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第16章 治療とは言えない依頼

第16章 治療とは言えない依頼


その日は、いつも通りだった。


あまりにも、いつも通りすぎた。


そして、それこそがマークには良い兆しに思え始めていた。


彼は変化を感じていた。依頼人は増え、会話は深まり、セッション後の静けさも、もはや空虚ではなかった。


むしろ――機能している静けさだった。


それでも彼は、この世界が異なることを忘れてはいなかった。


そして、まだ理解できていないものが存在することも。


マークは昼に訪れた。建物はほとんど空だった。


多くの冒険者はすでに依頼へ出ている。


残っているのは当番だけ。


そして、彼女。


ギルドの受付係。


三十前後、数えきれないほどの「英雄的判断」を見てきた者の、疲れた目をした女性。


ライサ・ヴェルン。


彼女は顔を上げ、マークを見ると、わずかに笑った。


「へえ、珍しいわね」ライサは言った。

「ついに冒険者になる気?」

「鍛冶場の釘打ちは飽きた?」


マークは静かに首を振った。


「いいえ」


彼女は目を細める。


「それともまた、頼まれてもいない“魂の修正”でもするの?」


マークは落ち着いて言った。


「冒険者のパーティーを雇いたい」


間。


ライサはまばたきをした。


「もう一度」


「雇いたい」


沈黙。


彼女は少し椅子にもたれた。


「それは……予想外ね」


マークはうなずいた。


「同行が必要です」


ライサは鼻で笑った。


「何のために?ダンジョン?護衛?それとも患者が噛みつくとでも思った?」


マークは平然と答えた。


「観察に近いです」


間。


「実戦でのパーティーの動きを理解したい」


ライサは興味を新たに彼を見た。


「つまり……戦ってるところを見たいの?」


「はい」


「それで何をするつもり?」


マークはすぐには答えなかった。


「文脈です」


間。


「それがなければ、私は盲目のままです」


ライサは息を吐き、表情を引き締めた。


「いいわ」


間。


「空いてる部隊がいくつかある」


彼女は書類をめくった。


「でも先に言っておく」


彼を一瞥する。


「学者でも英雄でもない」


「汚れ仕事に回される連中よ」


マークはうなずいた。


「それで構いません」


ライサは紙を差し出した。


「明日の朝」


間。


「そこで見失っても、私の責任じゃないわよ」


マークは紙を受け取った。


「見失うつもりはありません」


ライサは笑った。


「みんなそう言うのよ」


彼は出口へ向かった。


扉の前で、彼女が付け加える。


「ねえ、マーク」


彼は足を止めた。


「冒険者って、普通に死ぬってこと、忘れてない?」


間。


マークは静かに言った。


「彼らの生を邪魔するつもりはありません」


そして出ていった。


彼女はその背を見送り、小さくつぶやいた。


「変わってるわね」


朝は冷えていた。


劇的な寒さではない。ただ湿った、歩き出せばすぐに忘れてしまうような冷たさ。


それでもマークは、この朝を覚えていた。


ギルドの門で、彼を待っていた。


三人の冒険者。


英雄的な構えもなければ、目の輝きもない。


ただの人間。すでに疲れているような。


ドレン・ヴァルク――寡黙なリーダー。命令は短く、長話を信じない目。


ミラ・ソト――警戒心が強く、常に周囲を確認する。ミスを前提に動くような身のこなし。


グレイン・ホルト――体格は大きいが自信がない。盾を、本来より重いもののように持っている。


三人は同じ表情でマークを見た。


「こいつも一緒か?」


「こいつも連れていく」ドレンが短く言った。


「了解」ミラは感情なく答えた。


グレインはうなずくだけだった。


マークは口を挟まなかった。


観察していた。


森は普通だった。


あまりにも普通。


そしてマークはそれを記録していた。


戦闘前の静けさは、その意味を知らない者にしか安全に見えない。


部隊は速く進んだ。


初心者には速すぎるが、熟練にはまとまりが足りない。


マークはすぐに気づいた。


ドレンがテンポを作る

ミラが側面を確認する

グレインは半歩遅れる

それを補う者はいない


彼は何も言わなかった。


ただ記録した。


ダンジョン入口。


空気が急に変わった。


まるで物理ではなく、心理的に森が終わったかのように。


地面に開いた暗い入口。


湿った石。


わずかな魔力の匂い。


「フォーメーション維持」ドレンが言った。


そして彼らは入った。


マークは少し後ろを歩く。


仲間としてではなく。


現実の記録者として。


彼はモンスターではなく、人を見ていた。


現れたのはすぐだった。


ゴブリン。


小さく、攻撃的で、混沌としている。


前に二体。


後ろに一体。


典型的な圧力型の配置。


「接敵!」ミラが短く告げた。


そして始まった。


ドレンが先に出た。


正確に。


しかし直線的すぎる。


回り込まず、押し切る。


マークは記録した。


「前線に変化がない。適応されれば主導権を失う」


側面からゴブリンが打ち込んだ。


ドレンは辛うじて振り向く。


ミラが射撃。


一体が倒れる。


だがもう一体はグレインに近すぎた。


グレインの盾は遅れた。


打撃が側面に入る。


彼はよろめく。


マークは思考する。


「反応が遅い。盾が姿勢ではなく反応になっている」


背後のゴブリンがミラを襲う。


