第七章-4
東胸壁の外に三台の投石車をこっそりと配置される。
もっとも胸壁といっても今は崩壊し、ただの瓦礫の山にすぎないが。
その瓦礫をカードを使いそれぞれ、投石車の脇に置く。
「これで、弾に困るということはないだろうけど……」
こちらに迫ってくる太陽ともいわれる炎球大精カデラスを見上げ、無駄なことだよなとキジュは自嘲する。
「キジュ様、言われたとおり荷物を持ってきました」
センナは、キジュに頼まれフレイナの部屋から、キジュの荷物をいれた袋を持ってきた。
「ありがとう」
キジュのつけていた革の鎧も、羽織っているマントも、下に着ている服も、全てぼろぼろになっていた。
これでは、いざというときに話にならないと考え、キジュは家から持ってきた家宝の装備に着替えることにしたのだ。
替えの服は背負い袋の上のほうに入れてあったのですぐ出せたが、もう一つの目当てである防具一式は袋の一番奥底にあるために、簡単に見つからない。
しかたなく、袋の上のほうから、中の荷物を一旦外に出し始める。
その作業の最中キジュの手が、一瞬とまった。
袋の中には、手紙があった。
ココヤスの宿屋で預かった手紙だ。
今のキジュには、差出人を確認しなくても誰なのか見当は付いたが、念のため袋の中で差出人を確認する。
「こんな大事なものがあったっけ……しまったなぁ…。しょうがない、今は生き残ることが先だ。配達は後にするか……」
「どうしたんですか?」
センナが気になり、不思議そうに覗いてくるが、キジュは、センナにだけは見せられないなと、その手紙を背負い袋の奥の方へと押しやると、何事もなかったように返事をした。
「いや、前の町での仕事を一つ忘れていたんだよ。この一件が片付いたら戻らないといけないなって」
「そうですか。早く戻れるように、頑張りましょう」
センナがすんなりその言葉を信じて応援してくれたので、キジュは少し良心を痛めながら、荷物を探し続け、ようやく、目当てのものを見つけ、取り出した。
キジュの家に伝わる継承者用の鎧、龍の髭で編んだとされる服で、名を龍糸帷子という。
鉄製の帷子よりも軽く丈夫で、なおかつ、火への絶大なる耐久性を持つと家の中では語り継がれていた。
帷子、篭手、靴、帽子の一式であるが、キジュが家を出るときに、母が父に内緒でキジュに持たせてくれたものだ。
キジュにしてみれば、自分の家の小さな流派が、そんな大層なものを持っているとも思えなく眉唾でもあったし、アーレス流を継ぐ気もなかったので、一旦は断ったのだが、 母が泣いて持っていけというので、やむなく袋に入れていて持ち歩いていた。
だが、今はわらにでもすがる思いで、その伝承を信じてみようと、キジュは思った。
辺りを見回し、人気が無いことを確認すると、ぼろぼろとなった鎧を脱ぐ。
鎧は、穴だらけとなり、金具のところ以外は、虫食い状態となっていた。
当然、下の服も破れて白い肌が見えていた。
「ちょっと、キジュ様!」
センナが慌てて声を出すが、当のキジュは気にする素振りも見せず、服も脱ぎ捨て、袋から取り出した代わりの服を素早く着る。
「どうしたの?」
「恥ずかしくないんですか? 外ですよ」
「あぁ、どうだろ……。必要に迫られたら、恥ずかしいとかいってられないよ。それに、今はセンナしかいないから大丈夫でしょ」
センナがそうですがといっている間に、キジュは竜糸帷子を服の上から着込み、靴を履く。
最後に、自分用に改良した篭手をつけた。
竜骨で出来た手甲部と、竜糸で編んだとされる指の部分にわかれたこの篭手に、内側にカードをしまえるように袋を五つ取り付けてあった。
「すごい、立派ですね。物語に出てくる英雄のようですよ」
センナには悪気はなかったのだろうが、キジュは内心でため息をつく。
竜糸帷子は、もともと小さめに作られていて、黒い糸の伸縮で大きさを調整する作りなため、服の上からでも、キジュの体の線を見事に浮き上がらせてしまう。
