4.宣伝広告-2
「なんでこんなことをやらなきゃならねえんだ。俺は内勤だぞ」
エイモスに動員された男性社員は不満を隠そうともしなかった。
一方、隣に立つ別の男性社員は「仕方ないだろ」と諦め顔だ。
そんな2人はチラシの束とフレークの紙箱が入った袋を抱えている。
『訪問営業でチラシを配り終えるか、フレークを売り切るまで会社に戻ることは許されない』
このような命令は前代未聞だった。
「社長本人が街頭で通行人に営業をかけているんだ。しかも、背中には文字通り商品の看板背負って。俺ら下っ端がふんぞり返ってるわけにはいかんだろ」
「だからって...」
「嫌だって言うなら止めないが、間違いなくクビになるぞ?社長はそういう人間だ。じゃあ、俺は行くぞ」
なおも抵抗しようとしていた男性社員は、そう言われて顔を青ざめさせた。
(社長は日頃調子の良いことばかり言っているし、成果を上げた人間はひたすら褒め称える。だが、仕事をしない人間の扱いは酷いし、減給や解雇も珍しくない…)
首筋がうっすら冷たくなる感触を覚え、彼はさっさと終わらせようと慌てて駆け出した。
その時、当のエイモスはそんなことを露知らず、子供を相手に必死の売り込みをかけていた。
「僕これ好きだよ!」
「ほほぅ、見所のある坊っちゃんだ。目の付け所が違う!で、どのあたりが気に入ったんだい?おじさんに教えてくれないか?」
エイモスはスーツが汚れるのも厭わず、地面に膝をつき、少年に目線を合わせた。
当然、人が良さそうな満面の笑みも忘れない。
「これだけだと喉が乾くでしょ?だから、ミルクをかけて食べるんだよ!」
「...ミルク?牛から取れるあの?子供が大好きな?」
「そうだよ!これなら喉も渇かないし、甘さもちょうど良くなるんだ」
「へー、ミルクとは...。いや、考えもしなかったな。君は賢い!実に凄いね!」
エイモスは表情を崩さず子供を褒めるが、内心では困惑していた。
(パンをミルクに浸して食べるようなもんだろ?そんな食い方ってどうなんだよ)
彼の感覚からすると、この食べ方は違和感を覚える。
実際、隣で話を聞いていた社員も、少し嫌そうな表情を浮かべていた。
(だが、降って湧いたチャンスだ。掴めるなら藁でも掴むぞ!)
彼は即座に食料品店へと駆け出し、ミルクと深皿を買ってその場で試す。
白いミルクの中に茶褐色のフレークが浮かぶ光景は、お世辞にも美味そうだとは言えない。
しかし、彼は構わず口にし、じっくり味わった後表情を綻ばせた。
「ほぅ、確かに悪くない。だが、ミルクをかけたらフニャフニャになっちまうぞ。せっかくの歯ごたえが台無しじゃねえか」
彼が考えるフレークの魅力はその歯ごたえ。
それが失われるのはと顔をしかめるが、隣に立つ社員は違った。
「でも、これはこれでありじゃないですか?柔らかくなって食べやすくなったとも言えますよ」
「そうか?............そうかもな」
一緒に試食していた社員の感想を聞き、エイモスの中で歯車が回り出す。
(これなら手間も変わらんし、喉が乾くこともない。そして、子供用にミルクを常備してる家庭は多い。.....いけるか?)
