第4章【モブキャラ気質なのに少年漫画の主人公みたいで申し訳ありません】7
第7話【レンvs魔人】
森の奥、ケージ達が去ったその場所で、白装束に身を包んだ男と対峙するレンは、身を低くした姿勢で石刀に反りを入れ、臨戦体制に入っていた。
「お前はケージさんをぶっ飛ばして、ミーユを傷つけようとした」
「……」
男の佇まいは変わらない。ただ、その表情は何か忌々しさを感じていた。
「わざとじゃないのかもしれないけど、町の魔法使いを────」
レンの殺気が倍増する。
「……で?」
男が、右手を胸の高さに上げ、左手でその右手に触れる。
ちょうどその部分の布が切れ、青い何かが見えていた。
「さっきの話が本当かどうかは知らない」
ケージ達が去ってしばらく、レンは白装束の男といくつか言葉を交わしていた。
その中には、レンを少々戸惑わせる話もあったのだが…
「でも、僕がお前を斬る理由は十分だ」
「死んでも知らねぇぜ?」
2つの殺気がぶつかり合った。
刹那
レンの姿が消えた。
おそらく、モリスンやケージが見ていたらそう思っただろう。
魔力によって高められた身体能力をもってしても、他の者ではこうはいかない。
物心付いた頃から、居合剣術の英才教育を受け、達人である祖父の剣を見て育ち、成長期に刻み込まれたそれらの記憶が、魔力による脳の活性化と強化された身体能力により、とてつもないレベルで今ここに具現化しているのだ。
その渾身の一撃を、白装束の男は宙へと跳ぶことで避けた。
ただ避けるだけなら、身体をのけぞらせるだけで躱せるが、レンの石刀が伸縮自在であることを考慮したのだろう。
それでも、常人の目では追いきれないレンの踏み込みと抜刀術に対し、跳び上がって避けるというのは、相当な反射神経と身体能力が無ければ不可能だ。
だが、避けられることはレンも解っていた。
石刀を振り抜いた時には既に次のモーションに入り、宙に浮いた状態の男に対し、切り返した石刀で逆袈裟に斬りつける。
男はこれを蹴り返しながら、宙を舞うように着地。石刀を蹴り返されたレンも、姿勢を崩すことなく再び構えを取る。
白装束の男に攻撃してくる様子はない。それどころか、攻めやすいように隙を見せてくる。
舐められているのか罠なのか、レンは深く考えることをせずに、素直にその隙へと攻め込む。
「はっ!!」
数合攻めた後、半歩間合いを外に取ったレンが気合いを入れる。同時に膨れ上がる魔力。
「来いっ!」
対して男は、ここで初めて構えらしい構えを取る。
ここまでレンは魔法を使っていない。純粋な剣技によって攻めていた。
相手の技量を測っていたのだろうが、底知れぬ白装束の男相手では無意味と悟り、魔力を解放した。
レンが剣を振るい、石刀が伸びて白装束の男に襲い掛かる。
「うおっ!?」
同時に、他の三方からも石の刃が襲い掛かり、四方からの同時攻撃に男は一瞬狼狽えた。
「ふんっ!!」
しかし、それは意表を突いた攻撃に驚いたものであり、男は左腕の一振りで左側と背後の石の刃を砕き、右腕で右側の石の刃と正面からのレンの石刀を受け止めた。
だが、
「上か!?」
その時レンは、既に魔人の頭上へと飛び上がっていて、魔力を帯びて育った森の巨木に匹敵する、巨きな石錐を打ち下ろしていた。
「なっ!?」
一瞬、上へ気を削がれた魔人が、石錐を避けようとして動けなかった。見ると足元が石で固定されていた。
「ふざけ…」
巨大な石錐が魔人を直撃し、辺りに轟音と砂塵が舞い上がる。
レンは、その砂塵の中心を凝視したまま、居合の構えで中の動きを待つ。
ガラッ…
重力任せの規則的な石飛礫の落下音の中で、その規則を乱すような不自然な音が鳴る。
──一法流居合剣術【繊月】──
同時に、抜刀術を放つレン。
途中で止められると思って放った斬撃は、石を斬る手応えのみでそのまま砂塵を切り抜け、反対の森の木々を斬り倒す。
── 一法流【環月】──
斬られた森の木々が落下を始めると同時に、レンは石刀を上空へと切り上げた。
ガキンっと音を立て、高く伸びた石刀は魔人の足蹴りによって止められた。
レンの斬撃と同時に跳び上がっていた魔人は、自由落下でレンに向かって落ちてくる。
その間に、数撃を打ち付けるレンだが、それはすべて防がれた。
魔人が着地する前に横へと跳んで避け、魔人の着地に合わせて斬撃を振るうが、それもアッサリと避けられ、空振りした石刀は再び森の木々を薙ぎ倒す。
「おいおい、自然破壊はダメだぜ」
「じゃあ避けるな」
魔人の軽口に答えながら、逆袈裟に振り上げた石刀が魔人を襲うが、スウェーバックでこれを避ける魔人。
次の瞬間
「うをっ!?」
避け幅を失った魔人の背を穿つように、地面から何本もの石槍が突き出す。
