第26章 許してくれない階層
第26章 許してくれない階層
ダンジョンの入口前では、空気が違っていた。
重い。
まるでこの場所の大地そのものが、呼吸を遅くしているかのようだった。
一行は石造りのアーチの前で立ち止まる。
中の闇は、ただの「光の欠如」ではなかった。
それは密度を持ち、まるで生きているかのように感じられた。
セレナ・ヴェイロスは皆を見回した。
顔には疲労が浮かび、肩はいつもより少し沈んでいる。
「休憩が必要です」
彼女は静かに言った。
ライデン・クロスはすぐに彼女を見る。
「俺たちはもう止まっている」
「休息の話です」
セレナは言い直した。
少しの沈黙。
「最低でも三十分」
彼は眉をひそめる。
「ここで時間を無駄にするのか」
「これは無駄ではありません」
彼女は落ち着いて答えた。
「消耗が早すぎます」
「二日間、ほぼ休まず進んでいます」
「ダンジョンでは、それは強さではなく弱さになります」
エルリック・ハートマンは無言で頷いた。
他のメンバーも視線を交わす。
ライデンは短く息を吐いた。
「三十分だ」
セレナは笑わなかった。ただ頷く。
「それで十分です」
彼らは入口のすぐそばで座った。
焚き火はない。
無駄な会話もない。
食事は簡素だった。パン、干し肉、水。
誰も冗談を言わない。
ライデンでさえ、普段より長く沈黙していた。
彼はダンジョンの闇を見つめていた。
まるで、すでに中を知っているかのように。
(時間は待たない)
そんな思考がよぎる。
だが口には出さない。
やがて立ち上がったとき、沈黙は変わっていた。
より整い、より冷たいものへ。
「行くぞ」
ライデンは言い、最初に踏み出した。
第一層
中は暗いが、完全な盲目ではなかった。
魔晶の光が壁を淡く照らしている。
敵はすぐに現れた。
影の守護者。
弱い。
連携は取れているが、決定的ではない。
ライデンが前に出る。
一撃。
光の爆発。
最初の敵は崩れた。
次の敵も、その一歩先で迎え撃つ。
「止まるな」
彼は短く言う。
パーティは追従するが、完全には主導できていない。
彼は待たない。
指示もしない。
ただ進む。
10階層
暗さが増す。
敵は濃くなり、攻撃的になる。
初めて負傷者が出る。
エルリックが防御魔法を展開する。
セレナは側面を支える。
だがライデンはもう、ほとんど彼らを見ていない。
速く、正確に、単独で動く。
「左!」
セレナの声。
だが彼は振り向かない。
位置をずらすだけ。
攻撃は外れる。
そして即座に反撃。
敵は消えた。
セレナは歯を噛む。
25階層
空気が変わる。
重さが増す。
敵は知性を持ち始める。
単体ではなく、群れで動く。
パーティは限界に近い。
エルリックは負傷者を守る。
セレナは全体を指揮する。
だがライデンは完全に分離していた。
「後退しろ」
彼は言う。
「私たちも支援できる」
「不要だ」
短い沈黙。
そして彼は群れの中心へ入る。
一人で。
一撃。
閃光。
回転。
さらに一撃。
敵は反応できない。
戦いは分割されていない。
彼がすべてを奪っている。
最後の敵が消えたとき、沈黙は突然戻った。
彼は一人で立っていた。
後ろに仲間。
疲れた息。
彼は武器を収める。
「次はもっと厳しくなる」
「ペースを維持しろ」
セレナが一歩前へ出る。
「ライデン……」
「私たちは限界です」
エルリックも続ける。
「このままではボス戦に持ちません」
彼は少しだけ沈黙した。
「なら時間をくれ」
「時間ではなく」
セレナは言う。
「安定です」
彼は彼女を見た。
そして小さく頷く。
「ボスの前に休息を取れ」
ボス戦前
扉は自ら開いた。
重い音。
広い空間。
そして“それ”。
巨大な存在。
石と闇が組み合わさったような形。
空間そのものを歪めている。
エルリックが呟く。
「ただの強化個体じゃない」
「階層の核の守護者だ」
ライデンは前に出る。
「開始」
攻撃は速すぎた。
彼は防御を上げるが、吹き飛ばされる。
床に亀裂。
セレナの声。
エルリックの障壁。
だが破られる。
ライデンの突撃。
しかし効かない。
反撃。
衝撃。
彼は柱に叩きつけられる。
セレナが叫ぶ。
全員が同時に動く。
だが敵は圧倒的だった。
防御は破られる。
攻撃が直撃する。
ライデンが膝をつく。
「ライデン!」
その瞬間――
世界が揺れた。
心理カウンセリング室
暖かな光。
静かな部屋。
武器はない。
ただ人。
セレナ・ヴェイロスは椅子に座っている。
「……あなたは英雄を救ったのですね?」
「はい」
彼女は答える。
「全員で協力して倒しました」
冷静な声。
だが体の記憶は残っている。
「誰も死んでいません」
少しの沈黙。
「でも、とても厳しかったです」
カウンセラーは頷く。
「“厳しい”とは肉体的ですか、それとも精神的ですか?」
セレナは窓を見る。
長く。
「両方です」
彼女は続ける。
「ボスは想定より強かった」
「ライデンは最初、一人で突っ込みました」
指が少し動く。
「そして、ほとんど負けかけました」
カウンセラーが尋ねる。
「そのとき、あなたはどうしましたか?」
「再編しました」
即答。
「彼に任せるのをやめました」
「そしてチームとして動きました」
やがて沈黙。
「彼は生きていますか?」
「はい」
「私たちが止めました」
「そして一緒に倒しました」
「今振り返ると、何が強いですか?」
セレナは少し間を置く。
「理解です」
「私たちは彼についていくだけではありませんでした」
「彼を支える一部でした」
やがて彼女は言う。
「私たちはまだ彼に追いつけていない気がします」
「でも、それでも進まなければならない」
カウンセラーは答える。
「重要なのは目的ではありません」
「その道の中で、自分を壊さないことです」
セレナは静かに立ち上がる。
「私は勝ちたいです」
「そして誰も壊れたくない」
カウンセラーは頷く。
「では、そのために支援しましょう」