フレークはトウモロコシ生地で、そこにミルクをかければ栄養バランスも悪くない。
甘い味つけだから子供も嫌がらない。
サッと用意できて、文句を言わずに食べてくれるとなれば、子供のいる忙しない家庭なら喉から手が出るほどほしいはずだ。
(だが、後一手ほしい。理屈じゃ駄目なんだ。先入観を壊すような何か。客に強烈なイメージを植え付けられる何かが必要だ)
エイモスは頭を捻るが良いアイデアは思い浮かばない。
「おい、何か良いアイデアはねえか?商品のイメージを変えるようなやつ。どこかの誰かがこんなことやってたとかでもいいぞ」
困った時はとりあえず弟に聞く。
いつものようにエイモスはブランディンに頼ると、手慣れたブランディンも参考になりそうな事例を記憶から掘り起こそうとする。
「商品のイメージをか?......そうだな、ダグラスさんは宣伝文句も上手だったな。あれでチョコレートの評判もだいぶ変わった」
「あの歯が浮きそうな宣伝文句か...。キザったらしいのは趣味じゃねえが、女たちはこぞって夢中になってたな」
言われてみれば参考になりそうなものは身近にあったと、エイモスは自分の頭をはたいた。
「手本があるなら真似すりゃいい。俺は『健康に良い』ってキャッチフレーズを使ったが、今にして思えば理屈っぽ過ぎた。大事なのは客が想像できることだ」
そう言ってエイモスとブランディンはその場でアイデアを出し始める。
アレコレ言い合った末、最後に残ったのは2つの案だった。
『フレークとミルクで完璧な朝食』
『簡単で、美味しく、健康的に』
前者をパッケージに載せ、後者は宣伝のキャッチフレーズに採用する。
これならどんな客でも理解できるはずだと、2人は頷き合った。
「よし!パッケージとチラシを作り直せ!準備でき次第、大規模な宣伝広告を始めるぞ!」
エイモスとブランディンはすぐさま準備に取り掛かり、文字通り最後の勝負に打って出た。
新しいパッケージは、ミルクをかけたフレークを子供が美味しそうに食べている絵に差し替えた。
また、多額の費用を投じて、チラシや看板などを各所に設置した。
「おいおい、これでコケたら社長たちはクビだぞ...」
ここまでやったからには後に引けない。
社員たちはエイモスとブランディンが追い出される日も近いと噂し始めた。
だが、その不安は杞憂に終わる。
このキャッチフレーズと宣伝は大ヒットした。
狙い通り忙しい親が子供の朝食代わりに買い始めただけではなく、想定外の客層にも売れたのだった。
「老人?爺さんや婆さんがフレークを買ってるのか?」
エイモスが不思議そうに尋ねると、報告したブランディンも戸惑いながら頷いた。
「そうだ。少食かつ、固いものが食べられない老人にはちょうどいいらしい」
「はー、そんなこともあるのか。コンセプトと真逆じゃねえか。世の中どう転ぶか分からねえな」
サクサクとした歯ごたえが商品の魅力だと思っていたのに、「ミルクでふやかしやすいのが良い」と言われては流石に兄弟も驚いた。
「うむ。他にも朝を軽く済ませたい大人にも売れているようだ。『これじゃ腹が膨れない』と不満を言っていた客とは対称的だな」
ブランディンは腑に落ちたように僅かに笑みを浮かべる。
(何が悪かったのかと頭を悩ませたが、食べ方売り方を変えるだけでこうも売れるとは。大規模な広告を打ったことも功を奏した)
今やフレークは健康食品ではなく、朝食の代替品として名を上げ始めている。
これは兄弟たちが計画した以上の大戦果だった。
(やってみて分かったが、朝食市場は規模が大きい割に競合が少ない。パンで手軽に済ませようとしている家庭は多いが、それが嫌だと思っても選択肢がないのだ)
似たりよったりの商品ばかりが並ぶ中、フレークの登場は消費者にとって衝撃的だった。
パンと違って焼き直す手間がいらない。
ジャムやバターを塗らずともそのまま食べられる。
この簡単さは実に魅力的だった。
(この調子ならフレークが一大ブランドへと成長する日も遠くない。製造も簡単で日持ちもする。これなら大陸中の店の棚を奪うことができるぞ)
後継者レースから転落するどころか、先頭へと躍り出そうなほどの勢いを前に、さしものブランディンも頬が緩みそうになる。
恥ずかしいところを見せまいと慌てて気を引き締め直し、兄に次の一手を提案した。
「兄さん、キャンペーン活動をやろう。宣伝を兼ねた試食会を各地で開催するんだ」
「試食会?わざわざタダで客に食わせるのか?」
エイモスは「そこまでしなくてもいいんじゃねえか?」と言いたげにするが、ブランディンは兄を説得しようと声に力を入れる。
