2章 5話 リフォーム完成に向かって
一階のスイーツショップの内装はほぼ出来上がっていた。可愛らしい女の子が居座りたくなるような綺麗な木目のフローリング。チークの明るい色と艶がいい。
そして清潔感のある白い壁。
厨房と店内の商品陳列スペースの間の壁を土魔法で変質させ、大きなはめ殺しのガラス窓に変えた。
ニーナと俺たちは出来栄えを確認していると、長身でちょび髭の筋肉もりもり金髪男がやってきた。プロレスラーかな、と思うような相貌だが、この街では腕が良くて有名なお菓子職人のマークだ。見た目も特徴的なので覚えやすい。
マークはフレデリック商会の経営する菓子店の看板職人でもあり、新店舗の責任者でもある。
マークは一歩足を踏み入れ、店内を見回し、目を見開いた。
「……これは……」
感動して口も半開きになる。そして視線がガラスへ移った瞬間、表情が曇る。
「これでは技術や作り方が盗まれてしまう」
筋肉が服の上からもわかるように、だらりと力なく垂れ下がるようなシルエットとなった。
マークのさっきまでの張り詰めた気配が、嘘みたいに抜けていった。
ニーナはマークのそばに近づいた。
「お菓子業界は今日出た新商品のお菓子が翌日別の店舗で真似される、なんて日常茶飯事ですよね?」
マークは苦い顔で頷く。
「まあ、そうだが……」
「では、あえてお聞きします。お客様が初めてお菓子を買うとき、決め手になるものは何でしょう?」
マークは答えず、ただ視線にニーナに向けて、彼女の言葉を待った。
「うわさとブランドです」
ニーナの言い切った言葉に迷いはなかった。
「マークさん、あなたの今まで作り上げた功績と信用がそのまま購買意欲に変わります」
視線をまっすぐに向ける。
「『マークさんが作ったから買う』と言って、みんなは財布を開くのよ」
マークの眉が、わずかに緩む。
「私だって、マークさんじゃなかったら、この内装は提案しません」
その一言に、ほんの少しだけ誇らしさがマークの顔に混じる。
だが、それでもなお、マークの表情は晴れない。
そのわずかな迷いを、ニーナは見逃さなかった。
「ここはあなたにとってはいつもの職場でも、お客様にとっては未知の世界なの」
ニーナは指先で軽くガラスを叩いて、未知の世界の場所を示す。
「貴族の家にも当然料理人はいる。でも、実際の作業を目の前で見る機会なんて、ほとんどないわ。それはあなただってよく知っているでしょ?」
少し声のトーンを落としながらガラスの前を歩き、マークを見る。
「だから、見る。見入る。離れられなくなる。この店にあえて来る理由になる」
マークの目が、ゆっくりとガラスへ戻る。
「それに、安全性の証明にもなるわ。目の前で、しかもこんなに人が見ている前で、変なものを入れられるなんてできやしない、と思うでしょ」
「……なるほど」
マークは頷くが、不安そうな顔のままだった。
「まあ、どうしても見られたくない技術を使う作業は……あなたの大きな背中があるでしょう? ただ後ろを向いて作業をすればいいじゃない。それに死角となる場所は何個も作っているわ。
そういうつもりでうちの職人に作ってもらったのだから」
こことここが死角になると、俺やゴンザレスが説明すると、マークはすごいというより呆れた顔をした。
「あなたは、思っているより悪どい人ですね」
「私はお金の亡者の一族、ドラゴン族よ?」
カフェはフローリングも壁もチーク材で、見えるキッチン部分の天台は御影石を貼り付けられ、壁にも白系のタイルが貼られている。
南国の植物を鉢に入れて設置すればそれだけで、南国リゾートホテルの一角に見えそうだ。
曇り一つないガラスからは街並みがいっぱいに目に入るとともに、暖かい日差しが入り、心も暖かくなる。
時間さえも緩やかに進むようだ。
屋上に登る。
雨対策を兼ねた石材タイルの床面。
直射日光で暑くなりすぎないように白色。そして、土魔法で防熱加工を施してある。そして、席には木製のルーフを取り付けている。
背の低い南国の観葉植物が設置され、安全対策の手すりは石材。削り出した氷河のような澄んだ色合いの石。
そして、1番の目玉の横一閃の勇者の斬撃痕を残した壁の一部。壁の穴は貫通し、その奥には王城が見える。
その壁が崩れないように見た目を変えず内部構造を変え、周囲を黒色系の御影石様の枠で囲んである。
誰がどう見ても、目玉商品はココですよ、とわかるように。
その先端から地表までの高さは8メートルをわずかに下回る。
当然、ルーフも規制内に収まっている。
「後はニコールが……フレデリック商会が頷くかだな」
俺は軽く肩を回しながら言った。ここまでやれることは全部やった、という疲労と、少しの高揚が混ざっている。
「完璧よ。私がデザイン、監修したんだから」
ニーナは腕を組み、顎をわずかに上げる。自信に満ちたその仕草は、見慣れているはずなのに妙に頼もしく見えた。法律を見落として嘆いていたニーナはもうここにはいない。
「素晴らしい見た目も、商売には不向きなこともあるからな。今回は、法律も敵に回ったしな、ガハハ!」
ゴンザレスが腹の底から笑う。重たい声が屋上の空気を揺らし、さっきまでの張り詰めた空気を少しだけ和らげた。
「次は宗教上の理由かもしれないわね」
「天罰じゃーーてか? ガハハ!」
ゴンザレスがさらに笑い声を重ねる。俺は思わず苦笑して、もう一度あの斬撃痕へと視線を戻した。
まもなく完成する。
でも、完成してからが本番だ。
ニコールが、この場所に価値を見出すか。
それが、この一連の仕事の成否を決める。
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