第3章【調査に来ただけなのに魔法使いを鍛えてしまって申し訳ありません】7
第7話【ニーシュの魔法使い達】
「会議で貴方達の話をしたら、地区長連中がみんな会いたがってね。話は早い方が良いってことで、すぐに魔法使い達を集めてここで待っていたんだよ」
森から帰って来た魔法使い達を出迎えるように、聖廟の玄関前に集まった一同から一歩進み出たホグル。
ケージの言った通り、聖廟に集まっていたのは、ホグルと各地区の地区長の5人──全員が中年から初老の男たち──と、他に中年の女が1人と若い男女それぞれ1人ずつ。
中年の女と若い男女は魔法使いだという。
地区長達はしきりに盛り上がっていたが、魔法使いたちは神妙な顔をしていた。
「紹介しましょう、こちらの3人の魔法使いは、こちらの青年が樹属性のトビー、その隣の若い女性が土属性のリンネで、その向こうの…女性が……ヴァルチャルさん、何属性でしたっけ?」
「私は水属性です」
「だそうです」
一通り、魔法使い達を紹介するホグル。
それに対し、ミッツが自分たちの紹介をしようとするが、最後に紹介された中年女性のヴァルチャルが口を開く。
「お話は伺いました。私の解釈が間違っていなければですが、私達に魔物と戦えと、そうおっしゃっているように思えたのですが、間違いないですか?」
少しキツめの表情と口調で言うヴァルチャル。
ホグルにどういう条件で呼び出されたのかはわからないが、こちらの提案を簡潔に伝えたのなら、そういう解釈になるのは間違いないと、ミッツは思う。
この意見は当然出ると解っていた。実際、今回の調査団にもユキという非戦闘員もいる。
どうしても戦いたくないという魔法使いもいるだろう。
だいたい、ニーシュの町の者達にしてみれば、自分達を助けに来てくれたはずの辺境の魔法使い達が、自分達にも魔物と戦えと言っているのだ。混乱する者もいるだろう。
「もちろん、強制ではない。ただ、自分たちの住む町を守るためにも、出来るだけ前向きに考えて欲しい」
努めて優しく丁寧な口調で、ヴァルチャルに答えるミッツ。
「俺は、興味ある!!」
すると、若い男──アークと同じぐらいの20歳ちょっとといった年頃──樹属性のトビーが、興奮した様子で言う。
「樹属性魔法なんて、生活の中じゃそんなに役に立たないんだ。何か、凄いことができないかって、いつも考えてたんだ!!」
どうやら彼は随分乗り気らしい。
セシリアも言っていたが、樹属性魔法は地味だ。農村であれば役に立つが、町で職人や商人をしていてはあまり役立つ場面がない。
森での戦闘であれば、周りに樹木が豊富にある。鍛えれば様々なことが出来るだろうと、トビーはいろいろイメージしているようだ。
「私はこの話自体、半信半疑だと思ってる」
もう1人の魔法使い、トビーと同年代ぐらいの若い女、土属性だというリンネはそう言うと、足元にある小石を数個まとめて掴み、手のひらの中で1つに融合──それぞれの接する面が溶接している程度──させてみせる。
「魔法って言ったってこの程度よ。私のパパは世渡り人だったから、もう少しマシな魔法が使えたけど、魔物と戦うのはとにかく命がけだから、魔法が強くなりたいという程度の目的で挑むにはリスクが高すぎるって言ってた」
彼女は世渡り人の二世のようだ。
だとすると
「君のお父さんも世渡り人ってことは、魔法使いなのかい?」
当然湧く疑問をミッツが尋ねる。
「ええ。2年前に病気で死んじゃったけどね。世渡り人だとか、魔法使いだとか言っても、結局普通の人間と同じよ」
「そうか、すまない」
デリケートな話題に触れてしまったことに、ミッツが表情を暗くして謝罪する。
「いいよ。私が生まれた時には、もう40過ぎてたもん。もういい歳よ」
ということは、60歳をいくつか過ぎた頃に亡くなったということか。
医療もさほど発達していないこの世界では、どちらかというと長く生きた方だと言えるだろう。
それでも、場が少ししんみりしてしまった。
そんな空気感の中、レンが徐に石刀を抜き放つ。
抜いた石刀をくるりと回すと、鍔の際を持ち、柄をリンネに向ける。
レンの言わんとしていることがわからないが、とりあえず渡されたと解釈したリンネはその柄を受け取る。
「変わった形の刃物ね」
「土属性の魔法で作った」
レンの石刀をサッと見て、とりあえずの感想を述べるリンネに答えるレン。
「は!?これが!?」
リンネは目を丸くして石刀の刃を凝視した。
当然だが、先程リンネがやって見せた、数個の石を接着する程度の魔法からは想像もつかない仕上がりだ。
土魔法で作ったということは、素材は土や石の筈だ。なのに顔が映る程の鏡面仕上げになっており、鉄で作ったと言われてもかなりの匠の仕事だろうと推測出来る。
「石で作ったから錆びる心配もないけど、一応毎日手入れはしてるよ」
刃こぼれや劣化があったとしても、魔法で直ってしまう石刀には、毎日の手入れは本来必要ない。しかし、居合剣術の師範であった祖父が、毎日愛刀を手入れする姿を見て育ったレンは、習慣でやってしまうのだろう。
他の者達も興味津々で、レンの石刀に視線を向ける。
トビーはもちろん、今回召集されたことに不満を感じている様子のヴァルチャルも、遠目からではあるが興味深げな表情で見ている。
「で、でも!!このサイズじゃ魔物に接近して戦わなきゃいけないから、結局あぶないじゃない」
その仕上がりの技術には驚愕しながらも、実用性的な部分に気付いたリンネ。
「こうやって使う」
レンは、リンネの手から石刀を取ると、無造作に石刀を振り上げる。
そして、誰もいない方に向かって振り下ろす。
ズドンッ!!
