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2章 6話 内覧会 ニコールside

 ニコール・フレディックは予め今日の予定を全てキャンセルしていた。

 

 稀代のデザイナー、ニーナ・ロベリスタと共同でデザインしたテナントの完成見学に集中したいからだ。


 馬車でその場所に降りると、外壁は白色を基調とした二階建て屋敷の佇まいである。

 外壁の、人の脛くらいまで高さがレンガになっていた。

 清潔感と親しみを感じる見た目だ。

 外からも大きなガラス窓があり店内の様子がよく見える。

 普通にこのガラスを用意すればとんでもない値段になるはずなのだが、お抱えの土魔法使いはとても優秀だから簡単に作り上げてしまう。


「きっと、このガラスも君のブレスでは破壊できないのだろう」


 すでに横に立っていたニーナ・ロベリスタは恭しく一礼をした。


「試してはいませんが、今試してみましょうか?」


「冗談だよ。もし普通のガラスの強度だったらリファさんに強化して、外せないようにしてもらってください。普通のガラスだけでもコソ泥が取りに来るかもしれませんから」


 ニーナは、わかりました、と頷いた。


 入り口に入ると二階に登る階段、地下に降りる階段がある。

 まずはそのまま一階スイーツショップ予定テナントを見て回る。

 カツカツとフローリングとニコールの靴が乾いた音を響かせる。

 

「チークはいいね。きっと何年もしたらいい味を出すだろう。

 そして、厨房が丸見えも目新しいね。普段調理を見ない貴族の子女は興味を引くだろうね。職人は変なことができないから気を引き締めるだろうし、逆に自分を貴族に売り込める」


 ニコールはガラス越しに厨房を覗き込み、ガラスの透明度を確認した。全くのクリアに、ため息を吐きそうになるのを堪えた。


「そう。職人さえ腐らなければ、必ず見てくれるわ。ここは貴族の子女、婦人、それに連なる者に来てもらう店なんだから」


「うちのいい職人を引き抜かれると困るなあ」


 冗談めかして言いながらも、ニコールの視線は真剣だった。

 価値あるものは、常に奪い合いになる。


「壁に戻す?」


 ニーナがさらりと返す。

 本気とも冗談とも取れる声音だった。


「いや、このままがいい。従業員のチャンスを塞ぐのは経営者失格だ」


 そう言い切るニコールの口元には、わずかな自負が滲んでいた。




 二階に登ると波の音が聞こえてくるような南国な空間が広がる。

 明るいチーク材の木目をいっぱいに使った室内。厨房の壁には白いタイルが貼られている。いや、浮かび上がらせたのだろうとニコールは気がつく。

 そして、白を基調にしたマーブル模様の石材の天板の光沢がまた高級感がある。

 さらには豪華な一枚の大きなはめ殺しのガラス窓。

 一面、街並みの風景を独り占めできる。


「まさに、リゾートだね」


 思わず漏れた声には、計算ではない純粋な感嘆が混じっていた。


「そう。王都にいるなんて、とても思えないでしょ」


「なかなか旅行なんて行けなくても、ここに来たらそんな気分になれる」


 ニコールは椅子の背に軽く手を置き、客がくつろぐ姿を想像し、自分のことのように満足をしてしまった。そして、そんな自分にも驚いた。


「夜はバーにすると、どう?」


「二人の仲が深まるね」


 ニコールは肩をすくめる。

 その光景を思い浮かべているのは明らかだった。


「一人で来たら?」


「新しい出会いがあるかもしれないし、うちの職員なら素敵な時間と空間を提供できるかな」


「あら、素敵ね。私もお客さんで来ようかな?」


 軽やかに笑うニーナ。


「ぜひ」


 ニコールもまた、同じ温度で笑い返した。




 さらに階段を登ると、屋上になる。

 屋上は二階カフェのテラス席となる。

 南国リゾートの雰囲気をそのままにしている。

 日差しを防ぐルーフをつける心遣いがいい。

 そして、何よりも目を引くのが、枠の中に切り取られて存在する壁。そこには横に抉られ貫通した傷があり、巨大なケーキでも切りつけたのかと思うような斬撃痕。触ればガッチガチに硬い壁。

