第2章【魔物なのに普通の犬の様に手懐けてしまって申し訳ありません】2
第2話【魔法の塔】
文字通り、雲をつくほどの高さの塔──レンにとっては見慣れた高さだが──が出来上がり、円と円の継ぎ目にある隙間からレンが出てきた。
「レンにい、これのぼれるのー?」
出てきたレンを飛び跳ねるミーユが出迎えた。
「登ってみたい?」
「うん!!ミーユのぼるー!!」
「そっか、じゃあユキさんとモリスンと一緒に登ろうか」
「うん!!よんでくる!!」
魔力に伴い身体能力が向上しているミーユが、幼女とは思えないダッシュで馬車まで駆けてくる。
いや、むしろスタートダッシュは爆風すら見えたような気がした。もしかしたら風魔法を使っているのかもしれない。
「面白そうね。じゃあ、お弁当持っていって、天辺でお昼食べよっか」
「わーいおべんとおべんとー!!」
この世界へ来てから、高層建築を目にすることのなかったユキも、レンが建てた塔に登ると聞いて楽しそうに支度を始める。
対してモリスンは、見たことも聞いたこともないあんな大きな塔に登ると聞いて、「え!?」と顔を青ざめさせた。
村を出るときに、サモンの嫁から昼食用の弁当を用意してもらっていたので、それを持ってユキとモリスンは、ミーユに手を引かれてレンの元へ。
「階段でいいかな?」
「ちょっとキツイんじゃない?」
故郷の巨大建造物を知るユキが、この高さの塔を階段で登るのは、不可能ではないが大変だと主張し、レンが魔法でエレベーターをすることになった。
塔の傍に4人が入っても余裕がある石の箱を作り、全員が乗ったところでゆっくりと歩く程度の速度で浮上して行く。
箱は外側の一部が空いていて外の様子が見えるようになっているのだが、10mを超えた辺りで早くもモリスンに限界が来て、しゃがみ込んでしまった。
村で木登りをしたって、こんなに高くは登らない。
だが、レンの操るエレベーターは、容赦無く上昇して行く。
2分程で頂上へ到着すると、レン、ユキ、ミーユは普通にスタスタと塔のてっぺんへ歩いて行くが、モリスンは恐ろしくて立ち上がることもできず、エレベーターの柵に掴まったまま座り込んで震えていた。
ちょうど三つ葉のクローバーのような形の頂上は、ミーユが駆け回れるほど広いが、さすがに危ないとユキに指摘を受けて柵を設けた。
3人は早速弁当を広げる。
「モリスン大丈夫?」
モリスンが来ないのに気付いたレンが、振り返って呼ぶ。
「こ、こ、こ、怖く、ないんですか!?こん、こん、こんなの、む、むむ、む、無理、無理ですよ!!」
農村に生まれ育ったモリスンに、100mオーバーの塔は無理だったようだ。
「あそこに町があるの見える?」
「あれ?」
「そう、あれがニーシュの町だよ」
レンに寄り添うように立ち、ユキが見える景色を指差して教える。
レンが見た覚えのある故郷の高層タワーからの景色と比べると、空気がとても澄んでいて、遮るものもないためとても遠くまで見渡せる。
それでも、ユキが指差した町は少し霞んで見えるので、その距離が伺えた。
「双眼鏡が欲しくなるね」
ユキが呟く。流石にレンでも望遠鏡の類は作れない。
レンズを作る技術は紀元前の地球にもあったが、望遠鏡の発明は17世紀初頭のヨーロッパだと言われているので、この世界が所謂中世ファンタジー的な文明度を持っていれば、それこそコセ・シティあたりには存在するかもしれないが。
「ま、町に行ったら、探して、み、みます?」
「本当!?嬉しい!!」
まるで10代の娘のように喜んで、レンに腕を絡めるアラフォーのユキ。
いくら美人で若く見えると言っても、自分の母親と同世代の女性に密着されて、どうしていいか分からず戸惑うレンだが、若い女性に同じことをされたらもっと戸惑うであろうことは、本人にもよくわかっていることだった。
弁当を食べて、しばらく展望台の景色を堪能し、さて帰ろうというところで、ようやくモリスンが慣れて来たのか、柵に手をつきながらではあるが屁っ放り腰で歩いて来た。
「あら、モリスン歩けるようになったの?」
「し、しょうがないじゃないですか、み、み、皆さん、全然戻る気ないんですから」
「そろそろ戻ろうかと思ってたところなんだけど」
「も〜!!」
モリスンの心からの叫びが、天空から森へと響いた。
「なんかいるよ」
魔法のエレベーターで地上に降りて来ると、途中でミーユが何か見つけた。
4匹の獣が、巨馬に纏わりついていて、巨馬が石鈴を鳴らしながら嫌そうに逃げ回っている。
一応、馬車からは外しておいたので、巨馬も逃げようと思えば逃げられる。
「魔物かな?」
上空から見ると、犬のような動物に見えるが、その大きさは巨馬と比較しても普通の犬ではないのが一目でわかる。
「狐みたいね」
ユキがそう言うと、レンにも狐に思えて来た。確かに色とか耳や尾の形とかが狐っぽい。
「モリスン、魔物倒してみる?」
「え!?」
突然、爽やかな笑顔で師匠から魔物討伐の指令が下り、慌てるモリスン。
「今はまだやめておいた方がいいんじゃない?」
すると、師匠の向こうから救いをもたらす女神の声が聞こえた。
「さっき、馬車の中で魔法使ってたでしょ。火が消えかけてたから、たぶん魔力は限界だったと思うの。それに、心の準備もいると思うし」
「そ、そっか…ごめんね気付かなくて」
師匠がションボリしてしまった。
いけない!!これは期待を裏切ってしまったのかもしれない!!
