56 呆けている暇は無い!
外壁 side
少し時は戻り、リーゼが任せると言って外壁を後にした後、イオブライと呼ばれた細身の長身の男の後ろで、腹を抱えて笑っている真っ黒な隊服を着ている男がいた。
「隊長!今の聞いたッスか?聖女様が凄く嫌そうな顔をして騎士団長閣下って言っていたのを!いやー閣下。嫌われちゃいましたね」
「ラズ。笑ってないで、騎士団長閣下に伝えてこい」
「はいはい」
そう言ってラズと呼ばれた男は外壁の下に飛び降りて行った。
地面に降り立ったラズは一番目立つ金髪の大柄な人物の所に向かう。リーゼに言われた事を指示しているらしく、ここ2年で入ってきた少年と言っていい若い騎士達を整列させていた。
「騎士団長閣下」
ラズは足音をたてずヴァザルデスの背後に立った。
「影の者か」
ヴァザルデスは振り返りもせずに答える。
「騎士団長閣下に命令です。采配は任せるから3時間は持ち堪えろと、とても嫌そうな顔をしながら『騎士団長閣下?』と言っておられました」
ラズはリーゼの口調を真似して言った。それを聞いたヴァザルデスは雷にでも打たれたかのようにピシャンっと固まってしまった。
動かなくなってしまったヴァザルデスを見て、この場に集められた少年騎士達がざわめき出す。
「静まれ!」
そう声を掛けてきたのは、後ろに十数人の魔術師を引き連れてきたクァドーラである。
「青竜、赤竜、赤虎騎士隊は前線に向え!」
その言葉を聞いて、集められた騎士達のざわめきが大きくなる。大きな白い壁に隔たれているもののその間から今まで見たこともないぐらいの魔物の群勢が押し寄せて来ているのだ。
「ディレイク、隊を率いて前線に行きなさい。それから各騎士隊長に、いえ、小隊長に半分を戻すよう命令を伝えるように」
「はっ!」
そう言って、デェレイクと呼ばれた者が、集まっていた少年騎士達と魔術師たちを率いて南の方に駆けて行った。
ここに残ったのは残り半分の若い騎士達と固まって動かないヴァザルデスに麗しい顔を歪めながら不審な者を見る視線を送るクァドーラと第0小隊のラズ、そして、騎士団長閣下である。
「これはどうした?ラズ」
ヴァザルデスの状態を問われたラズは、お腹を押さえ、ふるふる震えながら報告する。
「はっ!ヴァザルデス騎士団長プッ閣下に、あの方の命令を伝えたのですが、その時ヴァザルデス騎士団長閣下の敬称を凄く嫌そうな顔をして、おっしゃっていたのを、報告いたしましたグフッ」
最後まで笑いを止められなかったようだ。吹き出しているのが漏れてしまっている。
その姿を見たクァドーラはなんとも言い難い顔をしている。
「なんと言っていいか」
「それからクァドーラ副長の肩書も確認されまして、何やら遠い目をしていらっしゃいました」
「どういう意味だ!」
クァドーラはラズの両肩を掴んで揺さぶっている。しかし、ラズは平気な顔をしてニヤニヤしながら答えた。
「さぁ?知りませんよ。あれだけ失態をしたあとですからね。俺からはなんとも」
失態。大失態と言っていいことだ。聖女ミエーヌの行動が怪しいと近づいてみれば、逆に利用され、国中に悪災と言っていい程の物をばらまいてしまったのだ。それも、竜の谷に引きこもり国の現状を全く知らないリーゼに指摘されてしまった。
「くっ!ヴァザルデス!呆けている暇は無い!さっさと動け!」
そう言ってクァドーラはヴァザルデスの巨体を蹴るのだった。
とある騎士 side
白竜騎士隊は精鋭ぞろいの集団だ。特に竜の名を掲げた隊は魔術も剣術も扱える者達が配属される隊であり、その下に獅子、虎、狼の名が連なるのだ。
その実力を認められ、白竜騎士隊に配属されたのに、何だこれは?こんな魔物の群勢は知らない。倒しても倒しても後から湧いて出てくる。先が見えない。終わりが見えない。
隊長が1時間で終わると思うなと、終わりなき戦いだと言っていたのはこの事なのか。
俺は途中から交代で参戦した。しかし、30分経った頃にはもう、腕が上がらなくなっていた。
数が多い。前方に気を取られていると横から魔物が飛びかかってくる。しかし、俺は気が付かず、魔術で吹き飛ばされた魔物を見て俺が魔物に攻撃されていたのだと知るのだ。
そして、凄いのが先輩騎士だ。確か、赤竜騎士隊長から第6小隊長と呼ばれていた先輩だ。まるで、後ろに目が付いているのかと思うほど、向かってくる魔物を全て剣だけでねじ伏せている。凄い!
ああ、もう体が重たい。鎧が重たい。どれぐらい剣を振っているだろうか。どれぐらい振り続けなければならないのだろうか。
突然、ドスッと横から衝撃が走り、俺は吹き飛ばされた。横腹が熱い······もしかして、攻撃を受けたのか?
「おお。綺麗に爪の形に傷がいっているなぁ」
なんだ?誰だ?
「ハルド隊長これはどうしますか?」
ハルド隊長?
「こんなもの直ぐに治る」
何だか横腹が温かい?目を開けるとメガネを掛け、タバコを吸っているハルド隊長が俺を覗き込んでいた。
「治ったらさっさと立って剣を取る。寝ている暇は無いぞ!」
え?マジでこの状態で戦えと?
あ、いや横腹の熱は引いている。手を横腹に当てても痛くない。治っている!
体をムクリと起こすとハルド隊長の姿はもうなかった。遠くの方で身軽に魔物の攻撃を避けながら進んでいる。
え?めっちゃ凄いんだけど。四方八方に魔物がいるのに一撃も受けていない。そのハルド隊長の後ろを付いている衛生隊の人は突撃槍をぶっ刺して魔物の海を突っ切っている。もしかして衛生隊の人ってオレたちより凄い?
カンカンカンカンカーン
辺りに撤退の合図が響き渡った。助かった。これで終わったのか。
俺は重い体を引きずって、王都の方に歩いて行く。だが、ふと気になって後ろを振り向くと、まだ、前線で剣を振るっている人達がいる?撤退じゃないのか?
周りを見てみると戻って行っているのは俺と同じぐらいに騎士になった者達ばかりだ。
「おい、何立ち止まっているんだ?撤退だぞ」
同期のヒューズが声を掛けてきた。お前も無事だったか。
「いや、まだ戦っている」
俺は前線で戦っている人達を指す。しかし、ヒューズが肩を叩き、王都の方に背中を押される。
「第3波が来る前に撤退しろと言われているんだ。早く進め」
は?第3波?まだ、続くのか?
その時、見たことのない隊服を来た二人組とすれ違った。赤い髪が印象的な戦士という風貌の男と、黒髪を背中に流しタバコを吸いながら歩いている女性だ。
何だかその二人を目で追ってしまう。そのまま視線で二人を追って行くと、唐突に女性が右手を下から上に振り上げた。それだけだった。それだけで、地面から棘が生えた。生えた棘はこの場にいる魔物を全て貫いた。
ゾワリと肌が泡立つ。墓標だ。魔物の墓標。
あの空が笑ったように歪んだ月が浮かんでいた、あの夜と同じ。俺の故郷を魔物に襲撃され、逃げ惑っていたあの夜と同じだ。
「聖女様」
誤字脱字報告ありがとうございます。




