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第27章

第27章


「眠れてるか?」マークが静かに尋ねた。


ヴァレンは肩をすくめる。


「前よりはマシだ」


少し間を置く。


「完璧じゃないがな」


彼は自分でも少しだけ苦笑した。


「少なくとも、物音のたびに目を覚ますことはなくなった」


マークは頷き、記録を取るようにその変化を受け止める。


だが遮らない。


「夢は?」と確認する。


ヴァレンは一瞬考えた。


「ある」


沈黙。


「でも、それが現実じゃないって分かるようになった」


それは成果として語られているわけではなかった。

ただ、徐々に慣れてきた事実だった。


マークはわずかに首を傾ける。


「何がそれを見分けさせる?」


ヴァレンは少し長く考える。


「目が覚めた後の疲労だ」


沈黙。


「昔は、そのまままた落ちていってた」


彼は手で曖昧な動きをした。


「今は波みたいなものだ」


「来る。でも、すぐに全部持っていくわけじゃない」


マークは頷く。


「崩れることは?」


ヴァレンは否定しなかった。


すぐに答える。


「ある」


間。


「でも減った」


視線を床に落とす。


「最近、一度あった」


マークの表情は変わらない。


ただ静かに問う。


「何があった?」


ヴァレンは息を整える。


「市場だ」


沈黙。


「人混み、騒音」


指がわずかに強く握られる。


「誰かに急に肩を掴まれて……」


空気が静かになる。


「一瞬で、そこにいなかった」


マークは静かに続ける。


「最初に何を感じた?」


ヴァレンはすぐには答えない。


「恐怖じゃない」


間。


「反応だ」


少し眉をひそめる。


「体が先に動いてた」


マークは頷く。


「その後は?」


ヴァレンは息を吐く。


「押し返した」


間。


「強すぎた」


視線を自分の手に落とす。


「倒れた」


沈黙は重くなるが、圧迫ではない。

整理されるための間だった。


「誰か止めた?」マークが聞く。


ヴァレンは頷く。


「エドワードがいた」


間。


「止められた」


マークはそれを記録するように受け止める。


「その後は?」


ヴァレンはしばらく黙る。


「出た」


間。


「自分で」


少しだけ皮肉のない笑み。


「昔なら、そこに残ってた」


マークは頷く。


「今は?」


ヴァレンは顔を上げる。


「戦いじゃないって分かった」


間。


「ただの市場だ」


沈黙。


マークは深追いしない。


そのまま進める。


「その後は?」


「家に戻った」


間。


「座って……待った」


マークは静かに聞く。


「“忘れよう”とは?」


ヴァレンは小さく笑う。


「昔はやってた」


間。


「意味はない」


視線を窓の方へ。


「今は、弱くなるのを待つ」


マークは頷く。


「回復は?」


ヴァレンは答える。


「数時間だ」


間。


「昔よりは早い」


マークは淡々と続ける。


「日常には戻れる?」


ヴァレンは頷く。


「戻れる」


間。


「すぐじゃないが」


沈黙が会話の一部になる。


マークは少し椅子に寄りかかる。


「では、同じペースで続ける」


「加速はしない」


マークはヴァレンの家を出て、しばらく玄関に立ち止まった。


街ミルデナはいつも通りだった。

鍛冶の音、商人の声、日常のざわめき。


だが彼の中に残ったのは別の感覚だった。


ヴァレンが言った言葉。


「戻っている」


ゆっくりと。


それでも戻っている。


マークは歩き出す。


手はポケットの中。歩調は一定。


そして思考は、静かに形を持ち始める。


「ここは足りない」


ヴァレンの家ではない。

エドワードの工房でもない。


環境そのものだ。


雑音が多すぎる。

偶然が多すぎる。

安定が足りない。


彼は足を止める。


ギルドが近い。


そこにはいつも同じ表情の人間が集まる。

疲れ、不安、依頼待ち。


それは“管理された流れ”だ。


マークは息を吐く。


思考が決定に変わる。


「場所が必要だ」


彼は歩き出した。


ギルドの中は相変わらず騒がしい。


ライサ・ヴェルンは書類を捌きながら顔も上げずに言う。


「今日は依頼なし?」


「終わった」とマークは答える。


彼女はようやく視線を上げた。


「まだ何かある顔ね」


マークは否定しない。


「部屋が欲しい」


ライサは瞬きをする。


「何に使うの?」


「仕事だ」


間。


「もう働いてるでしょ」


「鍛冶場は違う。騒がしい」


ライサは少し笑う。


「今度は静かな場所の注文?」


マークはすぐには答えない。


少し考える。


「静かさじゃない」


間。


「人が話せる場所だ」


ライサの表情が少し変わる。


「そんな場所、少ない?」


「騒音は多い」とマークは言う。


「消えない」


ライサは肩をすくめる。


「変な職業ね」


マークは反応しない。


「必要とされている」


ライサは短く息を吐く。


「ついてきて」


部屋は想像より簡素だった。


石壁。古い設備の跡。大きな窓。埃。


ライサが言う。


「倉庫だった」


間。


「今は放置」


マークは中へ入る。


すぐには評価しない。


ただ空間を感じる。


沈黙は“空”ではなく“中立”だった。


彼は中央に立つ。


目を閉じる。


構造を想像する。


椅子。

対面。

距離。

入口の視界。

余計な音の排除。


目を開ける。


小さく頷く。

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