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第5章【英雄なんて呼ばれてるのに役に立てなくて申し訳ありません】4

第4話【生還の英雄】




「本当に、そんな事を言ったのか…」


「うん。それが本当かどうかはわからないけど」


虫の声ひとつしない、静寂と夜陰に包まれた森の中で、焚き火を囲んで座る3人、レンとミッツとセシリア。


ミッツはレンに横になっていろと言うが、座れないほど体力が回復していないわけじゃないと、レンは倒木にもたれて座った姿勢で、“魔人”から聞いたという話をミッツとセシリアに語る。


その話を聞いたミッツが、掠れた声で信じられないという思いを言葉にして、太い腕を組んで考え込んだ。


「一度、農園に帰る必要があるな」


しばし考え込んだミッツは、カーズ達にも相談する必要があると判断した。


2人の様子をセシリアは、頬杖を付いた姿勢でぼんやり眺めている。


「そうだね……でも、僕はしばらくこっちに残るよ」


ミッツの判断に対して、レンは残留の意思を示した。


「どうしてだ?」


「こっちの魔法使い達を、もっとちゃんと戦えるようにしたい。コセ・シティにだって、他の町や村にだって魔法使いはまだ沢山いるんでしょ?」


「そうだな。当面の北の森対策に、そっちも必要だな」


北の森は広い。そのほぼ全域が魔物の森になってしまっている可能性を考えると、北の森周辺町村の自衛の力をつけるのも必要不可欠である。


「ミッツ、もう1つ大事なこと忘れてる」


ずっと頬杖をついて、ぼんやり2人を眺めているだけだったセシリアが、ここで口を挟む。


「ミルクの結婚式」


「そうだ、あと2ヶ月ぐらいか」


そう、ミッツ達辺境の魔法使い兄弟妹の末っ子長女、ミルクの結婚式が、今秋ヤナクの町で取り行われる予定なのだ。


一旦農園へ帰るのなら、往復の旅程を考えると、今し方レンが言った、北の森周辺(こっち)の魔法使い達を育てるのは、ミルクの結婚式後となる。


そうなると冬になってしまい、魔物とはいえ元は野生動物だった森の魔物達が、冬籠りしてしまい狩りの効率が下がる。


出来れば、ミルクの結婚式前にはある程度の成果を出しておきたいと考えると、今農園に戻る余裕はない。


「じゃあ、兄貴達には手紙でも書くか。ヤナクとやり取りしている商人をホグルに紹介してもらおう。どっちにしても、当初の予定とかなりやる事が変わってくる。もしかしたら、ミルクの結婚式の後もこっちでやらなきゃいけないことが、いろいろ出てくるかもしれないしな」


「そうだね……何か来る!!」


返事をしかけたレンが、何かの気配に気付いて立ち上がり、倒木が広がる方を睨む。


レンの視線の向いた方角が、聖廟のある南であることから、ミッツは逃げて行った魔物達が戻って来たのかと思い槍を構え、その隣にセシリアも薙刀を携えて立ち上がった。


「…光?」


ミッツが、炎とは違う光が倒木が広がる野を、跳ねるように近付いて来るのを見て呟いた。


「あれは!!」


「レンにーい!!」


光魔法の光球を手に、倒木の上を飛び跳ねながらやって来た小さな聖女は、その勢いのまま若き英雄の胸に飛び込み


「ぐはっ!?」


レンは、その勢いで地面に倒れた。


「痛たた…」


「ごめん、レンにい」








「ケージさん、あの灯りは…!!」


森の中から、炎のものとは違う、特徴的な光魔法の白い光を見つけたモリスンが、半眼で時折り頭がカクンとなりはじめたケージの肩を叩いて告げる。


その光を見たケージも、一瞬で眠気が覚めて立ち上がり


「帰ってきたぞー!!」


と、聖廟へ向かって大きく叫んだ。




英雄達を伴って聖女ミーユが聖廟に帰還したのは、空が満天の星に埋め尽くされ、身欠きの月の淡い光に森が包まれた頃。


昼間は動けばまだ汗をかく季節だが、夜になると冷えるので、ケージとモリスンの2人が焚き火の前で待ち、他は全員聖廟へと引き上げていた。


しかし、どうやらこちらの様子はずっと伺っていたようで、ケージの声に真っ先に反応したリンネが「レン様!!」と叫び聖廟から飛び出して、「セシリアさん!!」と同じく叫びながらトビーが続く。


