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運び屋の手記より ~スワイライム~  作者: くろきほむら
第四章 フレイナとスワイライム
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第四章-5

 朝日が昇る頃、煙突から煙が昇る。

 眼下では、次々と村人が扉を開け、外にでてくる。

 そして、レイクルの方へ向くと目を閉じ微動だにしなくる。

 皆が何かしらの祈りを込めて、時が過ぎる。

 キジュも屋根の上からつられて祈った。

 思いつくままに。

 皆が散らばり始めるまでにゆうに半刻、暖炉の薪が燃えてはじける音が、聞こえてきそうな静けさだった。

 語り部の一団とともにセンナが現れたのは、のどかな村の風景が戻り、くつろぎ始めた頃だった。


「おはよう。今日のお勤めはいいのかな?」


 キジュは、全員を見渡しながら不思議に思った。


「今日に限っていえば、皆様自力で起きてられますから。今日は何の日か知っています?」


 センナは笑顔で、質問に質問で返す。

 いつになく、センナは陽気だった。

 それだけ特別な日なのだろう。


「今日は、レイクルがカデラスを封じ込めた、その日なのですよ」


 見当も付かないなと悩み始めたキジュを見て、嬉しげに答えを明かす。


「キジュ様はココヤス町からこられたので、町の人が祈られているのを見てきたと思うのですが、元々は、祈りを捧げる日は今日だけだったのですよ。スワイライムでは、昔ながらのこの日だけ祈りを捧げてます。ココヤスで一ヶ月間祈り続けるようになったのは、二十年前からで、武闘大会が広く行われるようになってからなのです。その武闘大会以前の五百年前から、レイクルに捧げる霊術の試合がココヤスにあったんですが、そのころは、スワイライムと一緒で、今日だけ祈りを捧げてました」


「なるほど。じゃぁ、お祈りが終わっても語り部の皆がここに集まっているのにも、何か意味がありそうだね?」


 キジュは頷きながら、センナに尋ねた。


「それはですね、これからこの広場で、奉歌を皆で謡うからです。本来ならば、レクディアリウの杜で謡うべきものなのですが、この状況なので、ここ二、三年はこの広場で行っているのです。あ、でも本当に謡い始めるのはお昼からで、今は予行演習で集まっています」


(伝統というのも大変だよねぇ……)


 以前、剣術道場の継承者だった自分も、昔はこんなふうだったなと思い出しつつ、語り部たちの熱心な姿勢に感心もする。


「キジュ様は幸運ですよ。普通は予行演習のときは、この周りに近づいてはいけないのですが、キジュ様は見張りをしないといけないですから、そこで私たちの練習を見ることができるというわけです」


「へぇ、それは、ちょっともうけちゃったな。でも、本番での感動が薄れちゃうかもしれないのが、ちょっと残念かな」


「大丈夫ですよ。本番ではこんな普段着ではなく、真っ白な衣装に着替えますし、それに、練習のときよりも皆、上手に謡いますから」


 センナが誇らしげにいうのを、キジュは無条件にそうなったら楽しいだろうなと受け入れていた。



 今日も牢の前で躊躇していたテムルは、近所の女性に見つかり声をかけられた。


「あ、いえ今朝は一人番だから少し気合を入れていたんですよ」


 まさに、テムルの気がかりは『一人番』にあったのだが、あまり外に居るのは不審がられる。

 仕方なく中にはいると、見張り部屋はいつにも増して暗くひっそりとしている気がした。

 昨日ドルトイが座っていた椅子に腰掛けて、考え始める。


(食糧不足だというのに余計だよ……)


