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第5章【英雄なんて呼ばれてるのに役に立てなくて申し訳ありません】6

第6話【ニーシュの地区長達】




円卓は、そこに集う者の身分の上下を示さず、平等な話し合いを行うための象徴とされている。


木造建築の簡素な建物の中の一室。


ガラス張りの広い窓から差し込む陽光で、室内は十分な明るさがあり、円卓に集った5人の男達が互いの顔を見合わせながら、世間話に興じている。


「ナセムのジジーはまだか?」


厳つい顔をした口髭の男が、少し苛立った様子で、音を立ててテーブルに肘をつく。


「アイツが遅いのはいつものことだろう。別に待たなくてもいいのでは?さっさと始めてしまえ、ホグル」


厳つい口髭の男に反応するのは、側頭部と後頭部を残して、頭髪が絶滅危惧種の初老の男性。鋭い眼光とへの字に引き結んだ薄い唇から、頑固ジジイの類に見える風貌と言える。


「いやいや、ナセムさんからも欠席の知らせは届いていません。もうすぐ来ると思いますから、もう少し待ちましょう」


口髭の男と禿頭の男を宥めるのは、お人好しを絵に描いたような痩せ型の男、ニーシュの町北地区長のホグル。


ホグルが2人を宥めていると、ちょうど外から馬の蹄と車輪が地面を走る、馬車の音が聞こえてきた。


「ほら、ちょうど来たようですよ」


「まったく、どうせ遠いのだから、もう少し早く家を出るなり少しは頭を回すってことを知らねぇのか、あのジジィは?」


自身もそこそこジジィに見える禿頭の男が、皆に聞こえる声で独り言のようにぼやいた。




「ホグル、随分お疲れの様子だな」


遅れて地区長会議の間に現れたのは、円卓に揃った5人の誰よりも恰幅のいい、そして明らかに年配の老人、南西地区長のナセム。


聖女の眠る聖廟から始まったニーシュは、人が増えるごとに南へと町を拡大していき、南西地区は7年前に新しく地区認定された、まだ歴史の浅い地区である。


その地区長であるナセムは、元は中地区長であったが、南西地区から候補者がなかったため、中地区長を退いて隠居していたナセムに白羽の矢が当たり、居所を移して南西地区長となった。


そんな、南西地区長のナセムだが、頼まれて地区長になるほどなので、地域を切り盛りする手腕には長けてはいる。だが、その分というか人格としては、少々自分主義というか自己中心的というか、他人の心情を考慮した物言いを苦手とする部分があった。


今も入室早々、北地区長のホグルに皮肉めいた口調で言う。


「ナセム、そう言ってやるな。アンタの南西地区が北の森から1番離れておるからといっても、この魔物騒動はニーシュの町全体の問題なんだ。協力する精神がないなら、もっと適任者と地区長を交代してしまえ」


ホグルに皮肉めいた言葉を吐いたナセムに、ホグルに代わって言い返す白髪と黒髪が半々に交わった男。


「妙な言いがかりを言うなセイド。今のは労いだよ、労い。それを言うなら、あんたの西地区は北地区とは隣同士なんだから、もっと助けてやればいいではないか」


突っ込まれたナセムが、白髪混じりの男…西地区長のセイドに即座に切り返す。


ニーシュの地理的に、北地区から緩やかに扇状に町は南へと広がっている。その中で北地区と隣接している中地区と西地区。


東地区も一部接してはいるが、隣接しているというほど、広く境が続くわけではない。


そんな西地区は、ヤナクやその周辺の西の村々からの玄関口になっているため、農作物を取り扱う商人や農家相手に鍛冶屋を営む者が多い。また、町といっても大きな村といったこの世界の町では、農家が大半を占めるのが普通である。


