第14章 新しいセッション
第14章 新しいセッション
ミルデンの街では、日々は規則正しく流れていた。
あまりにも規則正しく、それが逆に不自然に感じられるほどだった。
マークは鍛冶場で働いていた。
道具を扱い、金属を打ち、少しずつ「よそ者の手」ではなくなっていく。
エドワード・マルクロウはほとんど余計なことを言わないが、時々だけ短く指示を落とす。
「もっとまっすぐだ」
「急ぐな」
「金属は焦りを嫌う」
マークは学んでいた。技術だけではなく、その場の“リズム”そのものを。
作業場の上にある小さな部屋も、少しずつ慣れた空間になっていた。
置かれた植物はただの装飾ではなく、確かに生きていた。
葉は光へ伸び、少しずつ形を整え始めている。
マークは朝、それを見て呟いた。
「遅いけど……安定してる」
三日目の夕方。扉が叩かれた。
控えめで、不安の混じった音。
マークは顔を上げた。
「どうぞ」
扉がゆっくり開く。
そこに立っていたのは若い女性だった。
整った服装だが簡素で、手には布袋を抱えている。
中に入る前に、部屋をじっと見回した。
「あなたも……異世界の人ですか?」
「ここに“心理士”がいるのは初めて見ました」
マークは驚かなかった。
この世界では“外から来た人間”は珍しくない。
「そうだ。最近呼ばれた」
その言葉に、彼女の肩の力が少し抜ける。
「……じゃあ、私だけじゃないんですね」
彼女はゆっくりと椅子に座った。
座る動作さえ、何かを確かめるように慎重だった。
「私も召喚されたんです」
「でも……適性がないって言われました」
マークは視線を向ける。
「適性がない?」
彼女は乾いた笑いを浮かべる。
「能力が足りないって」
「それで、外に出されたんです」
静けさが少し重くなる。
「帰る場所でもなくて……ただここに」
マークは小さく頷いた。
彼女は手を握りしめる。
「私は、何かになれると思ってました」
「でも結局……何者にもなれなかった」
声が少し揺れた。
「今は……ただの冒険者です」
それは職業というより、敗北のように言われた。
マークは静かに尋ねる。
「それは、自分で選んだ?」
彼女は首を振る。
「選択肢がそれしかなかったんです」
少しの沈黙。
「それで今、どう感じてる?」
彼女は間を置いたあと、言葉を落とす。
「他人の人生を生きてる感じです」
「自分のじゃない」
マークは頷いた。
「重要な区別だ」
彼女は顔を上げる。
「区別……?」
「“嫌だ”と“逃げられない”は違う」
彼は少し前に身を乗り出す。
「あなたは今、その間にいる」
彼女は静かに息を吐いた。
「私は……戦いやダンジョンが嫌いです」
「誰かに従って、ただ進むのも」
少し間。
「これは私の人生じゃない」
そして小さく続ける。
「ただ……家に帰りたい」
マークは否定しない。
「元の世界に?」
彼女は頷く。
そこには仕事があり、目的があり、未来があった。
「私は服を作っていました」
「布から形を作るのが好きだったんです」
その言葉は少しだけ柔らかかった。
マークは静かに言う。
「それは“技術”だ」
彼女は戸惑う。
「でもここでは役に立たない」
マークは首を振る。
「それは事実じゃない。考えだ」
彼女は眉をひそめる。
マークは続ける。
「あなたはまだ、この世界で“自分を作る”ことを試していない」
彼女は固まる。
「もし失敗したら?」
マークは少し間を置いて答える。
「それでも、今より悪くはならない」
彼女は視線を落とす。
「私は……できる気がしません」
「それは普通だ」
マークは静かに言う。
「でも、ここに来て話している時点で、もう始まっている」
彼女はゆっくり息を吐いた。
「そんな風には考えていませんでした」
マークは落ち着いた声で続ける。
「帰ることだけを唯一の答えにしないことだ」
「今の環境を少しでも壊れにくくする方法を考える」
彼女は長く沈黙したあと、小さく頷いた。
「……やってみます」
立ち上がり、扉の前で止まる。
「ありがとうございました」
「壊れてると思ってました、自分が」
マークは静かに答える。
「壊れてはいない」
「ただ、合っていない場所にいるだけだ」
彼女は頷き、出て行った。
マークの思考
部屋は再び静かになる。
マークは植物を見た。
「よくある間違いだな……」
小さく息を吐く。
「人の問題だと思ってしまう」
間。
「本当は、環境の問題かもしれないのに」




