閑話12【君の瞳は1000000V②】
閑話5【夢で逢えたら①】の続きの新見店長視点のお話になります。時系列としては、少女探偵団が神奈川県警本部に行った日の夜のお話しです。
既に深夜と言っていい時間帯。
女の子を助手席に乗せるなんて1㎜も想定せず、「走ればいい」程度の感覚で買った安い中古のコンパクトカー。
離婚絡みで色々手放した中には、購入当時組めた最大のローンで買った、3ナンバーのミニバンもあった。
そんな金のない中で買った、値段相応のデザインとカラーの、一言で言えば不人気車。言葉を選ばなければ“ダサい”車。そんな中古車の車内に不釣り合いな、若い女の子の笑い声が響く。
「それで、そのスライムになっちゃった主人公はどうなっちゃうんですか?」
「どうだったっけなぁ。俺も途中までしかまだ読んでないから…ていうか、URL送ったよね?巴奈ちゃんも読んでないの?」
運転しながらチラリと横に目を向ければ、助手席に座る若い美女、巴奈ちゃん。
1ヶ月前まで、そこにはカバンや飲みかけのペットボトル、脱いで放ったらかしになったジャケットなんかが、乱雑に置かれていた。
それが、巴奈ちゃんを送るようになって、俺の車の中は毎日綺麗な状態を保つようになった。
まあね、流石に女性を…しかもまだ20代の若い女の子を乗せるとなれば、いくらズボラな俺でも片付け掃除ぐらいする。
店の看板娘として、そのシフト次第で店の売上が変わるほど、大人気の巴奈ちゃん。
当然、店長という立場上、他の従業員と同様に店長とバイトの距離を保ってきた。
だけど、こうして毎日送って帰るようになって、店ではあまりしないような砕けた会話もするようになり、少しずつ距離が近づきつつあるのを最近感じる。
「えー、私本苦手だもん。活字読んだら2秒で寝ちゃうも、ますもん」
「寝ちゃうもん」て言いかけて「寝ちゃいますもん」に言い直したよね、今(笑)。
巴奈ちゃんの俺に対する態度も、こんな感じでどんどん砕けてきてる。前までは、それなりに“店長”を前にした緊張感を感じていたのに。
ま、無理してるところもあるんじゃないかなー、とも思うけど。
巴奈ちゃんは、今から1ヶ月半ぐらい前に、たった1人の愛娘、美遊ちゃんが行方不明になり、しばらく引きこもってしまっていた。
GW前にバイト復帰して、そこから徐々に明るさを取り戻してはきたけど、その心の内にはまだまだ美遊ちゃんを失ったショックが残っているはずだ。
だからなのか、時々おかしな事を言う。
「魔法ってやっぱり、呪文とか唱えたりするんですか?」
最近の会話の内容は、巴奈ちゃんが突然話題に出した“ゲームみたいな世界の話”が多い。
所謂、異世界転生もの。
今の若い子が言う陽キャタイプの巴奈ちゃんと、こんなちょっとオタクっぽい話題で盛り上がるなんて、俺の車の助手席に若い女の子が座る以上に、思っていなかった。
前はそんな話題、まったく出してこなかったのに、最近になって急にそんな話を振って来たのだ。
どこかで、世の男性はこういう話題が好きだと吹き込まれたのかわからないけど、たぶん俺に話を合わせてくれているんだろうと最初は思った。
「ん?まぁ、うん、そうだね。そういうのが多いね。呪文とか、あと魔法陣使ったりとか」
まぁ、実は俺も元々そんなに興味のあったジャンルじゃないなんて今更言えないけど、巴奈ちゃんがそう思っているんなら、合わせて談笑するぐらいのスキルはある。
巴奈ちゃんに合わせてそういう小説も最近読むようになったから、それなりに会話を成り立たせてはいるけど……
「そうなんですねぇ。でも美遊はあんまりそういうの……あ、えと、そっか、そうなんですね、へぇ」
これだ。
──美遊はあんまりそういうの……──
それはまるで、美遊ちゃんが魔法を使っているような言い回しに、俺には聞こえる。
今の言い方は、どちらかといえばまだ誤魔化してるけど、前なんか、氷のお城を作ったとか、レン兄ちゃん── 美遊ちゃんと一緒に行方不明になった巴奈ちゃんの従兄弟の高校生── より大きい猪をやっつけたとか、まるで美遊ちゃんから直接聞いた話を喋っているように話す巴奈ちゃんに、ちょっと不安を感じる。
俺が思うに、巴奈ちゃんの中では、美遊ちゃんが行方不明になったのは、異世界転移したと思ってるんじゃないだろうか?
