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第5章【英雄なんて呼ばれてるのに役に立てなくて申し訳ありません】5

第5話【ユキの計略】




翌朝、モリスンは左手の妙な痺れ感で目を覚ました。


明け方まで眠れなかったが、いつのまにか微睡んでいたようで、気が付けば朝焼けに空が染まっていた。


寝起きのぼんやりとした視界には、何故か左腕に茶色い頭が乗っているのが見える。


なんか、見たことあるような……


「ミリッ……!!?」


それが何なのか認識した瞬間、モリスンの頭が瞬時に覚醒した。


何故か部屋の一番奥で寝ていたはずのミリィサが、自分の腕を枕に寝ていて、そして何故か2人で1つの毛布に包まっていた。


ミリィサの熱と匂いを間近で感じ、モリスンの心臓の拍動は急加速する。


「ん…」


ミリィサが身動ぎ、目を覚ました…と思ったモリスン。だが、まだミリィサの目は閉じていて


そして


「!!!!」


おそらく、日頃から何かに抱きついて寝ているのだろう。その癖のまま、モリスンに手足を絡めて抱きついた。


身体が重なり合った部分に柔らかい感触を感じ、息が止まる程の衝撃を受けるモリスン。まったく身動きが取れず、そのまま固まってしまう。


1mmでも動いたら、ミリィサを起こしてしまう。


ミリィサが起きたら、きっと現状を見て激怒してしまう。


勝手にミリィサが抱きついてきただけで、つまりモリスンにはまったく罪はないはずなのに、そんな事を考えてしまい何故か罪悪感に押しつぶされる。


ミリィサを絶対に起こさないよう、全神経を集中させて体を固定させるが、意識すればするほど“動かない”というのは難しい。


腕の中でスヤスヤと寝息を立てるミリィサが起きないよう必死になりすぎたせいか、正常に働かなくなった思考回路で、何故かモリスンは思った。


僕が勇者になって、ミリィサを守るんだ……と。


ミリィサに勝手に枕にされている左手が、無意識にミリィサの細い肩を抱いていた。




どうしよう………


ミリィサは、完全に覚醒してしまった意識の中で、焦っていた。


朝方、トイレに行きたくて目を覚ました。といっても、半分意識は寝ている。


全員が並んで寝ていて、その足元には机や荷物が所狭しと押しやられていて、1番奥で寝ていたミリィサが外へ出るには全員を起こさないように跨いで行く必要があった。


トイレから戻り、些か覚め始めた意識で並んで眠る一同を見て


「戻るの面倒くさ」


そう思い、ふと1番手前で眠るモリスンを見る。


毛布が半分以上はだけた状態で寝ていたので、モリスンの毛布を剥ぎ取り、その隣で二度寝に入った。


ここまでは覚えている。



だが



何故モリスンに抱き付いて寝てる!?


確かに、いつも毛布を抱きしめて寝ている癖はある。


まだ8歳の弟と並んで寝てるので、弟に抱き付いて蹴飛ばされることもある。


でも、あのモリスンだぞ!?


確かに、昨日はちょっとカッコ良かったけど!!ちょっとほろっと行きかけたけど!!そのせいでなんとなくいい雰囲気になりかけたけど!?


でもモリスンだぞ!!いくら何でもそれはないぞ!!


いつもの癖で抱きついたが、いつもと感触が違う事に気が付いて、頭が急激に覚醒したミリィサは、慌てて身を引こうとした。


しかし、ミリィサが動くより先に、そっと優しく肩をホールドされてしまった!!


え?起きてんのモリスン?


確認しようにも、頭の角度的にモリスンの顔が見れない。


変に動くと起きてるのがバレるかもしれないし、意識がある状態でこんなことしてるなんて知られたくない!!絶対!!


そう思い、早鐘を打つ心臓を必死に落ち着かせながら、何とかもう一度微睡みに落ちようと固く目を閉じた。




「コイツ……あとでシバく」


「あらあら、いいじゃない。そっとしときましょ」


拳にバリバリと紫電を走らせるセシリアと、いやらしい下卑た笑みで涎を拭う仕草をするユキが、仲睦まじく寄り添って眠る2人を見下ろしていた。


「邪魔しちゃ悪いから、下に行ってましょ」


そう言って、セシリアの背中を押して屋根裏部屋を出るユキ。


ミッツもレンもミーユも、ユキに促され、その後に続いて屋根裏部屋を出た。


ちなみに、1つの毛布に2人でくるまっていたのは、なかなか戻らないミリィサを心配したユキが、2人並んで寝ているのを発見して、ミリィサを起こさないようにそっと毛布を2人にかけたせいなのは、もちろんユキしか知らない。




