33 届かなかった小さな手
血の臭いと肉が焦げる臭いが辺り一帯に立ち込めている。人々の怒号と魔物の怒鳴が耳を占めている。ここは···戦場?
「聖女リーゼ様!第16小隊が押されているようです!トルス副中隊長が負傷!第12小隊負傷者多数!これ以上は前戦が持ちません!」
私は煙管を咥えたまま思案する。ん?あれ?この煙管お気に入りだったけど、壊れてしまった物が何故私の手にあるのだろう。
いや、今はそんな事よりこの状況を打破しなければならない。
「第8小隊は動けそう?」
「再編すればなんとか····しかし、グレーリー小隊長が」
「グレーリー小隊長の穴埋めは私が出ましょう。第16小隊と第12小隊を下げて、再編した第8小隊を投入。」
私は後を振り返る。そこには治療中の者達とその人たちを治療する衛生小隊の者達が目に映る。軽傷の者は治療され再び小隊に合流して戦地を駆けることになる。
重傷の者の中には四肢が無くなった者や酸で皮膚が爛れた者、爆炎に体を焼かれた者様々だ。
今回は特に酷い。ああ、そうだったエルグランのスタンピードが発生したのだった。何故、私はこんな事を忘れていたのだろう。
「ハルド!サーシャ!治療は他の者に任せて私に付いて来てください!」
「聖女リーゼ様!今は無理です!」
「リーゼ!ジジィを扱き使い過ぎだ!」
無理だと言ったサーシャの元に行き、治療中の者の傷を瞬時に癒し、サーシャの腕を取り歩かせる。流石聖女様ですとか言っているけど、傷を治した者は直ぐに戦場に戻らなければならない。少し可哀想な事をしたかな?
「サーシャ。無理じゃない!サーシャは応急処置をして、別の人に任せる!時間は有限!ハルド、まだ40代は働き盛り!孫ができたからと言って引退できるわけないでしょ!」
文句を言い続け白衣をなびかせているハルドと自分より小さな子にキラキラした目を向けているサーシャを連れて、救護所を出る。
その横を次々に怪我人が運ばれ、救護所に吸い込まれていく。
「ま、······待ってくれ」
運ばれて行く者に声を掛けられて視線を向けた。
「せ··じょリーゼ様······俺を治療してくれ······すぐ····に、············戻らない····」
片腕を失ったグレーリー小隊長が運ばれているところだった。第8小隊を率いる者で、かなりの腕が立つ彼だったが、流石にこの押し寄せる波のような魔物には対処しきれなかったようだ。少し責任感が強いところが気になる者でもある。
「グレーリー小隊長。貴方は休んでいてください。代わりに再編した第8小隊は私が率います」
「しかし、俺が······」
「グレーリー小隊長。たとえ腕を治療したからと言って直ぐに使い物になるわけではありません。貴方の今やるべきことは、素直に救護所に行くことです。さぁ、小隊長を運んで」
私はそう言って、歩を進める。その先には再編した第8小隊の50名と衛生隊の10名がいた。
「これから第12小隊と第16小隊の穴埋めに入ります。私が小隊長代理となりますので、各班長は指示に従うように」
「「「はっ!」」」
「餓鬼の癖に偉そうに」
「······。ハルド、サーシャは怪我人を応急処置後、衛生隊に託すように。特に第12小隊を優先にお願いします。衛生隊、怪我人は戦場にいます戦場を駆け抜けなさい。あなた達になにかあると死人が増えることを肝に命じておきなさい。」
「「「は!」」」
そう命じて私は、戦場に向かう。第12小隊と第16小隊が戦っているところにはオーガが群衆のように犇めきあっている。
私は戦線に穴を開ける為に駆け抜け、一番近いオーガに大剣の一撃を······あれ?なんで私は私の肉切り包丁じゃないの?ああ、あれは使い物にならなくなった?
まぁ。このノコギリの刃のような血吸丸で構わないか。でもこれは使うのを禁止されていたような······????何かがおかしい?
私は衝撃と共に吹き飛ばされ、目の前には片腕が無いままのグレーリー小隊長が······。
駄目。ダメダメダメ!このままだと彼の死が!彼が死んでしまう。
「グレーリー小隊長!なぜ戻ってきた!」
間に合え!この先にはオーガキングが!
舞い踊る鮮血に崩れ落ちる体。その先には強靭な肉体を持ち、歪んだ笑みを浮かべているオーガキングが!
届かなかった手。私の小さな手は、また彼を救えなかった。
「あ······ああ、あああああぁぁぁぁぁ!」
『アリア!アリア!』
揺さぶられ目を覚ます。目を覚ます?ああ、夢か。いや、あれは過去の事。全て終わったこと。
「アリア、どうした?」
その声に視線を向ける。
彼は誰?いや、呪われたグランシヴァリスだ。
しかし、ここはどこ?視線を巡らすが私の家ではない······確か。えーっと、あの後強引に食事を取らされて、結界と治癒の陣を敷くように言われ、捕獲された。あ、うん。そのまま寝ちゃんたんだね。
それで、昨日愚兄から私が苦労して作り上げた聖騎士団のその後を聞いて、私のトラウマの戦いを夢を見てしまったと。
本当にあの戦いは最悪だった。
問題の王家直轄領のスタンピードだ。まだ私が王の命令で各地の魔物討伐を始めたばかりの頃だったので指揮系統が全く駄目、騎士たちも自尊心が高く使い物にならない。そして、泥沼の戦いと······
ん?······なぜ、私は目の前の人物からキスされているのだろう。




