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第十五話 『サイレント・カロル』 OP



 その薄暗い部屋で一人、進藤あさみは膝の上に置いた両拳を見つめるように待ち続けていた。

 客をもてなす部屋としてはかなり殺風景であり、鉄格子のかかった小窓と簡素な机、パイプ椅子は、警察署の取調室と酷似していた。

 底冷えする寒さに目を細め、小窓を見上げる。それも当然、窓の外に粉雪が舞い落ちるのを確認できた。

 ドアノブのまわる音に気づき、あさみが顔を向ける。人影を認めるより前に、精一杯の笑顔を構築した。

 まだあどけなさの残る少女の面影を多分に含んだその顔へ一瞥をくれた長身の男は、笑み一つ見せることなくあさみの前に腰を下ろす。

 重々しい彼の雰囲気に、あさみの笑顔が崩落しかけていた。

「私にお話したいことって、何でしょうか?」

 不安げにあさみが眉を寄せる。

 すると沈痛な面持ちを崩すことなくその男、火刈聖宜は、嘆きとも悲しみともとれる臓腑を苦しみとともに吐き出し始めた。

「真実を突きつけよう。君がそれを知りたくないのならば、耳を塞ぎ、目を閉じていればいい。もし君がその痛みに耐えられるのなら」

「は、い……」困ったような表情で火刈に注目する。彼の印象は初めて会った時から今に至るまで『吸血鬼』のままだった。

「非業の死を遂げた君の父親と兄弟、そして心労に焼かれ息絶えた母親の無念から目をそむけることができるのならば」

「!」乾いた笑顔が凍りつく。「それはいったいどういうことでしょう」

「単刀直入に言おう」その瞳の奥に空虚な悲しみをたたえ、あさみを見据える。「彼らは凪野守人に殺された。莫大な利益を独り占めしようとする、ゆがんだ心の持ち主に」

「……」カッと目を見開き、絶句する。「それは……」

「事実だ。君を引き取ったのも罪悪感もあるだろうが、おそらくは真実の露呈を恐れるがために、常に身近に置いて監視しておきたかったためだろう」

 互いの視線をぶつけ合う二人。が、そのまなざしにはどちらの輪郭も残らない。

 氷壁も融けるほどの直視すらまるで心を揺らさず、あさみはただ火刈の激情を正面から受け止め続けていた。

 やがて血を吐くような想いとともに、その一言を絞り出す。

「……何故それを私に」

 その時、初めて火刈の顔に小さな変化が表れた。

「君のお父さんである進藤教授の生前、私は大変世話になった。教授の無念を思えば、心が張り裂けんばかりに痛む」神妙な様子であさみを見つめる。「君の手助けがしたい」

「手助け……」

「復讐のためのな」

「……」黙って口もとを結ぶあさみ。「もしそれを私が受け止めなければ、私もこの世に存在できなくなるのですね?」

 悲しげに目を細め、火刈が首を振った。

「始末されるのは私の方だろう。それほどまでに彼の力は強大だ」

「何故そこまで……」

「復讐は決して美徳ではない。すべてを捨て、投げ打ち、覚悟を決めた者だけが成し遂げられる愚かな行為だ。私はすでにすべてを切り捨ててきた」

「……。もし私があなたを信用しなければ」

「その時は私が破滅するだろう。その覚悟でこの場に臨んだ。強制はしない。だが答えはここで出せ。持ち帰る余裕はない」

 あさみが顔を伏せた。握りしめた拳の端から血が滴り落ちる。

 次にその顔を上げた時、それまでとは一変してしまったあさみの姿があった。

 まるで振り落ちる雪の中へ笑顔を封じ込めたかのような、無表情な氷のまなざしが。

「私は何をすればよろしいのでしょう」

 火刈が笑いかける。

 この世のすべての悲しみを哀れむがごとくに。





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