第5章【英雄なんて呼ばれてるのに役に立てなくて申し訳ありません】3
第3話【混乱の町】
「おい、迎えが来たぞ」
巨大な魔鴉の足元で倒木に腰掛けている男は、レンに燃やされた白装束とは違う、頭からすっぽりと被る白いマントのような物を纏っていて、地面に横たわるレンに声を掛けた。
青銅色の鱗に覆われた肌は、今は人のそれに戻っていて、レンとの戦闘の後を思わせるような外傷はない。
男の後ろに立つもう1人も、男と同じように頭からすっぽりと白いマントを被っているが、胸部が大きく前に膨らんだ女性的なシルエットに、頭の上に何か乗っているように頭部が盛り上がっている。
「ん……誰?」
意識を失ったように目を閉じていたレンは、男の声にゆっくりと目を開く。
見た目に大きな外傷はないが、鼻血の痕や所々擦り傷のように血が滲んでいる箇所があった。
「誰って聞かれて俺がわかるか。髭面の大男と、金髪の女だ」
陽もほとんど暮れた宵闇が包み込み始めた中で、数100メートル先の人物の特徴を、男はレンに伝える。
「ミッツと…セシリアか…」
金髪の女だけではわからなかったが、髭面の大男と一緒にいるのならセシリアで間違いない。レンは、白い男の言う特徴から人物を連想する。
「アイツらも魔法使いか」
ミッツとセシリアを見て感じたことを、白い男は口に出す。
「ん…」
「ま、たいしたことねぇな。とりあえず、俺が今まで見た中じゃお前が1番強ぇけど、俺からしたらあの2人と変わらねえ。まだまだ“勇者”の器じゃねぇ」
「…うん」
「“魔王”は“勇者”じゃなきゃ倒せねぇ。せいぜい頑張れよ」
言いながら白装束の男は立ち上がり、男の動きに呼応するように魔鴉が大きくひと鳴きする。
「……うん」
「取り敢えずお前は防御覚えろ、あと基礎体力作り!!攻撃に極振りし過ぎてんだよ、お前は」
「………うん」
「じゃあな」
そう言い残し、白い男は軽い跳躍で巨大魔鴉の背に飛び乗り、もう1人の白装束も同じように魔鴉に飛び乗った。
巨大魔鴉が翼を大きく羽ばたかせると、辺りに突風が起き、森の樹々が激しく騒めく。得体の知れない2人を乗せて、いつのまにか濃く染まった宵闇の中へと消えていった。
「レン!!無事か!?」
巨大魔鴉が飛び立ってすぐ、駆け出したミッツとセシリアは、先程まで白い影がいた辺りで、横たわるレンを見つけた。
特に大きな怪我もなく、自力で起き上がることは可能だが、疲労と魔力切れでまともに動けないレンを、ひとまずこのまま休ませる事にした。
「セシリア、お前もレンと一緒に休んでいろ。俺はもう少し辺りを見てくる」
そう言ってその場を離れようとするミッツだが
「大丈夫だよ、ミッツ。この近くに魔物はいないよ」
と、横たわったままのレンが言う。
しかし…と言いかけたミッツだが、確かにレンは魔力探知ができるので、魔物の気配も探れる。
それに言われてみれば、ここまで来る間にも見かけなかったし、レンがこれほど力尽きるような相手と全力で暴れたのなら、近くに魔物はいないだろう。
ミッツはレンの言葉に甘えて、一緒に休む事にした。
「それで、さっきの巨大なカラスで飛んで行ったヤツらなんだろ?お前と戦ったのは。何者なんだ、アイツらは」
「あれは…」
レンは、さっきまで戦っていた相手の話を、ポツリポツリと話し始める。
村から望む森へ向かう北の道は、未だ嘗て見たことのない大量の魔物の死体で埋め尽くされていた。
防護壁の合間から様子を伺っていたサモンは、物見台の村人に向けて手を挙げる。
物見台からは、魔物が去った時の狼煙が上げられ、番所に詰めていた男達から安堵と歓喜と勝鬨の声が一斉に上がった。
「はぁ、なんとか乗り切れたな」
「これも、この番所と壁を作ってくれた、レンちゃんのお陰だね!!」
肩の力を抜くサモンに、妻のスージーがその肩を叩く。
サモン達の村では、レンが作った防護壁と、レンのアドバイスで作製した投石機や長槍で、突然の魔物の大群の襲来を凌いだ。
まだ農作業などで人が外にいた時間帯ということもあり、村中への伝達も早く、急な事態にもかかわらず段取り良く対応出来たのも功を奏した。
数名の負傷者は出たが、死者も重傷者もなく魔物を撃退できたことに、村人全員で称え合った。
「よし、じゃあせっかくだから、獲れた魔物の肉を捌いて、祝勝会でもするか!!」
サモンの号令に、村人達は一斉に歓声を上げた。
地上から8m程はある分厚い土壁の上で、口髭を生やした瘦せぎすの初老の男と、少し太ったまだ若いと言える男が、並んで夕陽に照らされる森を見据えていた。