漆黒の帷子を身につけたキジュは、まさに、センナが思い描く英雄像といってもよかった。
(それにしても……)
自分の青年のような体の線に、再度、ため息をつきながら、キジュは気持ちを切り替え、中央広場に戻っていった。
巨大な火球は、シュジュの大森林を、半分以上燃え上がっていた。
蒸発した水が霧のように立ち込め、煙とあいまって、真ん中より上の姿を覆い隠している。
この世の全てを焼きつくすかのようなカデラスの進行は、動物や魔物を問わず、平等に命を奪っていった。
グローリは、レイクルの中腹に降りた。
下降する速度を速めたカデラスとは、目と鼻の先だった。
普段は何事にも動じないグローリでさえ、その大きさに息をのむ。
異様な羽音が耳をつく。
羽はどこにも見当たらないのに、ジーンという音がカデラスの存在を主張するように、響いてくる。
熱による陽炎でぼやけ、カデラスの存在が見えないのと対照的に。
「……何を命令されているか知らんが、その傍若無人ぶりも今日までだ……」
グローリは、瞳を閉じ瞑想する。
頭の中で、巨大なカデラスにも負けない大きさの巨人を、思い描く。
その巨人を精密に動かし、グローリは納得した。
一気に瞳を開く。
大地が隆起し、大木のように太いでっぱりが一本、又一本と大地からのび、根元で五つの柱が一つにまとまる。
手だった。
岸壁から這い登るように、手のひらが大地を掴む。
その手に引き上げられ、頭が地面の下から現れる。
まるで、大地を船に見立て、水面下ならぬ地面下から這い上がるように、首、肩、胴、腕と順に上半身が伸び上がり、大地の上に両腕で支えられた状態となる。
この時点で、すでに、五階建ての城を凌ぐ大きさとなった。
その状態で、左足が地面下から出現し、あっという間に全身を支え上げ、大地へと立ち上がった。
壮観の一言に尽きる。
山精厳霊レイクルは一つの山のような大きさとなった。
まさに巨人ともいえる存在だ。
体中にまとわり付いている木々を、むしり取る光景さえなければ、誰も霊獣とは信じないだろう。
それほどまでに、見事な造詣だった。
グローリはレイクルに命令し、まず、家よりも大きなその手で、大地を掘り返し始めた。
カデラスもそうだが、溶岩を何とかしなければならない。
このまま溶岩が下っていけば、村は溶岩の中に沈む。
そう考え、流れを変える溝を掘っているのだ。
さらに、発生直後からカデラスは溶岩の上を飛び続けている点を見ると、溶岩の進路が変わればカデラスの進路も変わるのではないかという期待もある。
カデラスを倒すことには変わりはないが、その進行上に村なければ、最悪の場合の義務は果たせたといえるだろうと、グローリはキジュの顔を思い浮かべながら忌々しいと、一言つぶやいた。
そう思っている間にも、レイクルの力は偉大で、あっという間に、水のかれた小川ができた。
掘り返した土で、土手まで築いている。
川はゆるやかに山の傾斜に逆らわず北北西へ斜めに延びている。
それを確認し、グローリは土手の外側にレイクルを後退させた。
(……溶岩流は、これでさけられるだろう。あとは戦う場所だが……)
グローリとしては、カデラスの進行方向が変わったことを確認してから、戦いをしたかった。
ともすれば、途切れそうな意識を保ちながら、グローリはレイクルをひざまずかせる。
レイクルの手の平に乗り、再びレイクルを立たす。
(……ここは戦うとしたら不利だ)
土手の外側でも、斜面はきつく、足のあるレイクルにとって、不利だとグローリは判断した。
もし、運河でカデラスがそれなかったらと最悪の事態を想定し、レイクルに乗ったグローリは山を降りていく。
(戦うとしたらここだな……)
スワイライムとの間のわずかな平地にでた。
グローリは、デーリッガにつかまり地面に降りる。
少しの不利もなくさねばならない程、グローリには余力が残っていなかったのだ。




