4.宣伝広告-1
時はミックスバーの発売直後へと戻る。
2人の男性が机の上に置かれたミックスバーを見下ろしていたが、その顔に浮かぶのは称賛ではなく苛立ちと不満だった。
「気に入らねえなぁ。発売開始から売り切れ続出とか、随分と調子に乗ってやがる」
「この調子なら、先行したワットとレナードの売上を超えるのもすぐだろう。やってくれるじゃないか」
口元を歪めながら語気を荒げ、普段以上に闘争心を溢れさせているのはエイモス・ベルハウス。
落ち着いた表情で相槌を打ちながらも、不満げにメガネの位置を直しているのがブランディン・ベルハウス。
ケリーからピットブルテリアとバセットハウンドと評された、ハムズスイーツ社の取締役を務めている兄弟だった。
「これじゃ、俺たちが1番出遅れたことになっちまうぜ」
「まったくだ。慎重を期していたとはいえ、まさか新参者に遅れを取ることになるとは...。上手くいかないものだな」
40歳ほどの彼らは年長者のレナードらに比べて若く、その分だけ対抗心を抑えられない。
いや、先輩社員を押しのけてきた2人だからこそ、下から出る杭には滅法厳しかった。
「こっちの新商品発売に被せたようなタイミングじゃねえか。俺のHSイースト社とお前のHSウェスト社。大陸の東西同時に売り出して、話題を掻っ攫おうとした計画が台無しだ!どうすんだよ?」
エイモスは苛立たしげにミックスバーを振り回し、文句を言われたブランディンは深いため息をついた。
「兄さん、それ以上言わないでくれ。私も頭を痛めているんだ。販売計画を見直そうにも、これ以上時期を遅らせるわけにはいかない。不利は承知で計画通りにやるしかないだろう」
「直前で足引っ掛けられても我慢しろってか?予定よりも客の反応は鈍くなるんだぜ?ったく、腹が立つ話じゃねえか」
兄が大言壮語を吐いて計画を立て、弟が縁の下の力持ちとして現場を調整し、実現する。
それが彼らのやり方だが、今回ばかりは見事に邪魔されたことで、怒りの火に油を注いでいた。
「いけるか?消費者なんて、どいつもこいつも話題の商品ってやつに弱い。『売り切れだ!』『どこに行っても買えない!』なんて言われたら、そっちしか見ねえぞ?」
「それはそうだが...。しかし、消費者の興味が薄れるまで待っていては、売上の差が開く一方だ。それこそ勝ち目がなくなる」
「むぅ、それもそうか...。ちっ、後輩なら先輩を立てるってことを覚えやがれってんだ。遠慮ってものを知らねえのかよ。だいたいだな―――」
自分のことを棚に上げ、口から湧き水が溢れるように悪口を吐き続けるエイモスを前に、ブランディンは呆れることすらせず聞き流した。
(相変わらず兄さんは口が悪い。こういうところが原因なんだが、いくら言っても聞かないからな)
しかし、そのブランディンも真面目で堅実な一方、規律に口うるさいことから誰からも好かれるようなタイプではないと自覚している。
兄のように0から大きな計画を立てるのも苦手だ。
結局のところ、2人は互いの短所を補い合えたからこそ、取締役まで上り詰めることが出来たのだった。
「まあ、これのことはもういい。それよか、俺たちの商品の方がよっぽど大事だ。売る準備は万端だろうな?」
エイモスはそう言って、ミックスバーを机の上にポイッと放り投げた。
先ほどまで文句を言い続けていたと思えない割り切りの早さ。
これも彼の長所の1つだった。
「もちろんだ。完成品を試してくれ」
ブランディンが『フレーク』と書かれた紙箱を開き、深皿へと傾けると、ザラザラと乾いた音を立てて中身が出てくる。
小さく薄っぺらい、茶褐色のそれは削った木くずにも見えた。
エイモスが躊躇うことなく手に取り、口に放り込むと、パリパリと小気味良い音が部屋に響いた。
「おう、流石いい仕上がりだ。これなら他の奴らにも負けてねえぞ!」
エイモスは満面の笑みで喝采を上げる。
同じく試食したブランディンも満足そうに頷き、茶褐色のそれを手に取ってじっくりと眺める。
「トウモロコシ粉の生地を薄く伸ばし、小さく切り分けて焼き上げる。そこにチョコレートとシロップを合わせた液体を纏わせれば、甘さと食感の両立が可能。最初は疑ったものだが、なかなかどうして良く出来ているじゃないか」
「ヘッヘッヘ、あの嬢ちゃんと手土産のケーキには感謝しねえとな。チョコレートで表面を覆えば、それっぽさを安く作れる。いやぁ、良いアイデアを貰ったもんだぜ」
エイモスは先ほどまでの発言を忘れたように、上機嫌でケリーを褒め称えた。
「使っているチョコレートも安い二流品で、これまた限界まで希釈している。だが、味と香りに細心の注意を払ったことで、むしろ生地とのバランスがちょうど良い。オリジナルのチョコレートとは対極的で面白い」
ブランディンは商品開発や工場の手配での苦労を思い出したが、いざ完成品を手に取るとそんなものはどこかへ吹き飛んでしまった。
そして、エイモスは更に上機嫌になり、口も更に滑らかになっていく。
「安いものには安いものなりの良さがあるんだぜ。ワットのおっさんも同じアプローチで売れてるし、客も気にしねえ。それっぽけりゃいいんだよ」
そう言ってエイモスは再び『フレーク』を口にし、その味わいに舌鼓を打った。
「それにしても、菓子市場ではなく食事市場を狙うとは。随分と思い切ったな」
彼らの『フレーク』は菓子コーナーではなく、パンやライスと同じ主食コーナーに置く予定だ。
フレークは1箱500リル。
パンに比べて単価は高いが、1食あたりで考えればそこまで高くない塩梅に設定されている。
エイモスのこの判断は社内からも反発が多く、「菓子メーカーが何をするつもりだ?」とすら言われていた。
ブランディンの言葉にエイモスは鼻高々で胸を張る。
「ワットのおっさんのサンドを見て、『これだ!』って気づいたんだ。菓子市場よりも、食事市場の方がデカいなら狙うしかねえだろ?だいたい、ウチの主力商品と同じ場所で戦ってどうすんだよ」
「もっともな話だな。同じ菓子市場に商品を投入すれば、客の取り合いは避けられない」
「だろ!?会社をデカくしたいなら、新しい市場に攻め込まなきゃな!」
(こういうところは本質的というか、的を得た判断をするんだが...)