「10匹以上の魔物がまとめて攻めてくるなんて、初めてだったな」
初老の男が言う。
「なんとか乗り切ったけど、もしこれが連日続いたら厳しいね」
小太りの青年が、初老の男に答える。
「そうだな」
「でも、つくづく思うよ。英雄コセはどこまでのことを見越して、この街を作ったのかってね」
そう言って振り返る小太りの青年。
壁の後ろには、大小様々な建物が立ち並ぶ街並みが広がっている。
その果ては、この高さの壁からは伺う事はできない程に広い。
そして、2人が立っている土壁は、その広大な街を大きく囲うように、ずっと向こうまで続いてる。
ここは、コセ・シティの北の端にある、西森地区と東森地区のちょうど境目に当たる場所。
2人の立つ土壁には、赤い石が線を引くように埋め込まれている。
「同感だ。まさか街を囲う壁が役に立つ日が来るとは、思わなかった」
今回の突然の魔物の襲来も、森に面する2つの地区が合同で対応した。
この高さの壁を軽々越える魔物は、そうはいない。
そして、これも英雄コセが書き記したというノートに記されていたのだが、その壁から眼下の敵を攻撃するための、壁の高さと同じ長さの槍を備えてあったのも、魔物を撃退できた一因である。
西の辺境にある魔物の森を冒険したという英雄コセの備えが、100年越しに役に立ったのだ。
「何箇所か壊れたから、また魔物が来る前に修理しておかないとね」
小太りの男が、土壁の外に身を乗り出すように、欠けた部分を見て言う。
「そうだな。流石にこれは、我らの地区だけで修理費を負担するのは不公平だ。修繕は急ぐが、費用の請求を次の地区長会議で提案させてもらおう」
初老の男がそう言うと、小太りの若者もうんうんと頷く。
「うん、そうしよう。確かに、今まで森の幸に1番恵まれては来たけど、もうそれで割に合わせられる被害と負担を超えてるからね」
2人の男…コセ・シティ、東森地区と西森地区の地区長は、遥かな北の森を眺めていた。
とある村。
「お父さん!!しっかりして!!お父さん!!」
「ぐっ、くそっ!! 辺境の…魔法使いは……まだ、来ねえのか!!」
「お父さん、喋らないで!!動いたら傷が開いちゃう!!」
この村では、突然の魔物の襲来に対応しきれなかった。
押し寄せた魔物は、魔狸の群5匹をはじめ10匹以上。とてもではないが1つの村の規模で対応できる数ではなかった。
しかも、普段は村の近辺まで来てウロウロしていただけの魔物が、今回は物凄い勢いで駆けてきて、村を荒らして逃げて行ったのだ。
戦える村人たち総出で追い払ったが、負傷者もかなり出てしまった。
北の森に隣接する3つの町と9つの村には、それぞれ被害が出ていた。
予め魔物に対する備えのあった、ニーシュ、コセ・シティ、そしてサモンの村では、人的被害はほぼないが、それ以外の町村では死傷者も出る大きな被害となった。
その原因と、それでもまだ被害が抑えられた方だと知るのは、現在ニーシュに集まっている魔法使い達のみだが、この情報は現場に駆けつけた北地区長のホグルの手配によって、既にニーシュの地区長達には伝達されようとしていた。
「え!!レン様が!!」
「ええ、ミッツ様も、セシリア様も御無事だと、聖女様は仰られておりました」
ミーユが魔犬を伴い飛び立った後、聖廟から出て来たヴァルチャルが状況を全員に説明した。
目覚めたミーユは、何の前触れもなく突然「レンにいむかえにいってくる」と立ち上がり、ヴァルチャルはまだ森は危険だからと止めようとした。
しかしミーユは
「こわいのいっちゃったから、もうだいじょーぶだよ」
と。
その一言で、ミーユは…聖女様は全てを見通されておられるのだと、ヴァルチャルは理解した。
「左様でございますか。では、英雄レン様は、御無事であると」
「うん、レンにいも、セシねえも、ミッツおじさんもだいじょーぶだよ」
そう、満面の笑みで告げるミーユだが、ヴァルチャルは何よりも、聖女様がすっかり元気になられたご様子に、目頭を熱くして抱きしめようとした。
「じゃあ、いってくるね」
しかし、無邪気な幼女に老婆心など解ろうはずもなく、ミーユはその腕をスルリとすり抜け
「え!?」
徐に屋根裏部屋の窓から、外へと飛び降りた。
さすがにヴァルチャルもこれには驚き、思わず「聖女様!!」と叫んでしまった…との事である。
ヴァルチャルの説明に、一同は胸を撫で下ろし、リンネは涙の溢れる顔を覆い、小さく肩を震わせた。
