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運び屋の手記より ~スワイライム~  作者: くろきほむら
第七章 カデラスとスワイライム
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第七章-6

 上空を進んでいたカデラスは、キジュたちの上まできて進行を止めると、碗をかぶせるような形で、キジュたちをとりかこみ、降下しだした。

 スワイライムから見ているものは、なぜカデラスがそのような動きをするのか理解しかねていたが、キジュにはその理由がわかっていた。


「……お前には、これの理由がわかっているのか」


 キジュの後ろで、馬にまたがりグローリは訝しがる。


「うん。でもそれは、後回し。とりあえずここから出なければ、蒸し殺されてしまうからね!」


 デーリッガを抱える。


「ハツ!」


 瞬時に現れた大量の雪の壁がカデラスの炎とあわさり、大量の蒸気となって、カデラスに閉じ込められた内部へとたまっていく。

 その蒸気を逃すように雪があたった炎壁に穴ができ、広がっていき、外へ向けて大きく道が切り開かれた。


「……これも予想通りか?」


「いや、こんな風に閉じ込められるとは思っていなかったからね。でたとこ勝負さ」


「……よく機転が利くものだ」


 グローリが、けなしているのか褒めているのかわからないようにいった。


「考えなしでこんな状況になって悪かったね。でも、その場しのぎは、大得意なんだよ!」


 キジュは、貶されたと思ったらしく、大声でそういう。

 そして、まじめな声に戻して続けた。


「……いくよ。これ以上は大きくならないみたいだし、あまりもたないだろうから」


 キジュは鞭を振るい、カデラス内部の炎に向かって怯える馬を走らせる。

 その熱で、たてがみに火がつくのではないかと思われる大きさまで通路が狭まるやいなや、左手でデーリッガを抱えたまま、右手でカードを掴む。


「ハツ!」


 再度、雪を今度は頭の上に現出させる。

 その雪をまたもカデラスの熱が蒸気へと変え、蒸気により路は広がり、蒸気とともにキジュたちはカデラスから抜け出した。

 その姿を、本当の太陽が、赤く照らす。

 外は、いつの間にか夕方となっていた。

 カデラスは、すぐには動きださず、蒸気が抜け出るのを待つように、内部からの穴をそのままにしている。

 その間に、カデラスとの距離を広げていく。


「さてと、君に説明しないといけないのだろうけど、まず君が本当にグローリなのか教えてくれないかな? カードに雪をつめている間に」


 キジュは、空になったカードに順に雪を入れ始める。


「……グローリ流霊獣術を正統につぐ場合、霊獣術とともに初代への敬意を表し、その容姿も共に引き継ぐこととされる。つまり、あの姿は初代グローリの姿そのものだ」


「正当に継ぐって、弟子は君だけだったのかい」


「……十一代目は自分の代で、グローリ流霊獣術を終わらせる気で、弟子を取っていなかった。フレイナが押しかけたときに、その熱意に負けて、初めて弟子を取ったわけだ。 齢八十をこえていた十一代目にとって、フレイナは初弟子にして、自然、正統後継者だった」


「何で、弟子を取ってなかったの?」


 カードに雪をしまう作業が終わるまでにまだまがあったため、キジュは興味本位でたずねながら、四枚目のカードを取り出す。


「……簡単な話だ。十一代目は女性だった。女性でいながら、男の初代の姿をしていたのだ。グローリ流霊獣術が継承されることによって、後世で自分のような思いの人間を作りたくはなかったということだ」


「でも、それって」


 キジュは五枚目のカードを引く。


「……フレイナも女だからな。十一代目も、当初は、その理由を言い続けて断っていたんだがな。フレイナの一途さに、霊獣術によって救われた昔の自分を思い出したそうだ」


「そんな、掟やぶってしまえばいいじゃないか!」


 キジュは、道場を継がされそうになっていた自分と重ねて、憤慨していた。


「……霊獣術によって助けられたことがあれば、それでも、その掟は捨てられんだろうよ。十一代目も、フレイナもな。馬鹿正直で律儀な性格だからな」


「……そんなものか」


 キジュは、やりきれない思いと共に五枚目のカードをしまった。


「……さて、次はこちらの質問に答えてもらうぞ」


 キジュは、前を見続けながら頷く。


「……カデラスの正体が分かったところで、勝てるとは思えんが、あれはなんなんだ……」


「そんなことはないさ、正体が分かったおかげでおかげで、語り部が伝えてきてくれたものの中に、攻略法があることに気付いたんだ。そうだ、その正体の話の前に確認しとかなきゃ」


 キジュは一回、話を切る。


「君、声を大きくする霊術とレイクル山のようにやまびこを返す霊術とかは使えるよね? もしくは、使えたとしてもいまは限界で無理とかいわないよね?」


「……誰にものを言っている。それが必要なら、いくらでも使ってやる。それより、話を続けろ」


「よかった。よし、じゃぁ話を戻すよ。いっても信じてもらえないかもしれないから、順に説明するからね」


「……」


「僕が、君を助けに行くとき、空いていた二枚のカードに今みたいに雪をつめて馬を走らせていた。残り三枚には、霊術が収まっていると誤解していたからね」


 そこまで言って、キジュは、グローリの顔を見るため後ろを振り向いた。

 グローリは、先を続けろという合図を送るが、キジュはその後ろで、カデラスが穴を閉じ、再び以前の速さでこちらに向かってきているのを目にした。


「僕は、君に近づくために、その霊術が入っていると思い込んでいた三枚を順番に使った。一枚は氷柱で周りの熱気を冷まし、二枚目の石礫の土砂で、焼ける地面の上に道を作った。三枚目の突風で君のまわりに風を起こして、君からカデラスを守ろうと僕はカードを切った。だけど、烈風は起こらなかった。考えてみれば、村を守るために魔物にそれは使っていたからね。だからすぐには、カードからは何も出てこなかった。そして、しばらくして出てきたのは……」


