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幕章-1

 たった三日間で、季節は冬にかわっていた。

 その間中、雪が降り続け、レイクル山は悲惨な爪あとをすっかり隠していた。

 だが、全てが隠されたわけではない。

 シュジュの大森林を失った魔物や動物は、冬眠もできず雪の下に倒れていく。

 木々が支えていた大地も滑り止めを失い、頻繁に雪崩を起こす。

 林から沸いていた豊かな源泉もなくなりセルザール河の水量も減った。

 ただ、そんな中スワイライム村だけは、何事もなかったように静かな夜明けを迎えていた。


 まだ、誰も起きだしてこない中、雪だけがしんしんと降り積もっている。

 その雪に家を失った人々は苦しめられているかといえばそうではない。

 家並みは、昔のままだ。


(全く、感心を通り越して呆れちゃうよ)


 屋根の上で、最後に改めて村の様子を見ていたキジュは、心底そう思う。

 一日で村を元通りにするといったグローリの宣言を、普通の人間と同じ尺度で見ていたことが馬鹿らしく思えるほどだ。

 グローリは、カデラスを倒した翌日、深い眠りについていた。

 翌日、目を覚ますと、グローリはそういい、家を直すだけでなく、負傷者も治しはじめた。

 あれだけの大惨事で死者が出なかったのは、グローリの治療があればこそだった。

 そして、その言葉の通り、昨日一日で、村の様子を野盗に襲われる以前の状態に戻してしまったのだ。


(おかげで早く旅立てるな)


 キジュは、もう一度この静かな景色を胸にしまいこんだ。

 本当は一ヶ月くらい滞在して村の復興の手伝いをするつもりだったのだが、その必要もなくなった。

 逆に無駄に食料を食いつぶすことにもなりかねない。

 ただでさえ、グローリが持ち帰ってきた食料は、キジュの想定量より下回っていたのだから、なおさらだ。


 それならばと、昨日村中を見渡して決める。

 思い残すことも、今は何もない。

 ココヤスの酒場で預かってきた手紙も、昨日のうちにカナライとハレカに渡していた。

 数年越しに届いたその手紙を、二人とも目を丸くして受け取っていたのが、キジュには印象的だった。

 キジュは、村に来て、すぐに渡せなかったことを謝罪し、早々に退出したのだった。


 山道が険しくなる前が、別れにはちょうどいい。

 キジュは、立ち上がった。

 まだこの風景を見ていたかったが、それを振り切るようにフレイナの部屋に戻った。

 そこにはキジュを待っていた、ハレカが立っていた。

 キジュは、口をあけて驚いた。


「あなたが、今日でていくのではないかと手紙を受け取ったときに思いましてね。前から作っていたのだけど、旅立ちにどうにか間に合わせることが出来ました。村のためにありがとう」


 そういうと、手編みの襟巻きをキジュの首にまいてくれる。

 真っ青なその襟巻きは、今、キジュが見てきた空のような色だった。


「あらあら、ちょっと長かったかしらね、ごめんなさい」


 やや長めのそれを、もう一回首に巻きなおす。


「これは、レイクルに生い茂っているクラマイダという植物の繊維でから作られた糸で編んだの。とても丈夫で保温性がいいのよ」


 ハレカが柔和な笑顔を浮かべるが、キジュは涙をこらえていた。


「ごめんなさいね」


 ハレカはキジュの泣きだしそうな顔を見て、申し訳なさそうにいった。


「いえいえ、こちらこそごめんなさい。僕、結構涙もろくて……」


 ハレカも申し訳なさそうにうなづくと、もう一つと申し訳ついでにといって手紙を取り出す。


「昨日、この手紙を貰って読んでみたのだけど、どうしてもこの手紙を届けて欲しい人ができたの。お願いできる?」


「どういうことです?」


 事情をのみ込めずキジュは、ハレカにたずねた。


「あなたはフレイナの手紙を読んでもらったから、ケムレンさんが昔のフレイナの仲間だということは知っているとは思うのだけど、その方にこの手紙を届けて欲しいのです。あの子が、死ぬ前どの様な気持ちだったか、素直な気持ちが書かれているのでね。でも、その方が今どこで何をしているのか分からないのよ。だから貴女の旅のついででいいので、ケムレンさんという方にあったとしたら、これを渡して欲しいの。もちろん、会えなくて渡せなくても構わないから。お願いできる?」


 キジュは、少し複雑な顔をしてから、思い直して、明るく答えた。


「もちろんですよ。こうみえて、僕は、運び屋ですから」


「そうそう、貴女にならその手紙も、読んでもらって構わないから」


 そういい残して、ハレカは部屋を出て行った。



 目にたまった涙を乾かしてから、村長の家をキジュはでる。


(まいったなぁ、こういうのが苦手だから隠して行きたかったのに)


