第3章【調査に来ただけなのに魔法使いを鍛えてしまって申し訳ありません】6
第6話【北地区長ホグル】
昼過ぎに聖廟にやって来たレン達だが、気付けば西の空がオレンジに染まり始め、少し冷たさを感じる風が窓から吹き込む頃、レンによる世界初の魔法講義は終了した。
最後にレンが提案した、ニーシュの魔法使い達を北の森へ連れて行くというのは、明日以降ケージがそれぞれと相談して決めることとなり、決定はそれ以降という事になった。
ケージが宿泊先へ案内してくれるとのことで、ニーシュの町に向かって馬車を進めるミッツ達。
聖廟はニーシュの町の外れにあり、町までは馬車で15分ほどかかるという。
クロウが先行して宿泊先へ伝達に行き、コーマランツは見張りとして砦に残った。
また、魔犬達も町へ入れるわけにもいかないので、例によってレンが即席で檻を作り、ケージ達が目を丸くし、またもや英雄扱いされるような失敗をしてしまったと、レンはミッツの影に隠れていた。
やがて馬車はニーシュの町へと入って行く。
ニーシュの町並みは、 聖廟と似たようなスタイルの木造建築が多く、この町が聖女を慕う者が集まって出来た町だというのを思い起こさせる。
「特にこの辺りの北地区は、最初に移り住んだ者たちが作った町だから、聖女信仰の色が強いんだろうな」
20年余りコセ・シティの発展に尽くした聖女と英雄は、隠居するようにあの聖廟のある丘に移り住んだ。
静かに暮らしたいという聖女の願いにより、1年程は誰も近寄らなかったが、いつの頃か小さな子共を連れた家族が一組、聖女の家から南へ数km、徒歩で小一時間程の所に家を建てて移り住んだと云う。
それを皮切りに、その家の周囲に移り住む者が増えて来たそうだ。
「ようこそ、辺境の魔法使いの皆様!!長旅、ご苦労様でした!!」
彼らを出迎えたのは、ニーシュの町の北地区長。細面で中肉中背といったカーズに似た風体の男で、一般的な村で言う所の村長に相当する人物らしい。
ミッツ達がたまに行くヤナクの町もそうだが、この世界の“町”の在り方としては“いくつかの村の集合体”という扱いになっている。
これは、聖魔教の教えにある「1人の人間、1つの組織が多くの人々を支配、管理、統治しないこと」という教えに基づいて、発展し過ぎたコセ・シティの統治、管理の為に聖女により考案、制定された法のようなものだという。
よってこの世界の“町”は、数百人〜千数百人単位の“地区”毎に地区長が選出され、その地区長達による地区長会議によって、町の運営が行われている。
ちなみに、地区長会議は定期的に議長は持ち回りとなり、トップとなる人物を置かないことを徹底している。
こういった、元々あった聖魔教の教えに、聖女がコセ・シティを発展させる上で独自解釈し、聖魔教の教えから大きく外れない範囲で改変した物を、聖魔教聖女派教典と呼ぶ。
セシリアが読んでいた聖女の日記にも、そういった内容が記されていた。
「歓迎に感謝する、地区長殿。俺がこの調査団の代表のミッツだ」
「おお、ミッツ殿か。私はこの町の北地区の代表をしておるホグルです。いやぁ、かの有名な西方の魔法使いに会える日が来るとは!!さぁ、長旅お疲れでしょう、まずは中へ入ってくつろいで下さいませ」
北地区長ホグルに招かれ、町の中でも一際大きな建物へと入る一行。
ここはホグルの個人宅兼、客人用の宿だという。
コセ・シティに次ぐ大きな町と言われるニーシュだが、宿屋というものがない。
町を訪れる者は、基本的には商人や農作物を持ち込む近隣の農村民だけである。そういった者達は、大抵自分達の馬車で寝泊まりするか、懇意にしている商人や知人の自宅に泊まる。
地区長ともなると、そういった付き合いも広くなる為、客間の多い造りの家に住んでいる。
まだ陽のある時間で夕餉には早い。何よりミッツ達が泊まることが知らされたのがつい先程だ。
先行してミッツ達が来ることを伝えたクロウも、そのまま食材の調達に駆り出されていた。
「ほら、ウォラウス。魔法使いの人達にご挨拶しなさい」
いつの間にか、ホグルの脚にくっ付いていた小さな男の子…ミーユより1つ2つ歳上ぐらいの子が、ホグルに促され、小さく「こんにちは」と挨拶する。
「えい!!えい!!うわっ、こっちか!!この!!」
