第3章【調査に来ただけなのに魔法使いを鍛えてしまって申し訳ありません】1
第1話【ミリィサ】
北の森でレンに稽古をつけもらい、見違える程魔法も狩りも上達したモリスン。その成長振りを買われ村の防衛を任されることになったが、まだモリスンも魔犬達も防衛戦力としては心許ない。
なので、ミッツ達の森の調査に同行し、もう暫く修行をして来る必要があった。
結局、見張り塔の向こうに防護壁まで築き、あとは細かい内装を整えるだけというところまで、レンが魔犬の番所を仕上げてしまったので、サモンの厚意で昼食まで世話になり、午後になりミッツ達は出発の準備を整えた。
「モリスン、立派な戦士になって帰って来いよ!!」
「あ…は、はい…で、でも…」
大きな手で細身のモリスンの肩をバシバシ叩くサモン。だが、期待に応えなければいけないはずのモリスンは、何故か歯切れの悪い返事しかせず、チラチラと馬車の方を見ている。
馬車には、これから同行するメンバーが乗り込み始めているのだが……
出発の準備が整い、サモンをはじめ村人総出で、村外れに建てたモリスンと魔犬達の番所に見送りに集まっていたが、その見送りの中にはミリィサの姿はなかった。
「じゃあ、よろしくなミッツ」
「本当にいいのか?」
御者席に座るミッツは、荷台をチラッと見てサモンに聞き返す。
「ああ、本人の希望だし、お前達と一緒なら心配ないだろう」
「パパー、ママー、行ってきまーす!!」
気まずそうに荷台の隅に座るモリスンの隣で、ミリィサは元気よく見送りの家族や村人たちに手を振る。
「気を付けてなー」
死地と言っても過言では無い、危険な魔物が出る森へ向かう愛娘に、サモン、スージー夫妻はにこやかに手を振る。
ミリィサ、何故かミッツ達の馬車に乗っていた。
昨夜、番犬隊の話が出るやいなや、ミリィサも魔犬の世話をしたいと言い出した。
魔犬はモリスンと一緒にもう暫く森で訓練をして来るので、モリスンと魔犬が帰って来たら、時々世話を手伝うようにしようかと大人達が言うと、ミリィサは真っ向からそれに反発。
「この子達はこれから躾けるんでしょ?私がやりたいのはそういうことなの。仕上がった魔犬のお世話係がしたいんじゃないの」
どうやらミリィサ、魔物を手懐けることにこの上ない興味を持ったらしい。
大人達は眉を潜めたが、これに真っ先に賛成したのが、既に酔いの回ったユキだった。
「このメンバーだとさぁ、モリスンくんは〜、どっちかっていうと〜、守られる側らのよぉ。だからぁ、守ってあげなきゃいけない可愛ぃい〜女の子がいたらね、きっともっともぉ〜っと強くなれると思うのん。だって、男の子だもん」
酔っ払いの言葉ではあったが一理ある。しかし、現時点のモリスンに娘を託すのは、些か不安なサモン。
「大丈夫よぉ、いざとなればレン君達がいるからぁ〜」
確かに、このメンバーと一緒だからこそ、モリスンも急成長出来たのだ。暫く考え込んだサモンだが、最後には言ったら聞かないミリィサに押し切られて承諾した。
まぁ、そんなミリィサは
「モリスンなんかに守ってもらわなくても私は大丈夫だから。だって、モリスンがあんなに強くなったのなら、私ならもっと強くなれるに決まってるじゃない」
なんとも強気な美少女である。
そんなわけで、一行にサモンの娘、ミリィサを加えてミッツ達は村を発った。
村を出て、森沿いを行く平原へと出ると、拠点としている塔を正面に走って行く。
「まずは塔に登って、目印を見てみないとな」
ミッツが言うと、好奇心旺盛なミリィサは目を輝かせた。
「あの塔に登れるの!?登ってみたい!!」
「めっちゃいい景色だぜ!!」
その若い好奇心に真っ先に反応したのは、同い年のセシリア。性格も似たようなところがあるので、既に意気投合し始めているようだ。
