第五章-2
黄色く輝く太陽が勢いよく空を昇り、昨晩の夜更かしが目にしみてくる。
今日に限っては曇っていた方が良かったなとキジュは思う。
ようやく、グローリとフレイナの接点にたどりついたこともあり、充足感はあり眠くはないが。
そう思う理由は、それだけではなかった。
キジュの秘策にとっても、日の強さは大いに関係してくるからだ。
見渡せば、野盗やピアグラストに壊された村を囲む外壁が、そのまま放置してある。
実は、グローリが村を出るとき、この外壁を直していこうとしたのを、キジュが止めた経緯があった。
なぜそんなことをといえば、それは、キジュの策略だった。
下手に外壁を修繕してしまえば、野盗を刺激しかねず、彼らの行動を読みにくくしてしまう。
それならば、一層、あけっぱなしにして、考えを読みやすくしてしまおうと。
もう少し、分かり易くキジュの思考でいえばこうである。
村には外敵からの侵入を阻むものはないに等しい。
その状態を見れば、野盗は自分たちの好きな時に攻めようと考えるだろう。
すなわち、明日の決勝戦だ。
いつでも自由に攻める日を決めれるという選択肢を野盗に与えることによって、逆に、その日を決勝戦の日と誘導する。
これがキジュの考えた策だった。
それをグローリに話したときに、グローリは面白いといいつつ、一つその策の穴を指摘した。
すなわち、実際に野盗が村を攻めてくる段になって壁がないままでどうするのだと。
それをどうにかするのが、僕の秘策だよとキジュは、自信満々に胸を叩いていった。
朝方、レイクルの山から煙があがるのを見て、キジュは来るべきときはきたと思った。
直感がそれを野盗の合図だとキジュにに教えた。
おそらく昨日のココヤスの武闘大会予選に、グローリが参加していたことを知らせるための合図だろう。
人を走らせれば、数日かかるが、烽火を使えば一刻もかからない。
その証拠に、屋根の上からの限られた視界の中でも、一筋の煙に続いて、もう一つの煙が上がっていくのが見えた。
語り部たちに頼み、キジュは急いで人を集めてもらい、外壁の修繕を始めようと説明した。
村人も冬越えの準備で、外壁のことは口にはださずにいたが、当然不安だったらしく、やるならばなぜもっと早くしなかったのだと罵声も飛ぶ。
その不安を取り除くため、今日一日で修繕を完了させると、キジュは皆に約束した。
そして、今。
太陽が宙天に達し、明るく照りを照らす。
雲ひとつない天気ではあったが、気温は低く、キジュが望んだ状態に近かった。
「向こうの補修は済んだ。本当に泥を塗って水をかければいいのか? それだけなのか?」
半信半疑で村人は、キジュに問う。
そう聞かれたキジュは、ピアグラストに壊された塀の上に泥を塗り一生懸命水をかけていた。
「大丈夫だって。それより、そこが片付いたなら他のところにまわってよ。全部すんだらこっちに戻ってきてね」
朝から、手の空いている男手総がかりで泥を積み上げていっても、壊された壁の高さに届いているのは全体の二割程度だった。
まだ、手付かずのところもある。
泥をつむ作業は、夕方までには終わらせたかったので、キジュは、一旦、村人全員でやらなければだめかなと思い始めていた。
「こんな無造作に積み上げても、明日には崩れ落ちそうなんだが……」
村人はキジュの指示に半信半疑ながらも、ピアグラストを退治した実績のあるキジュの言葉に従うしかなかった。
「キジュさん昼食を食べないと……」
「うん」
キジュは、手を休めずに答えた。
「キジュさん」
ジャナリーの再度の呼びかけで、キジュはようやく、作業を止める。
仰ぎ見ると、日は空から降りだしていた。
「体に悪いですよ」
野菜をはさんだパンを一つ、ジャナリーは差し出してみせた。
バスケットの中には、もう三つパンが入っている。
「私が食べるまで待っていたの?」
キジュは、手ぬぐいで手を拭きつつジャナリーの近くまでいく。
「私だけじゃありませんよ。皆さん、キジュさんが声をかけてくれないので、休めないで居るのですよ」
ちょっと意地悪く笑う。
顔の至るとこに土がついているのだが、そんなことを忘れるほど愛らしい笑顔だ。
「ごめん」
ジャナリーに苦笑していうと、大声で手を振りながら休憩の合図をおくる。
皆、思い思いの場所に腰を下ろした。
「大奥様は平気なのかい?」
さっそくパンを食べながら、すぐに薬を届けた相手のことを尋ねた。
