第4章【モブキャラ気質なのに少年漫画の主人公みたいで申し訳ありません】3
第3話【それぞれの修行】
元々木登りが得意なわけではない魔犬は、魔栗鼠に青い果実を投げつけられた衝撃と驚きで、枝から地上へと落ちた。
だが、流石に着地は鮮やかで、特にダメージらしいダメージも無さそうだった。
追い詰められていた筈の魔栗鼠は一転、近付こうとする魔犬に木の実攻撃で反撃を開始。魔犬達は魔栗鼠をなかなか地上に追い込めないでいた。
「う〜ん、これは相性が悪いかな。ちょっとだけ手を貸そうか」
魔犬と魔栗鼠の攻防を眺めていたレンはそう呟くと、無造作な足取りで鳥籠の中へ一歩足を踏み入れると、腰の石刀に手を掛ける。
その瞬間、膨れ上がるレンの剣気。
一瞬で張り詰める空気は、籠の中の魔犬達や魔栗鼠にはもちろん、後ろにいるケージやリンネにも伝わる。
── 一法流居合術【朧月】──
一瞬前まで鞘に入っていた筈の石刀が、魔栗鼠の頭上から魔栗鼠を紙一重で躱す軌道で振り下ろされ、太枝が研ぎたての鎌で切られた稲穂のようにスパッと斬れる。
魔栗鼠が気が付いた時には、重力に引かれ落下が始まっており、近くの枝に跳びつこうにも、足元が落下しているので十分な跳躍ができない。
地上に落ちた魔栗鼠はすぐに木に登ろうと駆け出すが、魔犬達は既に魔栗鼠を取り囲んでいて逃げられない。
そして、魔栗鼠の目の前に、師匠の剣気を感じた瞬間から攻撃の準備が出来ていたモリスンが、槍を構えて立ちはだかった。
「はっ!!」
先端が赤く燃える槍が、魔栗鼠を襲う。魔栗鼠は先程から見せる俊敏な動きで回避するが、魔犬に取り囲まれているため、大きく距離を空けることができない。
また、この人間は炎を生み出し自在に操る術を持っており、迂闊に近づくこともできないため、逃げることも攻め込むことも出来ず、魔栗鼠は焦っていた。
その焦りに隙ができてしまい、数合の攻防の後、魔栗鼠は燃える槍に肩を貫かれた。
このままでは数秒で肩が燃え上がり、炎は顔面を焼き始めて、直ぐに戦闘不能になってしまう!!
魔栗鼠は燃える槍を躊躇することなく掴むと、力任せに引き抜いた。
「な!?なんて力…!!」
先程、魔犬を木の実の投擲で追い払った事といい、見た目はミーユよりも小さいというのに、随分な腕力をしているようだ。
魔栗鼠は肩が燃えるのも厭わず、モリスンに躍り掛かる。
既に肩が燃えているというのに、これ以上の炎を恐れて反撃しない手はない。
無事な方の手を振り上げ、拳をモリスンに叩きつけようとするが、モリスンは既の所で躱す。
既に疲労とダメージで、魔栗鼠の俊敏性は半減していた。
刺突には近すぎる間合いのため、モリスンは槍を横薙ぎにして魔栗鼠の顔面を引っ叩く。
吹き飛ばされる魔栗鼠だが、転がった勢いで身体を起こし、モリスンに対して構える。だが、魔栗鼠が転がった先の動きを読んで追撃の構えに入っているモリスンに、槍で腹を一突きに貫かれ、燃える槍の炎に腑を焼かれて意識を失った。
そのまま槍を刺したまま、魔栗鼠の魔力が流れ込むのを待って槍を引き抜いたモリスンが戻ってくると、レンは鳥籠を解除した。
「師匠、ありがとうございます」
「よかったよ、モリスン。予想外の動きをする魔物だったけど、慌てずきちんと対応できてたと思う」
レンの火属性、土属性班は幸先のいいスタートを切り、先へ進んだ。
何者なんだ、この少年は……。
ケージは40年余の人生…いや、前世も含め70年以上の経験の中で、今最も理解できない事に直面していると感じていた。
例えば、このモリスンという少年。彼の槍の腕は、町の狩人達と比較しても、腕のいい方という程度だろう。つまり常人並みだ。だが、町の狩人では、同じシチュエーションであっても、あの魔栗鼠をあそこまで華麗に仕留めることは出来ない。
決め手はやはり魔法だ。
魔犬のサポートももちろんだが、火魔法があったからこそ、モリスンは余裕を持って仕留められたと言える。
だが、あのレンという男はどうだ!!