「うりゃ!!うりゃ!!こんにゃろ!!」
ホグル宅の裏庭で、ホグルの子ウォラウスとミーユが、3×3列に並んだ穴から飛び出す石を、木の棒で叩いて遊んでいる。
ウォラウスが魔法を見たいとせがむので、レンが土魔法で地面の一部をボコッと持ち上げると、ウォラウスは「モグラみたい!!」と上機嫌にはしゃいだ。
「モグラかぁ」
そうして、レンが土魔法でモグラ叩きを作って遊んでやっていた。
「お!!楽しそうだな!!私もやりたい!!」
ひょっこり顔を出したセシリアも参戦したので、さらに穴を増やし、3人入り乱れてモグラを叩きまくる。
「おい、セシリア何遊んでるんだ!!お前、レン達を呼びに来たんじゃないのか!?」
ミッツが現れてセシリアを叱りつける。どうやらセシリアは、夕飯の支度が出来たからレン達を呼んで来いと言われていたらしい。
「だって楽しそうだったんだもん!!」
子供か!!とツッコミたくなったミッツだが、さっきまで郷愁にかられてセンチメンタルになっていたことを思うと、多少の発散は大事かと思い、それ以上強く咎めることはしなかった。
「ほとんど皆さんから提供してもらった食材ですが、ウチの女房と近場の婦人達総出で調理したものです。存分に召し上がって下さい」
ホグルの音頭で始まった晩餐は、やはり騒がしいものになった。
辺境の魔法使いがやって来たとの知らせを聞いて駆けつけたのは、ホグルの妻と仲の良い近隣の婦人3人、そして昨年、一昨年と続いて嫁いだホグルの娘2人とその夫達。
ホグルの長女は現在20歳で、年明けには母になる予定だとか。
次女はレンとモリスンと同い年だという。20歳で成人し、30歳前後までには結婚できればいいという考えの女性が多い国から来たレンにとって、18歳で既に結婚しているのは驚愕であった。
「なるほど、そういうことならばしばし時間をいただいてよろしいか」
ミッツとケージから、今日ここに至るまでの経緯を聞いたホグル。
その内容には、この町の魔法使いを辺境の魔法使いが育てて、防衛戦力としようという試みがあることも含まれていた。
「ちょうど明日、今期の収穫に関しての地区長会議がありますので、その場で提案してみようと思います。早ければ明日中には結論を伝えられると思うので、明日もここにいてもらってよろしいですかな?」
「なんて都合よく地区長会議があるもんだ」
あまりのタイミングの良さにミッツが驚くと、ホグル曰く割と頻繁に地区長達は集まっていると言うので、そこまで偶然ではないそうだ。
特に最近は、北の森の魔物被害のこともある。
「深刻なのは、魔物が攻めてくることだけではありません。これまで当たり前のようにあった森の恵みが得られなくなったことは本当に大きい。今日、君たちが採ってきてくれたこの森の恵みは、本当に久し振りに口にした味なんですよ。だからとても感謝しているんです」
しみじみと語るホグル。そういえば、サモンの村でも同じ事を言っていたのをミッツ達一同は思い出した。
翌朝、ホグル宅に泊まったミッツ達は、聖廟の砦に来ていた。
「ミッツ師匠、よろしくお願いします!!」
ホグル達の地区長会議の結果が出るのは、早くても今日の終わり頃ということで、時間を持て余してもつまらないからと、北の森の探索を続けることにした一行。
そこには、ニーシュの魔法使いケージの姿も。地区長達が、他の魔法使い達への伝達も引き受けてくれるとのことで、ケージも北の森探索に参加することになった。
魔力境界線の石柱設置はレンにしか出来ないことなので、今日はレンとミーユが、魔物の森探索初心者のケージを連れて、石柱設置の為に魔力境界線に沿って東へ、ミッツがモリスンとミリィサの修行のために、森の奥の北へ向かう。
珍しく今日はセシリアは留守番をすると言い出した。昨日見た聖女の日記を、この世界の言葉に翻訳してみたいとのことだった。
せっかくセシリアが残るのであれば、聖廟の屋根裏部屋に待機してもらい、何かあれば対応できるようにした。
昨日いたクロウとコーマランツ、それからユキも一緒に4人で1日を過ごすことになった。
クロウとコーマランツは、美女2人と1日過ごせると鼻の下を伸ばしていたが、翻訳に集中したいセシリアの電撃(弱)を受けて大人しくなった。