彼女は急旋回した。


急すぎた。


バランスを崩す。


ドレンが叫ぶ。


「散るな!」


だが遅い。


言えたはずだった。


警告もできた。


だがしなかった。


彼は記録していた。


共有された戦術の欠如

計画ではなく反応

戦闘中の感情判断

圧力下での弱い連携


グレインは荒く息をする。


ミラは無言で矢を確認する。


ドレンは息を吐き、周囲を見る。


「問題ない」


だがそれは評価ではなく、自分への説得だった。


マークは近づいた。


すぐではない。


戦闘の跡を見る。


位置。


距離。


間。


「いつもこう動くのですか?」と静かに尋ねた。


ドレンは眉をひそめる。


「何が問題だ?」


マークは非難しない。


分析する。


「安定した隊形がありません」


間。


「反応しているだけで、戦闘を制御していない」


ミラは鼻で笑った。


「生きてる」


マークはうなずいた。


「はい」


間。


「しかし状況は制御されていませんでした」


沈黙。


グレインは目を逸らした。


彼はそれ以上言わなかった。


だがすでに理解していた。


「これはチームではない

ただ隣で生き延びてきた三人だ」


部隊は進んだ。


マークは後ろを歩く。


今、彼は理解していた。


ここに「患者」はいない。


あるのは、理解する前に壊されていく構造の中で、日々を生きる人間だ。


ダンジョンは層ごとに変化した。


最初は石の通路。


やがて湿った壁と発光するキノコ。


さらに進むと、不自然な静寂――音が留まらない空間。


マークは後ろを歩きながら考えていた。


「これは物語ではない。ミスを許さない現実の空間だ」


彼は気づいた。


石の種類で足音が変わる

曲がり角で匂いが急に変わる

特定の領域で松明の光が弱まる


彼は見ているだけではなかった。


空間そのものを脅威として感じ始めていた。


それは突然だった。


あまりにも突然に。


横道から影が飛び出す。


ゴブリン。


数が多い。


しかも統制されている。


「伏兵!」ミラが叫ぶ。


空気が締まる。


ドレンが突進。


グレインが盾を上げる。


ミラが射撃。


だが一体が側面を抜ける。


速すぎる。


マークは体が反応する前に理解した。


だが避けられない。


打撃が側面に入る。


荒い衝撃。


彼は壁に叩きつけられる。


息が抜ける。


そして初めて、この遠征で彼は分析しなかった。


ただ感じた。


「これが、人が死ぬ理由だ」


「下がれ!」ドレンが叫ぶ。


グレインは迷わずマークを盾で庇う。


ミラは素早く二体を仕留める。


ドレンが最後を倒す。


静寂。


呼吸だけ。


マークはゆっくり立ち上がる。


痛みは鈍いが致命的ではない。


彼は部隊を見る。


そして初めて、彼らを患者ではなく――自分の命を救った人間として見た。


「部屋では言葉で制御する

ここでは体で制御される」


不快だが、正確な認識だった。


しばらくして彼らは地上に出た。


光が目に刺さる。


森は不自然なほど静かだった。


マークは立ち止まる。


息を吸う。


自分がどれほど集中していたか、そこで初めて理解する。


彼は振り返る。


「ありがとう」と静かに言った。


ドレンは鼻で笑う。


「何がだ?」


マーク。


「同行に」


間。


「そして、あそこで終わらせなかったことに」


部隊がギルドへ戻る中、マークは一瞬一人になった。


ダンジョンの方を見る。


「内部から構造を見た」


間。


「想像以上に悪い」


だがそれはもはや理論ではない。


経験だった。


ギルドへの帰還は、ほとんど気づかれないほど自然だった。


まるでダンジョンが別の層に置き去りにされたかのように。


ここには音、金属の匂い、会話、笑い。


地上の生活は続いている。


地下など存在しないかのように。


ライサ・ヴェルンがカウンターで迎えた。


彼女の視線は、いつもより少し長くマークに留まった。


「戻ったのね」


間。


視線が隊へ流れる。


「全員無事……驚いた」


ドレン・ヴァルクは肩をすくめる。


「出てきただけだ」


ミラ・ソトが短く言う。


「運がよかった」


グレイン・ホルトが低くつぶやく。


「もっと悪くなってた」


ライサはマークを見る。


「あなたは?」


マークは落ち着いて。


「戦闘には参加していません」


間。


ライサは目を細める。


「まったく?」


マーク。


「まったく」


ドレンが先に笑う。


「まあ……いたな」


ミラは少し頭を傾ける。


「無理に入らなかった」


間。


「それだけで十分」


グレインは頭をかく。


「大抵は逃げるか、邪魔するかだ」


彼はマークを見る。


「どっちでもなかった」


ドレンが付け加える。


「戦闘の邪魔はしなかった」


ミラが短く。


「それはプラス」


だがマークの中では、まだ整理されていなかった。


彼は息を吐く。


そしてこの日、初めて結論を出した。


心理士としてではなく、


内側を見た人間として。


「彼らを理解したいなら――」


「言葉では足りない」


「必要なのは、生存だ」


彼は歩き続けた。


だがもう以前とは違う。


ただの観察者ではない。


思考の世界と――


一つ一つの行動が最後になり得る世界との、


その深い断絶を理解し始めた者として。

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