第十五話 『サイレント・カロル』 2. ギブ・アンド・テイク
周辺の高校に比べ山凌学園高校は比較的大人しいと言われていた。その中にも一握りのはた迷惑な輩が存在する。小さなピラミッドのほぼ頂点に位置するのが、この校舎裏でたむろする武闘派の三年生達だった。
男女合わせて十名近い困った集団の前で、数人の草食動物がうなだれている。
終始彼らを威圧しながら、その捕食者達はいびつな牙を剥いて悦に浸っていた。
「なんで約束守れねえの?」
猿山の一人がクイと顎をしゃくる。
すると迷える子羊達はぶるぶると震えながら己の保身だけに全霊をかたむけた。
「無理です。そんな大金、すぐには……」
「何言ってんの!」
「すみません」体をビクッとすくませ、無抵抗のサインを出す。
その様子をボス猿を始めとする山のファミリーがおもしろそうに眺めていた。
「んじゃあよ」ボス猿が貫禄と懐の深さを示しながら穏やかに告げる。「いつなら持ってこれんだ?」
「いつって……」
「いつだ!」
威を借る小猿が大声を張り上げる。一人一人を舐めるように眺め、殺し文句を口にした。
「だから言ってんじゃん。親とか先生に言いつけてもいいよって。そんなん俺ら関係ねえし、だいたい警察に知り合いいっから、全部もみ消しちゃうよってさ」
「……はい、すみません……」
「いや、すいませんはいいんだよ。大事なのはいつならいいかってことでさ」ジロリと睨めつける。「いつよ?」
「てめえら、ちょうどいいとこにいやがったな。おい、ハゲども」
嬉しそうなその口調に、小猿が反応し激高する。
「ああ! 何だって。誰だ、わけわかんねえこと言ってやがるのは。言いがかりつけ……」目一杯の凄みを込めて振り返った彼の表情は、その声の主を確認した途端に友好的な笑顔に変わった。「……ないでほしいな、霧崎君」
メロンパンを口にくわえ、表情もなく礼也が猿山を見渡す。その風貌からは金狼を連想させた。
ボス猿を始め、その仲間達はすでにお行儀のいいキュートな集団に変貌していた。
「なんだ? 俺が言いがかりつけたってか?」
「いや、いや……」小猿が両手を前に押し出し、服従のポーズをとる。「そんな、俺の勘違いだって。悪かったよ」
ジロッと睨みつける礼也。
小猿が喋ることをやめ、泣きそうな顔でうつむいた。
「おい」
礼也に呼ばれ、ボス猿が弾かれたように顔を向ける。
「こないだのゾクじゃものたんねえぞ。まとめてぶん殴ってやったらすぐ土下座してきやがった。拍子抜けもいいとこだって。フロックで一発当てやがった奴は、泣いて謝っても許さねえで半殺しにしてやったけどよ。どうせなら、もっとカッチリした奴ら連れてこいや」
「……」驚愕の表情でゴクリと唾を飲み込む。「……いやあ、おかげで助かったよ。あいつらには俺達もさんざん酷い目にあわされていたから。うちの学校にもっと強いのがいるって霧崎君の話したら、そんなの信じられるかって言い出してさ。な?」
「……お、おお」
「おおお……」
「嘘こけ! 奴ら、後輩のてめえらに泣きつかれて仕方なくやったんですう~、とか泣きながら言ってやがったぞ。あいつらにはまいっちんぐですう~、とかゆって、ぺぺっと唾吐いてよ」
「……それはまいっちんぐですね」
「まいっちんぐだな……」
「ふざけてやがんのか、てめえら」
「あ、いや、その……」
「ああ!」
ビクッと顔をそむけるボス猿。
手下達は何もできずにその光景を直立したまま受け止めるだけだった。
「まあ、んなことはどうでもいいって。ところでてめえら、体なまってんじゃねえ? 欲求不満なんだろ。いじめとかしちゃうあたり。丸見えだってよ」
「いや、まあ……」
「ちょうどいいわ、相手してやるって。とにかく今むしゃくしゃしてっから、誰か訳もなくぶん殴りたかったとこだしよ」
「何!」礼也に直視され、小猿の血の気が引いていく。「……が気にさわっちゃったのかなあ、困ったな……」
慌てて羊達へ振り返った。
「俺らここで一緒にお話してただけだよな! あと、デーエスとかよ! 仲間だもんな! 別にひでえこととかしてねえし!」礼也の顔色をうかがいながら懸命に説得を続ける。「ほら、おまえら違うって言えってば! 仲間、仲間、仲間だもんな!」
「わかった、もういいって。俺も弱いモンいじめとか大好きだしよ。それにいじめってよ、むしろいじめられる方に問題があるとかって主義だしな」
「わかってくれた? よかったあ……」
「わかるって。腐ったもん同士、仲良くやらなきゃな」うんうんと頷く。「とりあえずおまえらのツラが気に入らねえからって理由で、理不尽に何発かずつ殴ることにするわ。カジュアル感覚でサクッとよ。まず、てめえ、ロックオン!」
