第3章【調査に来ただけなのに魔法使いを鍛えてしまって申し訳ありません】5
第5話【新説、魔物と魔法使いの理論】
セシリアが見つけた書物は、聖女が書き記した聖女自身の日記のような物だと云う。
「そいつは、『ドイツ語』版と『英語』版とあるらしいが、この世界の言語で書かれたものはないそうだ。前に『英語』が多少解るっていう『ブラジル人』の世渡り人が来て言ってた」
と、ケージが説明する。
ドイツ語で書かれているという聖女の日記を、セシリアは隅っこに座って啜り泣きながら読んでいる。
二度と触れることがないと思っていた故郷の文化に、3年半ぶりに触れたのだ。ミッツはセシリアをそのままにして、話を進めようと場を仕切り直した。
「悪いな、座って貰いたいところなんだけど、椅子が足りん。女性陣だけでもこっち座るか?」
四脚しかない椅子を指してケージが客人達を椅子に座らせようとしたが、数が足りないので皆床に座った。
ミッツは同行したメンバーを一人一人紹介する。
「世渡り人が4人も!?」
クロウとコーマランツは驚いていた。コセ・シティへ行けば別だが、普通は世渡り人自身に出会えることすら稀である。
そう考えると、魔物の森で3人も世渡り人を保護したミッツは、何かしら世渡り人を守る宿命を負わされているのではないかと思ってしまう。
メンバーの紹介が終わると、今度はここまでの行程の説明をするミッツ。
「本当はヤナクの町を通って来る予定だったんだが、その2つ前の村で、北の森沿いの村の異変を聞いて…」
「ヤナクの2つ前っていうと、ウェッスル村長の村か」
ニーシュ側は防衛のリーダーにもなっているケージが対応する。
ケージの言うウェッスル村長とは、デニーやモリスンの村の、ミッツに縋りついたあの窶れた村長のことである。
「ああ、そうだ。そこのモリスンは、その村唯一の魔法使いなんだ」
そしてミッツは、その後の行程を順を追って話した。
ウェッスル村長の村から2つ北のサモンの村に魔物が出たこと。
近隣の村々で唯一の魔法使いのモリスンが、強引に防衛として連れていかれたこと。
モリスンの安否確認と魔物退治のため、そこから北へ進路変更をしたこと。
サモンの村で実際に魔物が出て退治したこと。
サモンの村の防衛にモリスンが抜擢され、モリスンの修行のために北の森へ入ったこと。
ケージは、話の1つ1つに頷きながら聞いていたが、クロウとコーマランツは、話が進めば進むほど、半信半疑になっていった。
「何故、魔法使いってだけで魔物対策に借り出されるんだ?」
コーマランツが疑問を呈し、クロウが同意するように頷く。
2人ともケージの魔法を知っていて、そのイメージからの疑問なのだろう。
「たぶん、俺達の噂が原因だと思う。なぁ、モリスン」
クロウの疑問に応えたミッツは、詳しい説明を魔物対策に駆り出されたモリスン自身に振った。
「うん、西の辺境の魔法使い達は、魔物を狩って暮らしているって。だから、魔法使いのお前は魔物が倒せるんだって、強引にお父さんに連れていかれたんだ…」
話を振られたモリスンは、自身の身に起こったことを簡潔に説明した。
「随分と強引な理屈だな。それじゃ飛ぶ鳥を落とす弓の名手の噂があれば、誰だって弓を覚えればどんなに高く飛ぶ鳥も射落とせることになっちまう」
モリスンの説明を聞いたコーマランツの例えに、全員が納得する。
「コーマランツの言う通りだが、こと魔法に関しちゃそれが出来ちまうんだ」
コーマランツの言い分を肯定しながらも、ミッツはニヤリと笑ってそう言った。
「どういうことだ?」
と、コーマランツ。同じような表情でその隣で腕を組み、首を傾げるクロウ。
ケージも身を一つ乗り出す。
「俺も知りたい。さっき実際にモリスンの魔法を見せてもらったが、本当にそんな短期間であれほどの魔法が使えるようになったのか。今の話では、モリスンが村を出てからまだそんなに日は経ってないんだろ?」
「そうだなぁ、実質…8…いや、7日程度か」
旅程を思い出しながら指折り日数を数え、ミッツが答えると、3人はそんなバカなと驚く。
「難しいことじゃない。そうだな、レン、ちょっとお前の理屈を説明してやってくれないか」
「え!?ぼ、ぼ、ぼ、僕、僕が!?」
自分の役割は森の中だけで、こういうところはミッツが全部やってくれると思って完全に部外者感丸出しにしていたレン、突然話を振られて慌てふためく。
「ああ、お前が発見した原理だし、お前のことだからもう少し何か新しいことにも気付いてるんじゃないか?」
逆にミッツは、魔法に関することならレンが最先端だと思っている。
「えと、そ、そんなこと、ないけど……わかった、じゃあ、ば、馬車にノート、置いてきてるから、と、取ってくる」
