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運び屋の手記より ~スワイライム~  作者: くろきほむら
第七章 カデラスとスワイライム
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第七章-5

 先行して流れる溶岩が、レイクルの作った溝にさしかかった。

 ここまでくればスワイライムまで目と鼻の先だ。

 グローリは、息をのみ見守った。

 溶岩は溝にながれこみ、そして、曲がった。

 だが、思惑通りに進んだのは、そこまでだった。

 カデラスは、溶岩から離れスワイライムの方へと進んでいく。


「……運命はどこまでも、俺に背を向けるか……」


 止めていたレイクルへ命令し、カデラスの前へと進ませる。

 だが、その歩みすら、グローリの精神を著しく磨滅させていく。

 それだけ、この巨大な霊獣を維持するのは大変であった。

 レイクルの一歩が、大きな地響きをたて、さらに一歩が雪地に巨大な穴を穿つ。

 レイクルが歩むだけで、また地震がおこったのかと思わされるほどであるが、これはレイクルに実体があればこそだった。


 実体の有り無しは、精霊を入れる器に起因するが、霊獣の強さとは関係がない。

 魔物や人間など実体を持つものを相手にするときは、攻撃するのに、実体が無い方が便利だが、反面、自分を防御させるには実体がなければ話にならない。


 実体のないもの、つまり、火などを器にした霊獣を相手にするときは、精霊を器につなぎとめる霊獣師の精神力のつぶしあいとなるため、実体の有無など勝負に影響を与えないからだ。

 それでも、一般的に霊獣師は、実体のある霊獣を作ることは、ほぼない。

 なぜなら、相手が実体を持っている際に、先手必勝で相手を屠れば、防御の必要はなくなり、防御が出来ないことが欠点ではなくなるからだ。

 また、相手が霊獣なら、実体の有無が勝負に左右することがないのであれば、逆説的に、汎用性のある実体のない霊獣を作るという結論になる。


 では、なぜレイクルを作った霊獣師は実体を持つよう大地を元にレイクルを作ったのか、グローリは考えたことがあった。

 そのとき得た結論は、今、改めて正しかったと感じる。

 カデラスの周りは異常な熱気を帯び、雪を瞬時に蒸気に変え、その熱で起こる上昇気流で、たちまち、その蒸気を天空へと運んでいく。

 霊獣同士の戦い、器に精霊をとどめる霊獣師の精神力の勝負ではあるが、そもそもその器自体が壊れてしまったら、戦いにもならない。

 木、水、風、どれも太陽と称された炎球大精カデラスの前には塵や芥のようなものだ。

 燃やされ、蒸発させられ、四散させられる。

 唯一、大地のみが、その猛威に抗しうる存在だった。

 レイクルが、カデラスの進行を止めるべく、敢然とその前に立ちふさがった。


(……殴れ)


 レイクルが巨大な拳を振り、カデラスを叩きに行く。

 グローリは、レイクルとカデラス衝突の際に互いの命綱が絡み合い切れてしまわないように、精神を集中し命綱が切れないように準備する。

 これが精神力の潰し合いになる原因だが、今度もまた、グローリの思惑は外れた。

 レイクルの拳は、カデラスをすり抜け、カデラスは何事もなかったように、飛行を続ける。


「……馬鹿な……」


 グローリは、思わず呟く。

 すり抜けること自体は、問題ない。

 問題は、命綱が切れそうになることがなかったということだ。


「……」


 さらに、もう一度、今度はカデラスの後ろから、両拳を繋げて振り下ろした。

 またもや、その拳はすり抜け、レイクルの命綱がカデラスの命綱と絡まることはなかった。

 こうなれば、答えは一つだった。

 だが、グローリには受け入れがたい真実だった。

 カデラスが、霊獣ではないという事実など……………………。



 スワイライムから見れば、炎球大精の前に山精厳霊が立ちふさがり、果敢に殴りつけているように、見えていた。

 いまその場で起こっているグローリの苦悩など知る由もなく、はっきりと姿の見えるレイクルの姿は、村人を勇気付けていた。


「……まさか、伝承が甦がえろうとは」


 語り部の父カノラークは、娘らに抱えられ、中央広場へと移ってきていた。

 語り部として、この戦いがどうなるか見届けなければならない義務感が、カノラークにはあったからだ。


「しかし、これを生きて伝えられないのは残念至極だ」


「お師様、グローリ様が負けるとでも?」


「五百年を経て蘇ったカデラスの存在そのものが、この地を焦土と化そうとする運命の意思そのものじゃよ。運命を変えられぬ。まあ、よいではないか。この戦いは、他の村や町でも見えておるだろう。そこの語り部が、我らの代わりに伝え継いでくれるだろうて」