確かに、何処かで変わり果てた姿になってしまったと想像するよりは、そんなファンタジックな妄想に逃避してた方がいいのかもしれない。
ただ、その妄想が行き過ぎて、現実との区別がつかなくなる……なんて事になったらと思うと、心配になる。
「あ、そうだ、てんちょー」
巴奈ちゃんの話を聞きつつ考え事をしてる間に、車は巴奈ちゃんの住む公団の前へと到着した。
そのタイミングで、話題転換とでも言うように、巴奈ちゃんは少し声のトーンを変えた。
ここ数日、具体的に言えば巴奈ちゃんと異世界転生ものの話をするようになった頃から、公団の前で車を停めて話し込むのが習慣になってしまったため、巴奈ちゃんもすぐに降りることはない。
店からここまでゆっくり走って10分。ここで話す時間はだいたい30分。
さあ、ここからが本番だぞと言わんばかりに、俺は体勢を変える。
「そろそろコタロウをウチに戻そうかなって思うんだけど、近いうちに迎えに行ってもいいですか?」
「あ……そうかぁ……そうだねぇ」
すっかり忘れていた。
コタロウとは、巴奈ちゃんが飼っていたミニチュアダックスで、巴奈ちゃんの一人娘の美遊ちゃんが行方不明になってすぐの頃、巴奈ちゃんは何も手に付かなくなってしまい、コタロウの散歩も行けなくなっていたので、一旦俺が引き取ったんだけど…
突然話題に出たことで動揺してしまって、ちょっと不審な答え方になっちゃったけど、どうやらまだ巴奈ちゃんにはこっちの動揺は伝わってないみたいだ。
けど、誤魔化してもしょうがない、正直に話すか。
「実はさ……コタロウ、俺の実家で預かってるんだよね」
「そっかぁ、店長の実家……え!?店長の実家って…」
「…そう、名古屋」
コタロウを預かって来た当時、たまたま親父の定年退職を記念してこっちに旅行に来てた両親が
「あんたも忙しいだろうから、ウチで面倒見てやるよ」
と、名古屋へ連れ帰ったのだ。
実際、俺も元々ペットなんか飼う余裕もなかったから、正直言えば助かった。
巴奈ちゃんには、巴奈ちゃんが元気になるまで預かるって言ったんだよなぁ。
確かに、見た感じだけだと、巴奈ちゃんはもう元気を取り戻してるように見えるんだけど…
美遊ちゃんに関する妄言らしき数々の発言が、俺の判断を揺さぶる。元気そうに見えていても、まだ心の中は不安定なのは間違いない。
我が子を失うっていうのは、そんなに生易しいことじゃないんだ。
せめて、もう少し時間を稼ぐか。
「だから、直ぐには迎えに行けないんだよね。お盆ぐらいに一回帰るつもりだから、その時でもいいかな?」
とりあえず、これで3ヶ月は稼げる。その間に巴奈ちゃんの妄想が治ればよし。その妄想が本当に危ないものなら、3ヶ月もあれば何かしらの判断はつくだろう。
「え……うーん」
しかし、巴奈ちゃんは考え込んでしまった。
あれ?思った反応と違うぞ。
ずっと俺に預けっぱなしは申し訳ないから引き取りに…みたいな感情だと思ってたけど…そうだったらこんな風に考え込むような事じゃない、と思う。
「てんちょーだから話すんですけど…」
巴奈ちゃんの声のトーンが変わった。
店長だから話せる話し?
今はコタロウのことを話していたんだと思うけど……コタロウの事で、他の人には話せない、俺だから話せる?
はて、それはいったい……
まさか、コタロウに何か重い持病が!?
そんな想像をしてしまい、俺は唾をコクリと飲み込んだ。
そんな俺の様子を確認するかの様に、巴奈ちゃんは一瞬俺に視線を向けて、また少しだけ顔を伏せる。
「やっぱり……夜1人っていうのは、寂しいんですよね」
……既に深夜と呼べる時間
街灯に照らされているけど、周囲には人の気配もない、公団の駐車場。
小さな車に2人きり。
助手席に座る美少女が漏らす「1人は寂しい…」という心の内……
違う!!違うぞ、アキラ!!
変なこと考えるんじゃない!!
嗚呼!!いきなり巴奈ちゃんが意味深な事言うから!!