 斬撃痕で出来た穴からは王城がよく見える。


「これ、位置ずらしたでしょ?」


「そう、よく気付いたわね。

 こういうものは演出が大事。誰も勇者の斬撃がどっちに撃たれたかなんて誰も覚えていない。

 それなら、どこにあると風景的にエモいか、と考えたらここしかない」


 そう、さも当然そうに、ニーナ・ロベリスタは答える。誰でも簡単にできるような言い方だが、壁を移動させるなんてなかなか思いつくものではない。

 さらに移動させるのはかなりの手間だ。重たいし、落とせば簡単に割れる。

 こんなことができるのは、お抱えの元勇者パーティの土魔法使いが優秀すぎるからなのだ。あのドケチなエルフの少女リファ。ずぼらでボロい作業服姿ではエルフの少年と間違えられても仕方ないヤツだ。

 あの子、うちで雇いたいもんだけど、口が悪いし決まり守らなそうだから、仲のいい外注業者というところが、一番具合が良い。

 

「本当にデザイナーとしても、お金の匂いを嗅ぐ嗅覚も超一流だね」


「法知識は三流よ」


「反省できる人は三流ではないさ」




 ニコールは小腹が空いてきたと感じた。このまま地下も見なくてもニーナ・ロベリスタなら大丈夫という気持ちになるが、そういう風に手を抜いた時が一番危ないと思い起こす。しっかり見なければ、と最後の地下を見ようと降りていく。


「いい匂いがしますね」


「ちょっと変わったデザインだから試してもらった方がいいかなと思い、リファとゴンザレスに下で料理をしてもらってました」


「なるほど。ちょうどお腹が空いてきたから楽しみですね」


 降りると、ドワーフ居酒屋なんていうコンセプトからずれていた。どちらかと言えば東洋風だ。来てみて正解だった。

 しかし、雰囲気は洗練されている。

 黒漆喰の壁は落ち着きがあり、フローリングはブラックウォルナット材だ。黒みのあるフローリングなのに赤みを感じるのは、間接照明の力だ。そのせいで重くならない。そしてカジュアル過ぎない。


 木製のカウンターテーブル、その奥にはドワーフ族の職人、ゴンザレスがおり、目の前の木製の椅子席に座るように指示した。


「軽い前菜をだしやす」


 東洋の職人が着るような藍染の作業着に袖を通したゴンザレスが、カウンターテーブルにグラスに白ワインと、白身魚の薄造りと海藻サラダ、赤魚の煮凝り、串焼きの肉を置いていく。


 湯気とともに、香ばしい匂いがふわりと立ち上る。

 見慣れない料理の並びに、ニコールはわずかに眉を上げたが、そのまま静かにグラスへ手を伸ばした。


「ゴンザレスさん、器用ですね」


「手先の器用さしか取り柄がねえんだ」


 照れ隠しのように鼻を鳴らすゴンザレスに、ニコールは小さく笑みを漏らす。


 横にニーナが座り同じく料理と白ワインが出される。


 ニーナは慣れた手つきでグラスを持ち上げ、軽く香りを確かめてから口をつけた。


「こうやって知り合い二人で横に座って静かに、もしくはちょっと賑やかに飲み食いするの。どう」


 その問いかけは軽いが、どこか試すような響きを含んでいた。


「君みたいな美人が隣なら、客はたまらんだろうね。それはおいておいて、高級すぎず、かと言ってカジュアルすぎない。異国のようなのに落ち着く。悪くないね。ただ、料理は、こちらの国の料理をメインにした方がいいだろうね。異国の料理が仮に美味しくても、毎日食べにきたいかは別だからね」


 分析するように言いながらも、その手は止まらない。煮凝りを食べて、これ美味しいですね、と思わず呟く。


「そうね。でも今回は気分を東洋風にするとどうなるか体験してもらいたかったのよ。それに、メニューはあなたのお店の店主たちが決めるでしょうし、何せ、私たちより専門家だからね。だから、メニューについては私たちは何を言われても負けを認めるわ」