「階段で登れるんだ、競争しようぜ!!」
「する!!よーし、負けないぞ!!」
そんなこともあり、今日はセシリアは御者席のミッツの隣ではなく、荷台に乗っている。
ミッツ、今日は御者席で一人ぼっちである。
「ねぇ、ミッツ。途中から魔犬とモリスンを連れて森に行ってもいいかな?」
村を出て暫く、レンが思いついたようにミッツに言う。
「ああ、そうだな。だが日が沈む前には塔に着かなくちゃいけないから、あまり時間は取れないぞ」
「うーん、そっかぁ。じゃあ…」
「行きたい!!」
今日はやめておく…そう言いかけたレンの言葉に被せて、ミリィサが手を上げた。
ミリィサが行きたいと言えば、仲良くなったセシリアも一緒に行きたがる。
レンとセシリアが居れば、魔の森の浅層域に於いては過剰戦力だ。危険はないと言っても過言ではない。
そこにミーユまで加われば、尚更だが……
「すまないが、ミリィサを森へ連れて行くことはできない」
ミッツはミリィサが森へ入ることを許可しなかった。ミッツには別の懸念があったのだ。
魔力耐性の無い者…一般的には世渡り人を祖先に持たない者は、魔力を浴びると魔物化してしまう可能性があるということだ。
「なんで!?」
「ミッツ、大丈夫だよ。私が一緒にいるから!!」
「セシリア、そういうことじゃないんだ。ゴブリンの話は知ってるだろ」
「大丈夫だよ」
慎重に説くミッツに、即答するセシリア。どう考えても根拠があるようには思えない。
「大丈夫って…根拠はないだろ。ゴブリンになったミリィサを連れて帰って、サモンに何て言って謝るつもりだ」
「根拠ならあるぞ」
だがセシリアは、自信たっぷりな顔で再び即答する。
「ミリィサ、これ持って」
「ん?」
セシリアは、自分の薙刀をミリィサに渡す。受け取ったミリィサは、重そうにそれを支えた。
「ほら」
セシリアの薙刀をミリィサが持っているだけの光景に、何を言いたいのかわからないミッツはそのまま呆然とする。
こんな時、後ろを向いていても勝手に走って行く魔馬の引く馬車は便利だ。
「魔石は、魔力があるんだろ?じゃあ、これ持って平気ってことは、森に入っても平気ってことだよ。たぶんミリィサも世渡り人の子孫なんだ」
なるほど、セシリアの言わんとしていることは、ミッツにも理解できた。だがそれで確信が持てるほどの根拠にはならない。
やはりミッツは、ミリィサが森へ入ることは許可出来なかった。
塔までの道程の4分の3程を過ぎた辺りで、ミッツは馬車を止めた。
馬車を降りたレンは、魔犬の群から適当に5頭を選ぶ。
レンに続いて、ミーユ、モリスン、セシリア、そしてミリィサが順に馬車を降りた、
「絶対に、境界線の石柱より奥に行くんじゃないぞ」
「わかったよ」
「ありがとう、ミッツさん!!」
結局、強気な女子2人に押し切られて根負けしてしまったミッツ。
魔力の境界線である石柱までならOKということで、ミリィサが森へ行くのを許可した。
「師匠、何してるんですか?」
魔犬の前にしゃがみ込んで、魔犬の首輪に付けた石鈴を握るレン。レンが石鈴から手を離すと、そこには「1」と彫り込まれていた。
「番号付けとくとさ、ローテーション組みやすいかなって思って」
今回は急な思いつきで森に入るため、適当に選んだ5頭だったが、今後はちゃんとローテーションでまわしていってやらなければならないと、根が真面目なレンは考えていた。
というわけで、今回同行する魔犬達がNo.1〜5ということになった。
基本、魔犬への指示はモリスンが出す。この訓練が終わったら、15頭のうちの何頭かがモリスンの部下としてあの村の防衛に就くのだ。