魔犬達は、ミッツ達が1〜5番、レン達が6〜10番、そして聖廟の護衛に11〜15番とそれぞれ配備して、出発の準備が整う。
「いってらっしゃ〜い」
4人に見送られ、一行は森へと向かった。
「じゃあ、よろしく頼むぞ、レン」
「うん、ミッツも、モリスンとミリィサよろしくね」
川を越え、森の手前で2人はそう言葉を交わすと、それぞれ北と東へ進んで行った。
東へ向かったレンの石柱設置チームだが、この辺りの魔力境界線はすでに森と平原の境目に来ており、3本目の石柱を建てる時にはもう完全に平原を歩いていた。
「森から出たってことは、この辺りはもう魔物が出ないってことかい?」
少し緊張した面持ちでそう尋ねるケージに、レンは首を横に振って答える。
「いや、たまたま魔力境界線が森の端に沿っていただけで、魔力境界線が森の外に出れば、魔物はそこまで普通に出て来るよ…ほら」
言ったそばから、地面を持ち上げて、中型犬ほどの生き物が顔を出す。
魔犬の群れに弓矢ひとつで挑んで行ったケージは、緊張の顔色こそ見せるが、気持ちの引けた様子はない。
「モグラだ!!」
地面から顔を出したというだけでモグラ認定するミーユ。だが大正解、それは魔土竜だった。
「ミーユ、氷の棒でモグラ叩きだ!!」
「わーい!!」
文字通り弾け飛ぶ幼女。数歩の助走からジャンプし、爆風に小柄な身体を乗せて、20mは離れている魔土竜までをほぼひとっ飛びで飛んで行く。
その手には、ミーユとほぼ同じサイズの氷の棍棒が出現していて、落下の勢いで魔土竜の頭をひと叩きして、ノックダウンさせた。
グッタリと伸びている、自分より二回り小さい程度の魔土竜を引きずって、ミーユがトコトコと戻って来た。
「あ……ああ……あ………」
わずか6歳の魔法幼女の所業に、理解が追いつかないケージに
「まだ生きてるよ」
と言ってモグラを渡すミーユ。
「どうしたの?ケージさん」
レンが尋ねるも、吃驚顔のまま固まって動かないケージ。
「ケージさん」
レンが肩を叩いて、ようやく回復したケージに、モグラの後ろ足を掴ませて逆さに吊るして持たせ、石刀の一閃で頭を落とす。
派手なミーユの所業に比べて地味に見えるが、今のスパッと首を落としたレンの剣技にもまた目を見開く、日本人としての前世記憶を持つケージ。
どうやら、辺境の魔法使い達は自分が想像していたよりも、遥かに別次元の化け物達なのだと、認識を改めた。
魔土竜から紫の霧が立ち上り、ケージの身体に入っていった。
「この森は狸が本当に多いな」
これまでも、レン達が仕留めた魔狸を回収して回っていたので、ミッツも魔狸の遭遇率が高い事を知っていた。
競うように飛び出して行ったモリスンとミリィサに、6匹の魔狸はあっという間に片付けられてしまった。
魔犬のフォローがあるとはいえ、末恐ろしい成長を見せる2人だ。
モリスンに一日の長があるはずだが、ミリィサは全く見劣りしない戦いをする。天稟に恵まれた少女だと、ミッツは感心して見ていた。
ミーユがいないので氷漬けに出来ないため、魔狸の解体処理をして先へ進む。
「モリスン、さっきから何をしているんだ?」
時折、石槍で地面を突くようにしているモリスンが気になり、声をかけるミッツ。
するとモリスンは、少し慌てたような仕草をして、何でもないと答える。
本人が何でもないというなら、特に気にする事ではないだろうと、それ以上触れずに先へ進むミッツ。
実は、倒した魔物の魔力をほとんどミリィサに奪われてしまうので、モリスンは目に付いた虫を潰していたのだ。
魔物の森に生息する虫なら魔物だろうと、モリスンはミリィサにバレないよう、地道に細かい魔力を拾って歩くのだったが、実はこれが後にとても大きな効果を発揮するとは、本人も、同行するミッツも知る由もなかった。
やがて陽が落ちて、タイミングよく聖廟の前でミッツ達とレン達は合流した。
「誰かいるな」
揃って聖廟へ歩く一行を待っていたのは、セシリア、ユキ、クロウ、コーマランツに加えて、昨日見た北地区長のホグルとその息子のウォラウス、そして初めて見る面子が何人かいた。
「あれ、各地区の地区長と魔法使い達だな。早速集めてくれたのか」
人物が認識できる距離まで来て、ケージが教えてくれた。
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