そう言ってレンは、急ぎ足で階段を降りていき、馬車へ走っていった。
「あの子は?」
疑問に思ったのはケージ達3人だ。
先程のミッツの紹介で世渡り人だということはわかっている。
しかし、今の話の中で1番重要そうなことの説明を任されるような人物には、到底見えない。
ケージ達の言わんとしていることを察したミッツは、ニヤリと笑う。
この旅の道中、レンの見た目と実力のギャップで、皆が必ず度肝を抜かれるほど驚くのを、ミッツは楽しむようになっていた。
「さっきも言ったが、あいつは世渡り人で、今年の春先にこの世界へ、ここに居るミーユと一緒にやってきた」
「ミーユ、レンにいといっしょに来た!!」
「アイツが来るまでは、俺たちはそこに居る魔犬でさえ、魔法だけなら1対1で倒せるかどうかという程度だった」
ケージ達にしてみたら、魔物に魔法だけで対処すること自体がとんでもないことだが。
「けど今は、あれぐらいの群なら1人で勝てる」
そして、そこまでの話となると、ケージ達にはミッツが誇張して話をしているとしか思えない。
そうして居る間にレンが戻ってきて、さっき座っていた後ろ寄りの位置に座ると、ミッツに呼ばれ前に出た。
「これからこのレンが説明する事を実践しただけで、そこまでの力を得ることが出来たんだ」
「ちょ、そんなにハードル…」
「事実だろ?」
「そうだけど…」
「なるほど、そういうことか」
ミッツとレンのやりとりを見ていたコーマランツが、何かに納得したように独り言のように言う。
コーマランツは、レンは学者肌の人物だと思ったようだ。
ミッツ達実戦担当がデータを持ち帰り、レンが分析して考察するという役割分担なのだろうと、隣のクロウに耳打ちするように話す。
クロウもなるほどと、納得していた。
レンがノートを広げると、ニーシュの3人ばかりでなく、何故か仲間達も興味津々な様子で密着するようにレンの周りに集まった。
「ちょ、みんな、近…」
「構わん、始めてくれ」
レンが状況の苦を訴えるが、ミッツに一蹴される。
「そうだ、よかったらコレ使うか?」
そう言ってクロウが書棚の隅から持ち出してきたものは…
「あ、『黒板』だ」
それは、少し趣は異なるが、レン達世渡り人がよく知る、あの黒板だった。
「コイツは、昔聖女様が作ったって言われる、何度も書いて消せる黒板という物だ」
クロウが説明すると、世渡り人達は懐かしむような眼差しで黒板と、クロウの持つ小箱に入ったチョークのような物を見た。
ずっと聖女の日記に没頭していたセシリアも、聞き覚えのある黒板の発音に顔を上げ、クロウの持つ黒板に目を向けた。
どうやら聖女様は、様々な物をこの世界に齎していったようだ。
もしかしたらアラビア数字も、聖女様が伝えたのかとユキは思ったが、それならアルファベットがあるはずだと、思い浮かんだ説を自ら否定した。
「じ、じゃあ、まず基本から、行き、行きます。あ、こ、これは、僕が、か、勝手にそう、えと、お、思っただけなので、ほ、本当かは、わかりません、ごめんなさい」
そんなわけで、急遽レンによる魔法講座が始まった。
まさか、異世界に来て教壇に立つ様な真似をするなんて夢にも思わなかったレンだが、今日この日レンが行なった講座が、この世界で初めての魔法座学だとは、この時誰も知らなかった。
「えと、ま、まず、魔力っていうのがあります。これは多分なんだけど、世界中にあります」
「ん?どういうことだレン。魔力は魔力発生源の周りにしかないんじゃないのか?」
レン、いきなり初っ端から常識を覆して来た。ミッツの言う通り、魔物の森や北の森は魔力発生源に起因して魔力濃度が濃くなっていると予想されており、それは一定の範囲内で収まっているはずなのだ。
「うん。えっと、僕がなんでそれを考えたかっていうと、なんで、魔力が回復するのかって考えたからで…」
そう言いながら、レンは黒板に白のチョークで人型の輪郭を描く。
「魔力を使い切ると、気絶して倒れちゃうんだけど…」
次に、その人型の輪郭から何かが外へ出ているのを表すように、何本か矢印を引く。
「この出て行った魔力が、どこから補われて回復するのかって、考えたことある?」
「そう言えば……自然に回復するものだと思っていた」
ミッツが呟く。
「寝てたら回復することが殆どだから、寝てる時に体に取り込むのって、空気しかなくて、だから、空気の中に、魔力の元になるものがあるのかなって思ったんだ」
「なるほど!!」
「それで、この前魔力境界線の印をつけながら、魔力が見えるのに気付いて…」
「ち、ちょっと待て、魔力を“見る”ってどういうことだ?」
ケージが疑問を挟んだ。
「あ、えっと、本当、最近出来るようになったんだけど、あの、目ではっきり色が見えたりとかじゃないんだけど、なんとなくわかるんです、魔力があるのが」