一瞬浮かんだ妄想に、巴奈ちゃんを直視できなくて、俺は視線を逸らす。
そもそも、巴奈ちゃんはコタロウの話をしてるんだ。コタロウに関係する重大な話しを……コタロウの重大な話と、巴奈ちゃんが「1人は寂しい」って、どう繋がるんだ?
「だから、せめてコタロウだけでも居てくれたらって…」
絞り出す様に言った巴奈ちゃんの心の内は、そういうことでした。
なるほどね。そういうことね。
夜寂しいから、コタロウに一緒にいてほしいってことね。
それを店長だから話せる。
まぁ、そんな話をそうホイホイ他人にするもんじゃないわな、確かに。
特に男だと、変な勘違いして部屋まで押し掛けて来る輩もいるかもしれないし。
巴奈ちゃんの話振りから、バイト先の店長として、俺はこういう話をしても大丈夫っていうぐらいには、信頼されてるってことですね。
しまった、一瞬でも変な勘違いをしてしまったことに、その信頼に対して少しばかり罪悪感を感じる。
大人として信頼されている(であろう)俺は、一人寝の寂しい夜に側に居て欲しい対象ではない。
こういう、誰にも打ち明けられない心の内を、聞いてくれる優しい大人という存在なのだ。
だいたい、まだ20代の巴奈ちゃんにとって、1人寝の部屋にこんなアラフォーのオッサンがいたらキモいし怖いだろ。
そりゃ可愛いコタロウだよね、一緒にいてほしいのは。
こんなアラフォーのオッさんなわけないよね!!
いかんいかん、夜の雰囲気が変な妄想を掻き立てる。
街灯にうっすら照らされた巴奈ちゃんの横顔が、憂いの色に染まって見える。
ただでさえ美人の巴奈ちゃんが、俺の車の助手席でそんな顔して座っていれば、普通の男なら勘違いして襲いかかってしまうかもしれない。
巴奈ちゃんがこうして無防備でいることが、きっと信頼の証なんだろう。
俺はそう受け止めると、巴奈ちゃんが溢した心の内を汲み取り、出来るだけ早くコタロウを返そうと、考えを切り替えた。
どうやら、不安定だからコタロウの面倒が見れないと思っていた俺の考えは、間違っていたようだ。
逆に、巴奈ちゃんの心の安定の為に、コタロウが必要ってことだ。
「じゃあ、明日にでも実家の親に聞いてみるよ。今日はもう遅いし」
「うん。ありがとう、てんちょー」
俺がそう言うと、巴奈ちゃんは笑顔を見せたけど、僅かに唇が震えた気がしたと思ったら、俯いてしまった。
もしかして、「聞いてみる」じゃだめだったか?
直ぐにこっちに送ってもらうように言うとか、そう言った方がよかったか?
巴奈ちゃんの、身長の割に華奢な肩が、更に縮こまって見える。
やっぱり、寂しいんだろうな、1人の部屋ってのは。
俺も、離婚して最初の頃は、誰もいないワンルームアパートで、飲みながら独り言みたいに愚痴っていたのを思い出した。
巴奈ちゃんの心の内が少しだけ垣間見えてしまい、俺は無意識に縮こまる巴奈ちゃんの華奢な肩にそっと手を伸ばし……
その手が触れる直前、黙って俯いてた巴奈ちゃんがそっと顔を上げて、俺は慌てて手を引っ込めた。
「今日もありがとうございました。いつも、私の変な話に付き合わせちゃってごめんね、てんちょー」
顔を上げた巴奈ちゃんは、笑っていた。
俺にごめんねと言いながら、巴奈ちゃんは鞄の紐を掴んで上着の襟を直す、いつも車を降りるときにする動作をした。
ドアを開けて
「じゃあ、気を付けて帰ってくださいね」
車を降りて
「おやすみなさい」
ドアを閉める。
さっき伸ばしかけて引いた手を、ドアの向こうの巴奈ちゃんの背中に向けてまた伸ばし、届かぬその手を、水の中をゆっくり沈むように下ろす。
長年の接客業で得た経験値は、嘘をつかない。
今見せた巴奈ちゃんの笑顔は、感情を押し殺しているのが丸わかりの、出来の悪い営業スマイルだ。
いつもなら俺が走り去るまで見送ってくれるのに、今日はすぐに背中を向けて歩き出してしまった。
怒らせたのか、それとも……
一瞬、追いかけた方がいい気がしたけど、自分の立場を…巴奈ちゃんにとっての“信頼できる大人のバイト先の店長”である立場を意識して、追いかけるのはやめた。