「そんなことはさせないよ。グローリと約束したんだから」


 霊獣を見据えながら、キジュが口を挟む。


「そなたは、運命の精霊というものをわかっておらん」


 そこで、話すのをやめた。

 レイクルが、再び右拳でカデラスを殴りつけたからだ。

 しかし、またしても、煙を殴るようにレイクルの腕が、カデラスに飲み込まれていく。


「カデラスは精霊だと何度もいったはず……。霊獣と違い、殴るのは無意味よ」


 カノラークは、自分たちが伝えてきた伝承に一遍の疑念も持たず、いった。


「じゃぁ、どうやって、あれを倒したっていうんだ、昔のレイクルは」


「霊術師が召喚したため霊獣といわれておったが、レイクルも歌にあるようにやはり精霊だったのだろう。二大精霊とも詩である様に、精霊の可能性の方がわしは強いと思っておった。そして、レイクルがカデラスに勝ったとするならば、レイクルがカデラスより強い精霊だったのだということだけだろうよ。残念ながら、グローリ殿がつくったレイクルは、まがい物というわけじゃ」


 キジュには、この老人の理屈がさっぱり分からなかった。

 だが、そのことにかまっている余裕はなかった。

 レイクルの巨体が、為す術もなくカデラスに飲み込まれ、大地に倒れこんだからだ。


「……まずい!」


「何がまずいのですか? さっきからレイクルの攻撃がすり抜けているのに変わりはないと思いますが。でも、グローリ様は、そうなるだろうと仰っておられたのでしょう?」


 センナの言葉も耳に届かず、とっさに、キジュは走り出していた。

 グローリにもしものときは、村人を連れて避難してくれといわれたことを、忘れたわけでもなかった。

 だが、キジュのとった行動は、そうではなかった。

 村長の家から、馬を連れ出すと、何かを言っている村人やセンナに返事をすることすら惜しんで、キジュは馬を走らせ、村を駆け出た。



 馬は、雪原を駆ける。

 キジュは、空いているカード全てに、目に見える範囲の雪を詰め込みながら、手綱をしごく。

 グローリが、完全に倒れる前に助けなくてはいけない。

 村人のことは後にしてでもと、キジュは焦る。

 グローリを死なせてはいけない理由を、キジュにも明確には分からない。

 だが、数々の修羅場を乗り越えてきたキジュの本能が、この後、グローリの力が必要になるときが来ると訴えかけてくるのだ。


(……やはり、行かせるんじゃなかった……)


