第5章【英雄なんて呼ばれてるのに役に立てなくて申し訳ありません】7
若干の矛盾がありましたので、会話の内容を変更しました。ストーリーへの影響はありせん。
第7話【辺境の英雄】
「どうやら、いらっしゃったようですね」
外の馬車の音に、ホグルが反応した。ちょうど昨夜ケージから聞いた話を、地区長達の質問への返答も含めてひと段落したところだった。
「辺境の魔法使いが来たのか!?」
ホグルの声に1番に反応したのは、厳つい顔をした口髭の中地区長マナッカ。
「はい。本日は、その事を説明して頂くために、事件の当事者である辺境の魔法使いに来て頂いております」
「なんじゃと!?何故それを先に言わぬかホグル!!それならばワシが迎えに行ったのに!!」
辺境の魔法使いと聞いて、恰幅のいい老人、南西地区長のナセムが、体型と年齢にそぐわぬ勢いで、ガタリと音を立てて立ち上がった。
「どこに!!どこにいるのだ、辺境の魔法使いは!?」
ナセムに一息遅れて、禿頭の南地区長ミナスも身を乗り出し、白髪混じりの西地区長セイドと、東地区長トーヤも含め、ホグルが「辺境の魔法使いが来ている」と言っただけで、いい歳こいたおっさん達が騒ぎ出す。
娯楽のないこの世界に、降って湧いた最大級のエンターテイメントと言ってしまえば、レンの故郷に於ける“推し”文化と通ずるものがあるのかもしれない。
子供のように目を輝かせ、顔を上気させている姿に、見ていて心地の良いものではない…と、ホグルは内心思う。
「どうぞ」
ホグルの次女がドアを開けると、先日聖廟で見た辺境の魔法使いの熊のような髭面の大男が現れ、続いてオドオドした様子で、あの聖廟の土塁を石の剣で叩き割った青年が、顔を覗かせた。
「おお、君たち!!」
野太い声援に迎えられたレンとミッツ。
2人とも性格的に、黄色い声援を求めるようなタイプではないが、それでも地区長達の…いい歳こいたオッサン達の強すぎる歓迎の熱意にさすがのミッツでも気圧され、レンは部屋の外へと逃げそうになり、ミッツに腕を掴まれ、観念した様子で地区長会議の間へと引き摺り込まれた。
「改めて紹介しましょう。今回の魔物騒動から我らが町を守ってくれた、辺境の魔法使い…いや、英雄のレン殿とミッツ殿です」
「ミッツだ、よろしく」
「レ、レン……です」
ついにミッツまで英雄としてホグルに紹介されたが、ミッツは気にすることなく軽く自己紹介して、レンは萎縮しっぱなしでボソボソっと自己紹介する。
自己紹介が終わると、早速ミッツが、今回の北の森で起きた事件をわかりやすく順序立てて説明を始めた。
まだ昼前だというのに、樹々に陽光が遮られ、鬱蒼とした薄暗い森の中を、4人の若者に幼女とオッサンが1人ずつの集団が、賑やかに歩いている。
「でねえ、レンにいがビューンてとんできてね、わるものバーンてやっつけちゃったんだよ!」
「もう本っ当にカッコよかったんだから、レン様!!魔人に石の剣をビュンって当てて「お前魔物だろ?敵対する魔物相手に話しをする気はない」って、超ーーーカッコいいのぉーーー!!」
「へ、へぇ」
「そうなんだぁ」
賑やかなのは、主に幼女ミーユと英雄に恋する乙女リンネ。昨日のレンの様子を乙女目線の英雄譚として語るのだが、同じ話が3周目に入っていた。
レンが魔物からミーユを助けた現場にいなかった、トビーとミリィサが餌食となり、ここまでずっと2人の話を聞かされていて、先頭を行くケージと最後尾のモリスンは、黙って歩いている。
