第六章-3
主賓席で宰相ゼスナーがレイクルに捧げる辞を奉り、会場は一時、静けさに包まれる。
しかし、それも、選手が入場し始めると、圧倒的な歓声に変わる。
昨日の試合で、ギャゼズを子供扱いし勝ってしまった実力からして、ガレントに負けることはないだろうというのは、会場に詰め寄せている客のほとんどが思っていた。
もはや、観客の関心は、グローリの実力がいかほどなものかという点に移っていた。
ガレントは、面白くなかった。
今日の試合の主役は、自分になるはずだったのだ。
ここ数年相手に恵まれず、準決勝に残ることができなかった。
しかし、今回、ようやく、決勝にたどり着いたというのに、誰も自分のことを話題にしないとは。
「若造に勝ったぐらいでいい気になるなよ」
対面にいる、グローリを脅すように、ガレントはすごんだ。
「……」
グローリは、興味なさそうに、一瞥する。
その場にいる全ての人間の緊張が最高潮に達したとき、開始を告げる太鼓が叩かれた。
ガレントが、開始早々一撃目を入れてやろうと一歩を踏み出そうとした時点で、試合は終わった。
グローリの持つ剣先が、すでに、ガレントの喉下にあった。
一歩踏み出せば、ガレント自身が終わっていた。
「……無駄な時間を費やす気はない。昼にもここを発つつもりなんでな」
「まいった」
何を言われているのか分からないガレントは、そういうのが、やっとだった。
一匹がキジュに向かって飛び込んできた。
キジュの目には迷いがあった。
それでも、ブラドベリューの球のつなぎ目がはっきりと見える。
穏やかに三歩間合いを詰める。
前傾姿勢に構えを移し、全体重と殺気を両手で持ち替えた剣先に乗せる。
キジュの足が震え始めた。
右手の感触とともに、自ら封印せざるを得なかった奥義と禁忌の記憶が蘇る。
体中に拒絶のしびれが走る。
心の傷から零れ落ちた涙が、止めどなくあふれてくる。
この技を取得した時の悲しい光景が、脳裏に鮮明に思いだされた。
あのような形になると分かっていたら、決して覚えなかっただろう技だ……。
……………………。
………………。
…………。
……。
「ごめん、君をこんな事に巻き込んでしまって」
暗い路地の裏で、少年は、血だらけのわき腹を右手で押さえ、キジュにいった。
「……そんなことはどうでもいいさ、それより、大丈夫かい」
いっている、キジュが、その言葉が無意味なことを分かっていた。
「残念……ながら、良いとはいえないな」
少年は、左手で懐から五枚のカードを探し出し、取り出す。
「……これを、君に託す。できれば壊して欲しい、それができないなら、何かの役に立てて欲しい……。なんて……壊せるもん……なら僕がやってるか…………」
苦しい中、最期は冗談を言って、無理に少年は笑った。
「……はは、笑えないよ、そんな冗談……」
キジュは、少年の手から、それを受け取った。
そのとき。
「おっと、そのカードこちらに引き渡してもらおうか」
追いついてきた暗殺者が、キジュたちを見つけ、路地裏の道をこちらに歩んでくる。
「……もう、僕のことはいい、逃げろ」
「逃がすと思うか、このことを知っている者は、死ぬしかない」
追っ手は一人だ、ただ逃げるより、倒して逃げるほうが安全だ。
それにキジュは死んでいく友を、この場に残していくことはできなかった。
二人の思惑と剣が、交差する。
キジュの小剣よりも、暗殺者の短剣は小回りが利く分、手数が多い。
しかも、その刃身には毒が塗ってあり、一撃が致命傷だ。
キジュは次第に劣勢にたたされてくる。
最早、キジュの打てる手は一つだった。
つい、この間覚えたばかりの、奥義を使い相手を気絶させ、この窮地を脱出することだ。
暗殺者の一撃一撃をしのぎ、意識を集中させる。
キジュの集中力が最高潮に達したとき、暗殺者の剣閃を交わしざま、奥義を放つ。
今まで、人を殺めたことも、殺めようと思ったことのないキジュの右手に、不気味な感触が残り、その男の体は……。