その衝撃で高く浮き上がる魔人の体。
跳び上がるレン。
振り下ろされる石刀。
周囲から襲いかかる石槍。
止まらないレンの攻撃に、魔人はただひたすらに防御に徹した。
次から次へと魔物が走り抜けて行く。
ミーユは何処まで行ったかわからないが、時折魔物の断末魔が響いているので、ひたすら魔物退治をしているのだろうという事はわかった。
「あのデタラメな嬢ちゃんなら心配いらねぇだろ。俺たちは先を急ごう、この分じゃ砦も危ねぇ」
ケージの意見に、モリスンもリンネも賛同し、3人はそのまま砦に向かって魔犬を駆って行った。
時折聞こえる轟音は、レンがあの白装束の男と戦っているものだろうことは想像に難くないが、3人はレンの本気の実力すら知らない。
一体どんな戦い方をすればあんな轟音が響くのかわからないが、今は森を駆け抜けることに集中した。
やがて、森の向こうの景色が開けて来て、間も無く平原に出る所まで来た時だった。
一際大きな魔物が駆けていくのが見えた。
その魔物が、森の外へ飛び出す。
そして
「キャー!!」
女の声で悲鳴が聞こえた。
「ミリィサ!?」
モリスンが魔犬を全速力で駆った。
ミッツ、セシリアと別れたミリィサ、ユキ、トビー、そしてヴァルチャル達は、真南へ一直線に走って森を抜け、川沿いの平原を駆けていた。
直線距離では、森を聖廟に向かって真っ直ぐ行った方が近いが、森の中を走るよりも、平原へ出てそのまま聖廟まで駆けた方が早いと判断したのだ。
ミリィサは、震える手に無理矢理力を込めて魔犬にしがみつく。
時折、森から魔物が飛び出して来るが、それら全てを魔犬達が追い払ってくれる。だが、先程ミッツからも「何かあったら任せることになる」と言われているように、万が一何かあった場合、このメンバーでは戦うのは自分だと思っていた。
少し前を走るユキも、後ろからなのでその表情はわからないが、決して落ち着いてはいないだろう。
後ろでは、青白い顔をしたトビーがいて、その後ろのヴァルチャルは、もう声を発する余裕もなさそうな、乗っているというよりは、ぐったりと魔犬の背に積まれている感じだった。
意識があるのかないのかもわからない。あれで落ちないのが不思議である。
「ウォン!!ウォンウォン!!」
また魔物が出たようで、魔犬が森へ向かって吠える。
全員に緊張が走り、ミリィサは槍を構える。
茂みが揺れた。魔物が飛び出してくる。
1頭の魔犬が、タイミングを合わせて、まだ姿を見せない魔物に飛びかかった。
「ギャン!!」
だが、飛びかかった魔犬が、森から飛び出した魔物に大きく吹き飛ばされた。
「キャー!!」
更に、ユキの乗った魔犬も巻き込まれ、2頭と1人は地面を二転三転していく。
「ユキさん!!」
ミリィサが叫び、飛び出して来た魔物を追い越した先で急停止して振り返る。
ユキを乗せていた魔犬は、吹っ飛ばされた瞬間に二足歩行モードになり、ユキを前脚で抱きかかえるように守った。
魔犬は多少地面で身体を打ち付けたが、すぐに二本足で立ち上がって、ユキを守るポジションを取る。どうやら大きなダメージは無さそうだ。
ユキも、座り込んではいるが、大きな怪我はなさそうだ。だが、恐怖に震えた様子で直ぐには立ち上がれそうにない。
不幸中の幸いと言うか、大きく吹き飛ばされた為、立ち位置としては比較的安全な所にいると言える。
ダメージが大きいのは、最初に吹き飛ばされた魔犬だ。何とか四つ足で立ち上がるが、足を折ったようで、上手く立ち上がれずふらついていた。
だが、その被害状況よりもミリィサの視線は、森から飛び出して来た魔物に奪われていた。
その体躯は、魔犬よりも2回りは大きく、体つきも毛並みに覆われていても分かるぐらいボリュームのある筋肉で、体型以上の力の差がある事を容易に想像できる。
灰褐色の毛並みが鬣のように揺れる、狼の魔物。
ミリィサは魔犬に跨ったまま、竦んでしまった。
魔狼を挟んで向こう側になってしまった、トビーとヴァルチャル。
トビーは青い顔をして震えている。
たぶん、今日はまだまともに魔物と戦っていないだろう。
魔狼を見るトビーの目が、戦いに挑む者の目ではなく、逃げ出したいと思っている者の目をしていると、ここ数日魔物と戦う魔法使い達と行動したミリィサは感じた。
ヴァルチャルに至っては意識があるかどうかもわからない。
なんとかこっちに魔物の気を向けさせなければと思うが…
レンやミッツが言っていた、森の奥に行くほど強い魔物がいるというのをミリィサは思い出す。
ならば、魔犬たちと比較して明らかに強そうなこの狼の魔物は、森のもっと奥からやって来たのだろうか…。
魔犬がしきりに吠えて威嚇するが、魔狼は悠然と構えて動かない。