「そうだ。フレークのことは知っていても、手を出したことがない客。金を出して買うのは躊躇っても、無料で食べられるなら一度くらい試したくなるだろう」
「ふむ、まあお前がそこまで言うならやってみるか。看板を出す金に比べりゃ安いものだしな」
「ありがとう。では、試食会の手配は私が進めよう。配布用に1食分の小ぶりなパッケージも用意する」
ブランディンは自分の意見が通ったことに安堵し、部下との調整に向けて動き出した。
結果だけを言えば、この試食会は上手くいった。
「お母さん、これ買って!」
「見た目が悪くて食べる気がしなかったが、試して見ると意外にも悪くないな」
一口食べて夢中になった子供が親にせがみ、食わず嫌いだった者も無料ならと手にとり評価を一変させる。
そして、騒ぐ人だかりは注目を引き、更に多くの人を呼び寄せた。
こうして、フレークの名は更に大陸中へと広まっていった。
しかし、売上が急増するにつれ、調子に乗ったエイモスがいつものように大言壮語を吐き始める。
「フレークを食べて痩せる」「ダイエットに最適」などと言い出したことで話が拗れ始めたのだ。
「社長、流石にそれは不味いですよ。痩せる保証なんてどこにもない」
「フレークは薬じゃないんだ」
「誤解を招くだけじゃない。客や消費者団体から苦情が来るのは目に見えている」
試食会でエイモスが好き勝手なことを言うせいで、後始末に追われた部下たちは苦情を述べ始めた。
ブランディンも兄を諌めようとするが、当のエイモスは反省した様子など見せず、堂々と言い返した。
「太ってる奴らを見ろ。デブは食い過ぎだからデブなんだよ。あいつらがフレークを適量食えば、自然と痩せて健康になるだろうが!」
あまりにも酷い発言が飛び出し、ブランディンや社員は唖然とした。
だが、エイモスは気にせず喋り続ける。
「いいか?消費者は騙されたがってるんだ。人気商品を見ろ。『これが時代の最先端』、『これを食べれば痩せる』、『これを飲めば若返る』。そんなのばっかりだろ?フレークを食って本気で痩せようなんて考えてる奴はいねえ。だから、望みの言葉をくれてやってるんだよ」
「兄さん、それだと長期的に見て信頼を失う。そんなやり方を認めるわけには...」
必死に食い下がるブランディンに対し、エイモスは「話はこれまでだ」と手を突き出し遮った。
「それよりも今大事なのは増産だろ?大陸中に売るには10倍、20倍に増やさなきゃならねえんだ。遊んでる暇はねえぞ」
「待ってくれ!現場は既に限界だ。事業の成長が早すぎて、社員の負荷が増大している。これ以上は不満が爆発するぞ!」
エイモスの言葉に、ブランディンと社員たちは焦る。
彼らは既に現場調整のため駆け回っている。
残業続きで家に帰れずフラフラになる社員も多く、実情を痛感していた。
しかし、彼らの訴えはエイモスに届かなかった。
「従業員を甘やかすんじゃねえ!上手くいってる時こそ全力を尽くすんだよ。弟なら兄貴の言うことに従え。今までそうやってきただろうが!」
話を聞こうともしないエイモスを前に、ブランディンの握った拳は怒りで震える。
2人の間に不穏な空気が漂い、互いに何も言わず睨み合う。
そして、ブランディンは一言だけ告げた。
「私は止めたぞ」
そう言ってブランディンは部屋を出て、足早に歩を進めた。
怒りの浮かんだ彼の顔を見て、通りすがりの社員たちは怯えたように道を開けていく。
しかし、今の彼にはそんなことを気にしている余裕はなかった。
(ダグラスさんは商品と顧客に対して誠実だった。宣伝には手を抜かなかったが、決して嘘などつかなかった)
ブランディンの脳内で偉大な創業者の記憶が蘇る。
そして、あの姿に憧れて、今の方針を掲げたことを思い出した。
(彼は社員を大切にしていた。『彼らは顧客でもあるんだ』と言っていたのを、兄さんは忘れたのか?)
腹の奥底が煮えたぎるような感覚を覚えながら、彼は歩みを止めなかった。
一方、1人残されたエイモスは顔を歪ませ、怒りをぶつけるように机を蹴った。
「従業員に甘い顔をしてたらつけあがるだけだ。休みを増やしたら、次はもっと給料を寄越せってほざくに決まってる」
エイモスの言葉は悔し紛れではなく、事実でもあった。
彼は日頃から従業員たちをよく見ており、彼らが自分の目の届かないところで何を言って、何をやっているかなど重々承知していた。
「全ての従業員が真面目に働くわけじゃねえ。あいつらは手を抜くし、サボる。ダグラスだって仕事には厳しかっただろうが。俺たちはケツを叩き続けなきゃいけねえんだよ」
エイモスは吐き捨てるように言うが、その顔に浮かぶのは怒りではない。
諦めと受容だった。
「あいつは優しすぎる。俺が憎まれ役をやるしかねえな」