 テムルは囚人の食事自体やめてしまえばいいと、八つ当たり気味に考えた。

 もっともいざとなれば、囚人たちの食事から切り詰めていくことは、村人の総意ではあるが。

 しかし、今は、朝ごはんを彼らに持っていかなければならなかった。

 大きな盆にパンを一つずつ配膳し、木製のコップに井戸水を注ぐ。

 盆を五つ用意してはたと動きが止まる。

 どうしても行くのがためらわれたのだ。

 しかし、遅くなれば、野盗どもの反応が荒々しくなるかもしれないと考え直し、胃が痛む中、盆にコップをのせ、一部屋ずつ上の階から回り始める。


「くそ、おせえじゃないか!」


「水がたりないね、もっともってきやがれ!」


 業を煮やしていた野盗たちは、ここぞとばかりわめきたてる。

 それだけで、テムルはすくみあがった。

 震える足で全ての鉄格子の前に盆を置くと、そそくさと見張り部屋に戻り牢への扉を閉めた。



 セレルーネ王国宰相ゼスナーが開会の辞を声高らかに読み上げていた。

 その隣には、霊術師長ワセレナが付き従っている。

 近年まれに見る程の力の入れようだと、観客席の視線が自然に熱くなる。

 ほとんどの場合宰相代理、霊術師長代理が毎年交代で開会式を執り行うのだから無理もない。

 三層に築かれた客席が四方を囲み、北側の一角が主催者である宰相などが居る。

 その客席の内側に、四つの大きな武闘台がある。

 その上では、参加者が今や遅しと開会式が終わるのを待っている。

 グローリは、憂いを帯びた目を隠しながら、舞台上にいた。

 その右前でひそひそ話が始まった。


「俺は読唇術ができるんだ。今、宰相と霊術師長が話をしているだろう。何といっているのか教えてやろうか?」


「それは面白そうだが、どうせ裏があるんだろ。お前が何もなくそんなことを言い出すとはありえないからな」


「何、ただの余興だ。予選が終わった後に酒が欲しいってだけさ」


「酒代一杯か、面白い話なんだろうな。つまらなければ、やらんぞ」


「ああ、構わないさ」


 交渉が成立した男は、得意げに宰相と霊術師長の話を披露する。


「『必ずこの中に居る。なぜ、今になってこの武闘会に参加するのかまでは占いでは分からないかったが、国のために必ず連れて戻らねばならぬ』 『国王の命に背いてまでも来る必要があったのかね? そこまで価値があると……?』 『百聞は一見にしかず。私などの才能は、彼に比べれば月の前の蛍に過ぎない。あれなら必ず優勝する。自ら不利な条件を課しているにもかかわらず……』」


 ここまで男は口調を真似て話すと、今度は自分の言葉で話し始めた。


「全く誰のことを話しているのやら。ガレントではなさそうだな。とすると天才の誉れ高いギャゼズか……」


「なんにしても、まいったな。今年は層が厚すぎる。来年に賭けるか」


 グローリは、いたるところで始まりだした私語や、長い開会式にうんざりし、フードをめいいっぱいかぶると、端の方へと移動した。


 午後から、早くも予選が行われていた。

 日程は三日間、開会式と予選を一日目、本選を二日目、決勝戦と閉会式を三日目で行う。

 今回の参加者は、ざっと三百名以上だが、本選出場者は十六名のため、二十名を一人に絞るための予選だ。

 グローリは、予選九戦目に出場した。

 例年ならばここら辺で観客も集中力を無くしばらけはじめるのだが、今回は、宰相も霊術師長も残っているので、誰一人として帰ろうとしなかった。


(……迷惑な話だ……)


 実際、目立ちたくないグローリにとって、観客が多く残っているのは都合がよいものではなかった。

 自分の番号が呼ばれ舞台に上がるついでに、宰相に一瞥をくれる。


(……目立たないように勝つか……)


 優勝するよりも、キジュのこの注文がグローリには、一番面倒だった。

 予選では賭けは始まらないが、この試合の勝ち抜きぶりを見て、本戦での賭け率が決まる。

 そのため、演技は今から始めなければならない。

 そのグローリにとっては、劇の舞台とも言っていい武闘台は、二十人も舞台にあがると狭く感じられる。

 剣を構えれば、もう切っ先は相手の間合いに入る。

 この間合いをいかにして目立たず外に出て、偶然勝ちを拾ったように見せかけるか、戦闘開始の太鼓が打たれグローリの演技が始まった。

 一斉に掛け声を発し、切り結ぶ音が絶え間なく続いた。

 観衆の歓声とともに、地面も揺れる。


(……地震か……?)


 グローリは、緩やかな地面の揺れを感じていた。

 この試合場でどれだけの人数が、この揺れを感じることが出来ただろうかと思うほどの微弱な揺れだったが、グローリの感覚は、そんな些細なことも逃さないかった。

 この茶番に辟易としつつも、対面の相手の隙をみて武闘台上の隅へ隅へと追い立てられたかのように移動する。

 自分からそこを目指したという風に見られてはいけないからだ。

 そうこうしていると、集中攻撃を受けていた剣士が十人ばかりを倒し、声を張り上げた。

 その声に残りのものが怖気づく。

 その隙に振り下ろされた剣で、また一人倒された。


(……このまま一人になってくれれば上出来だが……。そうもいかないようだな。息があがってきたか……)


 対面の敵と、大げさに打ち合いながら、中央で頑張っている剣士に注意を向ける。

 武闘台に残っているのは、その剣士と剣士の相手、グローリとグローリの相手、他に三人の剣士だけとなった。

 中央の三人は、最早いつ倒れてもおかしくない十人抜きの剣士よりも、端で戦いを繰り広げているグローリたちに目を向ける。

 三人は結託してグローリのほうへと向かっていく。

 中央でやりあっていた彼らにもそれだけ余力がないのだ。


 その動きを見てグローリは、対戦者と自分の立ち居地を微妙に変え、対戦者の視界に三人が入るようにすると、疲れから足元がおぼつかないといったように、間合いを取る。

 対面の剣士は、グローリを蹴飛ばすと、襲ってくる者達へと振り返る。

 その対戦者には二人、グローリには一人がつく。

 彼は、二人の前では長くは持たず、結局、その襲い掛かった二人が、戦いを始めた。

 最終的に、武闘台上では、一対一の戦いが三箇所で行われ始めた。

 誰もが必死に目の前の敵を倒そうとしていた。

 グローリを除いて。


(……ここらで幕引きだな……)


 グローリは瞳を閉じずに、霊術を行使する想像を始める。

 石の隆起で、五人の足元をもつれさせる場面を思い描き、石の精霊を操る。

 グローリが念じ、石の精霊の意志を上書きすると、微妙に四人の剣士の足元が乱れ、お互いの剣をまともにくらい倒れる。

 グローリの前の相手も、足元をもつれさせ一撃を加えようとした瞬間に、足元を崩す。

 グローリは疲労困憊で倒れそうになった演技で偶然のようにそれを交わすと、隙のできた相手に死力を振り絞った一撃のようにみせて、剣を振り払い相手を倒した。

 観客がどよめく中、グローリは勝ち名乗りを受けた。

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