第2章 召喚の失敗
第2章 召喚の失敗
意識は突然戻った。
徐々にではなく、まるで誰かが空っぽの部屋に一気に明かりを灯したように。
マーク・オルロフは息を吸い、目を開いた。
目の前には石造りの大広間があった。
高い天井、巨大な柱、床には魔法陣の円が描かれている。空気の中には青白い光がまだ揺らめいていて、空間そのものがつい先ほど引き裂かれたようだった。
周囲には人がいた。
ローブを着た二十の人影。
魔法使いたち。
そのうちの一人が前に出た。
— 儀式完了。召喚成功だ。
マークはゆっくりと立ち上がり、周囲を見回した。
まだパニックにはなっていない。
「ここは病院でも、診察室でもない。そして夢でもない…」
魔法使いが続ける。
— お前は異世界から召喚された選ばれし者だ。この世界は救いを求めている。
マークは黙って耳を傾けた。
— ここでお前は英雄となるのだ、と別の魔法使いが言った。— だがその前に…適性を確認する。
彼は手を上げた。
空中に光のパネルが浮かび上がる。
マークの周囲に数値と記号が現れていく。
筋力。耐久力。敏捷性。魔力。
すべての数値は平凡だった。
平均的。戦闘基準よりも低いものさえあった。
魔法使いたちは顔を見合わせた。
— ふむ…
— 異常なし。
— ただの一般人だな…
一人が前に身を乗り出した。
— 言え、召喚者よ。剣は扱えるか?
マークは落ち着いて答えた。
— いいえ。
— 魔法は?
— それもありません。
沈黙。
— では…戦闘の才能やスキルはあるのか?
マークは一瞬考えた。
— 私は心理学者です。
沈黙が落ちた。
一人が聞き返す。
— 何だと?
— 心理学者です。人の感情やストレス、心の問題を扱います。
魔法使いたちは顔を見合わせた。
— それは…職業ではない。
— 戦闘職でもない。
— 我々は職人を召喚した覚えはない。
マークは静かに付け加えた。
— 職人ではありません。
だが、その言葉はもう誰にもあまり聞かれていなかった。
年長の魔法使いがため息をついた。
— 無用だな。
それは感情のない、ただの事実として発せられた言葉だった。
— 連れて行け。
二人の衛兵が前に出た。
マークは抵抗しなかった。
彼は長い石造りの廊下へと連れられていく。壁には紋章と魔法の刻印が並んでいた。
背後で扉が閉まる。
重い音。
カチリ。
そして静寂。
召喚の間では、もう誰も彼を見ていなかった。
一人の魔法使いが苛立ったように手を振る。
— また失敗か…
年長の魔法使いは眉をひそめた。
— 我々に時間はない。次の準備をしろ。
別の魔法使いが魔法陣を見つめる。
— 真の英雄が必要だ。
間。
— この世界は、これ以上の失敗に耐えられない。
マークは城の巨大な門の前に立っていた。
石の壁は高くそびえ、冷たい空へと消えていく。背後には「無用」と告げられた部屋があった。
もう外だ。
重い門がきしむ。
衛兵が近づいてきた。
鎧を着た疲れた男だった。こういう場面を何度も見てきた顔をしている。
— ほらよ。
小さな袋を差し出す。
マークは受け取り、中を開けた。
銀貨が五枚。
— これは…?
— 王女の命令だ。召喚された者には最低限の金を渡す。
マークは少し眉をひそめた。
— なぜですか?
— 路上で死なないためだ。だが期待するな。数日分しかない。
マークはゆっくりと袋を握った。
— そうですか…ありがとう。
衛兵は背を向けかけたが、マークが呼び止めた。
— ひとついいですか。
振り返る。
マークは城と、その向こうの街を見た。
— 元の世界に戻る方法はありますか?
一瞬、衛兵は黙った。
その沈黙は答えより重かった。
— ない。
— 誰も召喚者を戻せない。
マークはすぐには返事をしなかった。
— 完全にですか?
— 完全にだ。お前はここで生きるしかない。早く受け入れろ。
衛兵は去っていった。
門が閉まる。
カチリ。
マークは石の道に一人残された。
手には五枚の銀貨。
頭の中には静寂。
彼はゆっくり息を吐いた。
— 永遠に…か。
前を見る。
知らない街。
知らない世界。
そして初めて、自分が専門家でも心理学者でもなく、
ただ異世界に放り出された一人の人間だと理解した。
マークは銀貨を強く握りしめ、一歩踏み出した。




