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第7章 記憶の中のダンジョン

第7章 記憶の中のダンジョン


酒場は静かだった。


静まり返っていたわけではない。むしろ、いつも通りの喧騒があった。


だがマルクにとっては、それはすでに背景と重要なものを分けて捉えられる音になっていた。


レンは向かいに座っていた。


長い間、黙っていた。


やがて深く息を吸った。


「……分かった。」と彼は小さく言った。

「話す。」


マルクはうなずいた。


「いいね。思い出しやすいところから始めて。」


レンは眉をひそめた。


「思い出しやすい……そんなものはない。」


マルクは静かに言い換えた。


「じゃあ、最初から。」


レンは視線を落とした。


「五人だった。」


間。


「普通の探索だ。街の外にあるダンジョンの第二層。難しくも何ともない。」


彼は杯を握りしめた。


「前にも何度か行っていた。」


マルクは遮らなかった。


ただうなずいた。


「経験があった。だから危険の感覚は下がる。」


レンは短く笑った。


「そう……俺たちはそう思ってた。」


彼は続けた。


「順調に進んでた。罠も避けて。俺が先頭だった。」


マルクは確認した。


「普段から先頭だった?」


「そうだ。」


間。


「それ、重要か?」


マルクは落ち着いて答えた。


「君の責任の感じ方を理解するために必要だ。」


レンはうなずき、続けた。


「それで……通路に出た。狭い通路だ。静かすぎた。」


一瞬、言葉が途切れた。


「俺たちは気づかなかった……」


声が揺れた。


「壁がただの石じゃなかったってことに。」


マルクは少し身を乗り出した。


「その瞬間、何を感じた?」


レンは強く息を吐いた。


「何も。普通に歩いてただけだ。」


間。


「それで……全部が始まった。」


彼の話す速度が上がった。


「罠が一斉に作動した。上から、横から……どうなってるのか分からなかった。」


「仲間の一人が……すぐ隣にいた。」


声が途切れた。


「押しのけることもできなかった。」


マルクは静かに言った。


「今、君は“すべて防げたはずだ”という立場で話している。」


レンは強く言い返した。


「だって、防ぐべきだった!」


間。


マルクは反論しなかった。


「少しゆっくり進めよう。」


レンは重く息を吸った。


「……分かった。」


彼は目を閉じた。


「撤退しようとした。でも通路が閉じていった。まるでダンジョンそのものが……動いているみたいに。」


マルクはうなずいた。


「状況のコントロールを失った。」


レンは続けた。


「一人、また一人……倒れていった。」


彼は拳を握りしめた。


「俺は引きずってでも連れていこうとした。本当にやったんだ。」


マルクは穏やかに確認した。


「その時点で、できる限りのことはした?」


レンは黙った。


長く。


そして小さく言った。


「……分からない。」


マルクは静かに言った。


「正直な答えだ。」


レンは勢いよく目を開いた。


「無駄死にじゃない!」


声が震えた。


「一人が……最後に俺を見てた……」


言葉は途切れた。


マルクは止めなかった。


間を置いた。


そして静かに言った。


「今、その瞬間をもう一度体験している。トラウマ的な記憶では自然な反応だ。」


レンは苦く笑った。


「自然……か……」


マルクは少し調子を変えた。


「一つ聞く。」


間。


「すべてが崩れたその時、君は判断していた?それとも反応していた?」


レンは固まった。


ゆっくりと。


「……反応してた。」


マルクはうなずいた。


「なら、君は状況を支配していたわけじゃない。中で生き延びようとしていたんだ。」


間。


「それは別のものだ。」


レンは頭を下げた。


手の震えは、少し収まっていた。


マルクは続けた。


「罪悪感は、制御できなかったことまで自分の責任にしようとするときに生まれることが多い。」


静寂。


レンは小さく言った。


「でも……みんな死んだ。」


マルクは落ち着いて答えた。


「そうだ。」


間。


「それは苦しいことだ。」


彼は少し身を乗り出した。


「でも問題は、その事実が君の痛みを消すかどうかじゃない。」


間。


「それが君を“原因”にするのかどうかだ。」


レンは黙っていた。


長い間。


そして初めて、弱く言った。


「……分からない。」


それは初めて、彼が自分を断罪しなかった瞬間だった。


マルクはうなずいた。


「今日はここまででいい。」


レンは息を吐いた。


そして初めて、すぐには立ち上がらなかった。


ただ座っていた。


マルクは理解した。


この世界での治療は、“人を直す”ことではない。

思考する力を取り戻し、痛みだけに支配されないようにすることだ。

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