第5章【英雄なんて呼ばれてるのに役に立てなくて申し訳ありません】1
第1話【暴風一過の丘】
一頻り笑ったミリィサは、思い出したように傷付いた魔犬達の方へと駆け寄った。
魔犬達は、深手を負ってはいるものの、なんとか一命は取り留めていた。それだけでもミリィサは深く安堵したが、傷が深い魔犬は、このまま放っておくわけにもいかない。
ユキはまだ自力で立ち上がれそうにないし、ヴァルチャルは意識はあるようだが、思考は回っていない様子だ。
既に聖廟は目と鼻の先ではあるが、動けぬ現状にどうしようかと途方に暮れている所へ、森から再び魔物が飛び出して来た。
身構えるミリィサだが
「モリスン!!」
飛び出して来たのは、魔犬に乗ったケージとリンネだった。
「この狼を、お前が!?」
「すご…」
頭部の体毛が燃え尽き、倒れて横たわる魔狼を前に、ケージとリンネが驚いた顔で見ている。
森の浅層域に棲む魔栗鼠を、師匠と魔犬の協力を得て危なげなく倒していたのは、つい数時間前のことで、2人ともその様子を目撃している。
そのモリスンが、ただでさえ獰猛な狼の魔物を倒したことに、ケージもリンネも驚愕を隠せないでいた。
「ウォン!!ウォンウォン!!」
再び魔犬達が吠え、全員が身構えると、また森から魔物が飛び出す。
しかし、飛び出して来た魔物は全て何かで切り刻まれたように血塗れで、飛び出してくるなり地面に倒れ込んだ。
「ミーユ!!」
その直後、魔犬に跨った幼女が、颯爽と森から飛び出して来た。
「ミリィねぇ、でっかいワンコやっつけちゃったの?」
どうやらミーユ、魔狼を追って来たらしい。
「聖女様!!」
ミーユの声に反応して、ヴァルチャルが復活した。
「ありゃ、魔力足りないかも」
1番傷の深い、ミリィサを庇って覆い被さっていた魔犬の傷を塞いだミーユが、珍しく困った顔をして言った。
どうやら、調子に乗って魔物を狩りまくり、魔力を使い過ぎたようだ。
そのおかげで、森から出てくる魔物は殆どいなさそうだが。
命に関わりそうな魔犬の傷を、なんとか持ちこたえられそうなぐらいまで癒すことはできたので、魔法使い達や他の魔犬達の怪我は、聖廟に戻ってから応急処置を施すことにした。
とはいえ、命に別状はないと言っても重症を負った魔犬達もいることから、ケージとトビーが無事な魔犬4頭を伴って、聖廟までミッツの馬車を取りに行った。
「ミリィサも休んでなよ」
「ありがとう。でも、ミッツさんから任されてるから」
馬車を待つ間、残った魔犬達とモリスンで森の方を中心に周囲を警戒していると、槍を持ったミリィサがモリスンの隣に並んだ。
まだ治療を施されていない、魔狼に吹き飛ばされた時の擦り傷が痛々しいが、本人は気にする様子はない。
モリスンには強がっている様にも見えるが、あまりうるさく言うと怒られそうなので、あえて口を閉じた。
それに、森からももうほとんど魔物が出て来る様子もなさそうなので、どう待っていても同じかと思い、ミリィサの好きにさせることにした。
「レン様、どうかご無事で…」
ケージの帰りを待つ間、負傷した魔犬達と座り込むリンネは、両手を胸の前で指を絡めるように組み、顔を俯かせて愛しい人の無事を祈っていた。
「貴女、それを何処で覚えたの?」
リンネのその姿を見て、ヴァルチャルが声を掛けた。
「私がレン様を心配するのが、おかしいですか!?」
リンネは、昨日会ったばかりのレンを、強く深く案ずる自分の行動をおかしいと思われたと思い、ヴァルチャルに強く言い返した。
「何のことです?私は貴女のこの姿勢が、珍しくて聞いているだけですよ?」
と、リンネと同じように胸の前で両手の指を絡めて組んでみせる。
「これは、父がいつもそうしていただけよ。何かおかしい!?」
指摘された事が思い違いだったのが恥ずかしいのか、リンネはさっきほどではないけど、また少し語尾を強くした。
