第4章【モブキャラ気質なのに少年漫画の主人公みたいで申し訳ありません】8
第8話【魔人の脅威】
頬を一筋の汗が流れ、アークはゴクリと1つ固唾を飲み込んだ。
一心不乱に攻撃を打ち込み、その全てが無造作な腕の一振りで振り払われ、消し飛ばされ、衝撃で左腕が本来曲がらない方向に曲がり、ダラリと下がっている。
新たな高速移動と同じ要領で、高く跳び上がったところから着地。敵の気配を頼りに攻撃に転じようと、右手に持った石刀を振りかぶった刹那、いつの間にか背後に回った敵に石刀を握られていた。
「まぁまぁやるじゃねぇか。戦い方は独学か?」
石刀を小枝の様にポキリと折られる。
その石刀の“脆さ”を、今の自分の実力として実感した。
「お前のこのカタナは、誰に教わった?」
“カタナ”とは、時々レンが石刀の事をそう呼ぶ呼び方で、ニホンゴだとアークは知っていた。
このバケモノじみた男も、ニホンジンなのか?
そうアークが思考している中、男はスタスタと普通の足取りでアークの正面に戻り、アークがボコボコにした地面に手頃な石を見つけ、そこに足を組んで座った。
「俺の名はローレンス。魔の森の最奥地に棲む、竜人族っつー魔人だ」
魔人……やはりそうか。
予想が当たり、アークは男の強さに納得し
…安堵した。
半年前、レンに実力差を見せつけられてから、我武者羅に魔力も戦闘力も鍛えてきたというのに、たとえ世渡り人であったとしても、ただの人間にここまで打ちのめされては堪ったものではない。
だが、魔人といえば……
「俺は、勇者を探してる。勇者って知ってるか?」
ローレンスと名乗った魔人の問いかけに、アークは思考を止めて首を横に振る。
「そうか」
どこか意味深に呟くと、男は少し遠い目をして何かを考えるような仕草を見せた後、再び口を開く。
「今まで見てきた人間の中で、今のところお前が1番強い」
そう言いながら、男はさっき座ったばかりだというのに、再び立ち上がる。
「今のところ勇者候補筆頭だが…ま、俺くらいに負けてるようじゃ、まだまだだな」
俺“くらい”?
他にも気になる言葉はあったが、アークがひっかかったのはそこだった。
アークはその言葉に、違和感を感じた。
俺くらい…それは、更なる強者が存在する事を意味しているような…
「せめて、これぐらいのことは出来るようになれ」
アークが黙って思考している側で、言いながらローレンスは、徐に帽子と上着を脱ぎ捨てた。
純白のローブの下から現れたのは、青銅色の鱗に覆われた人ならざるものの肌と、そしてどういうわけか服を脱ぐと同時に、人の顔をしていた部分には異形の顔があった。
それは、蜥蜴と蛇の合間のような爬虫類顔で、漆黒の眼球に白目はない。
何よりも…
「……くっ!!」
その姿を露わにした魔人ローレンスの圧倒的な威圧感に、アークは一瞬意識が飛びそうになる。
ローレンスは右腕に力を込める様に体の前に折り曲げ、更に力を溜め込むように体を屈める。
「耳塞いどけ」
言葉と同時に、威圧感が加速度的に増す。
そして
魔力が爆発した。
そうとしか表現しようのない衝撃と同時に、ローレンスは全身の捻りとともに裏拳を振り上げる。
轟音が鳴り響き、立っているのも困難な程の地響きが起き、衝撃でアークも数10m吹き飛ばされた。
幸い、上手い具合に木々の隙間を飛ばされたが、地面に叩きつけられ衝撃で骨折した左腕に激痛が走る。
それでも、何が起きたか確かめなければ気が済まないアークは、痛む体を無理矢理起こし、土埃が晴れたその光景に、目を見開いた。
山が半分消えていた。
ーーーーー
ーーー
ー
「・・・・・・」
「・・・・・・」
アークの話を聞き終えたカーズとマーサーは、言葉を失いただ口をあんぐりと開いたまま、無表情のアークを見ていた。
無口な末弟は、くだらない冗談も負けた言い訳を言う性格でもないのは、兄弟である彼らが良く知っている。
つまり、それは事実であるということだ。
そのアークは、手元の折れた石刀を見つめている。
「で、その人はその後どうしたの?」
静寂を打ち破ったのは、昼食の片付けをしながら話を聞いていたミルク。
「さあな、気付いたらいなかった」
アークの返答の後、再び静寂に包まれる。