「や、やります!!」
ネガティブ思考特有の、自分が悪いと考えてしまったモリスンは、ついそう言ってしまう。
しかし、もう1人のネガティブも負けてはいない。モリスンのことを考えられなかった自分に絶賛凹み中だ。
そんな2人のネガティブを見て、ユキは苦笑する。
「じゃあ、レン君がある程度ダメージ与えておいて、モリスン君が留めを刺すっていうのはどう?」
ユキの提案に、2人は顔を見合わせ、頷き合った。
「モリスンとユキさんはそこにいてっ」
地上まではまだかなり高さがあるというのに、レンとミーユは難なく地上に飛び降りて、そのまま魔物に向かって走り出す。
魔法使いの高い身体能力に驚くモリスンの横で、ユキが「はぁ」っと悩ましげなため息を吐く。
「やっぱり、戦う時のレン君はカッコいいわぁ」
確かに、馬車の中のレンはどう贔屓目に見ても頼れる男感ゼロであったが、魔物に向かって行くレンはまるで別人の顔をしている。
モリスンは、師匠の戦いを目に焼き付けるべく、その姿に集中した。
「ミーユ、真ん中の1匹だけ捕まえるから、あと全部倒しちゃって」
「わかった!!」
ミーユに指示すると、腰の石刀を抜いて加速するレン。
間合いの外からターゲットの魔狐に向かって石刀を振ると、石刀は鞭のように伸びて魔狐の左前脚に絡みついた。
「よっと」
「コーン!?」
釣竿の様に石刀を引くと、ポニー並みに大きな狐が吹っ飛んで来て、思わず身構えるユキとモリスンだが、魔狐は2人の手前で頭から地上に激突する。
脳震盪を起こしてフラつく魔狐から、絡めた石刀を外して元のサイズに戻すと同時に、石刀に炎を纏わせる。
燃える石刀で焼き切ることにより、出血を抑え、魔物の失血死を防ぐことが出来るのだ。
カーズ達との魔物狩りで、魔力を得る前に魔物が死んでしまうことが多かったので、試行錯誤の末にこの方法を編み出した。
逃げようとする魔狐の右後ろ足を斬り落とし、ついで胴を浅く薙ぐ。
たたらを踏む魔狐の左前脚も落とすと、魔狐は這いずってしか移動が出来なくなった。
レンは、苦しむ魔狐を放置してモリスン達の方へ近付くと、エレベーターに使った台の柵を掴み、瞬時に石刀に変えてモリスンに渡す。
「あとはこれで留め刺して」
「え?あ…は、はい!!」
レンに声を掛けられハッとする。
どうやらモリスン、レンの鮮やかな剣技に見惚れてしまっていたようだ。
あんな大きな魔物を華麗に倒してしまう師匠。やはり自分が憧れた師匠は半端ない達人だった。
モリスンは、師匠から受け取った見慣れない形の石の剣を握りしめ、恐る恐る魔狐に近づいていく。
「随分苦しい思いをさせちゃってるから、心臓を一突きして留目を刺してあげて。あと、突き刺した刀は抜かないでそのまま持っててね」
前半の意味は理解できたが、後半の意味がよくわからないモリスン。だが師匠の言うことなら必ず意味があるはずだと、レンに言われた通りに魔狐に留めを刺す。
魔狐の断末魔の叫びが響き、目から光が失われ、逆立っていた毛並みが静かに寝ると、突き刺した石刀を伝って淡い紫色の光とも煙とも付かない何かが立ち上ってくる。
「離しちゃダメ!!」
紫の煙にビビって手を離しそうになると、師匠から怒られ、モリスンは慌ててしっかりと握り直す。
紫の光のような煙のようなものは、石刀からモリスンの体へと伝わり、ゾワッとする感覚とともに消えていった。
「おめでとう、モリスン。魔力が上がったよ」
「え?」
「魔物は倒すだけじゃ魔力を得られないんだ。死ぬ瞬間に、近くにいるか触れていないと、その魔力は霧みたいに空間に消えていっちゃうんだ」
「そ、そうなん、ですか…」