英雄達が無事とわかれば、出迎える準備をしようとトビーが言い出し、リンネがそれに続く。皆で英雄達の凱旋を祝う準備が始まり、俄に慌ただしくなった。
「いやいや、英雄達も疲れて帰って来るのだから、ほどほどにした方がよいのでは?」
そんな若者達の様子を、ホグルは苦笑いして眺めていた。
北の森に隣接する3つの町、コセ・シティ、ニーシュ、そしてライゼ。
コセ・シティは英雄コセの遺した街壁により、ニーシュは居合わせた魔法使い達により、それぞれ今回の魔物騒動に事なきを得たが、ライゼの町では大きな被害があった。
それでも、農地と建物の被害がほとんどて、人的被害はサモンの村よりも少ないほどだった。
ライゼは、コセ・シティの東に馬車で2日ほどの所に位置し、ヤナクよりも少し規模の大きい、4つの地区からなる人口3,500人の町で、ニーシュの次に出来た町と云われる。
コセ・シティ周辺町村に見られる、聖女が齎したスイス北部風の文化に加え、大河ベルス下流域へと続く東方の地域に似た特色も感じられる。
そんなライゼの町を象徴するのが、北の森との境にある切り立った岩山である。
高さは40〜50mほどだが、ほぼ90度に近い塔の様な山で、ライゼの町の若者は、この岩山を素手で登り切ることが出来たら一人前とされている。
その岩山の頂には、いつ誰が建てたかわからない小屋が1つあり、登頂に成功した若者達はここで宴をする。
今は日が暮れて、身欠きの月の淡い光で、何とか手元が見える程度。そんな宵闇の中で、岩山を登る1人の青年がいた。
「やっぱりここにいたか」
青年が岩山の天辺に辿り着き、小屋の中を覗き込むと、黒髪の男が1人、腕を組んだ姿勢で森の方を睨む様に立っていた。
「ユタカ、明日の朝一番で地区長会議だってよ。伝えたからな!絶対行けよ!」
それだけ言うと青年は、また岩山を降りて行った。
残された黒髪の男、ユタカは、青年が居なくなったのを確認すると、深い深い溜息を一つ吐いた。
「なーにが「行けよ!」だ、テメェらで押し付けたクセに」
この日、これまで魔物が現れたことのないライゼの町にも、数匹の魔物が押し寄せた。
女や子供、老人を避難させ、狩りに長けた者を中心に即席の防衛チームが組まれ、ユタカは地区長という立場と町で唯一の戦える魔法使いとして、防衛の最前線で戦った。
ライゼの人的被害が最小限で抑えられたのは彼の活躍があったからなのだが、先程の青年のように、町民のユタカに対する扱いはぞんざいだった。
「ま、アレだけの事態が起きりゃ、臨時の地区長会議があるのはわかってたけどよ」
ユタカはそうぼやくと、またしばらく森を眺めていた。
北の森から真っ直ぐ西へ行った、とある上空。
巨大な魔鴉が、夜風を切り裂き真っ直ぐに西の森へと飛んで行く。
その背には、身欠の月の淡い光に照らされ、闇夜に映えた白い人影──頭からすっぽりと被る白いマントのような物を纏った──が2つ乗っている。
「思った以上だったな」
2つの人影のうちの1つが、男の声でそう呟き、袖を捲り痣になった腕を摩った。
その様子を眺めるもう1つの人影──胸部が大きく膨らんだ女性的なシルエットに、頭の上に何か乗っているように頭部が盛り上がっている──は、無言でそれを見つめている。
「どう見ても『日本刀』だよな、アレ。まさかこんな異世界で見るとは」
男は、先程の戦いを思い出す。
魔法の力はそれなりだったが、男が目を惹かれたのはその戦闘技術だった。
男の目でも捉えられなかった神速の抜刀術に、土属性魔法を駆使した素早い刀の切り返し。
魔法は誰かが努力すれば直ぐに追い越す程度だが、あの剣技はなかなか並ぶ者は居ないだろう。
「魔力はあっちの森にいた奴とそう変わらねぇけど、戦闘技術は桁違いだったな。『日本』で『居合』でもやってたか」
男は、ニホンゴを交えて呟いた。
その様子を興味なさそうに見ていた女のフードが、風に煽られバサリと捲れ、身欠きの月の淡い光にその風貌が顕になった。
大きな瞳をした愛らしい表情と言えるが、その瞳は人のそれとしてはあり得ない黄金色をしていて、瞳孔はまるで猫の様に縦に長い。
そして不自然に盛り上がっていた頭部には、大きな猫の耳が風に靡くセミショートの髪の間から生えていた。
「ふしゅっ」
猫耳の女は、猫がそうする様に鼻息をひとつ吹くと、手でフードを深く被り直した。
その手は、人間の手だった。
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