集団の両脇にそれぞれ2匹ずつ、そして先頭を歩くケージの更に前にも1匹、魔犬が護衛のように付いて四足歩行で歩いている。
魔犬は15匹全てを森へと連れて来た。他の10匹は、聖廟に近い昨日ミーユが暴れたエリアでの、魔物の処理を任せてある。
穴を掘って埋める作業なのだが、知能の高い魔犬達は、一度教えたら理解していたので、魔犬達だけに任せて来たのだ。
終われば、匂いをたどってついてくるように言いつけてある。
先頭を歩く魔犬が、何かに気付いたように鼻先を上に上げるのと、ミーユが立ち止まるのはほぼ同時だった。
「あ、まもの」
不意に、ミーユが立ち止まって前方を指差し、ミーユを囲うようにして歩いていたトビー、リンネ、ミリィサが同様に立ち止まり、「魔物」という言葉に顔を緊張にこわばらせる。
「どこだい?嬢ちゃん」
前を歩いていたケージにもミーユの声が聞こえたようだ、立ち止まって振り返る。
若者達ほどではないが、やはりその顔には緊張の色が見て取れた。
特に昨日魔人に遭遇した面々は、表情に青褪めた感じが窺えるほどの緊張感が見られるが、ミーユだけは平然と魔物がいると思われる方を見つめている。
「僕が行っても、大丈夫かな?」
いつのまにか、最後尾を守っていたモリスンがミーユの横へ来ていた。
あの時現場にいたモリスンも、ミーユの「魔物」という言葉に緊張感に青褪めていたが、すぐに気を持ち直してグッと槍を握る手に力を込め、狩りの先陣として先頭へと歩みを進めた。
「モリにいなら大丈夫だよ!!」
「モリ兄?」
ミーユからのお墨付きはもらったが、モリ兄という呼称に首を傾げるモリスン。
ミッツが婚約者であるセシリアのことを、セシィ等と略して呼ぶことがないように、この世界には、名前を省略して呼ぶ風習がない。
ミーユが師匠を「レン兄」と呼ぶのと同じ感覚だとは思ったものの、呼ばれ慣れない呼称に変なむず痒さを感じながらも、ミーユが示した方へと、槍を構えたまま注意深く歩を進める。
モリスンを護衛するように、先頭を歩いていた魔犬が付き従い、10数メートルほど繁みを掻き分け進むと、聞いたことのあるような、けど聞き慣れないような「ブォーン」という音が聞こえた。
モリスンが音の方に目を向けると、5m程先の大木の前に、黄色と黒の毒々しい体色をした、拳2つ分ほどの大きさをした羽虫が現れた。
「うわぁ!!」
その姿を認識した瞬間に、モリスンはあわや槍を落としそうな勢いで驚き、すぐさま踵を返し撤退した。
「は、は、は、蜂だー!!」
慌てて駆けてくるモリスンと、つられて走る魔犬の後ろから、拳2つ分の大きな魔蜂が重い羽音を響かせ追ってくる。
「任せろ!!」
モリスンとすれ違うように飛び出したケージが、穂先に炎を灯した槍で魔蜂を叩き落とし、羽が燃えて地面でジタバタしているところを石突きで叩き潰す。
絶命した魔蜂から紫の霧が立ち昇り、ケージは魔蜂の魔力を得た。
「ったく、こんな虫ケラにビビッてんじゃねぇぞ、モリス…」
ケージが、魔蜂に怯えるモリスンを笑っていると、その背後から重い羽音が再び響く。
その数は、何十、下手すると何百も重なって聞こえる。
振り返らなくてもわかるそこにある脅威に、ケージの顔から一瞬で血の気が引く。
「逃げろー!!!!」
ケージの叫び声に走り出す一同だが
「ミーユ!?」
幼いミーユはただ1人、襲い来る魔蜂の群れを前に動かない。
「ほいっ」
ミーユが、小さな右手をスッと上げる。
その瞬間、紫電が走り風が生まれる。
そして…
ゴォォォオ!!!!
バリバリバリバリ!!!!