「お、おはようございます」


それから程なくして、ユキとセシリアが朝食の準備をしているところに、モリスンとミリィサが屋根裏部屋から降りて来た。


「あら、モリスン君、ミリィサちゃんおはよう」


「よう、お二人さん」


妙にソワソワしている2人に、ユキはクスッと笑い、セシリアは冷酷な笑みをモリスンに向ける。


「水場でレン君達がワンちゃんのご飯用意してると思うから、顔洗いがてら手伝ってきて」


「は、はい」


「うん」


モリスンとミリィサは、顔を洗うために水場へと行く。気まずそうに、微妙な距離を開けて。


内心ニヤリとしてしまうのを、必死に表情に出さないように努めるユキだった。




水場に行くと、レンとミーユがいて、2人で魔犬の餌の準備をしていた。


「あ、モリスン、ミリィサおはよう」


「おはよー!!」


レンに続いて、ミーユも元気よく挨拶をする。


既にこの2人の前では、師匠モードのスイッチが入るので、如何にミリィサが美少女とはいえ、レンは吃ることがなくなっていた。


「おはようございます、師匠、ミーユ」


対してモリスンも、師匠と顔を合わせたことにより、さっきまでの気不味い感じから解放された様に、背筋がピンと立ち、引き締まった表情になる。


「おはよー!!」


そしてミリィサは、ミーユを見つけるやいなや飛び付き、気不味さを誤魔化すようにミーユを捏ね繰り回す。


「ひゃー!?ミリねぇくすぐったいー!!」


捏ね繰り回されているミーユを見て微笑むレン。しばしその様子を眺めると、モリスンに顔を向けた。


「モリスン、材料はそこに用意してあるの使って。石板はもう十分火を当ててあるから、簡単に焼けると思う」


「あ、はい」


魔犬の餌のことだろう説明を受けるモリスンだが、師匠のその言い回しに違和感を感じた。


いつもなら黙々と作業をして、随所で行動の指示をするのが師匠のやり方だ。


なのに、今日はまるで…


「じゃ、あとよろしく。ミーユ、行くよ」


「はーい」


モリスンが、いつもと違うと思っていると、師匠は徐に席を立ち、ミーユを伴って行ってしまった。


「え?」


「あ、ミーユ」


ミリィサも、しっかり捕まえていたわけではないが、それでも簡単には逃がさない程度には拘束していたはずのミーユが、スルリと抜け出してしまい困惑する。


あとに残された2人は、一瞬顔を見合わせるも気不味くて目を逸らし、クゥンクゥンと喉を鳴らして空腹を訴える魔犬達に促されるように、餌の準備を始めた。




「フフフッ、計画通り…」


その様子を、下衆な笑みを浮かべながら物陰から見ているユキと


「好きだな、アンタも」


そのユキを呆れて見ているセシリア。


そもそもレンが、2人に魔犬の世話を丸投げすることなどない。


全てはユキの計略の内で、「モリスン君達が来たら、ワンちゃん達のお世話は2人に任せて、こっちのお手伝いして」との根回しがあった。


素直な2人は、何も疑うことなくユキの言葉に従ったということだった。


「ああ、モリスンのバカ!!なんでそこでそっちへ行くの!?そこは「僕がやるよ」って手を差し伸べて、ちょっと手が触れたりして「あっ…」ってなるとこでしょう!!」


興奮気味のユキを放置して、セシリアはレン達と朝食の準備を進めた。




「そういえば、僕とミッツが地区長会議に出るっていう話だけど…」


朝食の席で、珍しくレンが話題を振る。どうやら、今日参加する地区長会議のことのようだ。


「やっぱり、そ、そんなに、お、大事にしなくてもいいような、気が……」


昨日、ホグルがサラリと「話は明日の地区長会議で」と言って去って行ったので、行くとも行かないとも言わない間に地区長会議へ参加することになってしまったのだが、昨日はいろいろありすぎてその意味がよくわかっていなかったレン。


今朝になり、地区長会議という言葉から、故郷の国会の様なものを想像してしまい、急に緊張してきたようだ。


何人もの厳しいおじさん達に囲まれた、あの真ん中に立たされている自分を想像すると、呼吸が浅くなり冷や汗が出てくる。


強大な魔人には立ち向かうことが出来ても、会議だとかそういう自分の意見を述べなければならない場が、恐怖と感じるほど苦手な英雄である。


だが、そんなレンの頭の中の様子はミッツには伝わらない。


実際に集まるのは、一昨日来ていた6人の地区長で、レンとミッツを含めた8人でテーブルを囲んで話をするだけなのだ。


レンの抱いているイメージからは程遠い。


「そうは言っても、お前のやろうとしてることを実現するには、地区長会議の承認なくしては難しいぞ」


「う、うん……でも…」


レンのやろうとしている事、それは北の森周辺町村の魔法使いを集めて、魔物の森化した北の森で強化訓練を行うことなのだが、当然レンやミッツが各町村に声を掛けて回っていたのでは、余りにも非効率的すぎる。