ブランディンはエイモスを眺めながら、感心半分、呆れ半分といった表情を浮かべる。
日頃調子の良いことばかり言う兄だが、要点だけは押さえていることが多い。
ただ、彼の場合、要点しか押さえていないことも多く、その尻拭いを任せられた部下たちからすれば堪ったものではなかった。
「それよりも、キャッチフレーズだが...」
「なんだよ?」
躊躇いの色が浮かぶブランディンに対し、エイモスは不思議そうに「ああん?」と首を傾げた。
「兄さんが決めた『健康に良い』というあれだが、本当に使うのか?医学的な根拠は何もないぞ?」
「へっ、そんなことか」
エイモスは弟の言葉を鼻で笑い飛ばし、恥じることなど何もないとばかりに胸を張った。
「脂ぎったフライドポテトとステーキを食うよりマシだ。誰にでも分かる話だろ?」
「しかしだな...」
納得のいかない弟に対し、兄は悪びれる素振りもなく言葉を重ねる。
「いいか?そもそも俺は『健康』が何なのか言及してねえ。それに客はフレーク以外も食うんだから、そこまで責任は取れねえよ。何か言われたら『個人差だ』って言っときゃいいんだ」
(そういう強引なやり方が嫌われるんだよ...。消費者を騙すようなやり方は、個人的には受け入れがたい。)
ブランディンは言いかけた言葉を何とか飲み込んだ。
兄のやり方には問題はあるが、それが結果に繋がってきたという実績もあるのだ。
(代案があるわけでもなし。既に宣伝の準備も進んでいる。文句を言うだけの無能にはなりたくない)
ブランディン自身は、「安心安全、そして誠実な商品を売る」という方針を掲げていたが、それはエイモスの方針とは異なっている。
これまで兄弟は何度も衝突していたが、今回ばかりは仲違いしている余裕はない。
結局、それ以上のやり取りは諦め、兄の案を採用することに決めた。
**********
ミックスバーの発売から約半月後、兄弟のフレークが正式に発売された。
しかし、彼らのスタートは順風満帆とは程遠い状況だった。
「売れねえ!なんでこんなに売れねえんだ!?」
エイモスは怒り狂って机をバンバン叩くが、目の前に並ぶ部下たちは何も言わない。
彼らの目には「ほれ、見たことか」と非難の色がありありと浮かんでいた。
「ちっ、クソったれ!このままじゃ埒が明かねえ。客を捕まえて話を聞いてこい!いや、俺も一緒に行くぞ!」
エイモスは部下たちは当てにならないと判断し、自ら小売店に赴いて客に話しかける。
その必死さに恐怖し、客たちは彼から距離を取ろうとする。
だが、恥をかなぐり捨てたエイモスは、しがみつくように客を捕まえていった。
「黒い見た目の、よく分からないチップスの出来損ない」
「マジかよ...」
怯えながら客が正直に話した内容に、エイモスはショックを受け、酷く狼狽した。
そして、細かく話を聞くほどに表情は険しくなっていった。
「菓子なのか飯なのか分からない」
「どうやって食べればいいんだ?」
「パサパサで喉が乾く」
「大の大人はこんなもので腹が膨れたりしない」
思わず頭を抱えてうずくまったエイモスに代わり、ブランディンはため息をつきながら客の意見を総括した。
「食事市場を狙ったのに、肝心のターゲットから相手にされていない。......マーケティングの失敗だな。商品が悪いのか、売り方が悪いのか、それとも狙った市場そのものがなかったのか...」
ミックスバーは成人男性にも売れていると聞くが、フレークではなぜ駄目なのかが分からず、ブランディンは頭を悩ませる。
いずれにせよ、売上は期待を大幅に下回っていた。
「これでは他の取締役たちに勝つどころの話ではない。何とかしなければ後継者レースから脱落してしまう。だが、今から新しい商品を用意している時間はない...」
「クソッ!クソッ!なんでこんなことになっちまったんだ!?」
普段は冷静沈着なブランディンも焦りを隠せず、エイモスは怒り狂って周囲に当たり散らすように罵声を吐き続ける。
かつて見たことのない彼らの姿を前に、部下たちは「もう駄目だ」「社長もこれまでか...」と諦め始めた。
しかし、兄弟はこの状況でも引こうとはしなかった。
「ドサ回りだ!手の空いてる奴らを駆り出して、全員で客に売り込んで回れ!やれることは全部やれ!」
エイモスは「前進あるのみ!」と社員を焚き付ける。
「配布するチラシと地図を用意しろ!社員にチラシと商品を持たせ、虱潰しに訪問営業をかける。営業用のトークスクリプトも忘れるな!商品の魅力や不満も必ず聞いてこい」
ブランディンも手際よく計画を立て始める。
兄弟は阿吽の呼吸で指示を出し、社員たちは慌てて動き出した。
誰もが絶望する中、この日彼らの戦いが始まった。