……。
…………。
………………。
……………………。
(治まれ、こんな時の奥義じゃないか……)
「キジュ様よけて!」
脳裏には散り行く人を見ながら、耳は風きり音を捉えキジュの体を動かした。
間一髪、キジュは針で身を固めたブラドベリューの体当たりを交わす。
続けてもう一匹が、キジュを襲う。
焦りで右手の剣を落とし、片足で大きく左の方へ飛びのく。
そこを、最初に飛んできたブラドベリューが、また勢いよく飛びぬけていく。
(何やっているんだ……まずは、おちつけ……。それからだ)
更にもう一回、迫ってくるのを前転をして交わし、そのまま立ちあがる。
マントと服の裾が敗れたが、何とか傷を負わすにすんだ。
キジュは呼吸を整えるが、足の震えは収まらない。
魔物は、地面に着地するとキジュに背を向ける。
体当たりよりも、射撃のほうが確実と感じたのだろう。
二匹とも間合いをつめようとはしてこない。
いつ針が飛んできても良いように、キジュも五感を研ぎ澄ます。
今の状況でどこまで回避できるか分からないが。
そのキジュの耳が、柔らかな透き通った詩を聞き取った。
一つの節が歌われている最中に、鋭い多くの針が放たれる。
全部で二十八本の針の軌跡を、キジュは見切った。
逃げ場を閉ざすよう広範囲に放出したため、針の密度は薄い。
ただ、震える左足に三本飛来してくるのは、盾で覆えるものでもなかった。
右足を引き、左半身となる。
左手で剣の鞘をさぐる。
革の鞘では防ぐことはできぬが、軌道を変えることはできる。
はずすなり前方に投げつけ、残りを盾で弾いた。
氷壁の上で、成り行きを見守っていたものたちは、息をのんだ。
誰もが駄目かと思っていたが、キジュは針をすり抜けていった。
マントもスカートもボロボロになりながらも、キジュに傷はない。
全員が歓声を上げる。
センナも内心で歓声を上げながら、歌い続ける。
魔物から隠れる母子の歌を。
子供の心細さ、恐れを、母が抱きしめてときほぐす、自身の恐ろしさを抑えながら。
そんな詩だった。
センナは自分が臆病だったからこそ、キジュの異変を敏感に感じ取っていた。
キジュがおびえていると。
そう思うと、自分には何かできないかと思って、自然に唄いだしていた。
優しいその唄声は、自然と全員の不安を拭い去っていた。
キジュ以外、誰も気付いていなかったが。
(体の震えが治まってきた……。この唄のおかげだろうな……。妙に落ち着く。ありがとう、センナさん)
冷静さを取り戻した、キジュは再び、殺気を剣に込め、集中力を高め始めた。
射撃でも、体当たりでもしとめることのできなかった、ブラドベリューは、一体が針を飛ばす姿勢をとり、もう一体は体を丸める。
次の瞬間、針が飛ばされ、同時にブラドベリューの巨体が迫る。
キジュの瞳は、飛んでくる針と、ブラドベリューの急所が止まっているかのように見えた。
まず、余裕で十四発の針を、後退しながら交わす。
さらに、まばたきもせぬ間に、キジュは、前傾姿勢へと構えを移す。
(アーレス流奥義交差竜破……!!)
体当たりをしてくるその体に、自分から間合いをつめつつ、全体重と殺気を両手で持ち替えた剣先に乗せる。
その後を追うように、真空の刃をまとったキジュの小剣が頭と尾の分かれ目から滑り込み、ブラドベリューの躯を真っ二つに切り裂いた。
衝突の瞬間、剣の当たる打撃音よりも早く、急所を衝撃がすり抜けていく。
そして、破裂音が遅れて周囲に広がる。
分断された二つの半球は、そのまま氷壁に激突した。
その光景に残りのブラドベリューが、更に、瞳を真緑に染め、針を飛ばす。
だが、剣が無くても防げた物を、剣を持って防げないということはなかった。
交わしながら間をつめ、伏せる前に回りこみ腹部を切り裂いた。
キジュは、しとめたことを確認すると、息をのみ見守っていた村人に笑顔を向けた。
唄い続けていたセンナは胸をなでおろし、キジュに微笑を返したのだった。