だが、魔犬達が自分に敵対しているのは理解しているのか、自分を囲む魔犬を順に睨みつける。
睨まれた魔犬は、思わず一歩後ずさった。
この数日、実は結構頼りにしていた魔犬達でさえ、怯える相手。
ミリィサは、きつく歯を食いしばって決意する。
「トビー!!私がアイツを引きつけるから、ヴァルチャルさんとユキさん連れて逃げて!!」
あるいは自分を鼓舞するために、精一杯の声を上げてトビーに指示する。
「で、でも…」
「どーせお前まだロクに戦えねーだろ!!私はもう20匹は魔物倒してんだ!!あんな奴だって…」
トビーを逃がすため、あえて厳しい言葉を使い、戦果を誇張し、大きな声を出すミリィサ。
その声に魔狼が反応して振り向き、濃紺の瞳がミリィサを見据えた。
一瞬
何が起きたかわからなかった。
気がつくと、身体が地面に叩きつけられていて、自分が乗っていた筈の魔犬が上に覆い被さっている。
「ちょ、重……キャー!!」
その魔犬の状態を目の当たりにし、堪らず悲鳴をあげる。
ミリィサに覆い被さる魔犬の背中には、大きく爪で裂かれたような傷があり、痛そうに震えていた。
視線を魔狼に向けると、何故か魔狼がさっきよりも離れた所にいて……いや、ミリィサ自身が数メートル吹き飛んで、森の際に横たわっていた。
他にも2頭の魔犬が血を流して倒れている。どうやら、魔狼の攻撃から魔犬達が身を呈して守ってくれたようだが…
再び魔狼が動く。
何が起きたかわからないまま吹き飛ばされた先ほどとは違い、魔狼の動きは妙にゆっくりに感じた。
身体を低く構えて、蓄えた力を解放する様に、全身に漲る力がその巨体を躍動させる。
筋肉1つ1つの動きがわかるほど、力強く地面を蹴って伸び上がり、ここまで一足飛びで飛び掛かって来ようとしているのがわかる。
不思議と恐怖心が消え失せていた。
その代わり、両親の事が思い浮かんだ。
続いて、生まれ育った町の事が
伯父が亡くなり、父が家を継ぐ為に田舎の村へ引っ越して来た事
泣きながら別れた町のみんなと、暖かく迎え入れてくれた村のみんな
これまでの15年の人生が、頭の中を巡るのを見ながら、ミリィサは思う。
ああ、これが走馬灯か
私これから、あの大きな魔物に食べられて死んじゃうんだ
パパ、ママ、ごめんなさい。
立派になって、強くなって村に帰るって、約束守れなくてごめんなさい。
モリスンなんかに守ってもらわなくたって大丈夫…なんて、魔物の怖さも何も知らずに言ってて、ごめんなさい。
──ミリィサ!!──
様々な想い出と思いの最後に、何故かモリスンの声が脳裏に響く。
初めて見た時から印象は変わっていない、オドオドした様子の少し年上の青年。
魔物を狩っているときでさえ慎重で、見ていてイライラする。
魔狼の首が、ミリィサの喉笛を狙う様に横に捻れ、丸呑みされてしまいそうなぐらい大きく開いた口が迫る。
なんで最期にあんな奴のことを思い出すんだろう…
迫る狼の口を前に、ミリィサは目を閉じた。
同時に、森から新たな影がミリィサを飛び越えるように飛び出して、魔狼に向けて正面から燃える槍を突き刺した。
レンの土魔法で、空高く打ち上げられる白装束の男。
眼下には、瓦礫のような石塊と、斬り倒された大木の野ができている。
数分前まで森だった荒野から、土魔法で自分の体を跳ね上げたレンが迫って来る。
レンの石刀が風を切って迫る。
受け止めるべく構える白装束の男。
ドンッ!!
「ガッ!?」
しかし、衝撃は背後から来た。
レンは、白装束の男を空へと打ち上げると同時に、複数の石塊を更に上空へと打ち上げていた。
そして、真下から攻撃を仕掛けると見せかけて、白装束の男の背後となる上空から石塊をぶつけ、自分は振り抜いた石刀を伸ばして地面へと突き刺し、石刀による高速移動の要領で巻き添えを回避。
ズドドドッと、大地に叩きつけられる白装束の男と、追撃で降り注ぐ石塊。
その結末を待つ事なく、大地へと降り立ったレンは、石刀を鞘へ収めると右手を天へと掲げ、巨大な火球を生み出す。
この戦いの中、初めて火魔法を展開。
その巨大な火球は、数秒をかけて圧縮され、超高温の青白い火球となり、レンの手から放たれた。
高圧高温に圧縮された火球は、更に一点へと収束するように瓦礫の隙間へと走り、絞り込まれた熱エネルギーが着弾と同時に大きな爆発を起こす。
倒木はもちろん、瓦礫さえも燃え上がり、その中にはどんな生物さえ生き残ることは不可能と思われる炎の中に、ゆらりと人影が見える。
「隠しダネのつもりだったか?」
燃え盛る炎の中から、見たことのない異形の何かがゆっくりと歩み出て来た。
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