「ふむ…」
「レン君は規格外過ぎるからね、ちょっと私たちではわからないことが、解ってしまうのよね」
ユキが曖昧な補足をすると、モリスンがバッと立ち上がった。
「そうっす!!なにせ師匠は英雄っすから!!」
「英雄?」
「ちょ!!モリスン!!」
ニーシュの3人は、英雄という言葉と、明らかにその言葉から程遠いイメージのレンに、疑問符を浮かべ、レンは、慌ててモリスンを黙らせた。
気を取り直したレンが説明を続ける。
魔力境界線は、明確にここで魔力が途切れているという結界のようなものがあるのではなく、そこまでは徐々に薄まって来た魔力が、ある範囲で100分の1まで一気に低下するのだという。
そして、そこから更に少しずつ薄くなっていくのだが、ある程度の薄さの状態で少なくともこの聖廟まで続いているのがわかったそうだ。
「いや、驚いたよレン。魔力境界線の辺りの話ってことは、レンが気付いたのもまだ昨日今日ぐらいのことだろ?」
ミッツが言うように、レンが魔力境界線の辺りの魔力が見てわかると言い出したのは、つい昨日のことだ。
昨日は森沿いで馬車泊しているので、薄っすらと魔力が続いていると観測したのは今日ということになる。
とてもホットな情報であった。
「まだ、その、この聖廟より向こうは、か、確認してないんだけど、えっと、でもたぶん、そうやってこの世界は、薄っすらと魔力で満たされてるんだと思う。ただ、普通はそれが物凄く薄くて、でも、なかには凄く密度が濃くなっているところがあって、それが何処かっていうと、魔物の森とか、そういうの、です。なんか、分かりにくくてごめんなさい…」
「いや、大丈夫だ。理解できるぞ」
たどたどしいレンの解説に、深く頷いて聞いているミッツ。ケージ達も理解はできている様で、頷いて見せ、レンは少しホッとする。
「で、その濃い魔力を浴びた動物が、魔物になったり、普通の石が魔石になったりして……えっと…」
人前で話すことなどほとんどないレン。自分の頭の中では理解している事でも、それを言葉にして説明しようと思うと実際難しい。
まして、元々コミュニケーションの苦手なレンならば、これだけ喋れたのなら上等である。
そしてレンの話は、魔物の話へと繋がっていく。
「で、魔物は、死ぬと魔力が拡散します」
「ここからだ、よく聞いておけよ」
自分も知る内容が出てきたことで、長かった前置きが終わるのを感じたミッツが、誰にともなく言う。
「えっと、で、死んだ魔物の周りに何もなかったら、拡散した魔力は空気中や、近くにあった植物なんかに溶けていくけど、人間や動物がいると、そこに宿ります」
黒板に漫画的な倒れた犬の様な動物の絵を描き、そこから矢印を書くレン。
そしてその周りに、人や動物の絵を描いて、矢印をそこへ繋げる。
「この、えっと、魔物が死ぬ時の魔力を捉えることで、魔力を身に付けることができます」
「なるほど」
レンの説明に納得がいった様子の、ケージ達。
「確かに、理屈としては簡単だけど、実際やろうと思ったら相当難しいぞ」
今でも、この聖廟を囲う砦で、迷い込んで来た魔物を弓矢や投石機などの長距離武器で追い払うのが精一杯である。
アレを追い込んで接近戦で留めを刺そうとは、夢にも思わない。
だが、そんなケージの一言が、今後のニーシュの魔法使い、ひいてはコセ・シティを中心とした地域に住む魔法使い全ての運命を変える引き金になるとは、もっと想像できなかっただろう。
「じゃあ、ケージさんも一緒に行きます?」
「何処へだ?」
不意にかけられたレンからの誘いのような言葉に、ケージは当然の疑問を返す。
「あ、そうだ。だったらついでにみんなで行った方がいいか。ケージさん、この町には何人の魔法使いがいますか?」
「あー…前は7〜8人いたけど、今はたぶん全部で4〜5人かな」
益々意味不明な言葉を放つレンだが、ケージは取り敢えず質問された事に答えた。
あれ?と、モリスンは思った。
師匠の雰囲気が違う。違和感…ではない。モリスンはここ数日で精神に深く刻まれた、緊張と恐怖と興奮の入り混じった“あの”感覚を感じた。
「そうですか、じゃあ、明日この町の魔法使い達をここに集めて下さい」
言葉が痞えてない。そして目がキラキラしている。
モリスンは確信した。
「集めて、どこへ行くんだ?」
ケージが再度尋ねる。
「森です。魔物を退治して、みんなで強くなりましょう」
キラッキラの笑顔で、レンは答えた。
「嗚呼、師匠が師匠モードになってる」
タイトルに誤りがあり修正しました(2022.8.13)
ご閲覧いただきありがとうございます。誤字・脱字、矛盾点等ありましたら、ご指摘頂けると幸いです。




