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第5章 最初に真実を語る者

第5章 最初に真実を語る者


その日は思ったよりも早く終わった。


手の中の銀貨は減っていた。


減るのが、あまりにも早かった。


マークは酒場のカウンターの前に立ち、残った銀貨を黙って見つめていた。


女主人はすでに答えを知っているようだった。


「部屋、でしょ?」


「はい」


「じゃあ一泊ね。上の安い寝床よ」


彼は頷き、金を渡した。


最後の金だったが、感情はほとんど動かなかった。


夜の酒場は生きていた。


騒音、笑い声、ジョッキのぶつかる音、食事と疲労の匂い。


マークは店の隅、他の客から少し離れた席に座っていた。


上の寝床はすでに取ってあるが、まだ上がる気にはなれなかった。


彼は観察していた。


隣のテーブルでは二人の冒険者が言い争っている。


「だから言ってるだろ、北の森でまた“霊狼”が出たって」


「は?またその作り話かよ。ただの獣だろ」


「ただの獣が鎧を引き裂くか?」


二人は笑った。


別の席から声が聞こえる。


「三階層のダンジョンで、また死者が出たらしい」


「また新人か?」


「いつも新人だよ……」


声が少し低くなる。


「この世界を単純だと思ってるやつほど死ぬ」


マークは黙って聞いていた。


言葉が少しずつ、形を作っていく。


「モンスター。ダンジョン。ランク」


「そして死は日常」


彼は何も言わない。ただ見ていた。


さらに別の会話。


「ギルドがまた召喚したらしいぞ?」


「英雄ってやつ?」


「どうだかな。初日に剣振れないなら無能扱いだろ」


笑い声。


マークは少しだけ視線を落とした。


「無能」


今日すでに聞いた言葉だった。


カウンターでは誰かが叫んでいる。


「おい女将!もう一杯!」


「金はあるのかい?」


「あるに決まってるだろ!」


荒い笑い声。


マークは肘をつき、静かに座り続けた。


飲まない。


参加しない。


ただ観察する。


そして理解していく。


この世界では、人々は死を天気のように語る。


マークは小さく息を吐いた。


「……面白い世界だな」


しばらくして、酒場の扉が勢いよく開いた。


一人の冒険者が入ってきた。


派手に。


しかし勝者のようではない。


必死に“生きているふり”をしている男だった。


服は破れ、顔には傷、腕は雑に包帯が巻かれている。


彼は一瞬店を見回し、大きな声で言った。


「酒だ。一番強いやつをくれ」


声は掠れていた。


重い。


マークはすぐに気づいた。


これは“冒険者”ではなく、“限界の人間”だ。


彼は立ち上がった。


「大丈夫ですか?」


男は振り向く。


「なんだお前」


苦笑しようとして失敗する。


「酒だって言ってるだろ」


マークは引かない。


「それだけでは足りないように見えます」


間。


男の拳が震えた。


「うるせぇ」


だが声は揺れていた。


マークは少しだけ頭を傾ける。


「助けたいわけではありません。ただ話をしたいだけです」


「何をだよ!」


男は机を叩いた。


カップが揺れる。


「俺は……仲間を殺したんだ!」


静寂。


周囲の視線が集まる。


マークの表情は変わらない。


ただ少しだけ真剣になる。


「あなたのパーティですか」


男は固まる。


そして座り込んだ。


何かが壊れたように。


「……そうだ」


「俺だけが生き残った」


頭を下げる。


「俺が前に出るべきだった。罠に気づくべきだったのに……」


声が小さくなる。


「全部、俺のせいだ」


マークは向かいに座った。


静かに。


圧をかけずに。


「名前を教えてください」


「……レン」


「レンさん」


マークは続ける。


「まず事実を整理しましょう。あなたは生き残った」


レンは顔を上げる。


「それが間違いなんだ」


マークは否定しない。


「あなたは今、強い罪悪感の状態にあります。それは喪失の後にはよくある反応です」


レンは苦笑する。


「“よくある反応”だと?」


「はい」


間。


「ですがそれは、あなたが“殺した”ことの証明ではありません」


レンは息を飲む。


マークは続ける。


「今重要なのは、誰が悪いかではなく、あなたがこれからどうするかです」


レンは黙る。


長い沈黙。


やがて小さく言った。


「……酒を飲んで終わりにしたかった」


「あるいは……自分が消えた方がいいと思った」


マークは頷く。


驚かない。


「理解できます」


レンは顔を上げる。


「理解できるだと?」


マークは静かに返す。


「あなたはそこにいませんでした」


「でも、今目の前にいるのは“自分を消したいほど追い詰められている人”です」


レンの拳が強く握られる。


マークは続ける。


「もしあなたの仲間が同じ状態でいたら、死ぬべきだと思いますか?」


レンは固まる。


「……思わない」


マークは頷く。


「では、なぜそれを自分には許すのですか?」


沈黙。


レンはうつむく。


手の震えは消えていない。


しかし少しだけ変わっていた。


マークは柔らかく言う。


「罪悪感は“あなたが悪い証拠”ではありません。大切な人を失った証拠です」


間。


「そして、それはあなたが人を大切にできる人間だという証拠でもあります」


レンはゆっくり息を吐いた。


「……どうすればいい」


マークは答える。


「今は人生を決めなくていい」


「今夜を生き延びることだけでいいです」


間。


「そして、一人で抱えないことです」


レンは小さく頷いた。


ほんの少しだけ。


「……酒はやめる」


カップを押しのける。


マークは立ち上がる。


「それでいいです」


少し間を置く。


「少しだけ、ここにいましょう」


レンは何も言わない。


だが立ち去りもしなかった。


そしてマークは初めて、この世界で気づく。


剣は肉体を殺す。


しかし言葉は、人が自分自身を壊すのを止めることがある。

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