第四章-6
乾いたスワイライムの空に、笛の音と語り部たちの謡が共鳴して響き渡る。
天井のない空に吸い込まれるその音が、まさに詩の気高さを体現しているかのようだった。
白き連なり 天を突き
遥かなる尾根 海に臨む
荘厳なる様 心に宿り
レイクルは 悠久なり
キジュの耳に、彼女らの声が通り抜けていく。
(特等席でも、結局、聞き入ることができないんだから、蛇の生殺しもいいところだよね……)
キジュは、ともすれば、その声に魅入られそうになる意識を、村の外に戻し、自身では来ないだろうと予測している、野盗の襲撃を警戒する。
だからこそ、余計につらく、キジュは片目で、広場を見てしまう。
丈の長いスカートと広い袖の民族衣装は、思う存分風にたなびき、レイクルにかかる純白の雲のように見える。
センナが自慢するだけはあると、キジュは語り部たちの中央で謡う彼女を微笑みながら、視界の片隅にいれて見守っていた。
謡はなお続く。
語り部たちとともに口ずさむ者、目を閉じて聞き入るもの様々だ。
キジュは知らなかったが、謡は百節あり、まだ半分も終わっていなかった。
最大の見せ場では語り部たちが舞い、レクディウが振舞われる。
この食料がない非常時でも、カノラークはこれだけは譲れないと、春から作りためたそれを、このひと時だけのために村人へと準備した。
しかも、この特別なはからいをするのは、語り部の長だけではない。
村長もまた、村人全員にパンを振舞うという無理をしていた。
華やかな謡とともに、語り部たちが舞い始めた。
実は、この舞は若い年頃の女性が踊るため、村の若い男たちにとっては、見逃せない行事でもあった。
語り部がレクディウを渡す際に、想いを伝え結ばれ夫婦となったものもいる。
「少し様子を見に行ってくるぞ。昼のことは任せたからな」
外から聞こえ出した謡声に居てもたっても居られず、ドルトイは広場へと走っていった。
テムルは強引に仕事を押し付けられ目の前が暗くなった。
普段なら、昼は仕事はない。
だが、村長が振舞うパンは罪人にも用意されていた。
もちろん村人に振舞う普通のパンとは違い、一口だけのお祝い品ではあるのだが、それでもレイクルの偉大さを伝えるために、慈悲の心で渡されるものだった。
ドルトイがテムルに押し付けた仕事というのは、まさに、このパンを囚人たちに配る作業だった。
「おや、昼も一人かよ」
入ってすぐ左側から冷やかしの声があがる。
テムルは朝と同じ作業を淡々とこなした。
朝よりも若干落ち着いて、テムルは各部屋を回る。
しかし、朝はただ騒がしかっただけの野盗の様子が、どうもおかしかった。
テムルに再び胸騒ぎがよみがえる。
その胸騒ぎは、彼をさした囚人の前に来て現実となった。
「よう、兄ちゃん。傷の方は大丈夫かい?」
その声を無視して、一番奥の部屋へと食事を運ぶ。
すでにテムルの虚勢は限界ではあったが。
無視していればどうにかなるだろうと、根拠のない思いだけが彼を支えていた。
しかし、事態はテムルの考えているよりも悪化していた。
すでに、彼らはテムルが組し易いとわかっていた。
それを利用しようとして、てぐすねを引いて待っていたのである。
「おい! 小僧!!」
ドスの聞いた声で、テムルに怒鳴りつける。
「あのことをばらされたいのか!?」
ピクッとテムルの動きが止まった。
これでテムルの負けは、完全に決定してしまった。
「どうやら、賭けは俺の勝ちのようだな、シャッド」
後ろでテムルに賭けた男が、大笑いをしていた。
注意が後ろにいった隙に、テムルは逃げ出そうとしたが、見逃さなかった。
「ベッドの下に隠れていたわりには、身を粉にして働くな」
「うまいことやりやがって、俺たちもあやかりたいぜ」
また、笑いが起こる。
逃げようと歩いていたテムルは、凍りついた。
見張り部屋の扉を開ける姿勢のまま、ピクリとも動けなかった。
「おいおい、そんなに脅えるなよ」
すぐ右隣の檻の中から、聞き覚えのある声がする。
センナに襲い掛かった村人たちだ。
テムルがそっちに目をやると、二人とも呆れ顔で苦笑している。
「……ターロン……シュッハ……」
捕まっているとはいえ、村人である彼らに聞かれた衝撃は大きかった。
「変だなと思っていたけど、やっぱりそんなところか。お前にしてはうまいことやったじゃないか、テムル」
テムルは、生きた心地もせず部屋に飛び込んだ。
夕食の仕事まで机の上で頭を抱え、その仕事も満足にできず、ドルトイにどなられながら帰宅の途に付いたのだった。
『キュルーナ王国暦 三十年 三月三日
お父さん、お母さんお元気ですか?
