第4章【モブキャラ気質なのに少年漫画の主人公みたいで申し訳ありません】
4.9.28.軽微な矛盾点を修正しました。物語への影響はありません
第4話【ミーユの魔法】
大河ベルスの河原に鎮座する巨大な岩の天辺に、いったいどうやって登ったのか、白い服の男は立っていた。
彼の眼下には広大な森が広がる。この森の向こうに住む“人間達”が、この森を「北の森」と呼ぶが、男には興味のないことだった。
「飛び抜けてんのが1人、その半分ぐらいのが1人…さらにその半分以下が2人…か。コイツをこんな所まで持って来れるようなヤツはいないな」
白い服の男は、森を眺めながら独り言のように呟く。
「この飛び抜けてんのが、“あっちの森”にいた奴と同じぐらいかな。今の所“勇者”候補って言えんのは、この2人ぐらいか…」
男の位置からでは、森の木々の上面しか見えない。
しかし男は、まるで森の中の様子を把握しているかのようだった。
「魔物を狩ってんのか?なるほど、そうやって使ってんのか。じゃあやっぱ誰かが持って来たってことだよなぁ…んー、となると…」
男は、遥か前方に感じる魔力をじっと見つめる。
「うん、とりあえず見に行ってみるかな」
そう言うと、自身の身長の10倍以上ある大岩から飛び降りた。
「どうした、レン君」
前を歩くレンが突然立ち止まり、また何か見つけたのかと、ケージが伺う。
「いや、誰かに見られてるような…」
森の奥…北の方を見て呟くレン。
一瞬、鳥肌が立つような視線を感じたと思ったけど…
「気のせい、かな」
そう呟くレンを見て、自身が“最初の”青春時代を過ごしたニホンの愛読雑誌を思い出していた。
「いいねぇ、『少年漫画』っぽくて」
そう懐かしむようにニヤリと笑った。
レンの隣に寄り添うリンネが、自分より少し背の高いレンを下から見つめる。
さっきの、栗鼠の魔物を倒した時のような(リンネの中ではモリスンはサポートしただけで、実質レンが倒したことになっている)強く引き結んだ唇に、鋭い眼光。ああ、この真剣な眼差しがたまらない…
潤んだ瞳と紅潮した頬、そして半開きの唇が、そんなことを想っているだろうことを、見ている者に容易に想像させる。
こっちは少女漫画っぽ…と、半眼で見つめるケージ。オッさんには、胸キュンが理解できないようである。
「師匠、魔犬が何か見つけたっぽいっす!!」
先を行くモリスンが、魔犬達が揃って同じ方向を向いて吠えるので、レンに報告する。
レンは、モリスンの呼ぶ声に我に返り、魔犬達の吠える方へと進んで行った。
「私も戦うよ!!」
ミリィサが槍を構えて前へ出ようとする。
まだミリィサはミーユの戦う所をまともに見ていないからか、いくら魔力が強くても、これだけの数を一人で相手をするのは無理があるはずだと思っている。
ビジュアル的にも、巨大な豚の魔物の群に立ち向かう6歳の幼女は、助けなければと思うのだが
「ミリィねえはあぶないからそこにいて!!」
ミーユに制され、思わず立ち止まるミリィサ。
「ワンちゃんたちー!!ちょっとはなれててー!!」
ミーユは、魔犬さえも散開させ、本当にたった1人で魔豚の群と対峙する。
魔豚達は状況が理解できないのか、立ち尽くすものもあったが、最初にこちらに向かって走り出した数頭の魔豚は、間も無くミーユに肉薄する。
「ミーユ!!」
ミリィサは、ミーユを庇うために前に出ようと、止めた足を再び踏み出そうとした。
次の瞬間
魔豚達が突然血飛沫を上げ、ある豚は倒れ、ある豚はのたうち回り、一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
その光景にミリィサは、目を丸くして口を開いたまま、フリーズした。
ミッツ達も、レン同様にミーユも凄いと持ち上げて話すので、それなりの戦闘能力はイメージできていた。しかし、“それなりの”だ。
風魔法を駆使して跳んだり、大きな水塊を投げ飛ばして土壁を破壊するところも見ていたので、あれで素早く動きながら、魔豚を各個撃破していくものだと思っていたら…
「うしっ、かぜかぜカッターのよわよわモードがじょうずにできたっ」
風風カッター?
ミーユの独り言に混乱するミリィサ。つまり、今のは風で切ったというの?
