表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/221

第5章【英雄なんて呼ばれてるのに役に立てなくて申し訳ありません】2

第2話【静寂の森】




「ケージさん!!」


不意に声をかけられケージが顔を上げると、聖廟の玄関前に北地区長のホグルと、ホグルに事態を知らせに行かせたトビーが立っていた。


どうやら報せを聞いたホグルが駆けつけてくれたようだ。


「とりあえず、中へ入ろうか」


ケージが状況を説明しながら聖廟へと入り屋根裏部屋へ上がると、スヤスヤと眠るミーユの傍でユキとヴァルチャルが並んで座り何か話している。


無言で窓から外を見つめていたリンネは、ケージが屋根裏に上がって来ると、深刻そうな顔で振り返り駆け寄った。


「ケージさん!!レン様は!?レン様はまだ戻られませんか!?」


「ああ、まだ戻らねぇな」


「ちょっと、貴女静かに。聖女様がおやすみなんですよ」


つい大きな声を出してしまったリンネが、ヴァルチャルに叱られる。


「すまねぇな」


そして何故かケージが謝った。


「ミッツとセシリアも戻らねぇから、おおかた2人が探しに行ってんだろ。大丈夫だよ、心配すんな」


「でも……」


目に涙まで浮かべるリンネ。


さすがにこれだけ時間が経つと心配にはなる。それはケージもわかっているが、ケージとリンネでは経験値も感情も違う。


「セシリアさん達も、まだ戻らないんですか?」


リンネをどう諭していいかケージが困っていると、一緒に屋根裏に上がって来てケージの後ろにいたトビーが、唐突に前に出て来る。


自分達にとって、桁外れの魔力を持つ辺境の魔法使いにとっては、例え雪崩のように押し寄せる魔物の大群が相手でも、最悪の事態になっているとは考えなかったトビー。


だが、未だセシリア達が戻っていないと知ると急に心配顔になった。


「ケージさん、俺達で探しに行きましょう!!」


「ケージさん!!」


目を潤ませ、真剣に訴えてくるリンネとトビーに、ケージは助けを求めるようにホグルと目を合わせる。


助けを求められたホグルが「私に聞かれても」とでもいいたげな困った表情をして


「静かになさい!!」


ヴァルチャルが怒った。


怒られたトビーは、申し訳なさそうに身を竦めるが、リンネは涙を浮かべたままの目でヴァルチャルを睨み返す。


だが、静かに寝息を立てるミーユを見て、不機嫌顔のままケージの方へ視線を戻した。


「仕方の無い人達ですね。ユキさん、聖女様のお側をお願いします。貴方達、ちょっと私と下へいらして下さい」


そう言って立ち上がるヴァルチャルの手には、1冊の本が携えられていた。




ミーユに気遣って、一階へと場所を移したヴァルチャル、ケージ、ホグル、そしてトビーとリンネは、リビングテーブルのような台を囲んで座った。


「皆さん、ご覧下さい。これは、聖女様が聖魔教をご自身の見解で解釈、付け足しをされ纏められた、“聖魔教聖女派教典”と呼ばれる物です。この、最後の方の(ページ)に……」


そう言いながら、テーブルの真ん中に教典を開いて置く。


「聖女様の()()が書かれています」


“予言” と聞いて、固唾を飲む一同。


「ここですね」


そこには、聖女自身の聖人たる言葉…ではなく、一個人としての想いが綴られていた。


内容を要約すると、市民から聖女として慕われていたが、自分が快適な生活を送りたいと思い、元の世界の知識と魔法の力で我儘を実行していたに過ぎないと。


そしてそれを、コセ・シティの市民が暖かく受け入れてくれたことが、結果的に街の暮らしを豊かにし、大きく発展させたただけ…だと。


そして、こう締めくくられていた。


“いつか、私と同じ運命を持つ者が現れるでしょう。そして、やはり私と同じようにより豊かな暮らしを求めるでしょう。しかしそれは、同時に破滅に繋がる要素を持つ可能性もあるかもしれません。力とは、使い方次第で善にも悪にもなります。いつか現れる、私と同じ運命、同じ力を持つ者が、善になるか悪になるかは、皆様方、もしくは皆様方の御子孫の方々次第です。聖魔教の教えに従い、彼の者を善へと導いて下さい”


