第4章【モブキャラ気質なのに少年漫画の主人公みたいで申し訳ありません】1
4.9.28.軽微な矛盾点を修正しました。物語への影響はありません
第1話【アーク】
森の中に、突如枯葉を吹き飛ばすような衝撃と音が響き、人影らしきものがひとつ、木々の隙間を高速で飛び抜ける。
人影が着地すると同時に、再び地面が揺れ、大地の一部が瞬時に隆起し、人影と枯葉を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた人影は、同じ要領で森を奥へ奥へと飛んでいき、やがて森は再び静寂に包まれ、危険を感じて身を隠していた魔物達…馬並みの体躯をした狼や山猫達が、飛び去った人影を恐る恐る眺めていた。
森の中は木々が邪魔をするため、石柱を伸縮させる移動方法は効率が悪いと感じたアークは、足元の地面を瞬間的に隆起させることで、平地を走る馬よりも速く、山林の中を駆ける方法を開発した。
着地の寸前に方角と距離を見定め、着地と同時に地面を隆起させる。魔力向上と共に身体能力のみならず、計算能力などの頭脳も向上したことで、一見すると危険で無茶苦茶なこの移動方法も可能となった。
計算通りに飛んでいくアークの細身の体は、木々の間を器用にすり抜け、高速で山道を跳んで行く。
「ブォォォォオオオ!!」
驚異的な速度で接近してくる、驚異的な魔力の塊を感じた熊の魔物が、アークの進行方向に立ち塞がった。
二本の足で立ち、両手を広げたその大きさは、あの巨虎の倍はあるのではないかと感じるほどだ。
「ちょうどいいウォーミングアップになるな」
跳べば避けて行けるだろう相手を、アークは敢えて正面で足を止めて対峙した。
魔熊から見れば、前足で弾かなくとも、鼻息ひとつで吹き飛びそうな小さな生き物だが、その小さな体から発する強大な魔力に、己の命すら脅かす存在だと知る。
それでもそこに立ち塞がり、立ち向かおうとするのは、森の王者としての矜持か、この先に何か守るものがあるのか…。
どちらにしろ、アークがその訳を気にすることはない。
そこに敵がいる、ならば倒す。
アークにとってはそれだけのことだ。ただ、今までのアークとひとつ違うところがあった。
アークは、腰に提げた石刀に手を掛け、鞘ごと腰から外すと、自らの背後に置く。
「俺をこの刀より後ろへ退かせたら、お前の勝ちでいいぞ」
「ブフォオ!!」
慣れた石刀での戦いを敢えて封じ、それ以外の戦闘方法で、かつて命懸けで挑んだ魔物の、倍以上の化け物を相手にしようというのだ。
アークの言葉は理解できないだろうが、挑発されたことがわかったかのように、魔熊は鼻息を鳴らす。
しゃがみ込み、地面に両手を付くアーク。
「行くぞ」
宣言し、大地に魔力を流し強く迫り上げ、自らの身体を弾き飛ばす。
魔熊の体長の凡そ4倍の距離を、ほぼ一瞬で詰めて迫るアークの両腕には、アークの半身ほどある岩石の塊がそれぞれ巻き付いついる。
アークを叩き落とそうとする魔熊、その前脚を片手の石塊で殴り付け、弾き飛ばすアーク。
通常ならば持ち上げることすら困難な石塊を、素手と変わらぬ速度で振り抜くのは、魔力向上による身体能力の強化のみならず、魔力により岩石の動きをコントロールしているためでもある。
驚愕する魔熊。その一瞬の思考停止が魔熊の寿命を決める。
次の瞬間、もう片方のアークの腕に絡み付いた石塊が、魔熊の眉間に減り込んだ。
スローモーションのように倒れた魔熊は、痙攣しながらも必死に起きあがろうとする。
その様子を、とどめも刺さずに待つアーク。
1分以上が経過して、何とか四つ足で立ち上がった魔熊だが、威嚇するような表情とは裏腹にその足取りはアークとの距離をジリジリと空けて、やがて森の奥へと駆け出した。
「思ったより楽に勝てたな」
逃げる魔熊に追い討ちをかけ、腕にはめた石塊による殴打だけで魔熊を倒したアークは、逆立った毛が寝ている様子を見て、魔熊の意識が切れた事を覚ると、手に巻きつけた石塊を刃物のように変形させ、魔熊の首を落とす。
やがて魔物の絶命を知らせる紫の煙が立ち昇り、アークへと吸収されていった。
最初にダウンさせた時点でとどめを刺していれば、実質ワンパンで圧勝できたことになる。だがアークは、その事実に驚く様子も歓喜する様子もなく、ただ淡々と自身の現状に於ける戦闘力の把握に努めていた。
土属性魔法を駆使した高速移動により、単身で森の深部へと日帰りが可能になったアークは、ここ数日あの巨虎以上の強い魔物としか戦っていない。
「もっと奥まで行ってみるか」
その結果の戦闘力向上を実感したアークは、置いた石刀を拾い上げ、腰に提げる。
「その熊は、お前が斃したのか?」
その男の声は、森の奥側から聞こえた。
「マーサー兄、そろそろお昼にしない?」
何十と並んだ畝の真ん中で、同じようにしゃがみ込んで作業をするマーサーに、鍔の広い帽子を被ったサラが呼びかける。
「ああ、もうそんな時間か。そうだな」
マーサーの返答を待って、サラは手足の土を軽く叩くと、家の方へと走って行った。
「たくっ、アークがいりゃジャガイモの植え付けなんてすぐに終わるのによ……」
ミッツやレン達が、町に出る魔物調査に出発してからおよそ2週間。