「いいえ。私の祖母も、同じようにしていることがあったのでね」
対して、落ち着いた物言いでそれだけ言うと、ヴァルチャルは魔力欠乏で今にも眠りに落ちそうなミーユへと体を寄せた。
「聖女様、お疲れでしたら私の膝でお眠りください」
「うん…でも、まだいい、だいじょうぶ。ありがとうね、おばちゃん」
ちなみに、リンネのとった祈るような姿勢は、リンネの父親でアメリカ人世渡り人のパトリック・ケネディがリンネに教えたもので、聖魔教文化のこの世界には、“神に祈る”というような習慣はまだ存在しない。
「あ、ケージさんが戻ってきた」
聖廟の方から馬車が走ってくるのが見えた。
距離があるのではっきり見えないが、モリスンにはここ数日で見慣れた、辺境の魔法使い達の馬車だとすぐにわかった。
馬車にはケージが1人で乗っていた。トビーは、北地区長へ様子を知らせに行かせたという。
負傷した魔犬と、大きな負傷は無いが、疲労とショックで自力で歩くことが難しそうなヴァルチャルとユキ、それから魔力を使い過ぎてフラフラになっているミーユを馬車に乗せる。
御者の必要がないミッツの馬車だが、前方の警戒も兼ねてケージが御者席に座り、残ったモリスン、ミリィサ、リンネが魔犬に乗って周囲を警戒する様に馬車を囲う。
ケージが、ミリィサとリンネは馬車に乗るよう促したが、2人ともそれを固辞した。
ミリィサは、あの時ミッツに「任せることになる」と言われた事が、妙に自信と責任感に結びついてしまい、この一件が終わるまでは自分はこのチームの護衛なんだと気合が入りまくっていた。
リンネは、何となくソリの合わないヴァルチャルと同じ馬車に乗りたくないというだけで、モリスンとミリィサと共に護衛に付くことを申し出た。
だがリンネの姿に、ケージは想い人であるレンに感化されて、自分も強くあろうとしている心構えだと解釈し、少し感心していた。
こうして、全員で聖廟まで戻った。
聖廟の砦にも魔物が押し寄せていたが、先に戻った4頭の魔犬達がすべて追い払ってくれたようで、その活躍を皆んなで讃えた。
浅層域の魔物とはいえ、元は同じレベルだった魔犬達がしっかりと撃退できるということは、モリスン達の修行に森へと同行していた魔犬達も、少なからず成長しているようだ。
聖廟に着く頃には眠ってしまっていたミーユと、まだ戦いに慣れぬ者達を聖廟の中で休ませ、念のためモリスンとケージは、防護壁の外で見張りに付いた。
「思うんだけどよ、他の町や村は大丈夫だったんかねぇ」
ポツリとケージが言う。
「そういえば…すいません、全然気付きませんでした…」
「気にすんな。こんな状況、自分らの事で精一杯だ」
ケージに気にするなと言われても、特にミリィサの村の事は気になってしまう。
馬を借りてでも様子を見に行こうかと思ったが、今はここの防衛も必要だ。もどかしい思いにモリスンが困っていると、「そういやぁ」とケージが話しかける。
「お前、あのデッケェ狼の魔物、どうやって倒したんだ?流石に正面切ってやり合ったわけじゃねぇだろ」
「いや、あれは、本当に偶然ていうか、偶々タイミングが良かったって言うか、ちょっとでも外してたら、多分やられてました」
不意に振られた話に、モリスンは肩をすくめるように身を縮め、頭をポリポリと掻きながら申し訳なさそうに答えた。
「へー。でも、運も実力の内っつーしな。ミリィサもいたし、気合いも入ってたんじゃねーの?」
「あ、でもそれはありますね。ミリィサを守らなきゃって思ったら、全然怖くなかったです」
「いいねぇ、愛のパワーってやつだな」
「そっ!!そそそ、そんなんじゃないですよ!!まだ!!」
オッサンにからかわれ、若者は顔を真っ赤にするも、つい最後に本音がポロリと出てしまった。
モリスン、不器用なりにもいつかはミリィサと良い関係になりたいようだ。