第一宿泊所の分厚い石壁の向こうから、時折り魔物の鳴き声や足音が聞こえる。
かつて命懸けで倒した魔狼の群れが蔓延る、この危険な魔物の森の中でも、今の彼らは農園にいる時のような平穏さで居られる。
そんな彼らの中でも、飛び抜けた魔力と戦闘能力を持ったアークが、ただ弄ばれただけで瀕死の重傷となるような化け物が実在している事実に、カーズもマーサーも、そしてミルクも言葉を失っているが…
アークは違った。
漸く、目標だったレンを超えられそうな手応えを感じてきたところだった。
あとは実際にレンと戦って勝てば、それで目標は達成する。
だが、アークは心のどこかでそれを受け入れられない自分がいることに気が付いていた。
レンが現れるまでは、兄達を目標にしてきた。
兄達よりも多く、速く魔物を倒せるようになってきた頃、レンと出逢い、その桁外れの魔力を目の当たりにしてからは、レンしか見ていなかった。
このままレンを超えてしまったら、次は何をすればいいのか……
目標を見失い、抜け殻になる自分がいることを薄々感じていたのだが…
更なる目標が現れた。
折れた石刀を見つめ、抑えきれない高揚感を覚える。
しかも、手も足も出せずに完敗した魔人は「俺くらい」と言った。
ミルクに傷を癒してもらい、体は平穏な筈なのに、全力で暴れた後のように早鐘を打ち始める心臓は、自身がそのことに異常に興奮している事を示す。
まずは、自分を圧倒的な強さで打ちのめした魔人を超える。
そして、その魔人が自身を格下扱いする理由となっているであろう、計り知れない猛者を超える。
魔人は、勇者という者を探していると言っていた。もしかしたら、その勇者というのが魔人を超える猛者なのだろうか。
魔人を倒し、勇者を倒し、全て打ちのめして自分が最強になってやる。
アークは、折れた石刀を見つめていた。
レン渾身の火炎放射をくらったはずの男は、平然とした様子で炎の中に佇んでいる。
ボンッ!!
「わっ!?」
突然、炎が中から弾けたように爆散し掻き消えると、中から出て来た男は様子が変わっていた。
白装束が燃えて露わになったその身体は、青銅色の鱗に覆われた人ならざるものの肌と、そして人の顔をしていた部分には異形の顔があり、それは蜥蜴と蛇の合間のような爬虫類顔で、漆黒の眼球に白目はない。
「『刀』での闘い方に比べると、今のはかなりお粗末だったぞ。お前火炎系扱い慣れてないだろ」
白装束の男…青い鱗の異形は、肩で息をするレンに、今の攻撃をそう評価した。
言われる通り、レンは火属性魔法での戦いに慣れていない。
基本的な狩場となるのは、当然森の中である。故にレンのレベルで火魔法を乱用すると、大規模な山火事に発展しかねない。
今の炎を圧縮し高温にする技も、以前モリスンへのアドバイスで言葉にしたことはあるが、実際の戦闘で使うのは初めてだった。
隙を作り、ひと息で焼き尽くすつもりで炎を圧縮したのだが、炎が青白くなるほどの高温まで高めるのに、数秒の手間を要した。
石刀での攻撃であれば、一瞬で最大攻撃力にまで高められるレンが、である。
「あんなにも溜めのある攻撃なら、待ってる間に魔力障壁を展開させることなど造作もない。誤算だったのは、魔力放出を抑える服を着たまま障壁を展開しちまったから、服が燃えちまったけどな」
白装束が燃えて本性を表した異形の魔人は、その発する魔力の波動も何倍にも膨れ上がったように感じる。
その威圧感に抵抗するように、呼吸を整えて、石刀を鞘に収め抜刀術の構えを取るレン。
「いいねぇ、お前のその構え。まさか『異世界転生』してそういう剣術見れると思わなかったよ。けど、お前が俺の服燃やしちまったから、あんまり長くここにいられなくなっちまった。そんなわけで、ちょっと実力出しちまうからちゃんと避けろよ」
白装束の男が、自身の左手を右肩に添え、右腕を大きくグルグルと回す。
これまで防御に徹してきた男が…レンの全力攻撃を受け続け、無傷で立っている異形の魔人が、攻撃に転じようとしているようだ。
「一応加減はしてやるけどよ、町の魔法使いみたいにカンタンに死ぬんじゃねぇぞ」
距離にして15mは離れているだろうか。
ただこちらに向かって歩いているような仕草から、軽く振った拳。
ドンッ!!!!