ヴァルチャルが教典をパタンッと閉じる音が、静かな聖廟に響く。


「聖女と…同じ力って…」


ケージが呟く。


「ケージさん、貴方も体験されたのですか?」


「体験も何も、死に掛けた所を救ってもらった。今でも夢を見ているんじゃないかと思うぐらいだ」


「聖女様と同じって…そういうこと?」


ケージが死に掛けた現場に居合わせたリンネが、ハッとして言う。


「ミーユちゃんの、治癒魔法…光属性の……」


ヴァルチャルがミーユを「聖女様」と呼んでいるのを、可笑しな事を言うオバサンぐらいにしか思っていなかった一同は、合点がいった。


「ミ、ミーユちゃんが聖女様の再来なら、レン様も、英雄様の再来です!!」


慌てて訴える様に叫ぶリンネ。


「そうだな、アイツ…いや、あの人の土魔法は、伝説に聞き及ぶ英雄のエピソードを彷彿とさせるな」


魔栗鼠を囲った巨大な鳥籠や、その後戦った魔猿を追い込んだ土壁も、一瞬で作り出していた。


何もない土地に瞬く間に家を建てたという英雄のエピソードと重なるものがある。


「そういうことです。ミーユ様が聖女様の再来であるならば、あのレンという若者…いえ、レン様もまた、英雄コセ様の再来です」


悠然とした態度で、ヴァルチャルが言う。


「聖女様と共に現れた英雄様の、その御無事を案ずる事など、たかが小さな魔法を身に付けた程度の我々がする事ではありません。寧ろ不敬とも言えます」


はっきりと言うそのヴァルチャルの態度に、リンネもトビーも目から鱗の落ちた様な表情で頷く。


「お茶でも飲みながらゆっくり…とまでは言いませんが、信じて待ちましょう。もちろん、レン様のお仲間であられるあの御二方のことも」


「そうですね、信じて待ちます。でも、心配だから外に居てもいいですか?」


リンネが涙を流しながら告げると、ケージは内心少し慌てた。


外には良い雰囲気の2人がいるのだ。






陽は西の地平へと滑るように落ちて行き、深い樹々が夕焼けを遮り、既に宵闇の色に染まりつつある森の中を、ミッツとセシリアは歩いていた。


あれから、先に目覚めたミッツがセシリアを起こし、2人でレンの探索をすべく、森の奥へと歩いて行った。


眠っていた時間は仮眠より少し長い程度だったが、魔力に満ちた森の中で眠ったせいか、僅かだが魔力が回復していた。


疲労は回復しきったわけではない。なのでミッツが1人でレンを探しに行くと言っても、セシリアはそれを承諾しなかった。


そうして2時間は歩いただろう頃。


結局、魔物はほとんど逃げて何処かへ行ってしまったようで、魔狸の1匹さえ遭遇せず、不気味なほどの静寂に包まれた森の雰囲気にも慣れた頃、不意に森が開けた。


僅かな茜に、乱雑に薙ぎ倒された倒木の影が幾つも並んだその光景は、1つの村がすっぽり入ってしまうほどの広範囲にわたっていた。


ミッツの見立てでは、幅にして東西に細長い農園の幅の3倍、奥行きはその幅よりもう少しあるような気がした。


「すごいね、これ全部レンがやったのかな」


セシリアが足を掛けた倒木は、大柄なミッツの肩幅よりも太い樹だが、綺麗に刃物で切断されたような切り口をしていた。