 カデラスは、レイクルを素通りして前へ進む。

 再び起き上がったレイクルの腕が、虚しく空を切る。


「……実体が無いなんて」


 霊獣同士の戦いなら、このような光景でも問題ではない。

 おそらく、このような戦いの絵になるだろうと、大会に行く前にグローリは言っていた。

 しかし、この戦いは、グローリが考えていたものとは違うと、キジュは、これに関してははっきりと理由があり否定できた。

 それは、レイクルの動きに精細さがないからだ。

 動きに淀みすらある。

 まるで、大人にあしらわれている子供のようにさえ、キジュには見えた。

 あの剣術の達人でもあるグローリが、そんな操り方をするはずがない。

 となれば、あの動きは何だ。

 キジュには、分かった。

 グローリにはもう、打つ手がなくなってしまったということがだ。



 レイクルは、再びカデラスとグローリの間に立った。

 激しい地鳴りが、馬を驚かせとまらせる。

 焦るキジュは、馬に再び鞭を入れる。

 グローリまでは、もう少しだったが、それがとてつもなく長い。

 周囲の気温は、真昼の砂漠を超えていた。

 馬が、ばてて足どりが重い。


「お願い! もう一息なの走って! ハツ!」


 キジュは、ついにカードを切った。

 彼女の周りに、吹雪が巻き起こる。

 ほんのわずかだが冷気が身を包み馬に活力を与える。

 その向こうで、カデラスを殴ろうとしたレイクルの右腕が、振りかぶった段階で形をとどめきれず引きちぎれ、吹き飛んだ。

 地に落ちたそれは真っ赤になり雪を焼いた。

 カデラスに、命綱を切られたわけではない。

 レイクルを維持していた、グローリの精神力が尽き始めたのだ。

 それにつられ、グローリを掴んでいたデーリッガも堕ちた。

 続いて、レイクルがもんどおりうって倒れる。

 カデラスは、冷酷にも再度それを飲み込んだ。


「ハツ!」


 目の前にできた新たな焼ける地面の上に、土砂をかぶせ駆け抜ける。


「グローリ、起きて!」


 地面にうつぶしているグローリの上に、カデラスがのしかかろうとしていた。


「……くっ!」


 だが、まだキジュは、グローリの前までたどりつけていない。

 後、数千歩というところまで来てはいたのだが。

 キジュは、帰り用の切り札としてとっておいた、一枚に手をかけた。

 頭の中で、今使っては、逃げられなくなると警鐘がなるが、行動は止まらなかった。



 デーリッガは、グローリの足元に覆いかぶさっていた。

 グローリの意識はなくなっている。

 自分が動けるのも奇跡に近い。

 時間稼ぎにでもなればと、火に強い自分の体で足を覆ったのだ。

 向こうから駆けて来る、キジュに賭けて。


「……!」


 キジュが何かを叫ぶ。

 それは見れば分かるが、音は伝わってこない。

 デーリッガの聴覚は、すでに機能していなかった。

 自身の体が、土に返ろうとしていたからだ。

 それでも先を見届けようと、デーリッガは気力を振り絞る。

 その静寂の世界で、キジュは困惑していた。

 驚いたままカードをしまい、馬が走るに任せグローリの前に辿り着いたのだった。



 グローリの目にはカデラスの炎が、フレイナを焼き払った時の炎に見えた。

 あの時のように、自分の無力さまでもが同じだった。


「……グローリ……しっかりしろ!」


 キジュの叫び声が、耳元で聞こえる。

 グローリは、キジュの呼びかけに意識を何とか取り戻した。


「……見誤った……レイクルでは話にならん。殴ってもこのざまだ……」


 グローリは、珍しく愚痴る。

 キジュはうつ伏せに倒れていたグローリを助け起こそうと、仰向けに返す。


「……君は???」


 今までのグローリとは、似ても似つかない、一人の青年の姿がそこにはあった。


「……悠長に、話をしている暇は無い。カデラスに取り囲まれ始めたぞ……」


 行進を止めていた、カデラスは形状を崩し左右からキジュを囲むように動き出していた。


「グローリ……でいいんだよね? 君も乗るんだ、戻るよ」


「……俺はいい。気力が尽きて戦力にならん。それにここを抜け出すにも足手まといなる」


「大丈夫。ここから戻る方法は考えてある。それに、君に戻ってきてもらわないと困るんだ」


 キジュは、グローリを助け起こしながら続けた。


「偶然にも、分かったんだ。カデラスの正体が。そして、倒す方法も考え付いた。だから、今、君に死なれると困るんだよ!」


 その言葉で、グローリの瞳に再び、気力が戻った。

 今まで、この少女の策が外れたことはなかった。

 気休めで嘘をついているのならば、こんなに覇気を込めた瞳をしないだろうと、キジュの目を見てグローリは感じた。


「……勝算はあるのか?」


「そうだな、今の君に、僕が勝てるくらいの勝算はあるよ」


 こんなときでもおどけるキジュを、グローリは冷たい目で見ながら、デーリッガを抱き上げたのだった。

前の部でレイクルの召喚描写が物足りないということでしたので、

若干、修正しました。

同じように物足りなかった方や分かりづらかったと思う人は、

その部分だけでも見直してみてください。

まえよりはよくなっているかと……。

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