「!?」
男が打ったのは、その足元の地面。だがその衝撃は、離れたレンに到達し、けっして小柄なわけではないレンの体を吹き飛ばした。
衝撃には驚いたが、空中でバランスを取り、斬り倒した木の幹に着地してすぐに構える。
「いくぞ」
異形の魔人が、青い影となって消えた。
ほぼ同時に、レンの身体が血飛沫を上げて弾け飛んだ。
「まただ、この大きな衝撃は…」
レンのものか、はたまたレンと戦っているであろう相手のものか。
波の様に押し寄せる魔物の群れを、手当たり次第に退治し続けるミッツは、地響きを伴う轟音に森の奥を見つめた。
未だかつて聞いたことのない激しい戦闘音に、先ほどのレンの緊張した表情の訳を知る。
そんな戦闘音の中でも特別大きな音が、間を開けて2度続いた。その音と地響きから、この森の奥にいたのがよほどの怪物だったと知る。
もしかして、この北の森が魔物の森になってしまったのは、その怪物のせいなのだろうか?
そして、その怪物とやり合うレンも、ミッツが思っていた以上に強くなっていたのだとわかる。
戦況はわからないし、わかるほど近づいたらミッツの身が危ない。
それに
森の木々の向こう、山林に慣れたミッツが目を凝らしても見つけられない程の奥の方で雷光が閃く。
セシリアが魔物を攻撃しているのだとわかるが、さっきからその攻撃の間隔が長く開く様になってきた。
魔物の出現数が減っているのならいいが、セシリアも暴走気味になる癖がある。早くも魔力欠乏を起こし始めているのではと、ミッツは心配になる。
辺境でもトップクラスのレンとセシリアを、よもやこんな浅層域で心配することになるとは、ミッツは現状の厳しさを再認識した。
自らを落ち着かせるために、大きく息を一つ吐き、レンもセシリアも大丈夫と信じて、ミッツは新たに現れた魔物の群れへと向かって行った。
木の枝が網目の様に重なり合っている所へ、魔鼠の親子が3匹駆けて来て、その隙間を抜けようと飛び込む。
その拍子に、重なり合った枝が意志を持つようにギュッと締まり、魔鼠の親子を捕らえた。
「ギェエエエエエ!!!!」
およそ鼠に似つかわしくない叫声をあげ、鼠の親子は悶え苦しみ、次いで訪れた斬撃により絶命した。
「いいな、これは楽だ」
罠にかかった魔鼠の親子を薙刀で仕留めたセシリアは、立ち昇る魔力の霧を浴びながら、初めて実践使用した樹属性魔法の成果に満足していた。
雷撃を撃ち続けるうちに、際限なく迫って来る魔物の大群に、魔力が持つかどうか心配になったセシリア。
農園で見たサラの樹属性魔法を参考に木の枝を動かしてみたら、偶然魔兎が引っ掛かり、この方法を編み出した。
同じようなトラップを至る所に作り、とりあえず魔物を捕らえておくだけでも効果は抜群だった。
そして、思ったほど大きな魔力を消費しないこともわかり、トラップを抜けてしまう魔物だけを、雷撃と薙刀で倒していた。
ミッツが、雷撃の間隔が長く開く様になってきたように感じたのは、こういうカラクリがあったのだが、セシリアが魔力欠乏を危惧していることに代わりはない。
それだけ、状況は厳しいということだが、セシリアは新たに開発した魔物狩りの方法が上手くいって、ご満悦の様子である。
「弱っちい魔物でも、これだけ倒せば結構な魔力になる。見てろよアーク、私はお前なんかに負けないぞ」