「ひっ!?」
大地を揺らすその衝撃に、ニーシュの面々は驚き悲鳴をあげる。
レンが振り下ろした石刀は、瞬時に防護壁を越える長さまで伸びて地面を抉り、防護壁はスパッと切れていた。
目を丸くする一同を意にも介さず、レンは釣竿を振り上げるような軽いスナップで石刀を振り上げた。
先端が真上を向いた時には、それはもう元のサイズに戻っており、居合剣術の英才教育を受けたレンの流れるような所作で、キンッ…という金属音と変わらぬ音を立て、鞘に収まった。
地区長達とウォラウスは、興奮した様子でそれを見ていたが、昨日レンのことを文官のような役割だと思っていたクロウとコーマランツは、腰を抜かすほど驚いている。
ニーシュの地区長達や魔法使いからしてみれば、幻と言われた方が納得できるとんでもない所業だが、辺境の魔法使い達にとっては見慣れたものだった。
むしろ、ミッツは普段のオドオドしたレンとのギャップに、腰を抜かさんばかりに驚く面々の吃驚顔が見れて、ニヤニヤと御満悦な笑みさえ浮かべている。
「こんな感じ」
そんな周囲の様子を気にすることもないレンは、太陽の様な笑顔でニッコリ微笑んだ。
オレンジに染まりつつある西陽に照らされたその微笑みを、リンネはぽっかりと口を開け、ほんの少し朱に染めた頬と、潤んだ瞳で見つめていた。
「こ、これが…辺境の魔法使いか…」
しばらくシーンと静まり返ったところに、地区長の1人、厳つい顔に口髭を生やした中年の男の漏らした呟きが静かに響く。
「ねぇ、ミーユもバーンしたい」
「うーん、レンのこれでもちょっとやり過ぎだからなぁ、ミーユがバーンすると、もうみんな気を失っちゃうかもしれんぞ」
服の裾を掴んで強請るミーユに、苦笑いのミッツが答える。
「もし、貴方方の中に水属性の方がいらっしゃれば、水属性の戦い方も見せていただきたいのですが」
と、そこへ些か震えた声で言う、中年女性ヴァルチャルの言葉に、ミーユがすかさず反応する。
「水のまほうミーユが見せてあげる!!」
言うが早いか、頭上にかざしたミーユの両手の上に、大柄なミッツの頭部すらスッポリと包んでしまいそうな水の塊が出現する。
さっきのレンの石刀の一撃で、大抵のことが起きても気持ちの構えが出来かけていたニーシュの面々は、まだ6歳のミーユが見せる水魔法に再び目を見張る。
特に水属性を持つヴァルチャルは、自身が生み出せるスプーン一掬い程度の水と比較も出来ないほどの水塊に、顎が外れんばかりに口を開く。
「ていっ!」
そしてその水塊を、小さな手でポイッと投げる。
しかし、幼女のそんな愛らしい仕草とは裏腹に、水塊はゴウッ!!と豪快な風切り音を立てて、レンが切り裂いた土壁へと豪速で飛んで行き
ドンッ!!