魔犬は頭がいいようで、一度教えると普通に言葉に出しただけで従うようになる。
「私もやる!!」
モリスンと同じ指示を出して、ミリィサが魔犬を率いて歩いて行った。
結局、魔物とは遭遇しないまま塔まで辿り着いたレン達だが、ミリィサは御満悦だった。
元々同行を希望した理由が「魔犬の躾をしてみたい」だったので、森にいる間中ずっと魔犬に指示を出してははしゃいでいた。
塔に着き、日が沈む前に塔に登って目印を確認しようとミッツが言うと、階段で競争すると言っていたセシリアとミリィサに、なぜかモリスンも巻き込まれ、そしてミーユも競争したがり元気よく駆け上がって行った。
ミッツは前回で階段に懲りていたし、ユキは元々そんなに体力に自信がない。もちろんエレベーターを動かすのにレンが必要不可欠なので、大人組+レンはエレベーターで登って行った。
「ああ、何となく円形になってるのがわかるな」
先に天辺に着いたエレベーター組は、茜と濃緑のコントラストに染まった森の様子を見ていた。
自然素材とはいえ人工物の石柱は、夕陽に照らされた森の中でどこか異質感がありよく目立つ。
丸2日半掛けて建てた石柱は、やはり遠くに行くほど霞んで見えなくなるが、並んだ延長線上に在るのは確かなので、何となくアレがそうかと思うぐらいには確認できた。
手前のそれは直線に並んでいるように見えるが、レンが立てた仮説通り、遠くに行くほど緩やかな弧を描いて森の奥深くへと続いているようだった。
「だいたいの位置は掴めそうだが、モリスンの修行ついでに東側も同じだけ柱を建てるか」
ミッツが今後の予定を考え始めたそこへ、ミーユが階段から飛び出して来た。
「いっちばーん!!」
階段ホールから2mほど高く飛び、シュタッと屋上に着地した。
「ミーユが1番!?凄いな!!」
ミッツが驚く。
魔力が高いほど、身体能力も強化されるため、レンもミーユも見た目からは想像もつかない体力をしている。
それでも、まだ6歳の幼女が比較的体力に自信のありそうな15歳の少女2人を置き去りにして来るというのは驚きだ。
しかし、そんなミーユの様子に違和感を感じたレン。
「ミーユ、もしかして魔法使って登った?」
レンの言った言葉にミッツは首を傾げる。
レンならば、足元の石を跳ね上げて飛ぶように登ることも可能だが、ミーユが5属性持ちとはいえ、ミーユの持つ属性では階段を早く登る手段はないはずだ。
「うん、かぜでのぼった!!」
「はっ?」
確かに、追い風にすることで少しは早く登れるかもしれないがと、ミッツが疑問に首を傾げていると
「こうやるんだよ」
そう言って、ピョンっと跳び上るミーユ。その跳躍力だけでも、ただの幼女とは比べ物にならない程だが…
ミーユが最高点に達した瞬間、ミーユの足元に旋風が起こり、ミーユの身体を更に浮上させる。その高さは、跳躍の倍以上にもなった。
この幼女、いずれ空を飛び回る日が来るのかもしれない。
自信満々にミーユは今の魔法の原理を語る。
「かぜのクッションのやりかたとおんなじだよ。もっと大きくバーンてやるとボーンてとぶんだよ」
つまり、落下の衝撃を和らげる風のクッションの応用らしく、飛び上がった足元の空気を瞬間的に膨張させることで、跳躍力を補助してより高く跳び上がっているのだそうだ。
なので、飛行とはまたちょっと違う。
ただ、思い付きでここまでできるのなら、もしミーユが流体力学を理解したならば、ジェット機のような飛行も十分可能になるかもしれない。
そうこうしているうちに、セシリアが屋上に辿り着く。
「ミーユ!!風で吹き飛ばすなよ!!落ちるとこだったじゃんか!!」
「あはは、ごめん」
どうやらセシリア、さっきの爆風を食らって、階段から落ちそうになったらしい。