一歩遅れて、ヴァルチャルが「聖女様!!」と、慌ただしく出て来て、ミリィサ、ユキ、そしてホグルと続く。


待機していた全員で、英雄達の帰還を称え、リンネは泣きながらレンに抱きつき、レンを戸惑わせた。


「お帰りなさい」


寄り添いながら、互いを気遣うようにしているミッツとセシリアに、トビーがほんの少し離れた所から声を掛ける。


「ああ、心配かけたな」


トビーのその気まずそうな笑顔を、ミッツはそう捉えた。


セシリアは、ただニッコリ微笑んで「ただいま」と言ってくれた。


初めて見た辺境の英雄達とその実力。そして見たこともない美しい女性、セシリア。


世渡り人と出会うことも稀であるが、その中で金髪の西洋人ともなれば更に少ない。


そんな見慣れぬ美少女な上に、気丈な性格と強大な魔力を持ったセシリアとの出会いは、トビーにとって衝撃的だった。


心を奪われても、致し方あるまい。


だが、ミッツと寄り添う姿を見れば、トビーにだって2人がどんな関係なのかはわかる。


だからトビーは、セシリアが微笑んで「ただいま」と言ってくれただけで十分だった。


そうでなくとも、英雄と肩を並べて戦うこの人に、自分は不釣り合いだと、頑張って諦めることに決めていた。


ミッツがいてよかった、これでよりしっかりと諦めがつく。そうやって、不器用に微笑むトビーだった。




「これだけは伝えておきたい」


時間も遅いので、話は明日でいいというホグルに、ミッツは今回の件で得た情報を、簡潔に伝えた。


表情をこわばらせたホグルだが、すぐにいつもの柔和な笑顔に戻る。


「お話ありがとうございます、ミッツさん。さすがに英雄と言えど、随分お疲れでしょう。ミッツさんとレンさんには、明日の地区長会議に参加していただき、このお話の続きはそこで伺いますので、今日はゆっくり休んで下さい」


心配していた英雄達の無事が確認できたことで、ホグルは時間も遅いからとその場を辞した。また、ニーシュの魔法使い達もそれぞれ疲労も濃いため、ホグルの馬車に便乗して帰路に着く。


残されたのは辺境の魔法使い達とモリスンにミリィサ。


魔力の復活したミーユの水魔法で水を出し、それぞれ汗と汚れを落とすと、誰が指示したわけでもなく聖廟の屋根裏部屋へと集まった。




「師匠でも勝てない相手がいるなんて、信じられないですよ」


就寝準備をしながらモリスンとレンが話している。


部屋の奥の方では、ミーユを囲んでユキ、ミリィサ、セシリアがはしゃいでいて、ミッツがそれを目を細めて微笑ましそうに見ている。


コセ・シティを中心とした北の森周辺地域で、前代未聞の大事件が起き、英雄と称されるレンがボロボロに負けた直後であっても、そのレンが無事にこうして共にいるだけで、子供というのは日常に簡単に立ち返って、無邪気に遊べるようだ。