「まだってことは、これから発展するってことか」
「いや、違っ…違わないけど……じゃなくて!!」
「まぁまぁ、いいじゃねぇの、照れんなって」
そしてケージも、魔物を倒した話よりも、若者の色恋の方が楽しいようだ。
森の中、焼け焦げた魔物の死体の様子を見ながら、ミッツは方向を定めて先へ進む。
やがて、大樹に身を寄せるように座り込む、セシリアの姿が見えた。
「セシリア、大丈夫か?」
そう声を掛けて近付くミッツも、拾った木の枝に身体を預けて、立つのが精一杯といった足取りで、少しフラついていた。
「ミッツ……。なんとか生きてる。ここまでやったのは、久し振りだ」
ぐったりと木の根元に座り込むセシリアは、力なく笑って見せた。
目立った負傷はなさそうだが、圧倒的な数の魔物を相手に暴れ続けた疲労の色は濃く出ているし、魔力もほぼ使い果たしているのだろう。
樹属性魔法を上手く使い、普段よりも魔力消費の少ない戦い方をしていたセシリアだったが、いかんせん魔物の数が多すぎた。
ミッツも、力尽きるようにセシリアの隣に座り込むと、ポケットから小さな果実を取り出してセシリアに渡す。
「まだちょっと青いけど、食うか」
それは、大きなミッツの掌に収まる、小さな柑橘系の果実。この時期に若干青みを残しているということは、秋の果実だろう。
「ありがとう」
そう言ってミッツから果実を受け取ると、少し硬い皮を力任せに剥いて、房になった実を一房取って口に入れる。
「すっぱっ!!」
「はは、やっぱりまだすっぱいか」
ミッツはもう一つ同じ果実を取り出すと、セシリアと同じように一房口に入れた。
「少し休んだら、レンの様子を見に行くか」
「うん」
「砦も気になるけど、ここの魔物のレベルならミーユがいれば大丈夫だ」
「うん」
それから2人は倒した魔物で腹拵えをしたが、疲労と満腹とでセシリアが眠ってしまい、ミッツは仕方なく自分も眠いのを堪えて周囲を見張る。
けど、ミッツも疲労と睡魔に勝てなくなり、うつらうつらとしてしまい、やがてセシリアと身を寄せ合うようにして眠ってしまった。
聖廟の屋根裏部屋でユキから手当てを受けたミリィサは、しばらく壁に背中を預けてぼんやりしていた。
部屋の奥では、ヴァルチャルがミーユを慈しむ様に、その小さな頭を撫でている。
部屋の反対側では、机で頬杖をついて座り、何をするでもなくボンヤリ外を眺めるリンネ。
「リンネのお父さんは、世渡り人だったの?」
「……うん」
手持ち無沙汰にリンネに話しかけると、少し間を置いて返事が帰ってきた。
「世渡り人って、強力な魔法を使えるって言うけど、リンネのお父さんはどうだったの?」
「………そんなに変わらないよ」
「ふーん」
そこから会話が途切れ、屋根裏部屋には静かな空気が流れる。
暇潰しの会話のネタは幾つか浮かぶが、リンネの返事があまり会話をしたくないように感じたミリィサは、なんとなく立ち上がり屋根裏部屋を出て、一階への階段を降りて行った。
背後から近付く足音が聞こえ、モリスンとケージは振り返る。
「ミリィサか。大丈夫か?」
「平気、擦り傷だもん」
夕方になり、聖廟から1人出てきたミリィサは、その腕に薬用成分のあるサパスの葉が巻かれていた。
唯一、治癒魔法が使えるミーユが魔力切れを起こしたため、命に別状のない症状には、通常の手当てが施されている。
「それに、あっちにいると落ち着かないんだ。私もここに居させて」
そう言いながら、モリスンの隣に腰掛ける。
2人の間には、拳1個程度の距離。密着したわけではないが、ついさっきケージに揶揄われたこともあり、その距離にモリスンはドギマギする。
「う、うん。べ、別にいいけど」
そんな若い男女の様子を見て、ケージは小さく溜息を吐く。
「俺ぁ、ちょっと中の様子見てくらぁ」
どっこらせっと立ち上がるケージに、ちょっと待ってと思うモリスン。
