第五章-1
気持ちのいい朝だった。
見渡すばかりの青空で、雲ひとつなく、レイクルが、気高くそびえているのが見える。
しかし、そんな気持ちのよさを台無しにする大声が、ココヤスのとある酒場で響いていた。
「あんたのところのまずい飯は、いらないからな。あんたが選んでくれた酒を届けてくれさえすればいいんだ。この店にな」
「俺は、店の外に酒も料理も出さない」
とんでもないとばかりに店主は、首を振った。
「あんたのこのしみったれた店に泊まってやったのも、酒の目利きを見込んだからだ。俺の決勝進出の、祝い酒を入れろよ」
「ならこの店で祝賀会をやればいいだろう」
「冗談をいうなよ。本選出場祝いとはわけが違うんだ。晴れの決勝進出祝いにあんたの料理じゃけちがつくじゃないか。これ以上ない最高のものをそろえたいんだよ」
「うちの酒は、うちで出す。大体、料理がなんだか分からないのに酒をあわせられるはずがないだろう!」
「料理名なら連絡する。それであわせてくれ、いいな。酒を入れなかったら、二度とこんなところには泊まらないし、仲間内にも泊まらないようにいっておくぞ。この店は、俺たちでもっているんだからな」
ガレントは、机で水を飲んでいるグローリには目もくれず、乱暴に扉を開け出て行った。
「悪いな、せっかくの食事中に……」
「……どうでもいいが、あれは決勝に出られるつもりなのか?」
「世間では、その筆頭候補となっているね」
「……やれやれ、この大会の質も落ちたな……」
「数年に一度は、国の礎となるものも輩出するんだが。今の霊術師長も宰相もこの大会出身者だ」
誇らしげに店主はいう。
「……この大会が好きなのだな……」
「それは、この町の誇りだからな。それに、宰相はこの宿に泊まったこともあるし、霊術師長と決勝で戦ったのもうちの客だったよ。だが、こうやって出場者を支援するのも今回が最期になるがね」
「……そうか」
グローリは、何故かを問いただしたわけではなかったが、店主は続ける。
「まぁ、料理が作れなくなってからあがいて続けてきたのだが、ここらが潮時だ。ここ数年、ガレント以外うちに泊まった客で本戦に出場したのはいなかったんだが、あんたがで本戦に進んでくれたからな。いいきっかけだよ。今日は閉店祝いにうまい酒を奢ってやる。なに、奴らに出してやるよりは、よほどましってものだ。がんばってきな」
クラウガの激励を適当に流し、グローリは、自身の用件を切り出すことにした。
「……そうか。ところで、話は変わるが賭けはやらないのか?」
「あぁ、大会のか。誰が勝つかに賭けるなんてのは、闘っている奴に対して失礼だと思えてな。それに、人生の賭けに負けた俺にはあたらないだろうさ」
不器用に右手を振る。
だが、その反応は織り込み済みだったのか、グローリは気にせずに続ける。
「……そうか。ならば店の最後に一つでかい賭けをしないか」
そういって、自分の背袋から子供の頭ほどの革袋を取り出す。
キジュから預かった賭けのための資金だ。
「……よんどころのない事情で、俺には金がいる。あればあるだけいい。それでこの金をあんたに預ける。今日が終わるまでに五倍にして返してくれ」
店主は、呆れ果てて苦笑していった。
「おいおい、それは賭けか? 全然割が合わないじゃないか」
「……そうだな。これでは対等ではない。だからこうしよう。俺が決勝まで残らなかった場合、その金は返さなくていい」
「ほう。強気だな。あんたの名前に賭ければ儲けさせるといっているようなもんだ」
「……預けた金をどう使おうが、それは自由だ。ただし、俺ならばグローリという名前に賭けるがね。おそらく最初の賭けの倍率は、十倍を越えるはずだ……」
そういうと立ち上がり金を置いてグローリは店を出た。
店主は宿帳を見て、怪訝な表情を浮かべて、グローリを見送った。
闘技場を見下ろす会場は、大盛況だった。
午前中に行われる四試合の賭け率の札が、大きな板の名札と一緒にかけられている。
その名前の下には、選手の特徴や賭け率の解説の紙が張ってあった。
舞台上のグローリが、自分の名前を探し当てるのは、とても簡単だった。
倍率三対二十二。
午前の部最大の倍率で、午後もこの倍率を超えることはないだろうと目される。
もちろん、高い方がグローリだ。
寸評にはこうある。
『今大会で一番恵まれている男。その幸運がどこまで続くか? はたまた、隠された実力が存在するのかもしれない』
(……予定通りといったところか……)
目線を主催者席に移し、一旦その奥を見据え、そのまま下に戻す。