放電を伴った竜巻が、魔蜂の群れを飲み込んで天空へと突き上がり、そのまま上空でUターンすると、地面へと激しく激突した。
ドォン!!という激しい音と共に竜巻きは霧散し、巻き込まれた魔蜂達も、あるものはピクピクと痙攣し、あるものは事切れたように動かない。少なくとも、自由に動ける魔蜂はいないようだった。
「あ…あああ……」
「……な、何が…何が、起きたの?」
聖女様の桁違いの魔法の前に、ニーシュの魔法使い達は言葉を失った。
そんな一同に振り返る聖女様は、「上手に出来たよ!!」と言わんばかりの、年相応の屈託のない笑顔を見せ、何となく一同は、これでも全力ではないのだろうなと、聖女様の底知れなさに慄いた。
「モリにいも、まほーつかえばこのぐらいできるよ」
「う、うん」
いや、さすがにそのぐらいの事は出来ないけど…という言葉を飲み込みつつ、それでも同じ要領で、火炎を広範囲に放つ事で、今の魔蜂の群れぐらいなら、全滅とはいかないまでもある程度は対処できたんじゃないかと、反省するモリスン。
ニーシュに来てからのみんなでの森での修行でもそこそこ魔物を倒しているし、なによりあの大きな魔狼の魔力も得た。
身に付けた魔力を試す良い機会だったのに、失敗したとモリスンは項垂れた。
その後、皆んなで生き残った魔蜂をプチプチと潰して、小さな魔力を大量にかき集めた。
大きな魔蜂の巣は、やはり相応に大きく、人も住める程のサイズがあった。
ケージが、故郷ニホンのご当地グルメをコレで作ってみたいと言い出し、帰りまでになんとか持って帰る方法を考えるのだと言っていた。
一行は、森の奥へと進んでいった。
円卓を囲う地区長達は、皆それぞれに青褪めた表情をして、押し黙っている。
ニーシュの魔法使い達を引き連れ、彼らの訓練を兼ねた調査中に現れた、謎の白装束の男。
その白装束の男が、辺境の森の最奥に棲むと云われる、魔人であったこと。
その魔人と戦うために単身森に残る、辺境の英雄レン。
魔人とレンの激闘から、森の魔物たちが一斉に逃げ出したこと。
そして、居合わせた辺境の魔法使い達で、これに何とか対処したこと。
先程、北地区長ホグルから聞かされた話と、大まかな内容としては大差はないが、ミッツの口から語られる…現場に居合わせた、自分達が英雄と称える程の魔法使いの口から語られるその話は、まるで違って聞こえたようで、あんなにも賑やかしかった地区長達も、今は押し黙ったままミッツの話を聞いている。
「最終的に、今回の騒動の元凶になった魔人を、レンが撃退してくれて、事件はひと段落がついた」
「ちょっ、ミッツ、げ、撃退って…」
戦いの様子は、レンから聞いているはずのミッツだが、さっきからレンに身に覚えのない話だらけで、レンはいつも以上に挙動不審になっていた。
例えば、
仲間達が傷付けられたことに、怒ったレンが渾身の一撃を放つと、魔人はレンをただの人間ではないと悟り、全力で立ち向かって来た、とか。
お互い譲らぬ全力バトルの末に、本来は魔力濃度の濃い辺境の森の最奥でしか見せられない真の姿となり、いよいよ決死の戦いを挑んで来た、とか。
決死の覚悟で挑む魔人に、さしもの英雄レンもピンチに陥るが、そこは百戦錬磨の辺境の英雄、直様魔人の弱点を見破り、生死をかけた限界バトルの中でも冷静さを失わず、巧みな戦術で上手く弱点を突いた、とか。
とにかく、ミッツの話を聞いていると、辺境の英雄レンとは、魔人とも互角以上に戦える歴戦の勇士だとしか思えなくなってくる。
その当の本人が、オドオドキョドキョドした様子で目の前に座っているにもかかわらず、聖廟でのパフォーマンスを目撃している地区長達には、ミッツの盛りに盛った話の方が信憑性があった。
ミッツの説明を必死に否定しようとするレンだが、声が小さいので地区長達には聞こえていない。
むしろその様子から、誇るべき偉業であっても決して驕らず謙遜する、聖魔教文化においても人格者だと認められる人物に見えてしまっていた。