モリスンに少し手を貸すと言って、魔栗鼠の乗った枝ごと切り落とした芸当は、単純に魔法だけの能力ではないことは、サムライの国日本出身のケージならよくわかる。
その気になれば、あの一振りで魔栗鼠を真っ二つにする事など、造作もないはずだ。
昨日は、何もないところで石刀を伸ばした芸当にただ驚いたが、こうして魔物を前にしてみると、それだけでないことが伺える。
非力な市民が怯える災害のような魔物を、あんなにも簡単に倒せるなんて……
英雄……そう例えても差し支えのない実力者なのは確かだ。
そんな事を考えながら歩くケージの数歩前を行くリンネも、同じく視界の中心にレンを見ていた。
否
彼女の視界には、レンしか認識されていなかった。
昨夜のレンのパフォーマンスを見た時から、既に心を奪われていたリンネだが、つい今しがた見せた剣技に、更に深く心が溺れ落ちて行ってしまったようだ。
レン……いい響き
あまり聞き慣れない名前だけど、でも、それが彼を特別な存在だと示しているよう……
あの、石の剣を抜こうとする瞬間の静かな呼吸。キリッと寄った眉に強く結んだ唇…
あんな目で見つめられたら、もうどうにかなってしまいそう!!
一見すると、どこにでも居そうな普通の青年だけど、一度剣を握るとその内に秘めた本性がベールを飛び出して……!!
「あっ!?」
「大丈夫か?」
「…………違うから」
「は?」
リンネ、妄想の世界に浸りすぎて足元が疎かになり、木の根に躓いて転びそうになるも、ケージに腕を掴まれて地面とハグするのを免れた。
だけど!!こんな時はこんなオッサンじゃなくて、ステキな私の英雄様に助けて欲しかった……!!
前を歩いているレン様が、花園を舞う蝶のような華麗さで振り返り、抱きしめるように受け止めて欲しかった!!のに!!
そう心底思い、せっかく助けてくれたオッサンを睨んでしまったリンネと、せっかく助けたのに睨まれ、何故か「ごめん」と謝ってしまったケージだった。
「ギェエエエエエ!!!!」
「うわぁあああ!?」
「きゃああああ!!」
森に閃光と放電音が轟き、3人の前にはプスプスと煙を上げる魔鼬の親子が転がった。
「お前ら何やってんだ、早くしねーと魔物死ぬぞ」
「あ、は、はい」
「え、セシリアちゃん、私も?」
こちらは魔力境界線付近で魔物狩りをするセシリアチーム。
とりあえず、手っ取り早く魔力をゲットしてもらおうと、セシリアは魔物を見つけ次第雷撃で動きを封じ、2人に留めを刺させていた。
既に樹属性魔法の練習をすることをすっかり忘れている様子で、魔物を見つけると反射的に雷撃を放ってしまうのは、否めない。
とは言え、既に一昨日に狩りまくった後のエリアだ。
この時点で遭遇した魔物は、この魔鼬でまだ2組目。1組目というか1匹目は、この辺りではポピュラーな魔狸を1匹仕留め、トビーに魔力をゲットさせた。
魔鼬は全部で5匹。トビーが3匹、ユキが2匹から魔力を得た。
もうちょいコンスタントに魔力をゲットしたい。
「ちょっとだけ奥行ってみっか」
そう思ったセシリアは自ら先導し、周囲の警戒を魔犬に任せ、石柱に沿ったルートから少しだけ森の奥へ進んで行った。
「セシリアさんは、す、凄いですね」
トビーが、少し緊張気味にセシリアに話しかける。
美人ではあるが勝気な性格で、あれだけの魔法による戦闘力を持つセシリアだ。大抵の男は口説く事はおろか、話しかけるのにも緊張するだろう。
「何が凄いんだ?」
「その、女性なのに、それだけの魔力を持っているなんて」
「女が魔力強くちゃいけないか?」
