第3章【調査に来ただけなのに魔法使いを鍛えてしまって申し訳ありません】4
第4話【Schweizの聖女】
ミッツ達一行は、馬に乗るケージに案内され、馬車で聖廟の方へ向かっていた。
途中の川でレンが石橋を作って渡り、丘の上に建つ聖廟に続く緩やかな上り坂を進む。
「みんなずっと待っていたよ、アンタ達が来るのを」
確かに、ジョゼフから知らせを聞いてから、もうひと夏が過ぎようとしている。
晩夏に農園を出発したのだが、吹く風も朝晩は涼しさを感じるようになってきており、季節が移ろおうとしている。
待つ側としては、何倍もの時間に感じていたことだろう。
「遅くなって、すまなかった」
昼休憩後、ユキと交代して御者席に移ったミッツが、ケージに謝った。
ミッツの隣にはミーユがちょこんと腰掛けている。子供は前に乗りたがるものなのだ。
「別に、謝らなくたっていいさ。こうしてちゃんと来てくれたわけだしな」
伝達に時間を要する、文明発展途上の世界の当たり前ではあるのだが、北の森での境界線設置などを後回しにすれば、もう3〜4日は早く来れたかもしれないと思うと、申し訳ないと思ってしまうミッツだった。
「そういえば、お父さんが世渡り人っていうことは、ケージさんも魔法を使えるの?」
荷台からユキがケージに尋ねる。父親が世渡り人だということは、そういうことになる。
「ああ、こんなもんだけどな」
ケージは、人差し指を立てて5秒ほど集中して、親指大の炎を灯した。
一応全員「おおー」と驚くが、彼らにしてみたら、自分達以外に魔法使いがいるという、ささやかな感嘆の意味の方が大きい。
「異世界に来て魔法があるって知ったら、テンション爆上がりしたろ?なのにいつまでたってもこんなチンケな魔法しか使えなくってよ、俺ぁ『転生』した意味ねーじゃん!!て思ったさ」
魔力の上げ方を知っている一同は、ケージの話に苦笑いする。
現状わかっている範囲では、魔物を倒さなければ魔力増幅は望めないが、弱くても普通の猛獣に匹敵する魔物を生身の人間が倒すのは困難である。
ミッツ達もモリスンも、レンがいたからこそここまで大きな力を身に付ける事が容易にできた。普通はもっと命懸けだし、その手段を知らないことの方が多い。
今思うと、転移して来たばかりの頃のジョージは、どうやって魔物を倒していたのか謎である。
「だから正直よ、魔法使いが魔物に対抗できるってのが、俺には不思議でしょうがねぇんだ。そりゃ俺よりマシな魔法を使えるやつにも会ったことはあるけど、それでもあんな猛獣たちにどう対抗するんだか想像もつかねぇ。だが、実際にあんた達は魔物を狩って暮らしているんだろう?」
「ぼ、僕も、僕もそうでした!!」
ケージのこの話に最も反応したのは、最近魔力向上の方法を知り、実践して強くなったモリスンだった。
ケージが居る側と反対側に座っていたが、わざわざ移動して馬車から身を乗り出す勢いでケージに迫る。
「僕も、最初はこのぐらいしか出来なかったんですけど…」
そう言って、親指程度の炎を灯す。
「今では…」
「モリスン待っ」
ボッ!!
ミッツが制止の声を上げるが間に合わず、モリスンは翳した掌から1m近い炎を上げる。
「ヴァヒヒーン!?」
突然巻き上がった炎に、ケージの馬が吃驚してしまい、前足を上げて嗎き、駆け出してしまった。
しばらくして馬を落ち着かせて、ケージは戻って来た。
「すまねぇ、突然のことに馬が仰天しちまった」
「いや、こちらこそ申し訳ない。モリスン、お前も謝れ」
「す、す、すいませんでした」
謝るケージだが悪いのはこちらだ。ミッツは一行の責任者として頭を下げ、モリスンにも謝らせる。
「いや、いいんだ。それより、今のは魔法か?どうやってそんなレベルの魔法を身に付けたんだ?俺はもう30年近く魔法使いって呼ばれてるけど、ずっとあんなもんだぜ!?」
モリスンが魔法を披露したところで、そう言えばこっちの事情を何一つ話していなかったと思い出し、魔力向上の秘密も含めてミッツがケージに説明しようとしたところで、聖廟の方から走ってくる2人の男が見えた。
「あ、しまった、忘れてた。あいつらも今日砦に詰めてる奴らなんだ。なにせそれだけの魔物の群れだからな、俺1人じゃ手に負えねぇから、全員で飛び出したんだ。ちょっと行って説明してくる」
そう言ってケージは馬を走らせて行った。
しばらくケージとやりとりした後、2人の男はケージの馬に乗って引き返して行き、ケージは歩いて馬車へ戻って来て、レン達と共に馬車に乗った。
やがてケージの案内でたどり着いたのは、木造の山小屋のような建物と、それを大きく囲う様に築かれた土塁と木柵で出来た砦のような場所だった。