西地区は、そんな農工商の入り混じった地域であり、自己主張の強い職人達や口八丁の商人達を取りまとめるセイドも、自然に咎める様な口調が染み付いてしまっている。


「相変わらず嫌らしい言い方だな、セイド」


そんなセイドに、さらに嫌らしさを上乗せしてくるのは、白髪と皺がセイドより幾分多い、セイドと良く似た初老の男。


「なんだ、トーヤ。また猿に畑を荒らされたか?」


そのトーヤの言い方に、セイドは不機嫌の理由があるように突き付ける。「また」と言うことは、前例があるのだろう。


ニーシュの町は南東部の方にも山林が広がっていて、時折り野生動物に畑の農作物が荒らされることがある。


その被害はもちろん、南東の山林に近い東地区が一番多い。


その度に東地区長のトーヤは、他の地区に物資の救援を求めるので、トーヤから話があると、他の地区長達は皆、また作物の無心かと眉を顰める。


「そんな話はどうでもいい。それより今は北の森だろ?昨日も魔物が聖廟まで…」


「どうでもいいとはなんだ!?マナッカ!!四方を別の地区に囲まれているお前のところは、外からの害の心配がないからと、無神経すぎるだろう!!」


厳つい顔をした口髭の男…中地区長のマナッカの無神経な言い方に怒鳴り付ける、東地区長のトーヤ。


「害獣被害ならウチだって出ている。夏野菜だってかなりやられた。北の森の問題より生活に直結するんだ、優先して対応するもんじゃねぇのか、普通?」


そこへ更に乗り掛かってくるのは、禿頭の男。


南東部の野生動物による被害は、東地区だけでなく南地区にもある。


「だから、今はそんな話をしてる時じゃねーって言ってんだよ、ミナス」


その南地区長のミナスに、中地区長マナッカが言い返すと、円卓は収集の付かない状態になった。




「皆さん、つまらない言い争いはやめましょうよ。確かにニーシュには他にも話し合わなければならない問題もたくさんありますが、今はどうか北の森の問題に目を向けていただきたいです」


そんな騒然とした円卓に、一際大きくホグルの声が響き渡る。


「なんだホグル、偉そうに」


「この数ヶ月、ずっと優先してきたんだ!!そろそろウチの害獣被害にも…」


「お前の所には散々協力してきただろ。北の森対策の1番の功労者は、西地区(ウチ)のケージだぞ」


「辺境の魔法使いが来たんだから、北の森は彼らに任せればいいだろう」


「何でもいいから早く終わらせてくれ」


ホグルの声に対し、中地区長マナッカ、南地区長ミナス、西地区長セイド、東地区長トーヤが口々に反論し、南西地区長のナセムが場違いな愚痴を零す。


「嗚呼はい、ではウチの話は手短かに済ませて、あとで皆さんの話をじっくり聴きますね」


これだけ言われても、変わらぬ穏やかな笑顔で対応するホグルだが、その目からは普段の柔和な雰囲気が消えていた。


端的に言えば、目が笑っていない。


優しげな声色を崩すことなく、ホグルは全員に向かって北の森で昨夜起きた出来事を極短くまとめて伝える。


「とりあえず、北の森に魔人が出ました。今日はその話をしたくて皆さんに集まってもらいました。私からの話は以上です。さて、では皆さんの話を…」


「待て待て待て!!ホグル、今なんと言った!?」


ホグルが極めて簡潔に北の森の事情を伝えると、中地区長マナッカが吠え


「魔人!?あの、ヤナクの魔法使い狩りのか!?」


西地区長セイドが狼狽え


「は!?冗談はよせホグル!!お前、地区長会議の場を何だと思ってる!!」


南地区長ミナスが叫ぶ。


それぞれの反応を受けて、ホグルの目は少しだけ柔和な影を取り戻す。


「詳しい話は、現場に居合わせた当事者にお願いしてあります。今迎えを出していますので、間も無く到着すると思いますので、それまで皆さんの話を…」


「できるわけないだろ!!」


「魔人が現れた」などと聞いては、落ち着いて自分の地区の話などできない。


そんな地区長達に満場一致で却下され、ホグルは満足そうに微笑んだ。


「そうですか。それでは、当事者が来るまで、まずは昨日伝令でお伝えした内容をおさらいしておきます。昨日の午後、北の森にて辺境の魔法使いによる、ニーシュの魔法使いの訓練を兼ねた調査中に緊急事態が発生し、魔物の大発生が起きたということでしたが……」


ホグルは、昨夜ケージやミッツから聞いた北の森での出来事を、今度は丁寧に地区長達に話した。




「到着しました」


若い男女が御する馬車が地区長会議の建物へと到着する。


荷台に板張りの座席を拵えただけの荷馬車から、巨漢で髭面の熊のような風態の男と、細身の優男然とした若い男が降りて来る。


「ありがとうな」


髭面の熊男ミッツが、御者席の若い2人に片手を上げて礼を言うと、男の方は同じように片手を上げて応え、女は御者席から降りて来た。


「中までご案内しますね」


そう言って若い女、昨年結婚したばかりのホグルの次女が、2人を先導するように木造平屋の建物へと歩き出す。


若い2人は、レンとミッツの迎えをホグルから頼まれていたホグルの次女夫婦で、やはりそこらの町や村の若者と比べると、社交性を身に付けている様子を感じる。


「さ、行くぞ、レン」


ホグルの次女に着いてミッツも木造の建物へ歩き出すが、レンはオドオドしながら立ち止まっていた。


「ちょ、待って、心の準備が…」


「ごちゃごちゃ言ってないで早くしろ、勇者」


「いや、だから僕は…」


魔物相手ならば格上でも果敢に立ち向かう辺境の英雄は、人間の町の代表者会議を前にして、胃のあたりを押さえながら逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。






さて、朝食の席で、ユキがレンをなんとか地区長会議に参加させるための話の流れで、「皆んなで一緒に行こう」と言ったのだが、ホグルの次女夫婦の迎えの馬車には、レンとミッツしか乗っていなかった。