 ニーナは肩の力を抜いたように言う。だが、その目はしっかりとニコールの反応を追っていた。


「潔さはさすがだね。でも、美味しい。雰囲気もいい」


「俺が手をかけて作ったからな」


 ゴンザレスは腕を組み、わずかに胸を張る。


「ゴンザレスさんは料理人に転向しないんですか?」


「馬鹿言え。素人に毛が生えたもんだ」


 即答だったが、その口調にはまんざらでもない響きが混じっている。


「そのレベルにしては、お金取れる味かと……ところで、ニーナさん、私との話し合いでは、騒げるところを作ると言っていたけれど、これではイマイチじゃないかな」


 ニコールは視線を店内に巡らせながら、あえて指摘する。


「これは付加価値の部分。大人の静かな楽しみ方ができるという場所がある、ということを説明したかったの。次の席行きましょう。そこがあなたに一番見せたいところなの」


 ニーナはすぐに切り返し、立ち上がる。

 議論を長引かせるより、答えを見せる方が早いと分かっている動きだった。


 ニーナ・ロベリスタの後を追うと、引き戸で閉められた部屋が何個かある。


 その中の微かに音聞こえる引き戸を一つ開けると、大きな歌声と音楽が聞こえてきた。

 中では小型のスピーカーとマイク、小型モニターがある。よくある魔道カラオケセットだ。

 それで力強く歌う桜色の東洋の女性の伝統衣類を着た汗だくのエルフの少女リファ。全体的に桜色なのに藍色の帯で締まりがある。

 額に浮かんだ汗が光り、声と一緒に空間を満たしていた。


「おい、やっと来たか。ずっとこの衣装でこの中で歌えと言われていたから汗だくになって大変だったぜ」


 リファは肩で息をしながらも、どこか楽しそうに笑っている。


「私が来るまでずっと? 全然そんな歌声聞こえませんでしたが?」


 ニコールは扉の方を振り返る。

 確かに、外では気配すら感じなかった。


「この部屋の壁と引き戸を土魔法で防音加工してる」


 ニコールは試しに壁を軽く指で叩く。

 音は鈍く吸い込まれるように消えた。


「なるほど、あれだけ大きな音を消せるなら好きなだけ騒げますね」


「部屋の雰囲気は?」


 リファが少し顎を上げる。

 試すような視線だった。


「いいね。狭さもちょうどいい。黒い漆喰の壁のまま、座卓の重厚感のある木製のテーブルもいい。床も変わらずブラックウォルナット材……洞窟ぽい感じのこの床の凹みは?」


 ニコールは足元へ視線を落とす。


「掘りごたつだよ。こっちの人たち、知らないんだな。この下に足を入れて座るんだ」


 リファは手本を見せるように、掘りごたつに足を入れる。


 掘りごたつなんてもの初めて聞く。結構旅をして見聞を広めたと思ったが、まだまだ知らないことがあるのだなとニコールは思った。


「まずは靴を脱いで上がってくれ。ここは靴の苦しさから解放されて、楽しいオフタイムができるところなんだ」


 リファの言葉には、どこか実感のこもった響きがあった。

 よく見ればエルフの少女リファも靴ではない。白い靴下を履いている。足袋か。手が込んでる。


「靴下、穴が空いていないか確認してこなかったな」


 ニコールは冗談を言いながら靴紐をほどく。


「明日から気を付けてください」


 靴を脱いで、リファに習って足を入れる。


「これはいい。妙に落ち着く。狭い空間が、座ったことで広く感じる。それなのに、一緒に飲み食いする仲間とは程よく距離が近い」


 暖かいいい匂いが漂ってきた。

 席の外を振り返ると、ゴンザレスが使い込んだ跡のあるファンシーなミトンをつけて、ぐつぐつと鳴らした鍋を持ってきた。


「寄せ鍋だ。リファ、よそってくれ」


「おう」


 エルフの少女が立ち上がり通り過ぎる。甘い花と牛乳が交わったようなエルフの若い女性特有の汗の香りを感じ、一瞬、鼓動が高くなるのをニコールは感じた。


 東洋の醤油ベースのスープに花形に切り取られたにんじん、魚のすり身、ボアの肉、キノコに、食用としてもいい味わいのある薬草……。


 リファに渡されたお椀から一口スープをすくって飲む。うまい。

 肉も野菜も、うまい。

 力が湧いてくるというより、癒されるという感覚だ。


「鍋はみんなで食べると美味しいそうです。みんなで食べませんか?」


 合格だ。ニコールの口からは直接は出ない。しかし、どこか気の張った雰囲気が確かに消えていった。

 それに気づいたニーナは、ハッとして二人に合図を送る。


「そうね、お腹すいたし、ゴンザレスもリファも鍋つつきましょう」


「お酒も飲みながら、意見交換して、最終的な手直しの話も詰めましょう。お酒が入るとみんな正直になりますから」


 ニコールはそう言って、グラスに手を伸ばした。

 読んでいただきありがとうございます。

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