土塁の端には、物見櫓のような物も建っている。
「久し振りに見たけど、前はこんな土塁なんかなかったわね」
土塁に囲われた木造の山小屋のような建物を見てユキがポツリと呟いた。
「アンタ、ニーシュに来たことあるのかい?」
ユキのつぶやきに答えるケージ。
「ええ、結婚したばかりの頃に、夫が連れて来てくれたの。ニーシュから、コセ・シティを巡ったわ」
「新婚旅行ってやつか。この世界には無い風習だが、アンタがせがんだのか?」
「ふふっ、女ってね、ロマンチックなことは全部したいのよ」
フッと微笑む、美貌のユキの笑顔に、思わずドキリとしてしまうケージ。
「アンタぐらい美人なら、旦那さんも二つ返事でOKしただろ」
「優しい人だから」
「そうか。アンタが言うように、前はこんな土塁なんかなかった。必要なかったからな。北の森から魔物が出るようになってから、防衛用の砦として、この土塁を作ったんだ」
土塁の高さは1.5m程度で、その上の木柵は1m程度。昔ユキが住んでいた、現在はミッツが住んでいる農園の外れの家の柵と同じぐらいの規模に思えた。
「この世界には、戦争ってもんがねぇ。そもそも国がねぇからな。だから誰も防衛的なことを知らなかったから、俺が前世の知識振り絞って何とか作ったのがコレよ。まぁ、俺も専門家じゃねーただの『フリーター』だったから、たいしたことできねぇけど」
そのせいで北の森への防衛の責任者にされちまったと、ケージはボヤく。
土塁の内側には丈の短い雑草の生えた丘があるだけで、その丘の頂上に木造の山小屋ような建物があり、それが聖女の眠る聖廟だと言う。
どう見てもちょっと変わった形の木造の民家の様にしか見えない。
馬車は土塁の内側に置かせてもらい、ミッツが巨馬を労い水を与える。
モリスンとミリィサが、一口大にした肉団子を魔犬に1つずつ食べさせて、レンとミーユが飲み水を用意してやっているのを見たケージが、本当に飼い慣らしているんだなと、驚嘆する。
「これ、『Schweiz』の建物に似てる」
丘の上に建つ聖廟を見て、セシリアが呟いた。
「知ってるのか?」
セシリアの呟きが聞こえたのか、ケージが反応した。
「うん、私の生まれた『Deutsche』の隣、『Schweiz』の建物に似てる」
ドイツ語発音なのでケージには『Deutsche』も『Schweiz』も理解できなかったが、聞きなれないその言葉を聞いて、そういえばこの西洋人的な顔立ちの子も世渡り人だと言ってたなと、ケージは思い出した。
「コセ・シティやニーシュには、これと似たような建物がけっこうある。もしかしたら、聖女の出身地の建築物に似せて作ったのかもな」
この世界の建物は、木造でも石造りでも平屋根の建物が多く、外観も素材そのものの素朴な感じで仕上がっているが、この聖廟…かつて聖女が住んでいたと云う建物は、大きな三角屋根の天辺が少し平らになった、変わった形の台形になっている。
壁の色も鮮やかな山吹色で、近くで見ると魚の鱗のように木片がびっしりと張られた、印象的な外壁をしている。
二階建ての様にも見えるが、おそらく二階というよりは屋根裏部屋だろうと思われる窓から、人影が見えた。たぶん先程の男達だろう。
コセ・シティを築いた聖女も世渡り人だと云うので、聖女の想い出にある建物を再現したのだろう。
「『ヨーロッパ』は『国』が違っても言葉が似てるっていうし、もしかしたら君はアレが読めるかもな」
そう言って、ケージはセシリアを手招して、聖廟の中へと入った。
聖廟の中は、今直ぐにでも生活が出来そうなぐらい生活用具が整っている。おそらく、聖女が暮らしていた時そのままを保存しているのだろう。
その1つ1つが、やはりこの世界の文化様式とは少し異なる感じがした。
『Ich erinnere mich an meine Kindheit』
またセシリアが母国語らしき言葉で呟いた。
「何て言ったんだ?」
30年ニホンジンをやっていたケージでも、英語以外は学ぶ機会は全くなかったので、ヨーロッパのどこかの言語と予想はつくが詳しくは分からない。
「子供の頃…こっちの世界に来る前の…『Stuttgart』にいた時の……思い出してた」
『Stuttgart』が、文脈の流れから地名か何かであるのはなんとなくわかったケージ。
どうもここにあるものはセシリアの故郷の物と似ているようだ。
「聖女は、『スイス』人だったらしい」
「スイス?」
ケージの言葉に眉間にしわを寄せて聞き返すセシリア。
「ああ、ニホンゴ発音だとわかんねーか。えーと、『英語』でなんて言うか…」
ニホンジンの悲しい性、ヨーロッパ系なら誰でも英語が通じると思っている思考で、スイスの英語での言い方を頑張って思い出そうとするケージ。