実際には、こちらの全力攻撃はすべて通じず、奥の手であった圧縮した火魔法も、直撃したにもかかわらず衣服が燃えただけで、魔人本人は無傷。
むしろ相手の本性を解放してしまい、決死の覚悟で挑むも弄ばれるようにボロボロにやられ、大地に背を着け横たわったのはレンの方で、余力が有り余っていた魔人に命を救われてまでいるのだが、有力者達を前に優位に立とうと、ミッツの判断で話を盛った…盛りまくったのだ。
「で、魔人が逃走する際に言い残して行ったことがあるんだったな、レン」
「逃走って……」
むしろ逃してもらったのはこっちの方……
真面目すぎるレンは、ミッツが盛りに盛った話が、事実と異なって地区長達に伝わってしまうのが我慢ならなかったが、苦手な人前で反論出来るほど大きな声も出せず、結局言葉を飲み込む。
「しかし、かの英雄殿と互角に渡り合うとは、やはり魔人というのは想像を絶する怪物だったわけだな」
ミッツの話がひと段落したところで、禿頭の南地区長ミナスがボソリと呟くように言う。
「うむ。人智を超えた魔法を操るレン殿に、まさか太刀打ちできる存在がいるなどとは、思ってもいなかった」
ミナスに応えるように、白と黒が半々に入り混じった初老の西地区長、セイドも同じように呟いた。
「そんな化け物ならば、そこらの魔法使いでは相手にならん。レン殿がいてくれて助かったな」
口髭を震わせながら、厳つい顔の中地区長マナッカも、偶々レンが北の森にいてくれたことに安堵する。
地区長たちが、ざわざわとし始めたのだが……
その話の内容に、レンはふと違和感を感じていた。
確かに、ミッツが盛りに盛って話したために、レンと魔人はほぼ互角の印象で伝わっているのはわかる。
事実とかけ離れすぎているその印象に、レンは居た堪れなくなっているのだが、地区長達の話ぶりを聞いていると、自分が魔人に匹敵する強者として認識されている…のではなく、魔人が自分に太刀打ちできる怪物だと認識されている。
同じように聞こえるが、意味合いはかなり違ってくる。
地区長達に限らず、この地域での一般常識として、魔法と言えば焚き火に種火を灯す程度のものだという認識であり、時折現れる世渡り人でも、ただの石から石鍋を錬成し、風を操り木の実を落とすぐらいが関の山であった。
そんな常識を持つ地区長達にとって、英雄というのは人智を超えた絶対無敵の強者であり、いかなる魔物でも一刀の元に切り伏せてしまう、そんな印象があった。
もっとも、その印象を決定づけたのは、レン自身なのだが。
対して、魔人に対する元々のイメージは、個人差はあれど魔物の中の最強種といったイメージでほぼ相違はない。
兎や鼠などの小動物系の魔物であろうと、彼ら凡人からしたら生活を脅かすほどの脅威だが、辺境の魔法使い達は普通の動物のように狩って暮らしている。
そんな風に伝え聞いている町の者達にとっては、辺境の魔法使い達の中でも更に特別な存在である英雄には、いかに凶暴な魔物であっても決して敵わない、そう思っていてもおかしくない。
そこへ盛りに盛ったミッツの話を聞けば、“レンという英雄と互角に戦える魔人”という驚き方になるのだ。
そもそも、本当の魔人の脅威を知る者がレンの他にいないのだから。
ミッツでさえ、レンが魔人に対して全く歯が立たなかったという話に関して、ネガティブな誇張が含まれていると思っている。
だが、彼らが魔人に対して抱いた、この間違ったイメージがあることが、これから齎される更なる脅威に対し、いい予防線になったと言えるかもしれない。
地区長達のざわつきの様子を見て、ミッツが再び口を開いた。
「ここまでは、実際に起きた出来事の話だが…」
いや、実際に起きた出来事とずいぶん違うんですけど…というレンの視線での訴えは、ミッツには届かないまま話は進む。
「もし、これからレンが話すことが事実ならば、今回の魔人の襲来は、その前触れ程度の些事だと言える」
そこからが本当の恐怖であることを、円卓を囲む地区長達はまだ知らない。
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