「ちょっ、ちょっ!」
救いを求め振り返った猿山は完全武装解除を続けていた。
礼也がにやりと笑う。
「いくって!」
「わ、わ、わ!」
楓は体育館の入り口で先代生徒会長の衣浦卓也に呼び止められ、足止めをくらっていた。
上辺だけの笑顔で応え、おざなりな言葉をつむぐ。
「最近どうだい」
涼しげに笑うミスター山凌学園に真っ直ぐなまなざしを向ける楓。
「はい、私は、……!」
衣浦の眼前で、みるみる楓の顔つきが変わっていった。
そのつり上がった両眼に、思わず衣浦の心が退く。
「……。桐、嶋君……」
「ちょっと、何やってるの!」
「……」
ミスター山凌を押しのけ、反対側の校舎を楓が睨みつける。あ然となる衣浦に悪びれた様子もなく楓が告げた。
「先輩、ごめんなさい」
「……ああ……」
それから振り返ることもなく楓は校舎目がけて走り出した。
「……」
それは今にも礼也が小猿を殴りつけようとする、その時だった。
「霧崎君!」
ゲップが出そうな顔で嘆息する礼也。
がっしりつかんだ小猿の肩を押し出し、顔を向けると、楓が厳しい表情で凝視していた。
「霧崎君、授業始まるよ」
ほっと胸を撫で下ろす猿の軍団。
平静を装い、礼也が何ごともなかったように再び小猿目がけて振りかぶった。
「ちょっと待ってろって、こいつら一発ずつしばいたら行くからよ」
青ざめる小猿。仲間からの援護射撃は望めそうになかった。
「駄目! 早く来なさいってば」
楓が礼也の肩に手をかける。
辟易しながら振り返る礼也。大きなため息を吐き出した。
「……。ちっ……」
小猿を突き飛ばし、整列する軍団を睨みつける。
「おい」
「はい……」
「今回はミス・イチゴ姫に免じて見逃してやる。だが今度気に入らねえツラしてやがったら、俺好みのイケメンになるまで整形してやるからな。覚えとけ、てめえら」
「は~い」
「そんから、明日までに全員坊ちゃん狩りにしてこい。女はおかっぱな」
「は~い……」
「あとな、いじめはかっこ悪いとか言ってた奴がむしろかっこ悪かったとか言う奴は許さねえぞ。ゾノをバカにする奴は俺がとことんいじめてやる」
「……」
「馬鹿なこと言ってないで、もう行くよ」
「バカなことってどういう意味だ。てめーまでゾノのことを……」
「はいはい」
「あのな……」
プレッシャーから解放され、女猿の一人が不本意そうに口を開く。
「なんで言われっぱなしなの?」
ボス猿が顎の下の汗を拭い取りながらそれに答えた。
「マッケンジーさんのチーム、あいつ一人に潰されたんだ」
小猿達が戦慄する。
「精鋭ぞろいの中嶋ケンジさん達がか!」
「そうだ。マッケンジーさん、不意打ちで霧崎に一発入れて、逆鱗に触れて半殺しの目にあったらしい。泣いて土下座したのに許してもらえなかったみたいだ」
「あのマッケンジーさんが泣いて土下座したのか!」
「そうだ」
「あの理不尽な嫌がらせで俺達を泣かせてきた、泣かじのマッケンジーさんがか!」
「そうだ」
「あの飼っていた犬が死んでも涙を見せなかったという氷のマッケンジーがか」
「そうだ。犬が死んだ時は陰でこっそり泣いたらしいがな。そのマッケンジーが泣いて頼んで一旦は許したのに、後から鼻血が出てるのに気づいて、またキレたらしい。奴は本物のワルだ」
「なんてひどい野郎だ!」
「以来引きこもっちまって、家で韓流ドラマばかり観てるって噂だ。止まらない涙がドラマのせいかどうかは親にもわからないらしい」
「マジか……」
「他のチームにも声かけたが、あいつがメガルの関係者だって知ったらみんなびびっちまってよ。ヤクザの知り合いいる先輩もメガルには絶対手を出すなって」
「……」女猿が思い出したように顔を向ける。「でもさ、警察とかに知り合いいるんでしょ。だったらさ……」
「ツレのツレのツレの兄貴が警察官の採用試験に受かったってだけだ」
「……」女猿が子羊達を見下したように眺める。「どうすんの、こいつら」
「もういいって」
「ええ!」
「……もういいって」礼也の方をちらと見やり、小猿が泣きそうな顔で引き継いだ。「まだこっち見てるし、あの人……」
「さて、と……」ボス猿が仲間達を見渡す。「床屋行くか……」
「おお……」
「……」ポケットを探り、ボス猿が振り返る。「誰か金余分に持ってねえか?」
「ねえよ」
「俺もねえ」
「……」
「あの……」
草食動物がおそるおそる申し出た。
「貸しましょうか?」
「……」じろりと睨めつける。
「……」
「すまん」
「あ、はい……」
「明日返す」
「あ、はい……」
