49 命令
「すまなかった」
いきなり謝られた。紫紺の髪を石の床に垂らし、美人と表現するのがいいようなイケメンが私に謝ってきた。これはなんの謝罪?
「貴方が謝るべき人は私なの?違うでしょ?」
「········」
そう指摘すると黙ってしまった。いや、考え込んでいるのか。
「はぁ。謝るぐらいなら、やるべきことをやってもらえる?この状況わかっている?エルグランの魔物の侵入を許せば甚大な被害がでる状況なの。最悪、第4層を捨てる状態に陥るの」
そう、第3層の外壁には古い結界が未だに機能している。人が増えたために第3層の外側に第4層区画を増設したのだ。5代前の王が。
あの古い結界はよっぽどの事がない限り壊れない。だから腹が立つのだ。安全な王城に居る聖女とその仲間達に。
クァドーラ魔術師長はおもむろに立ち上がり、どこからともなく身の丈程の杖を取り出した。それを振るうと王都全体が結界に覆われる。
やはり、魔術師長だけのことはある。いとも簡単に王都を覆う結界を張ることができるのだ。
そして、私に頭を下げたかと思うと、その場から飛んで西の方に向かっていった。きっと部下のディレイクのところに向かっていったのだろう。
私は外壁の上に立ち、眼下を見下ろす。結界を張ったことで、侵入を拒むことができるだろう。
あの夢だ。あの夢が気になったのだ。普通ならここまでしない。南から来るのであれば南方面に戦力を重点的におけばいいのだ。
しかし、もし北から攻められてしまえば第4層を侵略され、市街戦かつ挟み撃ちにされてしまうのだ。それは避けなければならない。
だから、王都全体を護る結界を張ることができるクァドーラ魔術師長の確保は最優先だった。
日が沈み月が東の空に上っている。少し時間稼ぎができたことで、皆の顔に余裕の表情が出てきている。いや、皆をまとめることができるヴァザルデス師団長が戻って指揮をとっていることが大きいのだろう。やはり、カリスマ性は大事だ。騎士たちから距離を置かれている私とは違う。
そろそろ先陣が魔物たちと接触することだろう。遠見の魔術で視ると前線には顔見知りも見受けられる。
その先に見える魔物の先頭集団はワーウルフだ。脚の早いモノがたどり着いのだろう。
しかし、規模が見えない事が不安だ。あの泥沼の戦いでも丸一日戦い続けた。情報が足りない。煙を吐き出し、どこともなく声をかける。
「ねぇ。第0小隊はいないの?」
「御前に」
私の足元からいきなり声が聞こえた。視線を向けると真っ黒な衣服を纏ったひょろい人物が跪いていた。小隊長のイオブライだ。彼の存在は私の探知魔術にも引っかからないある意味怖ろしい人物だ。
「情報が欲しいのだけど。規模が把握できない」
「我々が把握している時点では、ウルフ、ゴブリン、コボルト、オーク、スケルトンが10キロメルに渡り蹂躙しています」
10キロメル。流石に規模が大きい。しかし、これらは雑魚の部類だ。
「それで?」
その先を促す。問題は後に続くモノたちだ。
「トロルにオーガ······詳細は不明ですが、複数の首を持つドラゴンが居たという情報もあります」
複数の首を持つドラゴン?ヒュドラか?ふぅーと煙を吐く。聖騎士団の全小隊が揃うことができれば対処も可能かもしれないけど、少々きついな。
今前線に出ているのは第2小隊と第4小隊と····いや、そもそも私の管轄ではないし、小隊編成も変わっているだろう。
「今の小隊で····いや、やはり私が口出すことではないか」
「聖女リーゼ様。貴女様の願いとあらば我らはどのようなことでも叶えてみせます。それがどのような命令であっても。どうか我らを存分にお使いください」
なんか、サーシャに同じ様なことを言われたな。それはそれで重い。人の命を預かるということはとても重いものだ。
しかし、ここを引くわけにはいかない。特にこの王都はだ。あのキセル屋の店主が居なかったことも気になる。
私は意を決して声に魔力を乗せる。
「『第2小隊と第4小隊は下がりなさい。代わりに第6小隊と第9から第11小隊まで前線で敵を向かい討ちなさい。雑魚共は任せます。魔術小隊は移動砲台の役目を果たしなさい。最初の雑魚は10キロメル存在します。削れるだけ削りなさい。衛生小隊。特にハルドとサーシャは衛生小隊を引き連れて戦場を駆けなさい。以上!』」
下からざわざわとざわめきが聞こえてくる。周りを見渡している者もいる。やっぱり私の命令なんて聞かないじゃないか。
不審な目を私の足元に跪いているイオブライに向ける。しかし、イオブライは満足そうな顔をしていた。いつもは無表情なのに珍しい。
そんな事を思っていると、突然空が割れんばかりの喚声が上がった。え?いったい何が起こったのか?
人の移動が迅速に行われ始めた。あ、私の命令を聞いてくれるってことでいいのかな?
誤字脱字報告ありがとうございます。




