第七章-8
地上の太陽と呼ばれ、地上を焼き続けるだけの巨大な精霊。
人々の心に、数百年を越え語り継がれて来たそのカデラスの頭上に、キジュはたどり着いた。
腕にはいつの間にか、カデラスの熱を遮断するために、竜の鱗がはえていた。
(ありがたいんだけど、もう少し気の利いた防護方法を思いつかないものかな……)
苦笑を浮かべながら、その手で、キジュはカードを懐から取り出した。
「ハツ!」
そう唱えながら、キジュはカードを手放した。
カードは、風に揺られ旋回しつつ落ちて行く。
おもりをつけ沈んでいくカードを見つめる。
光を放つまでのわずかな時間が、キジュにはとても長く感じられた。
しかし、それも、一瞬の間だったかもしれない。
村から飛ばされたカードと、キジュの落としたカードから五つの淡い小さな光が発せられ、、闇の中に浮かび上がる。
カデラスのもたらす膨大な光がそこにあったのにもかかわらず、キジュの目にはカードの閃光だけが映っていた。
その光が、大音声をもたらす。
グローリは振り返って合図を送る。
語り部たちは揃ってシルローの鳴き真似を始めた。
その出来栄えに満足し、グローリは、頭の中で洞窟が描き出す。
全ての音を反響させ、大きく繰り返させる。
言霊の宿った住まいを。
今思えば、レクディアリウの杜でまっていたのも、レイクルではなく、洞窟に住むといわれる言霊だったのだろう。
「キュルーキュキュー」
グローリが瞳を開いたとき、何万匹とも思えるシルローの鳴き声に、スワイライムは包み込まれる。
寄せては返す波のように、何層も何層もその鳴き声は繰り返された。
夜空に浮かんだ太陽は、水面に移る影のようにさざめき、揺らめく。
静けさの中、穏やかな鏡面をこわすように、一瞬のきらめきとともに、ついに太陽は砕けた。
もえあがる焚き火の火の粉のように四散した。
ガラス細工が砕けるような脆さと輝きを残して。
音はなく、村人は魅入られ言葉を失くす。
その美しさは、流星雨にも似ているが、それさえも凌駕し、激しく儚い。
「今だ!放て!」
村長の号令で、一斉に投石機から瓦礫が投げ出される。
狙いの先に、もはや、カデラスはいない。
規則正しい、うなるような音は、逃げる羽音に変わった。
寄せ付けるもの全てを溶かしてしまう熱の壁も、崩れだした。
端から次々と狙いをつけ、瓦礫が投げ出される。
我先にと集団から逃げ出した最先端の光は、どんどんと弱まっていく。
瓦礫は、休むことなく飛び続けた。
キジュは、崩壊する群れから逃げ出す蝶に追われていた。
当初、、スワイライムの方へ飛べば、火炎蝶に巻き込まれることはないと考えていた。
しかし、カデラスが四散したした際に、上空の火炎蝶の群れは、キジュよりもスワイライム側で散り始めたため、キジュはやむなく、南西へ飛んだ。
その後ろから、続々と、火炎蝶が後を追うように飛んでくる。
追いつかれたら、そのまま火の海に沈むことになるであろうことは、想像に難くない。
飛んでくる瓦礫を避け、火炎蝶を振り払い、キジュは必死にデーリッガの翼で飛ぶ。
横に並ぶ火炎蝶を剣で叩き落としながら、この翼に感謝する。
「……ありがとうデーリッガ、ここまで付き合ってくれて」
数十匹の蝶が翼にあたるが、その翼は、なおも力強く羽ばたいてくれた。
ただ、慣れない飛行をしている、キジュは姿勢を崩す。
(……これじゃ、翼がもっても、僕がが落ちかねない)
キジュは、覚悟を決めた。
上空を飛んでくる数千の蝶とやりあう覚悟を。
先頭をきって飛んでくる一匹を剣で振り払う。
続いて五匹、十匹、十五匹……。
逃げてくる数が多くなる。
「このくらいの数で、へこたれるもんか!」
キジュの周りで、火の羽が散っていった。
「……まだ、まだ」
百十匹、百十一匹……。
振るい続ける剣が、鉛の塊のように重く感じられた。
「……」
キジュの腕が、止まった。
目の前にはまだ、数え切れないほどの蝶が向かってきていた。
(……後は、逃げ切れるだけ、逃げるだけだ……)
一群の蝶の群れに、追いつかれながらも、キジュは飛翔し続けるしかなかった。
「グローリさん、キジュさんが!」
ジャナリーが顔を手で覆いながらも、火の群れに飲み込まれていくキジュを見続けた。
「……分かっている」
キジュを見捨てるという選択肢が、あるはずもない。
グローリは、キジュが、あたかも最初からこの場にいたかのような図を思い描く。
鳴き真似を続けているセンナも、心配そうにグローリを見つめている。
(……運命の聖霊よ、その力を貸せ……)
その視線を感じながら、グローリは、霊術を発動した。
……。
キジュが、急に地面の上に現れ、体制を崩し倒れた。
「うわっ!」
「キジュさん!」
ジャナリーが涙を流しながら、キジュに抱きついた。
キジュは、ジャナリーに抱きつかれながら、自分に何が起こったか理解した。
はるか上空から、スワイライムのこの地へ、瞬時に連れてこられたのだと。
そして、誰が自分を、この場所まで、運んでくれたかを直感し、グローリに苦情を言った。
「さすがに、今回は死ぬかと思ったよ。でも、どうせ助けてくれるなら、もっと早くしてくれてもよかったんじゃないかな」
「……こちらも忙しいんでな」
グローリは、一時中断したシルローの鳴き真似を拡大する霊術を、再開する。
瓦礫は、休むことなく飛び続けた。
命中する先々で火の粉が舞い地上へと落ちる。
積み上げてあった瓦礫の山も、徐々になくなっていった。
夜空をうめた幾万匹もの火炎蝶は、しだいに闇の中に溶け込んでいった。
夢を見ているように実感がわかなかったが、レイクル山の上空に完全な闇夜が訪れたとき、ようやく村人は歓声をあげた。
「……フレイナ……終わったぞ……」
沸きに沸いた村人に気付かれないように胸壁の後ろに隠れ、グローリは腰を下ろし意識を失った。
「キジュ様、グローリ様を見かけませんでしたか?」
役目を終え、姉たちと喜びを分かち合っていたセンナが、ふと気づいて、キジュに近づいてきた。
「こういうのが苦手なんだろう。ほっといてあげなよ」
皆が皆抱き合いながら喜びを表現しているのを見つつ、キジュはにっこり微笑む。
その視界の先で、カナライとレドニアが連れだってこっちにやってくるのが見えた。
「って、そういう僕もなんだけどね」
そういって、目配せをしつつその場を離れようとするキジュに、センナが手を握ってくすりと笑い返す。
「でも、お師様もキジュ様に謝りたいそうですよ」
キジュは、観念して、その場に座り込んだのだった。
※2015/03/01 最後の部分を修正加筆しました。