向かいの対戦相手が目に入る。
(……後はあいつがどう出るかだな……)
向かいの男がいう。
「悪いが、雑魚に用はない」
「……どちらがだ……」
二人のやりとりは、周囲には聞こえない。
聞こえたとしても、開始を告げる太鼓が遅れたりはしなかっただろうが。
なにはともあれ、四つの舞台上では一斉に戦闘が始まった。
ゲルナーと名札が掛けられた男は、腰からナイフを抜き、投げつける。
グローリは、動かない。
剣に当たるのが分かっていたからだ。
「今のは、ほんの挨拶代わりだ」
ゲルナーの妙技も、グローリには威嚇にならない。
周囲を見回す余裕すらある。
激しい戦いが繰り広げられる中、まだ勝ち名乗りを受けるものは居ない。
グローリがよそみをしている間に、もう一本投げ込まれる。
それを、足元のナイフを拾う動作で交わす。
「……よほど運命の精霊に好かれているらしいな……」
「……そうだといいがな。俺ほど嫌われているのも珍しいはずだが……」
ナイフを交わされたのを偶然だと思い、ゲルナーは皮肉を込めていう。
かまわずグローリは、ゲルナーの心臓めがけてナイフを投げつける。
かなりゆるめに投げたが、ゲルナーの反応は鈍かった。
(……こんな程度で負けないでくれよ……)
グローリの心配が届いたのか、ゲルナーがようやく反応をし、盾を動かす。
それでも、胸部まで間に合いそうもなかった。
しかし、ナイフは勢いを失い落ちた。
「お前がどんなにナイフを投げたとしても、俺には届かない。一方で、俺のナイフはいつか当たるだろうが」
(……距離をとって闘い、ナイフで遠距離からしとめる。自分はあらかじめ霊術を施した盾で身を守り、相手の飛び道具を無効化するか……。おそらく風の精霊の力だろうが、霊術で攻撃されるとは考えていないのか?)
穴のある戦法に苦笑している中、周りで勝ち名乗りを受けたものがいた。
「勝者、ギャゼズ!」
横の舞台を見れば、余裕の表情で男が剣を収めて舞台から降りていく。
それを見てゲルナーが勇みだった。
「悪いが、次は俺が勝ち抜ける。奴にも借りがあるのでな!」
左右同時にそれぞれ四本のナイフを腰から抜きざま放つ。
(……さて、どうするかな……)
もちろん、どうやってかわすかを考えたわけではない。
どうやって、目立たず勝つかを悩んだに過ぎない。
グローリは考えをまとめ、右に交わし、ゆるりと相手めがけて走り出す。
ゲルナーは、後退しつつ追撃の八本を繰り出す。
グローリは、交わそうとして前のめりに転ぶ。
その拍子に手に持っていた剣を投げ捨てたかのように見せかけてゲルナーに向けて投げ、そのまま前転をし両手で受身を取った。
ナイフは頭上を越え、代わりに、グローリの剣が勢いよく飛んでゆく。
不意を付かれたゲルナーは、かわす間がないことを悟り、盾を構えた。
剣は、舞台に落ちる。
安堵のため息もつかの間、目の前に居たはずのグローリの姿を見失っていた。
「……これでおしまいだ」
背後からナイフを喉元に突きつけられ、ゲルナーは降参した。
観客席の下には、選手の控え室がある。
戦いを終えた選手が、唯一休憩を取る場所だ。
グローリが入ってきた時、そこには一人の先客がいた。
入り口からは、ついたてで中が見えなかったといえ、グローリでさえ気付かなかったほど、見事な殺気の消し方だった。
「お疲れ様です」
座っていた男は、音もなく立ち上がると、殺気を開放しつつ礼儀正しくお辞儀をした。
グローリは冷視すると、隅の席に座った。
「……なんのつもりだ?」
「貴方が、私の尊敬する剣士に似ていたもので、つい。気を悪くしないでください」
「……」
「その剣士のおかげで、剣の道に迷いなく進むことが出来るようになったのです」
「……そうか、それは良かったな。だが、俺は寝る。もう話しかけるな」
男は、グローリの話が聞こえていなかったかのように続ける。
「剣の構えがそっくりでした。その人は七年前、準決勝までいった人で、若いのに凄い実力者でした」
グローリに反応はない。
本当に寝ているのか、無視されているのか男には分からない。
それでも、話を終わらそうとはしなかった。
「ところで、貴方は何のために実力を隠そうとなさるのですか? 相手を油断させる必要もないでしょう、貴方ほどの人が? せめて私と戦う時は、本気で相手を願いたいものです。とりあえず伝えたかったのはそれだけです。それでは」
グローリの反応はないが、男は、満足したのだろう。
出口へと歩み姿を消したのだった。