オッサンから見るといい雰囲気の2人でも、非モテなモリスンにしてみれば、2人っきりにされるなどこの上なく気不味い。
理由はよくわからないけど、本気で気不味い。
そんなモリスンの内心を分かりきっている、人生経験70年越えのケージは、「ごゆっくり」と手を振って行ってしまった。
ケージがいなくなり、どうしていいかわからないモリスン。
何となくミリィサの方へ顔を向けることも出来ず、森の方へと視線を向け、さてどうしたものかと眉間に皺を寄せて考えた。
不意に左肩に重みを感じてビクッとしてそっちを見ると、何故かミリィサの茶色い頭が乗っていた。
加速する鼓動がミリィサにバレないように、モリスンは必死に平静を装う。
「モリスン、さっきはありがと」
「え……あ、うん」
何が起きているのか理解できないが、とりあえずミリィサから感謝されたのはわかった。
だがその感謝と、ミリィサの今の行動の意味が結び付かない。
しかも、その茶色い頭からミリィサの匂いがふんわりと漂い、モリスンを更にドキドキさせる。
「ちょっと……カッコよかったぞ」
その瞬間、モリスンの顔に火が付いた。
そう錯覚するぐらい、顔が赤く熱くなる。
「ねぇ、最後のアレ、どうやったの?」
「あ、あ、あれって?」
ドキドキしすぎて頭が回らない。
そのドキドキが伝わってしまったのか、ミリィサはモリスンの肩から頭を上げてしまう。
ちょっと残念な気分になるモリスン。
「狼倒した時の。急に狼が倒れて苦しんだじゃん。何をしたの?」
「ああ、あれはね、師匠から教えてもらった、炎を圧縮して温度を上げるやり方があるんだけど、そうやって温度を上げた炎を狼の口の中に…」
「しっかりやれよ、モリスン」
仲睦まじく見える若い男女の背中に、こっそりエールを送った独り身の寂しいオッサンは、背中を丸めて聖廟の方へ歩き出した。
あゝ、オレも色恋の一つや二つ、成就させとけばよかったかなぁと、溜息を吐きながら。
「ごゆっくり」と言い残し、ケージが行ってしまった。
2人きりになったところで、ミリィサは緊張を誤魔化すために、盗み見るような横目でモリスンの横顔を見た。
あれから幾日も経っていないというのに、いつの間にこんなに力強い目をするようになったのだろう。
初めて出会ったのは、村が魔物に襲われた3日後。自分の父親とよく似た男に引き摺られるようにやってきた、ナヨナヨした軟弱そうな若者。ミリィサの目にはそう映った。
そのモリスンが、死を覚悟した自分の前に立ちはだかり、圧倒的に大きくて凶暴な狼の魔物を倒してしまったのだ。
間近に迫った死に対する極度の緊張と、そこから解放された安堵も相まって、何故か倒した魔狼から魔力の霧を浴びるモリスンの姿に、胸の鼓動が大きくひとつドキリとしてしまった。
そんな自分でも理解できない感情の変化を誤魔化すために、ミリィサはモリスンにいつものように絡んでしまった。
だが、大人のケージが気を利かせて2人きりにしてくれたことと、夕陽に照らされたモリスンの横顔の、意外にも綺麗な陰影とに少しばかり思考が解かされ、気が付くとモリスンの肩に身を寄せていた。
「モリスン、さっきはありがと」
自分でも自分の行動に驚くミリィサだが、さっき言いそびれた言葉を伝えることで、今の行動に意味を持たせようとした。
「ちょっと……カッコよかったぞ」
そしてつい、そんな言葉が口から出てしまい、照れ隠しのための話題を探す。
「ねぇ、最後のアレ、どうやったの?」
ミリィサは、モリスンが魔狼を仕留めた時の話を振った。
そのことで少し頭が冷静になり、モリスンに身を寄せている事が何だが気まずくなってきて、体を離した。
陽の傾き始めた森を見つめながら、若い2人は静かな時を共有する。
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