ニーシュの地区長会議を通して、コセ・シティをはじめとする周辺町村に伝達してもらった方が、はるかに早いし、町村ごとの意識共有も得られる。


コセ・シティやヤナクには、魔法使いの組合や研究会のようなものもあるというので、協力を持ち掛けない手はない。


その為にも、地区長会議への参加は必須なのだ。


それともう1つ、昨日の魔人が言っていたこと。


“魔王” と言う名の、未だ嘗て誰も見たことのない脅威が出現する。


それが事実ならば、これはもう町や村単位の話ではなくなる。コセ・シティ近隣の町村全てが連携し、対策していかなければならない事なのだ。


そうなれば、いずれは辺境の魔法使い兄弟妹達も、その対策に何らかの形で参加する事になるのは容易に予想できる。


レンが、あれ程までに魔力を使い果たしたのは久し振りに見た。


それ程の敵が相手ならば、こんな初心者向けのところで修行を続けても意味がない。農園に多くの魔法使いを受け入れる準備をする必要がある所まで、ミッツは考えていた。


のだが…


「ぼ、僕なんかが、そんな大事な会議に、さ、参加するのは、その、迷惑じゃ…」


「何言ってんだ!?お前が参加しなきゃ始まらないだろ!!」


「あう…」


魔物よりも、人間相手の方が萎縮してしまう我らが英雄に、ミッツも段々イライラしてきた。


「ねぇ、レンくん」


その様子を見ていたユキが、小さく息を吐いてレンに呼びかけると、今にも泣き出しそうな顔で振り返る英雄レン。


「レンくんは何のために、とっても怖い魔人と戦ったの?」


優しく問われ、首を傾げて左斜め上を見て、直ぐに地面へと視線を落とすと、ボソボソとレンは答えた。


「魔人が……いろんな人を傷付けたから…」


その話は、昨晩ユキ達もレンから聞いていた。


ユキは、もう少し踏み込んで話をする。


「ミーユちゃんや、モリスンくん達がいたからっていうのも、あるんじゃない?」


「………うん。みんなを守らなきゃ……って…」


その答えに、ユキは満足そうな笑みを浮かべた。


「そうよね。それで、その後どうしたの?」


「魔人に……負けちゃって……」


申し訳なさそうに項垂れるレンだが、ここで悔しそうな感情を見せないことが、レンらしいとユキは思った。


例えば、アークならば歯茎から血が出るほど食いしばって悔しがっただろう。


しかしレンは、皆んなを守る立場にいながら、守りきれなかった…実際には皆んな逃げ切れて、守ることはできたのだが、それは魔人が気紛れのように去って行ったからであり、魔人の気分ひとつで全滅させられていた可能性だってあったのだ。レンにとっては、守り切れなかったと思っている。


その責任感で、悔しさよりも申し訳なさが前面に出ている。


そんなレンの気持ちを汲むように、ユキは優しく語りかける。


「レンくん1人で背負わなくていいのよ。ここにはミッツくんもいるし、カーズくんだってマーサーくんだって、アークくんだっている。頼りないかもしれないけど、私もレンくんの味方よ」


「……うん」


少し考えるように、それでも否定する事なく答えるレン。


「皆んなで頑張れば、次はきっと何とかなるわ」


「そうっスよ、師匠!!僕ももっともっと強くなって、師匠と一緒に戦えるぐらいになります!!」


ユキが作り出す場の雰囲気に感化されたように、モリスンが弾けるように声を上げる。


「なーに言ってんの、アンタなんかより私の方が100倍強くなるんだから」


モリスンが勢い付けば、負けたくないミリィサも息を巻く。


「そうだぞ、レン。俺たちは仲間だ。なっ!」


巨漢の熊男ミッツも、さっきまで何とかレンを地区長会議に参加できるように諭そうとしていた厳しい表情を和らげ、優しい笑顔で語りかけ、隣に座るセシリアに同意を求めるように声をかけると、セシリアも口の端を片方だけ吊り上げ、ニヤリと笑ってみせる。


「ほら、みんなレンくんの味方だよ!!」


「……うん」


ほんの少し、レンの声が涙声になる。


その声に、優しい笑顔を見せていたユキの目が、一瞬キラリと光る。


「だから、皆んなで地区長さんたちの所へ行って、お話ししよ?」


「…うん」


ユキ、遠回りのように見えて、的確にレンを地区長会議へと参加させることに成功する。


最後のやりとりで、ミッツもようやくユキの意図を理解して、驚愕に目を見開いてユキを見た。


不器用な熊男に、器用にウインクを返してみせるユキに、普段のオチャラけた様子からはあまり伺うことのない、年相応の経験値を感じたミッツだった。


妙齢の美魔女は、なんだかんだ大人なのだ。

ご閲覧いただきありがとうございます。誤字・脱字、矛盾点等ありましたら、ご指摘頂けると幸いです。

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