 村の南門に向かう雪道を行くと、誰も起きていないと思っていたのにもかかわらず、二人の人影があった。

 昨日の昼に決めてから誰にも話をしていなかったのに、ハレカ以外にもそのことを見抜いたものがいたようだ。

 一人がバスケットを持ち、もう一人は寄り添うように立っていた。


「君達なんでこんなところにいるのさ?」


「キジュさんが、旅立ちそうな雰囲気でしたので……」


「……はぁ。……僕ってそんなに顔に出るのかなぁ」


「ええ、ですからお見送りに」


「……ありがとうジャナリー」


「いえ、この間は残り物でしたので、ちゃんと作ってお渡ししたかったのです」


 ジャナリーは、テムルからバスケットを受け取ると、キジュに渡す。

 少々大きめのそれを、キジュは左手で受け取った。


「……ごめんなさい。かさばるようでしたら早めに食べて捨ててしまってください」


 キジュのカードが、見つからなかったことを思い出し、ジャナリーは謝った。


「気にしないで、このくらいはいつも運んでいるし、というより全然少ない方だよ。それよりテムルさんも問題なさそうだし良かったね」


 テムルは、頭を下げるとキジュに手を差し出した。


「全てジャナリーからうかがいました。僕がこうしてここに立っていられるの、あなたがいたからこそです。ありがとうございました」


「よしてよ、むしろ、読みが甘くて二人とも危険な目にあわせてしまって、申し訳なかったと思っているんだ」


 キジュは、頭をかいた。


「その危険中から、まっとうな道を選べたのは全部二人の絆の強さの証だよ。二人とも仲良くね」


 そう言って、テムルの手を握って二人に笑いかけた。

 ジャナリーは、涙をこらえていた。

 別れ際に涙を見せると、その人に会えなくなるといわれているからだ。

 もちろん、キジュも、今日二度目の涙をこらえながら、手を振って村の外へとでたのだった。



 キジュは静かに村を出ると、街道を南に進んだ。

 さすがに仕事でもないのに、レイクル越えをするつもりはない。

 このまま進めば、数日で海に出るはずだった。

 ココヤスに戻るつもりも今となってはなくなっていた。

 武闘会も終わり、特に見るものもなくなっているだろうから。


(だけど、その前にグローリに会うために、レイクル山を越える超えないは別にして、レイクルには一回は入らなければ……)


 そこまで考えて、ふと重要なことに気がつく。


「……証明書……」


 確かに届けたという証を依頼主にみせる必要が、キジュにはあった。

 普通ならば国の運送屋に任せればすむことだったが、この状況ではそうにもいかない。

 おそらく、この村に国の運送屋が来るのは、一ヵ月後になるのではないかというのが、キジュの正直な感想だ。


(……ココヤスにいかなければ駄目か)


 背負い袋の中にしまってある証明書を思い出し、ため息をついて立ち止まる。

 今朝からどうも、歯車が狂いだしている気がする。

 やはり、今朝の別れが判断力を鈍らせているんだなと、キジュは、ぼやき考え始めた。


「……何を立ち止まって百面相をしている……」


 木の上から突然声がする。

 キジュは、驚き見上げる。

 レクディアリウの杜のあった方へと進む街道の分岐点で、木々の上から、男がこちらを見下ろしていた。

 グローリだ。

 グローリが今朝、まだ太陽が登る前に、この森林に向かっていったのを見て、ここら辺であえるだろうと思っていたが、さすがに木の上から声をかけられるとは思っていなかったのだ。


「ちょっとね。君に用事があったんだ」


 キジュは、木の上へ向けて手を振る。


「……そうか。それより、この時間にここへ来たのだ、いいものを見せてやる。ついて来い」


 キジュの話を無視して、グローリは木から飛び降りる。

 腰につけている袋がガチャガチャと音を立てる。


「自分勝手に話を進めるな! まぁ、いつものことだけどさ。それに女性を誘うなら、もっと真摯な態度でなきゃ駄目だろう?」


「……女性? ああそうか、そうだったな」


 グローリは本気で顔をしかめ、キジュはそれを見てこぶしを握る。


「まあ、そんなことはどうでもいい。行くのか、行かないのか?」


(……そんなことか……こいつは)


 キジュはガックリと肩を落とすが、このまま自分の要件を先に切り出すのも、場違いな気がして苦笑しつつ返事をした。


「いいよ。君の無礼なところは今に始まったことじゃないしね」

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