喜んでください。
ようやく初級課程を卒業できました。
これで私も、霊術師として認められました。
続いて中級の修行に入ろうかと思います。
先は長そうですが、明後日からケムレン君と一緒にがんばりたいと思います。
ケムレン君は、霊術を修行するのが目的ではなく、私が習わないならやるつもりはないいって待っていてくれたのです。
その分、剣術の腕は、格段に上がりましたが。
中級課程の修行は、難しく危険なことだらけだそうです。
その中でいかに平静な心を保てるかが問われるそうですが、平常心を保つのが苦手な私としては先行きが少し不安です。
それでは、報告までに。
セレルーネ王国 ドレクナの里 ディーレ家にて フレイナ』
『キュルーナ王国暦 三十年 五月十日
お父さん、お母さんお元気ですか?
湖の周りの風景も緑一色となりました。
シュジュの大森林はどうなりましたか?
私は毎日順調に修行しています。
本日、カレルナ君が中級課程を卒業しました。
これで人に霊術を教える側になったのです。
里の歴史の中でも最も早く中級過程を終え、カレルナ君の名前を知らない人は、里の中ではいなくなってしまいました。
このまま上級課程の修行に移るそうですが、これからは死ぬまで修行なので、この地にとどまる必要はないということです。
とどまる必要がないと書きましたが、つまりこの里を出ようかと思っています。
私が家を出たのは、霊獣を操る術を得るためですが、この里ではついに会うことができませんでした。
なぜかといえば、この霊獣を扱う術は、霊術よりも難しく、霊獣師と特別に呼称されるほど伝えるものが少ないからです。
霊獣を操るのには霊術は必須とはきいているので、霊術の修行も続けるつもりですが、旅をしながらカレルナ君に教えてもらおうと思っています。
セレルーネ王国 ドレクナの里 ディーレ家にて フレイナ』
『キュルーナ王国暦 三十年 九月十日
お父さん、お母さんお元気ですか?
こちらは大変なことになりました。
どうやら戦に巻き込まれてしまったようです。
この里はアエリア国とセレルーネ王国の間にあるのですが、アエリア国が電撃的にドレクナ湖周辺を制圧したらしいのです。
狙いはこの里のようです。
詳しい国家間のやり取りは分かりませんが、とりあえず、この里の人たちの力を軍事目的で利用したいというアエリア国の要求を、ドレクナの長が断り、そのために攻め込んできたらしいということです。
無条件降伏か皆殺しかの最後通達が届いたらしいのですが、皆は逃げるそうなので、私たちもともに明日には逃げ出そうかと思います。
村を出て約二年、カデラスを封印する前に死ぬわけには行きません。
この手紙は里に居た運び屋に渡します。
彼はアエリア国の人ですが、良い人なので必ずこれを届けてくれると思っています。
次はいつ出せるか分かりませんが、今回はこれで。
それでは、走り書きですがごめんなさい。
セレルーネ王国 ドレクナの里 ディーレ家にて フレイナ』
『キュルーナ王国暦 三十年 二月四日
お父さん、お母さんお元気ですか?