3日と空けずに単身森へと行ってしまうアークを、最初は咎めもしたが、未知の土地でレンがとんでもないレベルアップをしてくるかもしれないと、アークが真剣な顔で言うので、カーズもマーサーもそれ以上は何も言えなかった。
レン、ミーユ、そしてユキの3人がいなくなったため、ミルクとサラはカーズの家に再び引っ越し、日に日にお腹の大きくなるアリルを助けて生活していた。
同じくマーサーの方も、ミッツとセシリアが出て行ってしまい、アークもしょっちゅう森へ行ってしまってマーサー1人になってしまうため、最近ではサラが助っ人3人の誰かを伴い、マーサーの農作業を手伝いに来る。
もっとも3人のうちの1人、ミルクの婚約者アッサムはミルクと行動を共にすることが多いので、たいていは他の2人、服の仕立て屋の次男坊のホジャイか、食肉の加工を営む一家の末息子のシロンを伴って来る。
時々カーズが人手が欲しいと言うと、2人はしばらく問答した後、渋々どちらか片方がカーズ家の方へ行き、満面の上機嫌でもう片方がサラをエスコートするようにマーサーの方へ来る。
今日は、2人のうちの背が高い方、服の仕立て屋の次男坊ホジャイがサラに付き添っていた。
「あ、じゃあオレ、サラちゃん手伝って来ます」
昼食の支度のために家へと駆けて行ったサラを目で追うと、ホジャイはマーサーにそう断りはするが、返事も待たずに家の方へと走って行ってしまった。
その様子を、マーサーは特に気にする様子もなく、1人で農作業の片付けを始める。
ヤナクの町で幾人もの少年達を惑わせてきたサラの美貌は、農作業で小麦色に日焼けした今でも、また別の魅力に輝いて、男達の視線と意識を引き寄せている。
助っ人に来た、年頃の男2人がサラを気に掛けるのは、当然の理。そうマーサーは受け入れていた。
ま、当のサラが鼻も引っかけない様子なので、彼らも秋の終わりには撃沈して帰ることになるだろうが。
そんなことをぼんやり考えながら、1人残されたマーサーは東の空を見上げて、ポツリと呟いた。
「オレも嫁さん探そうかなぁ」
南天から差す日差しは、鬱蒼と生い茂る魔の森の枝葉に遮られ、濃い影を落とす。
その影の中に佇む人影を、アークは鋭く睨む。
「ああ、俺がやった」
問われた事に簡潔に答える。平常心を保っているつもりだが、石刀に添えた手にじわりと汗が滲むのを感じた。
──違う──
その存在に、アークは率直にそう感じた。
動物が魔力を帯びて生まれた魔物とは、明らかに違う存在。
しかし、その声音は凶暴な魔物が蔓延る森の中で聞くには似つかわしくない、どこか色気のある低音ボイスで、町で晩餐会でも主催しているほうが似合っている、そんな優し気な雰囲気に満ちていた。
二足歩行をしているのがわかる程度の、全身を包むゆったりした服装は、頭の先から足元まで全て白一色で統一されている。
足首まである長いローブの様な羽織りと、その下から覗くゆったりした作りのズボン。頭には丸い玉を乗せたような大きな帽子。
もしもここにカーズかマーサーが居たら、ある人物を想像しただろうが、アークはその人物とは会っていないので連想しなかった。
「前に、虎の魔物を斬ったのもお前か?」
森の影から一歩歩み出て顕になった男の顔は、その色気のある低音ボイスから想像に難くない、カーズのような優しげな細面ではあるが、その放つ気配が見た目通りの人物ではないと告げる。
そもそも、森のこんな奥の、さらに向こうから現れた者が、只者であるわけがない。
虎と聞かれ、アークには2つの事例が思い浮かぶ。1つはレンが斬った巨虎、そしてもう1つは自分が斬った巨虎。
男がどちらの事を言っているのかわからないが、自分が巨虎を斬ったことは間違いないので、アークは「ああ」と簡潔に答えた。
「なるほど」
アークの答えにそう応えた男の視線は、腰に提げたアークの石刀を見ていた。
「お前より強い魔法使いを、知っているか?」
再び問い掛ける男。その問いに、アークは一瞬だけ逡巡するが、傍に倒れる魔熊を見て
「いや、俺が最強だ」
と答えた。
アークの計算では、この魔熊の魔力を得た自分は、レンを凌駕したと言えるようだ。
「そうか。まぁ、前に町で見た魔法使いに比べたらマシだが、“勇者”と呼ぶには程遠いな」
男の言っている意味がアークには理解できなかったが、幾つかはっきりわかることがあった。
1つは、この目の前の存在が圧倒的強者であること。
そしてもう1つ、自分は完全に舐められているということ。
これまで目標だったレンを超えて、知る中では最強だと自負する自分を。
カチリ…と音を立て、アークは無意識に石刀の鯉口を切っていた。
生存本能が逃げろと言う。
闘争本能は闘えと言う。
アークは、闘争本能に従って、足元の地面を土魔法で跳ね上げ、男に向かって跳んだ。
同時に抜刀し、神速の斬撃を男に叩きつけるが、真正面からとはいえ不意のその一撃を、男はクロスさせた腕で受け止める。
もう1つ、アークがこの男について思い至ることがあった。
まだ予測の範囲だったが、一太刀めが簡単に防がれたことで、アークの中では確信に変わった。
この男は、魔人だと。
ズゥ………ン……
「ん?」
背後から重く響く音に、マーサーは振り返った。
意外と近くでアークが暴れているのかな?