セシリアから遅れること数分、フラフラになりながらもミリィサが到着した。
「も……ダメェ…」
そう言って、大の字に寝転がった。
夕陽は完全に地平線に隠れ、濃いオレンジに染まった空に鳥の影が映る。
「綺麗……」
塔からの景色を眺めて、ミリィサが呟く。この景色を見れただけでも、無理言って着いてきた価値があるように思える。
暫く景色を眺めた一行は、階段で下へ降りようとするが…
「私…無理…」
数段降りたところで、膝を抑えてミリィサが立ち止まってしまった。ミーユやセシリアを追いかけるように、無理して登ったので、足が限界のようだ。
平地に暮らすミリィサには、魔法使いの体力についてひたすら全力で登るというのは厳しかったらしい。
ということで、ミリィサはレンとユキと共にエレベーターで降り
「何処かで怯えて蹲っているモリスンを見つけてやらないとな」
と、ミッツとセシリアが階段で降りて行き、ミーユがその後を追う。
「魔法使いはズルイ、私も魔法を使いたい」
エレベーターの中で、終始愚痴のように言うミリィサ。だが、その口調は魔法使いの齎らす非日常を存分に楽しんだのがよくわかる。
レンは、言われた言葉をそのまま受け止め、申し訳なさそうに俯いていたが。
モリスンは、下から15m程度の辺りで蹲っていた。やはり高い所は彼には無理なようだ。
翌朝、一行は朝一番に塔を出た。
今日は6〜10番の番号を付けた魔犬を引き連れ、レン、モリスン、ミリィサ、セシリア、ミーユが森へ入る。
レン曰く、魔力境界線の魔力の違いがわかるようになってきた、という。
それも、植物などの見た目だけでなく、第六感的に感じる魔力の違いがわかるのだという。
二重に確認することができるので、魔力境界線の確認にミッツの補助も必要なくなった。
これにはミッツも驚いていた。ミッツは魔力濃度そのものまで見分けることができないからだ。おそらく、ある程度以上の魔力を身につけないと出来ない芸当なのだろうとミッツは結論付けた。
ということで、ミッツはユキと共に馬車移動となり、森の調査組はレンが先頭を行き、モリスンとミリィサが交代で魔犬に指示を出してその後ろを付いていく。最後尾はセシリアが守り、ミーユは好き勝手飛び回っていた。
レンが魔力境界線を確認すると、その向こうへモリスンが行き、境界線の手前をミリィサとセシリアが歩く。
魔犬たちには魔物を探すよう指示し、少し先を行かせた。
ミーユは好き勝手飛び回っていた。
「ウォン!!ウォンウォン!!」
7番の鈴を付けた魔犬が、レンに駆け寄って来る。
モリスンに直接指示を出させていても、この群のボスはレンなのだとわかっているのだろう。
「僕じゃないよ、モリスンに報告して」
手振りを加えて説明すると、魔犬は理解してモリスンの方へと行き、共に森の先へと駆けて行った。
入れ替わるように別の2頭が駆けて来て、ミリィサ達後続を守るポジションについた。モリスンの指示だろう。
そして、モリスンと7番の魔犬が駆けて行った先から、魔犬達が吠えて威嚇しているのが聞こえ、その威嚇の声に混ざって、魔物のものと思われる歓声のような鳴き声が聞こえた。
モリスンと魔犬達が魔物を追い込んだのだろう。良い連携が取れているようである。
「危なかったら援護するから、モリスン行って」
追いついたレンが指示を出し、モリスンはミリィサ達を守る魔犬をそのままのポジションにいるよう指示すると、残り3頭の魔犬たちと魔物に接近する。
「ッアーーーー!!」
耳を刺すような甲高い声で鳴くその魔物は、七面鳥の魔物だった。
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