「えーいっ!ズバーン!!」


「わー、やられたー」


ミーユが短い棒のような物をユキに斬りつけるように振ると、ユキは両手を上げて後ろに倒れる。


どうやら、「レンにいごっこ」をしているようだ。


「そう?僕なんか、たまたま最初に強い魔物の魔力を拾っただけだから、そんなにたいしたことないよ。モリスンが頑張ればあっという間に追い越しちゃうよ」


「そ、そんな、そんなことないですよ!!」


レンは、ミーユとこの世界に迷い込んだばかりの時に触れた、大きな茶色い塊が魔物だったと気付いていた。


いきなりあれだけ大きな魔物の魔力を得たのだから、カーズやミッツ達に対して大きなアドバンテージが付いたのは当たり前だと思っている。


「そんなことあるよ。だいたい、僕たちはこの世界のことを、何も知らないんだし」


「何も?」


モリスンにとっては、生まれ育った村とその周辺が世界の全てだった。話で聞いたことがあるだけのコセ・シティや、町に行く途中に立ち寄る西の辺境の魔法使い達の住む西の森は、レンが生まれ育った日本人にとっては、ヨーロッパやニューヨーク、チベットやアマゾンのような感覚なのだろう。


遠いけど、行けなくはない。けど行こうと思うとそれなりの準備が必要という意味では、そんなところだ。


確かに知らないことも多いけど、「何も知らない」と言うほど何も知らないわけではない、と、レンの言葉に首を傾げる。


「皆んな僕を最強とか英雄とか持ち上げるけど、それはまだ僕以上の人を知らないだけで、そんなのはすぐにひっくり返っちゃうものなんだよ」


「……はぁ」


レンの説明を聞いても、いまいちピンと来ない様子のモリスンだが、レンはそんなモリスンにそれ以上説明するつもりはないらしく、言葉はそこで途絶えてしまった。


「半年前の俺だって、今のお前と変わらなかったぞ」


そこへ、女子達の戯れに目を細めていたミッツが話に加わってきた。


「そうなんですか!?」


見た目年齢30代のミッツにそう言われて、目を丸くするモリスン。この風貌だけに、昔から英雄と肩を並べて戦ってきた、歴戦の戦士だと思っていた。


「何もかもレンが来てから変わった。それまでの俺たちは、魔力向上の秘密も知らず、森の日帰りできるエリアで弓矢を使って魔物を狩って暮らしていた。だから、たいして魔力が身についていなかったんだ」


ミッツの言葉に、モリスンはただ口をポカンと開けて聞いていた。そんな事を言われても、俄には信じられない。


ミッツが魔物を倒す所は直接見ていないが、森でのリーダーシップを見る限りでは、モリスンにとってはレンと変わらない実力者だと思っていた。


「つまり、モリスンだって必死に修行すれば、レンはともかく俺ぐらいならすぐに追い越すさ」


自分が辺境の魔法使いと、同じレベルになれる……


泣きながら父親に連行され、無理矢理魔物退治に駆り出されたのは、つい半月ほど前の話だ。


その時のことを思い出し、モリスンがレンとの出会いに運命じみた物を感じているところへ、ミッツが髭面の口元を歪ませて意味深な笑みを零す。


「今日起きたことを少し考えてみたんだが、俺はレンはこのためにこの世界へと導かれて来たんじゃないかと思うんだ」


「どういうこと?」


今度はレンが首を傾げる。


「魔物の森の最奥に棲むと言われる魔人が、俺たち人間の住む領域に姿を現すようになった。レンは、そんな魔人から俺たち人間を守るために現れた勇者なんじゃないかって、考えていたところだ」


「ええー!?」


「ええー!!」


レンとモリスン、同じようなリアクションであるが、その表情は全く逆で、モリスンは流石師匠!!と言わんばかりに目をキラキラさせて、レンは絶望に打ちひしがれるように血の気の引いた顔色で驚く。