サラが用意した昼食を食べながら、マーサーはそんな風に暢気に考えたが
「マーサー兄、今の何だろ?」
サラは、腰を浮かせて表情を険しくした。
「アークが意外と近くで暴れてるんじゃないか?」
今しがた自分が感じたままに答えるが、サラの表情と問い掛けに少しずつ不安に感じて来たマーサー。
その2人の様子を交互に見ながら、どうしていいかわからないホジャイ。
「アーク兄に何かあったのかな?」
先日も、1人で森のかなり奥深くまで行ったアークが、珍しく血を流す程の大怪我を負い、農園にたどり着くやいなや倒れ込んでしまうということがあった。
その時は、例によってミルクの治癒魔法で回復したのでよかったが、もしも森の中で1人行き倒れたら助からないと、全員でこっぴどく叱ったばかりだった。
今にも泣きそうなサラに、縋るような視線を向け続けられたマーサーは、少し困ったような顔で頭をポリポリと掻くと、やがて小さく溜息を吐き
「行くか」
と呟いた。
「ちょっと急いでくれ」
ミッツが森で捕まえて来た巨馬2号に引かせた馬車で、マーサー、ミルク、そしてカーズは森を進む。
巨馬2号の傍には、護衛のようにミーユの愛虎コジロウが並走している。
農園の防衛戦力を考えた場合、マーサーかカーズのどちらかが残る事も考えたが、アークが単身で潜るような森の深いところへ、マーサーもカーズもとても1人で行く事ができないため、後のことをサラに任せて、アークに何かあった場合のことも考えて、治癒魔法を使えるミルクも伴い、3人で森へと向かった。
ミルクの光魔法で照らされた道は、時折魔物が塞いでいることもあるが、大抵先にコジロウが気付き、先行して仕留めてしまう。
もちろん、浅層域の魔物ならばカーズやマーサーにとって敵ではない。
マーサーの風魔法で、空気抵抗を和らげながら追い風を起こし、馬車は日頃の半分の時間で“第一”宿泊所へと着いた。
「アークは、たぶん“第二”宿泊所よりも向こうへ行ってるだろう。これ以上奥へこの時間から行くのは危ないが、アークのことも気になる。ミルクは、ここで巨馬と待っててくれ。俺とマーサーとコジロウで第二宿泊所まで行ってくる」
「大丈夫?」
「俺達は大丈夫さ。属性的にも、兄弟で1番相性がいいし、コジロウもいる。心配なのはアークだ、そうだろ?」
「わかった。気を付けてね」
レンがいなくても出入りできるように改良した石の扉を開けて、ミルクと巨馬は石壁の囲いの中へと入り、カーズとマーサーは互いに頷き合うと、コジロウを伴い宵闇が降り始めた森へと駆けて行った。
魔物の気配を感じては隠れながら避けながら、2人と1匹は極力危険を避けて森を進んで行く。
このメンツであれば、この辺りの魔物ぐらいならば問題なく勝てる。しかし今回の目的はアークを連れ戻すことにあるため、カーズとマーサーはできるだけ魔力の温存に努めていた。
他の魔物に発見された場合は、速やかにコジロウが処理した。
第二宿泊所は、第一宿泊所から半日と少し歩いた所にある。
魔物を避けながら進んだ2人と1匹も、深夜のうちに第二宿泊所へと辿り着いた。
「アーク!?」
第一宿泊所と同様、土属性魔法がなくても開閉できるように作られた、巨石の引き戸を開いて中に入り、カーズが火魔法の炎で中を照らすと、倒れて意識を失っているアークの姿があった。
まだ息はあったが、左腕と肋骨が数本折れていて、激しい戦闘によりボロボロにされた様子が一目で見てとれた。
幸いにも大きな出血はなさそうで、今すぐ治療しなければならない様子はなかったが、それでも一人で立つ事もできない様子のアークを、2人はすぐに介抱し、コジロウの背に縛り付けると、ミルクの待つ第1宿泊所へと急いだ。
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