クックックッと笑うセシリアの表情は、どこから見ても悪役のそれであった。
「ガァァアウ!!グァアアウ!!」
死を覚悟したミリィサの眼に映るのは、馬並みの巨体を暴れさせ、地面をのたうちまわる様に苦しみもがく魔狼。
魔狼は、森から飛び出して来た炎を纏った槍に対し反射的に身を翻らせたが、避けきれずに左眼に突き刺さった。
更に槍の炎は、瞬く間に頭に燃え広がり、魔狼はその炎を消そうと何度も頭を地面に打ち付ける。
そして炎の槍に続いて、魔犬に跨った人物が飛び出し、何が起きたのかわからず、地面に倒れこんだままのミリィサの前に降り立った。
「モリ……スン?」
魔犬から降りて、のたうち回る魔狼を睨み付ける背中にその名を呼ぶと、モリスンは振り返る事なく右手を横に出す。
「大丈夫」
そう言うと、構えた右手に炎を灯した。
その炎の勢いは、ミリィサの知っているモリスンの火魔法よりも、ずっと大きく、いったいモリスンはいつの間にこんな大きな魔力を身に付けたのかと、こんな状況でそんな事をミリィサは思った。
魔狼は、もがいても消えない炎を諦め、モリスンに対峙した。
魔狼に呼応する様にこちらも身構えたモリスン。どういうわけか炎がグッと小さくなる。
ゴォッ!!
その瞬間、馬並みの巨体が一瞬でその身体の数倍の距離を埋めて、モリスンに襲いかかる。
同時に、モリスンは炎を灯した右手を勢いよく前に出す。
ミリィサからは、モリスンの影になり何が起きたが見えなかったが、魔狼はモリスンに辿り着く直前に体を仰け反らせ、モリスンとミリィサの真横スレスレの地面に倒れ込みながら、森の中へ転がり込んでいった。
頭に火がついたまま、魔狼は森の木々に身体をぶつけながらのたうち回り、その勢いでまた森から飛び出す。
一体何が起きたのか。状況が飲み込めないミリィサは、ただ呆然とのたうち回る魔狼を眺めた。
すぐにまた襲いかかって来る前に逃げなければと頭は回るが、その思考に体も声も何故か反応しなかった。
だが、ミリィサの抱いた危惧とは裏腹に、魔狼の動きは徐々に緩慢になり、やがて小さな痙攣に変わっていく。
「あ、もったいない」
その様子を見ていたモリスンは突然そう言うと、落ちていたミリィサの槍を拾って魔狼の方へ駆けて行く。
ミリィサの槍を魔狼の心臓に突き立てると、魔狼の痙攣は止まり、2人とも見たことのない大きな紫の霧が、モリスンの体へと吸い込まれていった。
ミリィサの槍を抜いて、モリスンはミリィサの所へ戻ってくる。
「モリスン…」
あわや食い殺されるところだった大きな魔狼を、颯爽と現れ倒したモリスンに、ミリィサは思わず身を乗り出す。
「ミリィサ、大丈夫だっ…」
「なんでオオカミの魔力、取っちゃうの!?」
「え、ええぇえ!?」
「ズルいよモリスン、あんな大きな魔力独り占めにして!!」
「ええええ!?」
今し方、大きな魔物を倒したばかりのモリスンは、ミリィサの我儘のような訴えに眉毛をハの字に曲げて困惑する。
「プッ、アッハハハハ!!」
そのギャップに、ミリィサは思わず吹き出してしまい、たった今まで死と向き合う恐怖に染まっていた反動もあってか、腹を抱えて大笑いした。
モリスンは、更に困惑していた。
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