鎌鼬を知らないミリィサは、よもや風魔法にそんな可能性もあるなどと思いもしなかった。
これが、辺境の魔法使いの実力…
だが、今ミリィサは聞き逃していた。ミーユはこの魔法を「弱々モード」と言ったのを。
振り返ったミーユは、お母さんのお手伝いが上手に出来た様な、年相応の笑顔で告げた。
「じょうずによわくやったから、まだブタさんみんな生きてるよ。ミリィねえ、まりょくとってきて」
「え?上手に弱く?」
「うん!!じょうずにできた!!ミーユがふつうにやったらみんな死んじゃうから、じょうずによわくやったよ!!」
10頭以上いた魔豚の全てが、一瞬で地に倒れ伏し、弱々しく呻いているこの状態で……弱いモード……
ミリィサは、しばし絶句していた。
「まずいな、あの方向だ…」
意外にも、40代後半であろうヴァルチャルは、ミッツが追い付くのに苦労する程早く走って逃げる。
ヴァルチャルの向かっている方向は、先程危険だからと回避したあの方向である。追い付けなかったら最悪ヴァルチャルは死ぬ。
今朝みんなで競争した時に、僅差で最下位となった程度には、ミッツも足が速い方ではない。
だが、森に慣れた自分が簡単に追い付けないのにはちょっと焦った。
火事場の馬鹿力的なものかもしれないが、いずれにしてもあの場所に着く前に捕まえなくては…安全を保障して連れて来ている以上、無事に帰すのは必須条件だ。
ミッツは全力疾走から更に気合いを詰め込んで走る。
ヴァルチャルの前方に突如開けた場所が現れた。
鬱蒼と茂る森よりも、開けたその場所の方が安全に感じてしまったのか、ヴァルチャルはその開けた場所に真っ直ぐ走った。
しかし慌てたせいか、ヴァルチャルはその手前で木の根に躓いて、走って来た勢いのまま盛大にダイブし、開けた場所に突っ込んで行く。
その手を、ミッツが掴んだ。
そして、力任せにヴァルチャルを引き寄せると、後方へ投げ飛ばす。
代わりにミッツが拓けた場所へと飛んで行き、地面が砕けてミッツは地下へと落下していった。
倒れて痙攣する魔豚の背中に触れるミリィサ。
その首を、風の刃でスパンと切っていくミーユ。確かに、本来があっさりとこの太い首を断つ威力の技であれば、斬りつけるだけの斬撃は手加減していると言われて納得がいく。
そしてミーユは、今度は凍属性魔法で首を落とした魔豚の身体を、瞬間冷凍させる。
ミリィサが、真っ白に霜のついた魔豚の腹を指先で突くと、石のようにカチコチに固まっていた。
「ミーユは、いつから魔法が使えるの?」
これほどの魔力をどれだけの期間で身に付けたのか、ミリィサは気になった。
「んとねぇ、レンにいといっしょに、森ででっかいクマさんさわったとき」
「ええ!?」
でっかいクマさんとは、当然魔物の熊だろう。魔力を得たなら当たり前だ。
だが、犬や猫でさえ熊並みの強さになるのが魔物だ。では、ただでさえ強い熊が魔物化したらいったいどれほど……
確かにあのレンは、普段はボーッとしているけど、森へ入ると人格が変わったんじゃないかというぐらい雰囲気が変わる。
昨夕見た、石の剣で聖廟の砦を壊した技は、見た目だけの大技ではないのだと、ミリィサは思ったが…彼ならば熊の魔物も倒してしまうのかもしれない。
結局、「でっかいクマさん」に意識を持っていかれ、ミーユがどのぐらいの期間で今の魔力を手に入れたのかを確かめるのをすっかり忘れてしまったミリィサだった。
2人は次々と魔豚の首を落としていくが、8匹目に手を触れたとき、ミリィサは違和感を感じた。
「もう死んじゃってるね」
魔豚が息をしていないのを見て、ミーユが呟く。見れば、残りの3頭も死んでいるようだ。
それでも、7頭分の魔力を獲得したミリィサ。明日が楽しみだった。
「そういえば、ミッツ遅いね」
ミッツとヴァルチャルが走って行った方を見て、ミリィサが呟く。
「うん」
遅いというだけではあまり気にならないミーユ。今まで何かと狩の時にはリーダー的な存在として頼って来たので、その信頼感からあまり心配していないのかもしれない。
ただ、暗くなって来たりお腹が空いて来たりしたら、早く帰って来てほしいと思うけど。
とりあえず、残りの魔豚を凍らせるミーユ。
全て凍りつかせたところで顔を上げると、まだミリィサは心配そうに2人が去った方を見ていた。
ミッツのことは然程心配ではないが、もしミッツが追いつく前にヴァルチャルに何かあったのなら…
「見にいく?」
そんなミリィサの思いを読み取れたかどうかはわからないが、いつの間にか真横に来ていたミーユに見上げられて、ミリィサは「うん」と頷いた。
ミーユは、3匹の魔犬にここの番を任せ、2匹を同行させた。
2人は手を繋いで歩いて行く。
歌は歌わなかった。
「まいったな」