サバサバした性格のセシリアは、言葉使いにクッション性が無い。その様子にセシリアを怒らせてしまったと思ったトビーは、慌てて言い繕おうとする。
「いえ、そう言ってるのではなくて、その、魔力を得るためには魔物を倒さなければいけないんですよね?」
「当たり前だ」
まだ、知識として得ただけで実感のないトビーに、セシリアはそれを当たり前と返す。やっぱりそうなんだと、変な所で納得するトビー。
「ということは、それだけの数の魔物を倒してきたって事ですよね」
トビーにそう言われて、なぜか嫌そうな顔で奥歯を噛みしめるセシリア。
「…まだまだだよ」
「え……?」
そう言われたトビーは、セシリアの言った言葉の意味も表情の意味も、全くわからなかった。
セシリアにとって、魔法に関する褒め言葉は、ライバル達になかなか追い付けない自分への苛立ちが振り返され、すべて慇懃無礼の如く感じてしまう。
そんなことは知り得ないトビーは、何故セシリアが不機嫌になっているのか全くわからなかった。
「そういやお前、槍使えんのか?」
「あ、はい、多少は…」
「あ、そう。じゃあ次なんか出たらやってみろ」
そういえば、レンはいつもモリスンにやらせてたなと思い出し、セシリアも真似してトビーにやらせてみることにした。
ちなみに、そこまで年の差に拘らない文化のこの世界だが、セシリアよりもトビーは6歳ほど歳上である。
「みっみっみっ、ミーユの“み”っ♪みっみっみっ、ミリィサの”み“っ♪みっみっみっ、ミッツの“み”っ♪」
仲良く手を繋いで妙な歌を歌いなが歩く、ミーユとミリィサ。
先頭を行くミッツは何も気にせず歩き進んで行くが、一行の真ん中を歩く中年女性のヴァルチャルは、眉間をグッと寄せて、何やら気に入らないことがあるような不機嫌な顔をして、先頭のミッツに着いて歩く。
「ちょっと、お兄さん」
「ん?俺か?」
ヴァルチャルに声を掛けられ、振り返るミッツ。「お兄さん」なんて言われ方をすることがほとんどないので、思わずそう聞き返した。
「このメンバーで他にお兄さんがいますか?貴方以外全て女性ですよ」
そんなミッツの反応に、不機嫌顔のまま応えるヴァルチャル。
「ミーユは女性ってよりまだ子供…」
「屁理屈は結構」
言い掛けたミッツの言葉に被せるヴァルチャル。
まぁ、最初から乗り気じゃなかったみたいだし、不機嫌なのはしょうがないか…と、ミッツはこっそり溜息を吐く。
不機嫌な顔のまま、ヴァルチャルは話を続ける。
「それより、いくら若い娘と幼い子供といえど、魔物が出るような危険な森の中で、こんな陽気に歌を歌って歩くのは、いったいどうなんですか?」
「どうって…なにが?」
「んなっ…!?き、緊張感ですよ!!仮にもこれは、私達に対する魔法訓練の一環なのでしょう!?なのに、このような巫山戯た気分でいるのはどうなのかと聞いているのです!!」
真剣な自分の話を、理解しようとすらしないミッツの態度に、ヴァルチャルはヒステリックな声を上げ始める。
が、こちらもマイペースを崩さないミッツ。
「何故それを俺に言う?気になるなら直接2人に言えばいい」
「あ!な!た!が!!このチームのリーダーでしょう!?責任者でしょう!?だから、私は貴方の判断を仰いでいるのです!!」
顔を真っ赤にして、首筋には血管が浮かび上がるヴァルチャル。
「ああ、そう言うことか。なら気にするな。魔物が出ないうちはただ歩くだけだからな。犬達が警戒だってしてくれてるし。あんたに森での狩の経験があるならともかく、どシローとだろ?だったら警戒はプロに任せて、気軽に着いて来なって」