話がある方面にいかないようにというキジュの思惑からだ。
「今日は、体調が良いらしいので、手伝ってくるようにといわれました」
「だからといって、一番つらいところに志願しなくても……」
一から作らねばならないといっても過言ではない外壁は、誰からも嫌煙された。
しかたなく、キジュが力自慢を選んで作業をしだしたのだ。
全員の配置が決まった時、ジャナリーが後からきて一緒にここで修繕をしたいといったのを、キジュは驚いて聞いていた。
「いえ、キジュさんと話したいことも少しあって……。テムル様のことで何か隠していることとかありませんか?」
「え!」
敬遠しようとしてたことを真っ直ぐに聞かれたため、表情が崩れた。
隠し事があると悟られたのは、間違いないだろう。
それならばと、キジュは、彼女にしか出来ないことを託そうと決めた。
「うん……まぁね。一つ聞くけど、あの人のどこがいいの?」
今度は、ジャナリーが不意を突かれて顔を赤くした。
「テムル様は、小心者ですが、それに、見栄っ張りですが……優しい方です」
「そうかな……」
「テムル様のお父上は、ココヤス町の大豪商です。大奥様は正妻ではございますが、持病のためにこの村に静養中で、今は、第二夫人がいろいろと実権を握り、大旦那様も大奥様のことをほったらかしています」
「でも、薬を送ってきてくれるじゃない」
「それは、テムル様が送らしているのです。テムル様は、大奥様がないがしろにされているのを知って、この村に移ってきたのです。そうすることで、大奥様のことを二人にいたわって欲しいと訴えているのです。テムル様のことを二人ともとてもかわいがっているので、渋々テムル様の言うことをお聞きになっている状態なのです」
「なるほどね。あの子も、いいところがあるんだね……」
「私にも優しくしてくれますし、家中のものは皆お慕いしていますよ」
そこで一回、話を切って、ジャナリーは深くため息をついた。
「ところが、意識を取り戻してからというもの、何かあったらしく、ずっとふさぎこんだままなのです。どうしてなのか見当もつきません。あの事件から何かあったとしか思えないのです。キジュさんは、何か知っているのでしょう? 教えてくださいませんか」
しばらくキジュは、考えていた。
「やっぱり、僕の口からはいえないな。それを教えてくれるのはテムル君、本人だけだよ。でも、ジャナリーが彼を大切だと思うなら、明日は、一日中目を離さないほうがいいかな」
キジュは立ち上がり、それ以上何もいわずにパンを頬張った。
パンを頬張りつつ、首領はどなりちらした。
「おい、外の様子はいったいどうなっているんだ?」
薄暗い牢の中で、鉄格子の奥の床に盆が置かれ、分不相応な量のパンがつまれている。
テムルが自身の家から運んできたものだ。
「なんでも胸壁を補修するとか……」
テムルは、おどおどしながら答えた。
ドルトイが補修のほうが性に合うといって出て行ったため、また一人、テムルは牢番となっていた。
「全く無駄なことをやりやがる。明日には、この村なんて終わりだってのにな」
手紙を読み終えた男が、返信を書き始める。
それを鉄格子のついた窓から入ってきた鳩に、くくりつけると外へ放つ。
「それよりお前、明日、この扉をちゃんと開けるんだぞ? お前もばらされたくないだろう。あのことを。安心しな。お前と、その家族だけは助けてやる」
「……ありがとうございます……」
「おい、おい、テムルよ。お前だけ助かろうなんて虫が良すぎるぜ」
入り口の方から横槍が入る。
「野盗の親分。俺たちも仲間に入れてくれよ。あのキジュって女に一泡吹かせてやらないと気がすまないんだ」
「あの女? あれに復讐をしたいというのか。面白い、お前らも仲間に入れてやる。なに、強いといっても所詮、ガキがちょっと剣術をかじったようなもんだろう。これだけ人が居れば、なすすべもないだろうさ」
外の仲間と連絡が付いたことで、野盗の首領は有頂天になりながら豪快に笑った。
明日になれば、この不自由な牢屋ともおさらばできるし、生意気な女も自由にでき、そして、あのいまいましいグローリに煮え湯を飲ませてやることができる。
ナズセの頭の中は都合のいい妄想が膨らみ続けていた。
一方で、鉄格子の前で自由なはずのテムルは、自分が牢の中に入っているような感覚にとらわれていた。