「どうかな…所々、強引に薙ぎ倒されたような樹もあるな」


刃物で綺麗に切られたような樹もあれば、強い力で強引にへし折られたような樹もある。


ただ1つ言えるのは、斧などを使って普通に切ったような切り口の樹は、一本も見当たらない。


セシリアが言うように、全てレンがやったのかはわからないが、レンと何者かによる戦闘によって、森が開拓されてしまったのは間違いないだろう。


戦場の跡を分析しながら、2人は倒木を乗り越えて進んで行く。


それにしても…この大半をレンがやったにせよ敵がやったにせよ、これだけの戦闘を行う力がレンにはあるということだと、ミッツは人畜無害を絵に描いたような仲間に対し些か慄いた。


レンが自分達を避難させた理由は、得体の知れない脅威から逃す為というのもあったかもしれないが、どちらかというと自分の攻撃で巻き込まないためだったのかもしれない。




「いったい、ここで何があったんだ?」


開けた場所を半ば程まで進むと、倒木の様子が変わったことにミッツが気付いた。


そこまでは乱雑に刈り倒された森の木々が、そこから向こうは何本か毎に束になって倒れているのだ。破損状況の酷い樹もあり、かなりの大木が粉砕されている。


ここの手前で、大きく炎が爆発したような痕もあったが、それともまた違う異様な光景であった。


「どうした?ミッツ」


森の破損状況に困惑していると、その様子に気付いたセシリアが問い掛ける。


「この樹、いったいどうやったらこんなことになるんだ…」


足元の粉砕された大木の欠片を足で蹴るミッツ。


「レンが、バカでかい岩のハンマーで殴ったんじゃないか?」


「これ一本だけならな。見てみろ」


かなり薄暗くなってきた森の中でも、目を凝らさずともその状況は見てわかった。


ミッツの足元にある倒木の周囲数本が、同じように粉砕され同じ方向へと倒れている。そして、似た様な倒木の跡が、その先に幾つも見受けられた。


暫くその辺りを歩き回って状況を観察していたミッツが、一際大規模な倒木の塊を見つける。


「セシリア、こっち来てみろ」


呼ばれたセシリアがミッツの隣に立って見渡すと、確かに周辺にあるものよりも数倍もの規模で、倒木が森の奥へ向かって扇状に倒れているのがわかる。


「たぶん、ここで大規模な爆発があったんだろう」


「ちょっと待てミッツ、いくらなんでもこんな規模の爆発、ありえねぇだろ」


セシリアが言うのは最もだ。


そこから扇状に倒れた樹木全てが、ミッツの言う爆発によるものだとしたら、その威力は数百m先の樹木まで薙ぎ倒すほどになる。


世渡り人セシリアの知識でも、それはかなり危険な軍事兵器を使用しなければ不可能な破壊力だった。


異世界転移した当時12歳だったセシリアでも、核兵器などの恐ろしさは知っている。故に、この世界の魔法の力でそれを再現することが、いかに非常識な事かが理解できるのだ。


しかし、異世界転移した当時12歳だったセシリアは気付かなかったが、今2人が立っている地点が爆心地だとすると、爆発は北方向へ向けた指向性のある爆発ということになる。