「ぼ、ぼぼぼ、僕は、ゆ、勇者じゃないって!!言ったじゃん!!ミッツ!!」


「やっぱり師匠は、只者じゃなかったんですね!!凄い!!凄いッス!!」


ミッツの言い方は、まるで運命に導かれるようにして現れた、伝説の勇者そのものである。


日本で少年漫画に触れてきたレンにとっては、容易に想像できる分、全力で首を振って否定する。


「その魔人が言ってたんだろ?“魔王”っていうとんでもない化け物が現れるから、それを倒す“勇者”が人間の魔法使いの中から現れると」


「 た、確かに、言ってた、けど!!それは…」


「どう考えても、お前以外にいないじゃないか」


「だから!!」


コミュ力と語彙力の乏しいレンは、言い返そうと頭を巡らせている内に、ミッツから言葉を被せられて結局言い返せない。


そんな様子を笑いながら見ているミッツと、人間離れした師匠の人間らしい部分に和んでいるモリスン。


「ミーユもレンにいといっしょにゆーしゃになるー!!」


そこへ、ミーユが参戦してくる。


「そうか、ミーユがいたか!!」


駆け寄って来たミーユを、ミッツが抱き上げて膝の上に座らせる。


ミーユが勇者になってしまったら、聖女兼勇者だ。完全にハイファンタジー物の主人公(ヒロイン)である。


「勇者かぁ。モリスン君が勇者になったら、ミリィサちゃんどうする?」


勇者や魔王といった呼称に多少聞き馴染みのあるユキが、唐突にミリィサに話しかける。


実際、ここの魔法使い達は魔王だの勇者だの言われても、あまりピンと来ていない。


レンが最強という基準で、レンより強い魔人、その魔人より強い魔王、そしてその魔王を倒す勇者、という図式があるだけだ。


もっとも、日本であまり漫画やアニメ、ゲームといったカルチャーに接していなかったユキも、似たような物だが。


「え!?ぼ、僕が勇者!?そんな、師匠を差し置いて…」


勇者は師匠だと決めつけていたモリスンが、ユキの言葉に慌てる。


魔狼を倒した実績もあり、着実に成長してはいるが、その気質までは簡単には変わらない。


「やめてよユキさん、モリスンが勇者になんてなれるわけないじゃん。だったら、私が勇者になるよ」


そんなモリスンの様子を鼻で笑うように、落ち着いた態度でさらりと大きな事を言うミリィサ。


黄昏時(マジックアワー)の雰囲気で、ちょっとだけモリスンに流されはしたが、こちらも基本的にはモリスンなんかより自分の方が上だと、疑う様子がない。


「うへー、さすがだねミリィサちゃん!!」


そんなミリィサの堂々たる態度には、ユキも変な声でリアクションをしてしまう。


そして、ミリィサのその発言にモリスンも目を丸くする。


「あ?何言ってんだミリィサ。勇者は私だ」


そしてそこへセシリアが、聞き捨てならぬと参戦する。


俄に始まる「勇者は私だ」合戦に、レンは蚊帳の外に出られたとほっと一安心していた。


ほんの数時間前まで、生きるか死ぬかの大激闘があったとは思えないぐらいの、ほのぼのとした聖廟の屋根裏部屋で、レンは魔人の話を思い出す。


直接戦ったレンだから解る、魔人の脅威。


その魔人をもってして語られる“魔王”という存在は、例えるなら、小さなネズミの群れの力自慢が、大きな猫に挑み惨敗し、猫から「お前ら頑張ってライオン倒してみろ」と言われたようなものである。


どう考えても自分には不可能だとレンは思っていたが、“勇者”という存在がいつか生まれることは何故か信じた。




就寝準備も整った聖廟の屋根裏部屋で、1人モリスンだけが妙にソワソワしていた。


今日は全員疲労が大きいため、屋根裏部屋で雑魚寝となったのだが…


朴念仁のレンも、セシリアという婚約者がいるミッツも、男女混合で雑魚寝することに問題はない。


だが


モリスン、夕方のことがありミリィサのことをめちゃくちゃ意識してしまっていた。


そんな事を知って知らずか、ミリィサは部屋の1番奥に陣取る。


そして、男女混合の雑魚寝を意識したであろう大人なユキがその隣に、そしてセシリア、ミッツ、ミーユの順に並び、モリスンはミーユと添い寝するレンの隣、つまり1番外側、つまりミリィサから1番離れたところになった。


それでも同じ部屋でミリィサが寝ているというだけで悶々としてしまい、この日モリスンは明け方まで一睡も出来なかった。

ご閲覧いただきありがとうございます。誤字・脱字、矛盾点等ありましたら、ご指摘頂けると幸いです。

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