という轟音とともに土壁を破壊した。
破壊された土壁が、明らかに水塊の直径よりも大きく吹き飛んでいることから、その威力が推し量られる。
ヴァルチャルはその場に、ペタリと座り込んでしまった。
2人の所業に闘争心を燃やしたセシリアが、雷撃で土壁を3分の1ほど破壊したところで、辺境の魔法使いによるデモンストレーションは終了した。
レンは、魔法で破壊した土壁を土魔法で修復し、ついでに全体を強化して回った。
同じ土属性のリンネが、レンの土魔法を見たいと言ってそれについて回っていたが、その様子を見ていたユキが何やらニヤニヤしている。
「フフーン、そういうことね。ま、レン君のあんなカッコイイとこ見ちゃったら、しょうがないか」
また何やら、胸キュンネタを見つけたようだ。
「ずいぶん日も暮れてきた。とても素晴らしい物を見せていただき、まだまだ興奮冷めやらぬが、今日のところはこれにて解散するとしようか」
北地区長のホグルの音頭で、この日は解散となった。
トビーが散々興奮して、拾った木の枝をレンの真似をして伸ばそうとし、魔力欠乏になりかけフラついていたり、リンネがレンにくっついて回ってはいろいろと質問を投げかけ、なかなか離れようとしなかったり、ようやく立ち上がって歩き出したヴァルチャルは、何やら1人でブツブツと唱えるように呟いていたりと、ニーシュの魔法使いの反応は様々だった。
地区長達はまるで祭り気分のように盛り上がり、1番近いホグルの家で飲もうと言い出すが、まだ幼いウォラウスもいるので勘弁してくれとホグルは懇願していた。
「そういや、今後の予定だけどどうするんだ?」
聖廟でも寝泊まりができると聞いて、辺境の魔法使い達とモリスン、ミリィサは、このまま聖廟で泊まることとなった。
「どうせ明日もここに集まるならここで泊まりたい」
と、ミッツが申し出たところ、辺境の魔法使い達が砦に居てくれるなんて、これ以上心強いことはないと、地区長達全員一致で快諾されたのだが、実は他にもドイツ語で書かれた本があり、セシリアが読みたいとせがんだことが1番の理由であった。
結局、ケージも含め4人とも都合がつくということで、ニーシュの魔法使い達はまた明日集まることになり、それぞれの住む地区の地区長の馬車で家まで送り届けられた。
彼らを見送った後、辺境の魔法使い達は聖廟の屋根裏へと上がった。
ちなみに、この一見普通の民家のような小屋が何故聖廟…聖人を祀った廟と呼ばれるかと言うと、この建物に元々あった地下室に、聖女と英雄コセの亡骸が祀られているからだと云われているからだ。
その上の建物で寝泊まりするなど、心情的にも倫理的にも道徳的にもどうかと考えてしまうが、聖魔教はそういうことを特に咎めたりはしないそうだ。
むしろ、先人達の無数の亡骸が眠る大地の上に暮らしていることを大切に意識しているらしい。
天山と呼ばれる聖地から降りてきた、天人の子孫が現在のこの世界の住民だという。
大河ベルス沿いから各地に広がっていった、かつての開拓民達を讃える想いが、そこにはあるのだろう。
屋根裏へと上がった一行だが、まだ夕食も摂っていなかったため、荷物を片付けると再び外へ出て、夕食の支度を始める。
陽が落ちて、西の空に茜が残ってはいるが、何か作業をするには既にずいぶん暗い。
だが、レンとミーユの光属性の魔法使いを擁する彼らに、暗闇など関係ない。
いくつもの光球が浮かぶ屋外での作業は、陽が沈み夜が訪れたことすら忘れてしまう。
辺境の農園を出てからこれまでのこと、そしてニーシュに辿り着いたこれからのことを話すうちに、光球の向こうの空は満天の星に包まれていた。
「セ、セシリア、あの、お、お願いがあるんだけど」
就寝の準備も整った聖廟の屋根裏部屋で、レンが灯した光球の明かりで聖女の日記を眺めているセシリアに、レンが話しかける。
「なんだ?」
「その、聖女の日記に、もし、元の世界に帰る方法…とか、僕らの、し、知らない魔法の、使い方、とか、可能性とか、なんか、そういうの、あったら、教えて…欲しいんだけど……」
通常モードの辿々しい喋り方のレンの話を黙って聞いていたセシリアは、レンの話が終わると、読んでいた日記をパタンと閉じて、1つ呼吸を置いて答える。
「元の世界に帰る方法は、たぶん書いてない。聖女も、向こうに婚約者を残してきてる。帰る方法は探したはずだ」
以前、とある村に泊まった時に、そのことについて散々言及していたセシリアだが、既に忘れているようだ。
あの時は、ああ言えばこう言う的な切り返しで、たまたまそんな事を口走ったに過ぎない。
「……そ、そっか、そう、だよね……」
セシリアの答えに、俯いてしまうレン。
「でも、私たちでも知らない魔法の可能性は、たぶんある。特に、光魔法はミルクも知らないことが書いてある」
「ほ、本当!?」
「ああ。まだちゃんと訳せてないから、訳せたらレンにも見せるよ」
「ありがとう!!」
聖女の眠る町、ニーシュ。嘗てこの世界の常識を大きく変えた聖人の墓標の上で、これから更にこの世界に変革を齎すであろう異界の若者たちは、それぞれの思いを胸に夜を過ごす。
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