「………!!あ、貴方が!そう言うなら!!結構です!!!」
噛み合わないミッツとのやり取りに業を煮やしたヴァルチャルは、理解を求めることを諦め、激しい鼻息とともに言い捨てた。
「まぁいいならいいが…お?なんかあったか?」
先行していた6番の魔犬が立ち止まっている。何かを見つけたようだ。
ヴァルチャルと会話をしていても、しっかり周囲の様子は観察しているミッツ。
幼い頃から狩仲間は兄弟だったミッツにとって、巫山戯るというか普段と変わらない感覚で森に入るのは普通だったので、2人が歌っていてもちゃんと付いて来ているなら問題ないと思っていた。
むしろ、こちらの集中力を奪いに来るヒステリック気味なヴァルチャルの方が、ミッツにとっては対処を考えなければいけない手間のかかる相手であった。
「こっちは危険だ。ミーユ、ミリィサ、この木から向こうへ行くなよ、こっから左に折れるぞ」
立ち止まっていた魔犬の向こうの様子を見て、ミッツはそう指示した。
「はーい」
ミッツの指示に、間延びした緊張感のない返事をする2人。
ヴァルチャルは顔を茹でダコのようにして後ろを振り返り、2人をギッと睨みつけ、また「フンッ!!」と前を向いた。
まぁ、あんな事を大声で叫ばれれば、いくらミリィサとミーユでも歌う気をなくして大人しくなる。
「ああほらオバサン!!そっちは危ないって…」
注意したのに、先に行くなと言った木を平然と越えて行こうとするヴァルチャルを、慌てて止めるミッツ。
「お、オバ……ええ!!オバサンですよ!!ヴァルチャルというちゃんとした名前がありますが、貴方には呼んでいただかなくて結構!!どうぞオバサンとお呼びなさい!!」
「すまん、ヴァルチャル…さん」
「オバサンで結構です!!」
ミッツ、森の踏み込んで行けない場所はわかるのに、女心の踏み込んでいけない場所はわからない男であった。
危険な森を行く本来の緊張感とは、また違う類いの緊張感に包まれたミッツチーム。あれから少女も幼女も大人しい。
それから程なくして、唐突に魔犬達が吠えて駆け出した。
綺麗に左右に展開し、前方に見える何かの集団らしきものを包囲していく。
ミッツが足を止めて、全員にも止まるように手で合図する。
「何があったのですか?」
ヴァルチャルは、ミッツの斜め後ろに立ち、様子を聞く。
「魔物だ。豚の、二足歩行タイプ」
おそらく、家畜が逃げ出して森へと入ったのだろう。二本足で歩く魔物は人間の近くで生活していた動物だと言われている。
そんな魔豚が10頭ほど、それぞれ手に棍棒を持って自分達を取り囲む魔犬達を警戒する。
「魔物!!?」
魔物と聞いて、ヴァルチャルが悲鳴のような声を出した。
「ヴガッ」
その声に魔豚達がこちらに気付き、魔犬を警戒する魔豚達の中から数頭、こちらへ向かって歩いてくる。
「ヴギィー!!」
「ミーユ、援護しろ」
「はーい」
ミッツに呼ばれ、トテトテと前へ出てくるミーユ。
ミッツ1人でももちろん倒せる敵だが、このヒステリックに喚くおば…ヴァルチャルを守りながらならば、いっそミーユに任せてしまった方が早い。
「あんたたちはここから動か…」
「ヒィーッ!!」
ミッツがミリィサとヴァルチャルに注意しようとすると、突然ヴァルチャルが甲高い悲鳴を上げて、走って逃げ出した。
「ヴァルチャル!!くそっ…、すまんミーユ!!ここを頼む!!」
「いーよー」
ミッツはヴァルチャルを追って駆け出し、ミーユは魔豚の群れと対峙する。
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