深さ20mはある穴の底で、ミッツは腕を組んで立っていた。
ミッツの周りには、生まれたての子猫ほどの大きさの黒い何かが無数に横たわっていた。
ミッツ達が “落し穴蟻” と呼ぶ蟻の魔物で、個体の脅威度は噛まれると小指の先ほどの肉を食い千切られて痛いが、致命傷に至るほどではない。しかし、蟻なので基本的に集団だ。その数は数千とも数万とも言われ、出くわしたら人間でも食い尽くされてしまう。
何よりも恐ろしいのが、落とし穴のような巣穴だ。普通の蟻と同じように、地下を縦横無尽に掘って巣を作るが、魔蟻自身のサイズが子猫並みなので当然作る巣穴もデカイ。
トラップアントの巣があるあたりは、木の根も枯れてしまうため、まるで開墾したように拓けた土地になる。
この森は、魔物が出現してからまだ数ヶ月程度であるが、既に立ち枯れた木が幾本かあり、異様な一体となっている。
そして、場合によっては地盤も緩んでいて、足を踏み入れた瞬間地面が崩れ、こうして落ちてしまうことがある。落し穴蟻の名前の由来である。
昔、父の言うことを聞かずに調子に乗って走り回っていた弟マーサーが、トラップアントの巣穴に落ちてあちこち噛まれた状態で救出されたことがあって、その脅威はよく知っているミッツだった。
「とりあえず、蟻は倒したが……」
この大穴から出られなくて困っているのだ。
レンが来てくれたらすぐに出られるのだが、SOSサイン役兼伝令役のミーユが近くにいないため、連絡する手段もない。
「しまったなぁ、魔犬を1匹連れてこればよかった」
上にいるはずのおば…ヴァルチャルに助けを呼びに行かせようとも、単身森の中を歩かせるわけにも行かない。
時々チラチラとこちらを見てくるので、無事は確認出来るが。
「イャァアー!?なに!?」
そのヴァルチャルが、突然悲鳴を上げた。何事かと思ったが、上がった悲鳴は一回で、その後よく聞き取れないが、誰かと喋っているような声が聞こえて来た。
慌てふためくような声ではないが、落ち着いているとも言えない、誰かと話しているのは間違いないが、1人で喋っているんじゃないかと思うぐらい、ヴァルチャルの声しか聞こえない。
「つか、声デケェな」
もしかしたら、ミーユ達が来てくれたか?
ミッツが穴に落ちてしまい、実質1人で森に取り残されたような事になっていたところへミーユ達が来たのなら、ああやって1人で騒いでいるのも納得がいく。
で、そんなヴァルチャルにミーユとミリィサが引いて、小声になってしまうのも納得がいく。
「ウォン!ウォン!」
ミッツがそう思っていると、魔犬の吠える声が聞こえ、穴の淵から2頭が顔を出した。
顔だけでもわかるが、首に下げた石鈴の独特な音色で、自分たちが連れている魔犬だと確認出来た。
「よかった、来てくれたか。ミーユも一緒か?」
魔犬は「クゥン」と鼻を鳴らすと、2頭とも同時に去って行った。
そしてしばらく戻ってこなかった。
「おーい、ミーユも一緒に来てんのかーって…」
ミッツの声は、虚しく縦穴の中で響くだけだった。
「あなた達、無事だったのね!!」
ヴァルチャルは、魔犬に続いて茂みをかき分けて現れた2人の少女に駆け寄り、2人まとめて肩を抱き寄せた。
「おばちゃんこそ、怪我はない?」
ミリィサが無遠慮におばちゃんと言うが、10代の若者に言われる分には気にしないおば…ヴァルチャルだ。なにせ、子供がいたらこのぐらいの歳でもおかしくないのだから。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫、大きい怪我はないわ。ちょっと、木の根で躓いて足を擦りむいただけよ」
そう言って、ズボンをまくって見せる。
「うぁ、痛そう」
「ミーユが治してあげる」
血が滲んだ足を見てミリィサが顔を顰め、ミーユは治療の為にしゃがみ込んで、ヴァルチャルの足に両手を翳す。
「え?治すって…」
「ミーユ?」
ヴァルチャルもミリィサも、ミーユの言った「治してあげる」が、何を意味するのか理解出来なかった。
「手当て」の意味だとしても、なんの治療道具も持っていない。
2人がミーユの行動を注視していると、ミーユの掌から淡く白い光が漏れ出す。
「え!?何!?」
ミリィサが、その光に驚き思わず声を上げ
ヴァルチャルは、その光のなんとも言い難い心地の良い感じに言葉を失う。
そして、数呼吸の間の後ミーユが手を離すと、怪我はまるで最初からなかったように塞がっていた。
「これって……」
「聖女様の……」
聖女の聖廟を戴くニーシュの町の住民であるヴァルチャルはもちろん、ミリィサも目を見開いて、2人は顔を見合わせた。
ご閲覧いただきありがとうございます。誤字・脱字、矛盾点等ありましたら、ご指摘頂けると幸いです。