楓に手を引かれ、ちらちらと礼也が振り返る。
「何やってるの、ほんとにもう」あきれはてたまなざしを投げかける楓。「いい加減にしてよ、礼也君」
「いや、だってよ」
「イチゴ姫とか言わないでって言ったのに」
プンスカと機嫌の悪そうな楓に、礼也が取り繕うように笑った。
「おお、わりい、わりい。はずみだって、許せ」
「もうミスでもないし」
「お、そういや、なんでこないだ出なかったんだ? あの一年の女にゃ負けてねえだろ?」
「そういう問題じゃないの。去年だって本当は嫌だったけど、生徒会の主催だからって、その時生徒会長やってた先輩に頼まれて無理やり出させられただけ。実際四人しかエントリーしなかったし。いい恥かいただけだよ」
その会話を遠くから聞き取り、呆然と立ちつくす当事者の衣浦。
ミス山凌学園コンテストは、当時の生徒会が学園祭の目玉として新規に立ち上げた企画だった。発案者で生徒会長の衣浦が参加者不足を懸念して、当時書記だった楓を無理やり登録させたのである。予想どおりろくな対抗馬もおらず、楓は圧倒的な得票数で優勝した。
礼也がからかうように続ける。
「爆票で優勝だったて話じゃねえか」
「相手がたいしたことなかったから」
「んじゃ、おまえはたいしたことあったんだな」
「……」むぐ、と口をつぐむ楓。顔も向けずにぶすりと突き刺した。「もう何も言わない」
「ははっ」礼也がおもしろそうに笑う。その取り合わせの意味が理解できず、ぼうっと二人を眺めている衣浦の存在がカンにさわった。「てめ、何見てやがんだ!」
ビクッと後退る衣浦に気づき、楓が慌てて礼也を止めに入った。
「こら!」
「……こらって、おまえ、しの坊じゃあるまいし」
「しのぼう?……」
衣浦を気にかけ、楓が口もとを結ぶ。
「駄目! 礼、……霧崎君」にこりと衣浦に笑いかけた。「すみません、先輩」
「……いやいや」
「てめ、何、ぶってやがんだ」
礼也の袖を引き、小声で楓が告げる。
「いい加減にしてよ。お世話になってる先輩なんだから」ちらと衣浦を見てぶすり。「この人は私達とは住む世界が違うの」
すると礼也の頭頂がプンスカと噴火し始めた。
「はあ! そりゃ、どこの世界の住人だってんだ! 俺らとこいつでどんだけ違うって! どんだけレベルがたけー生き物なんだ、こいつは! レベルキュウジュウキュウか!」
「そういう意味じゃないけど……」
「んじゃ、どういう意味だってんだ! 酔拳でもつかえんのか、このノッペリ野郎は!」
「こら!」
「こらって……」
「……」居場所もタイミングもなく、ただただ立ちつくすのみの衣浦。
「てめーよ」礼也のマシンガンが弾ける。「有名なパテシエが作ったケーキが、コンビニのケーキよかウメエって誰が決めた! スイーツを値段で差別してんじゃねえぞ! てめえは値段食ってやがんのか! むしろコンビニのが安いくせに上等なゾーンだろ! いや、決して安かねえ! たけえぞ、結構! んなひよった色分けなんぞ、クソくらえだ!」
「……」困ったように楓がその顔を眺めた。「コンビニのメロンパンとフレールのメロンパンも同じなの?」
「……そいつは別モンだな」
楓があきれ顔で眉を寄せた。
機嫌が直り、礼也が楓に顔を向ける。
「んだ? 用でもあったのか?」
「もうすんだからいい」
沈黙の衣浦を置き去りにし、楓がじろりと礼也を見やる。
「誰かれかまわずからむのやめなさいよ」
「うっせえな、おまえは。ツンケンツンケンしやがって」
「……」ぷいとへそを曲げる。
すぐさま、やや焦り気味の礼也が取り繕った。
「あ、おまえ、新作食った? 極上メロンパン」
「食べてない」
「今度買ってってやるって。おばちゃんとも結構仲良くなったしよ。ビップ扱いだか、たまに一個オマケしてくれんだぜ」
「……」
「おし。帰り、いっとくか?」
「いいけど」
「ラッキ! 今日、金持ってねえんだって」
「……何それ」
「いや、だからよ、今日んところはおまえのおごりでな」
「話が見えてきません」
「いいじゃねえか。また今度おごってやるからよ。キャッチ・アンド・リリースだ」
「……ギブ・アンド・テイク?」
「それだ! たぶん」衣浦を睨みつけ、その視線が空の彼方へあることを確認する。「ああ、そういや、おまえんとこのチビどもにクリスマス・プレゼントねだられちまったんだけど、何がいいんだ?」
不機嫌そうに振り返る楓。
「いいよ。本気にしないで」
「でもよ」
「調子にのるからいいの」
「ま、おまえがそう言うんならいいけどな」
対等の立場で世間話をしながら消えて行く二人の影。
衣浦は畏怖するような表情でその場に佇むだけだった。




