしく頼むぜボス!」
ワットは再びソファにもたれかかり、満面の笑みを浮かべた。
レナードは上手いこと責任を押し付けられた気がして、「謀られたか?」と一瞬だけ疑う。
しかし、答えはワットにしか分からない。
レナードはため息をつきながら立ち上がり、棚に置かれた酒瓶とグラスを手に取った。
「とっておきのウイスキーだ。同盟結成と会社の未来に」
「若いもんの前途洋々たる未来にもな」
2人はグラスに注がれたウイスキーを煽り、一息で飲み干す。
ウイスキーのスモーキーな香りとアルコールの強い刺激が、2人の喉を焼くように通り過ぎていった。
「で、どうやって勝ちにいくんだ?」
「彼らに年季の違いを教えてやろう。先達から学ぶのは若者だけの特権ではない」
レナードが珍しくニヤリと笑った。
付き合いが長いワットでも、彼のそんな表情は数回しか見たことがない。
少し驚いた後、ワットも口元を歪めた。
「なるほどね。そういうやり方は好きだぜ」
2人は悪そうな笑みを浮かべたまま、計画の打ち合わせを始めた。
**********
ワットとレナードが秘密裏に同盟を締結してから1ヶ月後。
彼らの提携発表は衝撃と共にハムズスイーツ社全体へと伝わった。
しかも、協力関係をアピールするために、新商品の発表もセットである。
これにはケリーたちも黙って見過ごすわけにはいかなかった。
「昨日まであれだけ争ってたのに?」
私は驚き半分、戸惑い半分といった様子で父に尋ねるが、こちらは至って平静そうにしている。
リオやクリーヴも同様なので、彼らからすれば文字通りよくある話なのだろう。
「手を組むことで利益があるなら当然の判断だ。互いに株を握り合う資本提携だって珍しくない。今回は同じグループだから、その必要はないがね」
「それにしても同じ会社の競争相手よ?簡単な話じゃないでしょ?」
「彼らの中では折り合いがついたということだ。長年の付き合いがあってこそだな。ベルハウス兄弟が相手ではこうはならなかっただろう」
「一応、相手は選んでるってことね」
昨日まで戦っていた相手と、今日から仲良く力を合わせていく。
まるで群雄割拠の時代のようで、その合理的な行動と性格にほとほと感心する他なかった。
そして、数日後。
私たちの目の前に置かれた大袋を開けると、中から小さなパッケージが5つ転がり出てきた。
「これが彼らの新商品だ。これは大袋だが、基本は小分けにしたものをそのまま売るらしい」
「ふーん、小分けの方が売りやすいし買いやすい。ミックスバーと同じね。えーと、商品名は......」
父の説明を聞きながら、私はパッケージを手に取る。
そして、商品名を探そうとすると、リオが教えてくれた。
「『ブラックスノウ』。商品名を考えたのはレナード取締役かな?」
「洒落臭い名前ね」
パッケージを開けると、入っていたのは黒い楕円形のお菓子。
小判サイズでそこそこ大きく、厚みもある。
「表面のチョコレートがブラックってわけね。あら?意外としっかりしてる」
ブラックスノウを摘むと、表面のチョコレートが意外と固いことに驚く。
何かを混ぜ合わせて厚みを増し、普通のチョコレートよりも少し固めに仕上げているようだ。
「かといって、力を入れれば簡単にチョコレートは割れる。それに随分と軽いな」
父も同じように菓子を手にしていたが、こちらはパッケージに書かれた成分表と見比べながらだ。
父の説明を聞きながら一口齧ってみると、中から出てきたのはマシュマロだった。
「これは...。なるほど、そう来たか」
父は驚きつつ、腑に落ちたかのような表情を浮かべた。
一方、私は口にした途端に怒りが込み上げてきた。
「パクリじゃない!中身を変えただけでしょ!」
「ナッツとキャラメルの代わりにマシュマロというわけか。老獪というかなんというか...。彼らも大人げないな」
怒り狂う私に対し、父は驚きつつも菓子の分析を進めていく。
「マシュマロの中にフルーツジャムを詰め、フルーツの爽やかさと味の変化を加えた。マシュマロもフルーツも、表面を覆うチョコレートも、子供が好きなもの詰め合わせだ」
全力で勝ちにきている2人の取締役を思い浮かべたのか、父は苦笑していた。
一方、リオはほとほと感心したようで、尊敬の目でブラックスノウを眺めている。
「マシュマロは砂糖、水飴、ゼラチン、卵白、そしてたっぷりの空気で出来てる。当然、原価は激安だ。フルーツジャムを変えるだけだから、イチゴ、ブルーベリー、マーマレードと種類も簡単に増やせる」
「つまり?」
半眼で尋ねる私に対し、リオは肩をすくめて答えた。
「材料は安く、製造は単純で、工程も少ない。その上、バリエーションも多様。非の打ち所がない。これで売れるなら大儲け間違いなしだ」
「理不尽過ぎる!」
物真似のくせに、どうしてこっちより厄介になってるのよ!
(こっちはミックスバーの不良品に頭を悩ませてるのに、相手は工程が簡単だから不良品はほとんど出ないでしょうね...)
ジャムの種類が何であれ、やることはマシュマロをチョコレートでコーティングするだけ。
種類ごとに製造ラインを弄る必要が無いので、工員の練度もすぐに上がる。
売れ行きに合わせて、種類ごとの生産調整も容易い。
「スノウブラックは1つ300リル。売り値は下げたけど、原価を考えれば利益率は悪くないはずだ。子供でも気軽に買える値段を意識したのかな?」
リオの解説はトドメと言わんばかりに状況を悪化させた。
欠点らしい欠点が見当たらない。
「......これに勝つの?」
私はそう呟いて周囲に目線を配るが、誰も答えなかった。
代わりに口を開いたのはクリーヴ。
ただ、その内容は更に事態を深刻にさせるものだった。
「小売店には山のように商品が積まれていた。しかも、営業の話では、売り切れても数日で補充されるらしい」
「ちょっと待って。いくら量産が楽とはいえ、この短期間でそれだけ量を用意できるのはおかしいでしょ」
現場研修のおかげで、私も生産ラインのことは多少分かるようになってきた。
その知識と経験が叫んでいる。
明らかに異常だと。
「恐らく外部調達だ」
クリーヴは悔しそうに口元を歪めた。
「外部調達?」
「マシュマロなら既存の大手メーカーがいる。そこから仕入れているんだ」
クリーヴの説明を聞き、私の中でブラックスノウの製造ラインが具体的に絵となっていく。
「外から仕入れてきたマシュマロを、そのまま使ってるってこと?自分たちでマシュマロすら作らずに?」
「そうだ。ハムズスイーツ社は基本的に内製化する方針を取ってきた。これはチョコレートを外部から調達する意味がなかったのも理由だが、他社に依存しないという意味合いもある。彼らはその伝統を捨てた」
外部から仕入れたマシュマロをチョコレートでコーティングし、袋詰めして出荷する。
呆れるほど簡単で、設備投資にかかる費用も時間も大幅に短縮されるに違いない。
「......そんなの許されるの?」
私の言葉にクリーヴは何も言わず、代わりに父が口を開いた。
「当然許されるとも。むしろ、これこそがラモーナが求めていたものだ。過去や伝統に固執せず、より良いものを求めて競わせるためにな」
その場にいる全員の視線が父へと集まる。
父は落ち着き払ったまま、威厳のある声で静かに宣言した。
「良い商品を作った者が勝つのではない。良いビジネスを作った者が勝つ戦いへと変わったんだ。ここからは総力戦が始まるぞ」