独寝の寂しさを溢した、愁に沈む表情に、思った以上に揺さぶられたこの精神では、追いかけて行った先で何をするかわからない。
1分前に切ったばかりの車のエンジンをかけ直し、俺は自分のアパートへと帰った。
「そっか、今日巴奈ちゃんは公休か」
出勤してシフト表を確認して、今日が巴奈ちゃんの公休日にしてある月曜日だと思い出し、深くため息を吐いて、業務に就いた。
ま、昨日あんな感情になっちまって、今日どんな顔して会えばいいかわからなかったから丁度いいっちゃ丁度いいんだけど…
「はぁ…」
「店長、佐久間さんが休みだからって、ため息ばかりつくのやめてください」
「堀田さぁん、そんなんじゃないですよ」
ランチタイムが終わり、お客さんが1組しかいないヒマな状況になり、昨日のことを思い出してたらまた溜息をついてしまった。
「今のはため息じゃなくって、忙しい時間が終わって、ちょっと一息ついただけですよ」
と、言って誤魔化したけど…図星なんだよなぁ、堀田さんの言うことは。
堀田さんの言う通り、今日はずっと巴奈ちゃんの事ばかり考えては、ため息をついている。
これじゃまるで、失恋した中学生だよな。
カランカラン
そんな中で、来客を知らせるドアベルが鳴り、重だるい気持ちと体にピシッとスイッチが入り、ホールへ飛び出すと…
「いらっしゃい…巴奈ちゃん!?どうしたの!?」
「うーん、ちょっと、近くまで来たから」
カフェの入口で気まずそうに佇んでいるのは、カフェ・アリスの看板娘、巴奈ちゃん。
「そうなんだ!!いいよ、今ヒマだから適当に座って」
サプライズのように巴奈ちゃんが現れて、心が浮かれてるのがわかる。
踊る心をなんとか抑えて、冷静を保つんだ、俺!!
そして、なんで笑うんですか!?堀田さん!!
久しぶりに見たお出かけスタイルの巴奈ちゃんは、いつも以上に可愛くて、昨日みたいな出来の悪い営業スマイルって感じじゃなく、自然な素の笑顔を見せてくれた。
アイスコーヒーとミックスサンドを注文して、ふぅっと一息吐く姿に、どことなく疲れた様子を感じたけど。
この時間に来るお客さんは、たまたま通りかかった人や、営業の合間の時間潰しのサラリーマンが多い。
常連さんなら会話もするけど、あまり見かけないお客さんばかりだから注文だけ対応して、手が空くたびに巴奈ちゃんに声を掛け、途切れ途切れの会話をした。
どうやら巴奈ちゃんも遅めのランチだったようで、4度目に声を掛けに行こうとしたら、スマホを手に持ったままうつらうつらしていた。
なんだかんだ、疲れてるんだな。
「店長、佐久間さんも疲れてるみたいですから、あまり構わないでいてあげた方がいいのでは?」
堀田さんにも指摘された。どうやら俺は、浮かれた心を全然セーブできていなかったみたいだ。
しばらく経って、そろそろ午後の混みそうな時間が近付いて来たから、巴奈ちゃんの様子を見に行くと、頭が完全に下を向いて、横の仕切り壁にもたれてぐっすり眠っていた。
空いた食器を下げようと、テーブルに近付いた時
「ゆきさんはこおりのんまふぅーー」
「は?“こおりのんまふぅー”ってなんだよwww」
唐突に巴奈ちゃんが寝言みたいなことを言うから、ついツッコんでしまったw
「ふぇ!?」
そして、不思議な声を上げて勢いよく顔を上げると、俺の顔を見て数秒フリーズする。
「てんちょー!!私なんか変なこと言った!?」
ああ、やっぱり熟睡してたんだな。寝言のこと覚えていないみたいだから教えてやるかw
「うん。寝言で「ナントカはこおりのんまふぅ」って言ってたよ」
「え、やだ!お願い、忘れててんちょー!!」
一人娘を失った巴奈ちゃんは、以前のように笑っていても、ふとした時にその笑顔が陰ってしまう。
大事な一人娘を突然訳もわからないまま失ったんだから、それは仕方のないことだけど、せめて俺が時々こうして笑顔にしてやれるのなら、今はそれでいいと思った。
その代わり、いつまでもこの店の看板娘でいてね。
こんなアラフォーのオッサンには、刺激の強すぎる笑顔と瞳に、こっそりそう思った。
ご閲覧いただきありがとうございます。誤字・脱字、矛盾点等ありましたら、ご指摘頂けると幸いです。




