48 我が剣は
イライラしているのはきっとこの危機的な状況の所為だ。ムカムカしているのはここだけが和やかな雰囲気だからだ。
前方で走っている彼に追いつき声をかける。
「なんか呼ばれていたけど?」
「あんな女は知らない」
投げ捨てるように彼は言い放った。まぁ知らない人から名前を呼ばれれば気味が悪いとは思う。
「お前たち何者だ!俺をどうするつもりだ!」
ヴァザルデス師団長がそんな事を言ってきたが無視だ。自分の仕事を疎かにする奴に説明する義理はない。
私の上からは『吐く。無理』という言葉が聞こえてきたが、これも無視。吐くなら吐けばいい。この外套は汚れないからゲロまみれになることはない。
西の地に日が沈もうとしている。これは夜間戦になる覚悟をしなければならない。
しかし、国王は何をしているのだろう?もしかして、あの聖女と言う者に魅了されいいように使われているのだろうか。
あの切れ者の国王が精神攻撃に対する対策をしていないとは思われないが、ここまで魔物の進行を許すなど、どういう事なのだろう。いや、兄は7箇所と言っていたな。兄が把握したものが7箇所。もしそれ以上あったとしたら?それの対応に迫られていたとしたら?
え?この国ヤバくない?
いや、これは私の予想に過ぎない。現実はどうなのか私が確認したわけではない。今、私がしなければならない事は、ここで魔物を迎え討つこと。
一番外側の第4外壁の上にたどり着いた。私は担いでいた魔術師長を硬い石の床に投げ捨てる。
青い顔をして口から液体が漏れているから何度か吐いたのだろう。紫紺の髪と目を持つイケメンが台無しだ。まぁ、そのようにしたのは私だけど。
魔術師長は復活するまで時間がかかりそうなので、彼に運ばれ今にも腰の剣を抜こうとしているヴァザルデス師団長の元に向かう。
私達の周りに外壁の上に配備された騎士と魔術師たちで囲まれているが、そんなものは気にしない。
大柄な二人の間に入り、ヴァザルデス師団長に往復ビンタをくらわす。勿論その時に魅了の魔術は解いておいた。そして、威圧的に言葉を発する。
「ヴァザルデス師団長!貴様はいったい何をしている?魔物が王都に迫っているこの時に!」
魔力を混ぜた威圧を両頬を赤くしたヴァザルデス師団長に向け放つ。
「貴様のするべきことは何だ?聖女の側に侍ることか?それとも王都を守ることか?聖女の元に行きたいというなら騎士なんてものをやめてしまえ!民を王を国を護らぬ騎士など必要ない!」
視線を外し、南の方向に向けると、拓けた平野の先に土煙が見えている。どうやら来てしまったようだ。その手前には逃げ惑う民の姿が見え、私はその光景を指し示す。
「貴様が指揮を取っていればこのような光景は無かったかもしれないな。あのエルグランの、あの泥沼の戦いを戦い抜いた貴様なら気がつくこともあったと思うが?」
そして、私は天に手を掲げ振り下ろし、土煙が立ち上る稜線に雷を降り注ぐ。少しだけど時間稼ぎができるだろう。
私はその光景に見入っているヴァザルデス師団長に再び問う。
「貴様は何をしてる?」
ヴァザルデス師団長はゆるゆると私の方に向き直る。そして、私のフードの中に隠れた顔を確認すると、抜こうとしていた剣から手を離し、跪き頭を垂れた。
「我が剣は聖女様のために」
はぁ、残念すぎる。あの聖女に洗脳されると、勇猛果敢なヴァザルデス師団長がこうも使い物にならなくなるだなんて。あの聖女に剣を捧げるか。
「聖女リーゼ様。直ぐに準備をして戦場に立ちます」
ん?
「私を貴女様の剣として好きなようにお使いください。再び貴女様のために剣を振るうことが出来ますことがこの上ない喜びであります。それでは御前失礼致します」
あれ、私のこと?いや私はもう聖女じゃないから!と言おうと思えば、ヴァザルデス師団長は外壁から飛び降りていた。行動早!いや、いいのだけど。
次に青い顔をしたまま放置をしていたクァドーラ魔術師長に視線を向けると、なぜか周りの者たちが頭を下げていた。いや、なんで頭を皆下げているの?
「あなた達は何をしているの?自分のやるべきことをしなさい」
「「「はっ!」」」
いや、だから私に向かって敬礼しないで。
「クァドーラ魔術師長!貴方はどうなのです?部下のディレイクに全て任せて、彼では対処しきれないでしょ?」
鳩尾を押さえたまましゃがみ込んだクァドーラ魔術師長に問いかける。
「はい」
「魔術を使うものが、魅了の精神侵略を許してしまうなんてお笑い草ね」
「魅了」
相変わらず言葉数が少ない。クールでかっこいいと言われているけど、ただ単に喋るのが面倒だということは知っている。しかし、先程見た光景ではクァドーラ魔術師長は聖女に向かって笑い、何かを話し掛けていた。長年共に戦ってきた私からすれば、気味が悪かった。誰こいつ?という心境だ。
「気が付かなかった?彼女あちらこちらで魅了を振りまいているの。色々オヴァールでもやらかしてくれたみたいで、引きこもっていた私が呼び出されてしまったぐらい。あ、でも私がここにいることはラートウィンクルム殿下の耳にいれないようにして」
クァドーラ魔術師長ははっとした感じで私の方を見た。そして、視線をオロオロと漂わせ下を向いてしまった。
相変わらず何が言いたいのかわからない。
誤字脱字報告ありがとうございます。