 そういい続けながら、カデラスに追いつかれないようにと、馬に力強く鞭を入れた。

 それが、災いした。

 いや、運命の精霊が、スワイライム村を燃やそうと策謀したためかもしれない。

 ともかく、振り上げた腕の脇をすり抜け、キジュに抱えられていたデーリッガが、地上に落ちる。


「あっ!」


 キジュは、反射的に飛び降りる。

 馬は背が軽くなり、加速してグローリだけを連れ、村へ向かう。

 グローリは、馬を止めようと手綱を握ったが、その時にはもう、キジュは、はるか後方に取り残されていた。



 二つの体は、まるで、川面で跳ねる石のように、雪原を数回跳ねてから止まった。


「デーリッガ……君、体は平気かい」


 それに答えるように、デーリッガは羽ばたき、キジュを持ち上げようとする。

 力な、くふらふらと飛翔を始めた。

 もう、カデラスは目前だった。

 デーリッガは、懸命に飛びつつも目に見えて失速していた。

 追いつかれたらそのまま火の海に沈むことになる。

 キジュは、右手の手甲に手をかけた。


「デーリッガもういい、ここでおろして」


 キジュは、覚悟を決め雪原に立った。

 デーリッガは、キジュを下ろすとそのまま地面に倒れこんだ。


「デーリッガ、君はもう無理をするな」


 孤軍奮闘のキジュを励ますように、地べたから鳴き声をあげる。

 大空を焦がす炎の塊の方へと向きなおった。


「ハツ! ハツ!! ハツ!!! ハツ!!!! ハツ!!!!!」


 カデラスのど真ん中に、五連続で吸い込んだ雪を叩きつける。

 あっという間に、白い湯気が立ちこめ、すぐに巨大なカデラスを覆い、キジュをも包んだ。


(無駄な悪あがきだろうけど、気休めくらいにはなってよ)


 祈りながらスワイライムへと振り返る。

 無茶だと分かっていても、キジュは、デーリッガを担いででも、逃げるつもりだった。



 馬上で、グローリの思考が止まった。

 命綱で結ばれる霊と霊術者のみが共有する精神の世界に、呼び出されたためだ。

 グローリの意識は、静かな空間に沈んでいく。

 その闇の中で一条の光が、彼に残った最後の霊術の光だった。


(……この術をとけというのか……)


 霊術で甦ったとはいえ、言葉を話せぬ種になったがために、グローリの呼びかけに答えられるはずもなかった。

 しかし、その問いかけに対する答えを聞かずとも、フレイナがどう答えたいかは、グローリには分かっていた。


(……全く、いつまでたっても頑固だな、お前は……)


 グローリの意識の下に眠っていた、光輝く綱をつかむ。

 この命網は一本一本が霊術でできた糸であり、死霊と器をつなぎとめる役目を持っている。

 それを、今グローリは解き放った。

 命網は淡い光をちらばせ四散した。

 霊術の維持に当てられていたグローリの精神力が、霊術の開放とともに、空となりつつあった心に戻ってくる。

 グローリの顔に生気が宿りだし、目が見開かれた。



「デーリッガ? デーリッガ!」


 デーリッガの姿は無かった。

 地面に伏せているだろう体を探し、周りを見回す。

 視界が悪くなったためか、デーリッガは見つからない。

 先ほどまでいた場所には、乾いた土が見えるだけだった。


(……うまく逃げられたのならいいけど……)


 残念ながら、デーリッガを探している余裕はない。

 キジュは走り出す。

 確かにデーリッガのことが心配だったが、自分が戻らなければ、スワイライムの人々は助からないのだ。

 カデラスは、雪すらも燃やし進行を続ける。

 その速度は衰えつつあるが、それでも確実に、スワイライムへと進んでいた。

 もちろん、目の前のキジュはいうに及ばない。

 衰えているとはいえ、人が走る速さで振り切れる速さではなかった。


(たいした足止めにもならなかったかな……)


 キジュは、後ろを振り返らないで逃げる。

 徐々に背中に感じる熱気が高まっていく。

 それは、そのまま、カデラスとキジュの差が縮まっていることを示す。

 ジリジリと髪が焦げる臭いが、鼻を突く。

 鎧のおかげで、体は火傷を負うことはなかったが。


(息……が……もたない……)


 長時間走り続けるのは、キジュは得意だった。

 ただし、それは余力を残しつつである。

 短い距離を全速で駆け抜けるのと同様に走ったのでは、走り続けられるはずがなかった。


(駄目か……)


 キジュが観念したまさにその時だった。


「……どこだ! この蒸気をどけて姿を見せろ」


 グローリの声だった。


(この声は、グローリ? わずかの間に回復したっていうの? とりあえず、湯気を何とかしないと)


 篭手からカードを取り出し、掛け声とともに湯気を吸引する。

 すぐ目の前にグローリの飛翔した姿が飛び込んでくる。

 それと、同時に、グローリに抱えられ宙に浮いた。


「グローリ、回復したんだね」


 キジュは、初代グローリの姿を見て、勝利を確信した。

 ようやく、二人はスワイライムの中へとたどり着いた。

 太陽は、地平に沈む寸前だった。

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