他のメンバーはと言うと、聖廟まで迎えに来たホグルの娘から


「会議室に流石にこれだけの人数が入るのは無理です。今回は代表の方、1人か2人でお願いします」


と言われてしまい、じゃあどうせなら森へ行きたいとモリスン、ミリィサが言い出した。


「それならついでに、昨日俺たちが倒した魔物の死体を処理しておいてくれ」


と、ミッツからも言われたことで、残りのメンバーはそのまま狩りの支度を始めた。


「よう、なんとなく来ちまったよ」


そんな中に現れたのは、辺境の魔法使い達がやって来るまで、聖廟での防衛の責任者を任されていたケージ。


町の防衛を担う代わりに、仕事は全て他の者に任せてしまっていたので、基本的に毎日暇らしく、今日もいつもの感覚で聖廟に来てしまったという。


皆んなで森へ狩りに行こうとしていたところだと話すと、ケージも一緒に行くことになり、そして準備が整い森へ出かけようとした時、トビーとリンネがやって来た。


「トビーがどうしても行きたいっていうから」


「違うだろ、なんで俺のせいにするんだよ!!朝早くから叩き起こしに来たくせに」


どうやら、レンに会いたくて仕方がないリンネが、1人で行くのも気まずいからとトビーを誘ったらしい。


しかし、そのトビーはあまりセシリアと顔を合わせないように、呼ばれない限りは極力聖廟へ行かないと決めていた為、リンネの強引な説得にしばらく問答していたとのことだった。


「え、レン様はいないんですか!?」


そして、レン目当てにやって来たリンネに、レンは地区長会議に参加していてここにはいないと告げると、あからさまに拗ねた表情になる。


こういうのが苦手なケージは、面倒くさそうな表情を隠そうともしないが、ここでトビーが動いた。


「何言ってるんだよ、リンネ。せっかく来たんだから、師匠達がいない間に頑張って、成果を見てもらおうよ!!」


どうやらトビーは、リンネの強引な誘いに対して、魔法を鍛えて辺境の魔法使いに少しでも近付くんだと、意識を改めてリンネに着いてきたようで、既に良い感じにモチベーションが出来上がっている。


それに、なんだかんだ言ってもセシリアと森へ行けるのは嬉しいのだろう。面倒事を手っ取り早く片付けたい気持ちもあって、リンネの説得に熱が入ったとも言えるかもしれない。


そんなトビーの言葉に目を丸くするリンネも、次の瞬間には満面の笑顔になった。


おそらく、妄想の中で頑張った自分に、いい子いい子と頭を撫でてくれているレンを想像したのだろう。


「うん!!私頑張る!!」


俄然やる気を出したリンネに皆んなが苦笑すると、聖廟の入り口でユキと並んで立っているセシリアが、「よしっ」と場を締めるように声を出す。


「じゃあお前ら、気をつけて行ってこいよ」


「え?」


セシリアの言葉に、ミーユを除く全員が、目を丸くしてセシリアを見た。


「ど、どういうことですか?セシリアさん!!」


焦ったように尋ねるトビーに続いて、モリスンもケージも、ついて来てくれないのかと問うと、セシリアは「はぁ?」と眉を寄せる。


「お前らだけで大丈夫だろ?モリスンはオオカミ倒したって言うし、ミーユもいるし。それに、昨日私とミッツで狩りまくったから、そんなに魔物もいないしな」


セシリアの返しに、トビーが「でも…」と何か言おうとするが、続く言葉が出てこないようで口籠る。


そんなトビーの向こうで、ミーユが小さい手を万歳させ


「ミーユもまものいっぱいかりまくったー!!」


と、元気いっぱいだ。


といった具合に、危険が少ないことは保証されているのだが、トビーは危険云々関係なくセシリアに付いて来てほしいのだろう。


恋心に諦めはついたが、近くに居られると思っていた期待値があったせいで落ち込んでしまった。


リンネにやる気を出させた言葉にも、説得力が霞んでしまう。


そんな落ち込むトビーを誰かが構うこともなく、不意にケージがモリスンの肩を叩いた。


「てことで、こん中じゃ魔物狩りに関してはお前が1番の経験者だ。任せたぞ」


「ええ!?」


この展開は、ケージがトビーを慰めつつ、リーダーっぷりを発揮して全員を引率してくれる流れだと思っていたモリスンは、ケージに言われた言葉に引くほど驚いた。


「大丈夫、昨日の魔人でも現れねぇ限り、よっぽどの魔物は嬢ちゃんが退治してくれるさ。な、嬢ちゃん」


「うん!!ミーユ、まものバーンする!!」


とても頼もしい聖女様である。


「わ、わかりました。狩りの現場では指揮しますけど、その代わり、行き来の道中のことはケージさんにお願いしたいです」


「ああ、まぁそれぐらいないいぞ」


こうしてそれぞれの役割が決まり、留守番のセシリアとユキに見送られて、モリスン達は森へと向かって行った。


ご閲覧いただきありがとうございます。誤字・脱字、矛盾点等ありましたら、ご指摘頂けると幸いです。

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