お久しぶりです。
私は無事です。
手紙が無事に届くところまで逃げていたらこの時期になってしまいました。
心配をかけてごめんなさい。
私は、今、ドルトル国のキムリル町というところに居ます。
この町はアエリアの北西の小国です。
何故アエリアの南に位置するドレクナの里からアエリアを越えてキムリルまで来たかは、紆余曲折があったのです。
あの時ドレクナの里は、四方を囲まれていましたが、北側だけはアエリア方面ということで、手薄だったのです。
それでドレクナの里のほとんどの人が、そちらに活路を見出そうとしました。
ただ、手薄なだけでは囮かもしれないということで、若干の人数を裂いて、南の方に奇襲をかけ陽動作戦をしかけようと、カレルナ君が提案しました。
それで、その奇襲をかける十人に志願しました。
カレルナ君やケムレン君みたいには、力にはなれないでしょうが、デーリッガならきっと役に立つと思ったからです。
それが苦難の道の始まりでしたが。
囮としての役目に成功した私たちは、逆に敵に追い続けられる毎日でした。
進路を決める余裕もなく、いつの間にか北上しアエリア領内に入り込んでしまっていました。
もっとも最悪な状況に陥った時は、千人の騎馬部隊からなる一団に取り囲まれた時でした。
全員が死を覚悟しました。
私たちがどうにか逃げ出そうと相談している中、ケムレン君が馬から下りました。
そして、カレルナ君に耳打ちした後に、私に一言いったのです。
『……お前が出来ないことは俺がする約束だからな……』
私が何のことか聞き返す前に、ケムレン君の姿はそこにはありませんでした。
どこかと見回した先、騎馬隊の真ん中にその姿はありました。
驚いて、カレルナ君を揺さぶりながら、視線はケムレン君を追っていました。
『この霊術で脱出することも考えたが、初めて使うので成功する確証がなかった。それをさっして、それならば俺をあそこに運べと』
私は、カレルナ君を責めました。
そうしたら、カレルナ君は、謝ったあと、それでもといったのです。
『それでも、俺はあいつの強さを信じている』
と。
その言葉を証明するようにケムレン君の戦いぶりは、人間のそれを越えていました。
隊長をまばたきする間に倒してしまった後に、手当たり次第、周囲の敵をなぎ払い始めました。
一騎当千という言葉は、彼のためにあるような気がしました。
カレルナ君がいった天才という言葉が頭をよぎり、背筋が凍ったようになりました。
いつしか兵士は恐慌をきたし、我先にと逃げ出し始めました。
逃げ出す、兵士に巻き込まれないように、カレルナ君が、ケムレン君を霊術で引き寄せたときには、彼の全身は傷だらけとなっていましたが、まだ闘志が衰えていませんでした。
逃げていく兵士を私が指差したとき、それを見てようやく彼は剣をおろし、そのまま気絶してしまいました。
傷のほうは、カレルナ君が癒したのですが、私の縮んだ寿命も少しは元に戻して欲しいものです。
でも、その活躍のおかげで、無事にアエリアの中央平原にあるビルア街にたどりつくことができました。
そこで、里の皆と合流し、ここから迂回して南のココヤスに戻るという話を聞きました。
私も一旦スワイライムに戻るためについていこうかとも思ったのですが、霊獣師がドルトル国の近くに居るということだったので、そちらに向かうことにし、里の皆さんと別れることにしました。
なぜなら、戦争が長引けばアエリア領内を自由に行き来できなくなる恐れがあったからです。
霊獣師に会えるのが何年先になるのか分からなくなるので、やむなくこの町に来たのです。
この町まで来て霊獣師の噂が嘘ではなかったことを知り、ほっとしました。
町の西の湖のほとりに一人で住んでいるらしく、時々買い出しにくるとのことでした。
名前はグローリというそうです。
あまり人付き合いをすることもなく、ひっそりと生活している方で係わり合いを持たぬ方が良いと忠告を受けましたが、会うだけ会って見ようかと思います。
今回は長くなりましたが、これで失礼します。
お体にお気をつけください。
ドルトル国 キムリル町 七海亭にて フレイナ』