「スイ…スイーツなんとか…ああ、40年以上前だから思い出せねー!!あ、そういや確かそんな歌が……まてよ、確か…フンフーンフフン……フンフーンフフン」
『O Meiteli,liebs Mehteli !?』
ケージが前世記憶を必至に振り絞って思い出した歌を鼻歌で歌うと、セシリアが大声で反応した。
「わかるのか!!」
ケージが伝わったことに感激すると、2人で『O Meiteli,liebs Mehteli』を口遊むが、微妙に違い2人で笑った。
ケージが知るのは、『おお、ブレネリ』のタイトルでニホンで広く知られている、アメリカを経由して伝来したバージョンで、原曲とは少し変わっている。
セシリアが知っているのは原曲の方だが、こちらもドイツ人としては知っているのは実は珍しいことだった。音楽関係の仕事をしていた祖父に教えられ、聞き覚えがあったのだと言う。
「やっぱり『Schweiz』だ!!」
その歌から、セシリアは聖女がスイス出身であることを確信する。が、ケージにはドイツ語の『Schweiz』がわからない。
「しゅ、しゅび?」
『Schweiz!!』
セシリアが言い直すと、ケージは何となく聞き取れた。
「ああ、やっぱなんとなく『スイス』と発音似てんな。うん、それ。そのシュヴィーツってやつで合ってると思う」
「そっか、『Schweiz』…『Deutsche』じゃないけど……『Stuttgart』は『Schweiz』に近いから、少し似てるのかな……嬉しい…」
レンやユキは、同じニホンジンと巡り会えたことで、郷愁の念がそれなりに満たされているが、セシリアはそういう意味では独りぼっちだ。
いくらミッツが大好きで、ずっとそばに居たとしても、それとこれとは別なのだ。
二度と触れる事のないと思っていた、懐かしい母国の文化を想い出す物に触れて、セシリアの目に薄っすらと涙が浮かんでいた。
本当は、他にもセシリアに見てほしい物があったケージだが、郷愁に浸るセシリアをそっとそのままにして、外へ他のメンバーを呼びに行った。
「こっちだ」
全員を連れて来ると、ケージは梯子のような階段を登り、屋根裏部屋へと入っていった。
涙を零すセシリアを見てミッツは慌てたが、ケージから事の顛末を聞いて、2人寄り添いながら聖女の遺品を眺めていた。
全員が梯子を登って行くと、ミッツとセシリアも後について登って来た。
屋根裏とはいえ、普通に立って歩けるぐらい天井が高く、ここで生活も可能なぐらいに思えた。
ユキは、昔映画か何かで見たことがあるような気がしたが、遠い昔に1〜2回見た程度なので思い出せないでいた。確か、作中で魔女の女の子が黒猫と暮らしていた部屋に似ていると、朧げながら思い出す。
屋根裏部屋には、さっき下から見えた2人の男がいた。
ここで生活をしているのだろうと思わせる、寝具や机の上の食器類などがあり、壁際には大きな書棚もある。
「紹介しよう、さっきも遠目で見たと思うけど、今週のここの防衛を担当している、クロウとコーマランツだ」
クロウもコーマランツも、30代前半ぐらい…カーズより数歳年上という感じの中肉中背タイプで、ケージに紹介されて軽く会釈する。
「初めまして、このあたりじゃ辺境って言われている西の方から来た、ミッツだ」
ケージが2人を紹介すると、ミッツが代表して挨拶をし、クロウとコーマランツとそれぞれ握手をする。
「西の辺境って、じゃあ、あんた達が!?」
「ほ、本物か!?」
ミッツの簡単な自己紹介だけで、彼らが何者なのかを悟った2人は、驚きの表情を見せた。
「ああ、どう聞いてるかは知らないが、そうだ。少し、こっちの事情を説明してもい……セシリア?」
ミッツがケージ、クロウ、コーマランツと話していると、セシリアがまるで夢遊病者のようにフラフラと書棚の方へ歩いていく。
不思議そうに全員が見ていると、書棚に並ぶ古い書籍の様なものに、そっと手を伸ばした。
「見つけたか」
ケージがボソッと呟く。
書棚の書物は、殆どが紙束を綴じただけの様な簡素な物ばかりだが、何冊かは背表紙があり、そこに文字が書かれている。
セシリアは、背表紙に文字の書かれた内の1冊に触れ、その文字を指でなぞる。
『Ein Tagebuch… verschiedener… Welten……』
その文を震える声で読み上げる。
訳もわからぬままやって来たこの世界で、二度と見ることのないと思っていた母国語の文字に触れたセシリアは、そのまま泣き崩れてしまった。
タイトルに誤りがあり修正しました(2022.8.13)
ご閲覧いただきありがとうございます。誤字・脱字、矛盾点等ありましたら、ご指摘頂けると幸いです。