「何かいる」


倒木が連なるその先の方を見ていたセシリアが、ふと何かに気付いた。


樹々の影になってわかりにくいのは、それが黒いものだからだとミッツが気付く。


「カラスか?」


もちろん、それはカラスの大きさではない。


10数メートルある森の樹々に、その頭部が届きそうなほど大きなカラスだが、明らかにそれが魔物だと2人共理解している。


そしてそれが、こんな魔力の薄い場所に生息する魔物ではないことを。


そのカラスの足元に、2つの白い影があるのが見えた。







「ミリィサ、寒くない?」


陽が西へと落ち、いつのまにか辺りは昏くなり、熱を失った冷たい風に身震いするミリィサを気遣って、声を掛けるモリスン。


「ちょっと…寒いね」


「戻ろうか」


「うん」


2人は立ち上がって戻ろうとするが、そこへ何やら荷物を抱えて聖廟の方から歩いてくる、ケージ、トビー、リンネ、そしてホグルが見えた。


「悪ぃなお2人さん、邪魔するぜ」




陽も落ちて暗くなり、肌寒さを感じるほどに気温も下がってきたので、一同は焚き火と毛布を用意していた。


ケージ的には、2人っきりの時間を少しでも長く稼いでやろうと、あれやこれやと理由をつけて準備していたのもあるが。


「お前ら、飲むか?」


ケージが懐から酒を出し、それぞれに勧めるが、モリスンとミリィサ、そしてトビーが断り、リンネが欲しがった。


「私も、お付き合いしましょうかね」


ホグルも、どこに持っていたのか、懐から小さなコップを取り出す。


「嬢ちゃんにゃ強ぇから、湯で割ってやる。ホグルさんは?」


「私は、ストレートで構いませんよ」


水を入れた水筒と小さな鉄鍋と、木のコップと、次から次へと出てくる品々に、ケージの準備の良さにみんなが笑った。


自分とホグルのコップに酒を注ぎ、鉄鍋に水を入れて火に当てる。しばらくして小さな気泡が音を立て始めると、ケージは鍋を引いて酒を入れたコップに注ぎ、リンネに渡した。


「熱いから気ぃつけろ」


「ありがとう」


魔法使いという、ただそれだけの共通点で集まった面子は、それぞれ普段の生活も違う。


魔法使いである事以外に共通している事といえば、先祖に世渡り人がいる…またはいるかもしれないという事だけだ。


「そういや、こんな話知ってるか?」


ケージが語り出す。


「聖女と英雄、2人の子供がいたっつー話だ」


始めて聞くその話題に、若者達は興味津々になった。


「それは、私も聞いたことないですね」


ホグルも身を一つ前へ乗り出し、聞く気満々の態度を示す。


「聖女は、元の世界に婚約者を残して来たっつー話は有名だから知ってるよな。だから聖女は、この世界で結婚せず恋人も作らなかったんだけど……」


ケージが語り始めたその時



ドンッ!!



聖廟の方から爆音が響いた。


全員が振り返ると、聖廟の入口付近に砂埃が舞っていた。


「なんだアレ!?」


トビーが上空を指差して叫ぶ。


そこには、宵の濃くなった空に浮かぶ小さな人型の影…


「聖女様!!」


聖廟から、ヴァルチャルの発狂するような叫びが聞こえた。


「ミーユ!?」


焚き火を囲む一同の前に、華麗に着地するミーユ。一同が驚くのも気に留めず、元気いっぱいの笑顔を向けた。


「レンにいむかえに行ってくる!!」


そう言い残し、再び風を纏って夜の森へと飛んで行った。


「ウォン!!ウォン!!」


そして、一休みして元気を取り戻した様子の、怪我のなかった魔犬達が、ミーユの後を追うように駆けて行った。


「聖女様、復活しましたね…」


ポツリと、ホグルが呟いた。






宵闇が落ち始めた暗い森の中でも、ぼんやりと浮かんで見える2つの白い影に、ミッツは固唾を飲む。


「アイツらか?」


ミッツの直ぐ後ろで、セシリアが薙刀を構えて呟く。


直ぐにでも飛びかかりそうなほどの殺気を起こすが、全力のレンと暴れ回る様な相手に、魔力が回復しきっていない自分には何もできないことを理解しているのか、飛び出すことはなかった。


距離があるせいでもあるが、ミッツ達の所からレンの姿は確認できない。


まさか……


2つの白い影に、思い浮かべてしまった最悪の事態を頭から振り払い、ミッツは歩みを進めた。

ご閲覧いただきありがとうございます。誤字・脱字、矛盾点等ありましたら、ご指摘頂けると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