「うん。あ、でも直ぐには魔力は上がらなくて、明日の朝になったら、魔力が上がってると思うから、朝またちょっと試してみて」
「は、はい」
ちなみに、残りの魔狐はミーユが瞬殺していた。
それからしばらくして、ミッツとセシリアが到着した。
「まさかこんなとんでもない塔を作るとはな!!」
そう言いながらも、パシパシ叩きながら楽しそうに塔を見上げるミッツ。
案の定セシリアが登りたがったので、ミッツとセシリア、それからミーユを連れてまた天辺まで向かった。
高い塔の上から、地平線に沈む夕陽を眺めて感動した4人が地上に戻ると、ユキが1人で夕食の支度をしていた。
モリスンは馬車で休んでいるという。
というのも、調理用の竃への点火をモリスンにユキがお願いしたのだが、レンやカーズの火魔法に慣れたユキは、火の付きやすい細かい木切れや細枝を入れていなかった。
それでも、これは自分に課せられた試練だと信じて疑わなかったモリスンは、必死に太い薪に火を付けて、魔力切れでダウンしてしまったということだった。
戦闘に関しては気遣う事が出来たユキだったが、日常的なことに関してはまったく気付けなかった、お茶目なアラフォーである。
「ごめんなさい、ついレン君たちの大きい炎に慣れちゃってたから、気が付かなくて…」
慣れとは恐ろしいものである。
この日の夕飯も、狸汁だった。
ユキも、村で食べた狸汁の味噌の味に気付いたようで、いくらか味噌をもらって来ていて、村で食べたのと同じような味噌味の狸汁を堪能することができた。
ちなみに、狐の肉は臭くてあまり美味くないからと、氷漬けの狸肉を解凍して調理した。
魔狐は食用には向かないが、毛皮として利用出来る。また、森の恵みが乏しくなった北の森沿いの村では、臭みの強い狐肉でも貴重な動物性タンパク質なので、あとでミッツに解体してもらうつもりで、ミーユが氷漬けにして保存していた。
「そう、ゴブリンが…」
夕食の席は、それぞれの報告会も兼ねる。
森の様子を見て来たミッツの話を聞き、ユキが悲しそうな表情をすると、ミーユがそんなユキを不思議そうに見つめた。
魔物は、動物が魔力を浴びて魔物化すると言われている。人型の魔物のゴブリンは、人間が魔物化した姿なのだ。
北の森周辺の住民が、魔物の森化した北の森に入ったのだろうことは、想像に難くない。
「ここを拠点にして、数日魔物狩りするか」
しんみりした空気を少しでも変えようと、ミッツが意図して声を張って提案する。
「森に沿ってこのままニーシュまで行く予定だったが、もう少し森の様子を見ておいた方がいいだろうし、モリスンを早く使い物にしてやりたいしな」
とは言うが、実はミッツの本音としては、セシリアが塔からの景色に感動していたのを見て、しばらくここに居たいと思ったという、なんとも顔に似合わぬロマンチックな動機なのだが。
熊男もなかなかやるのである。
翌朝、早速ミッツが空から森の様子を見たいと言うので、レンが同行する。もちろんセシリアも行くと言い、レンが行くのでミーユも行きたがった。
ユキは朝食の用意をするのと、まだモリスンが寝ているからと、下で待つことになった。
「レンがいなくても登れるように、階段を作れないか?」
ミッツがレンに提案するが、昨日のユキの言葉を思い出したレンは「けっこうキツイよ」とだけ返して、塔の外壁に階段を作りながら登って行った。
レンの今の魔力ならば、歩く速度で柵付きの階段を作りながら登るのは容易にこなせるが、流石に100mオーバーの高さを階段で登る事自体が堪える。
塔の周りを螺旋を描くように登って行くので、三本ある各柱の継ぎ目に来る度に、少し広めの踊り場を作って休めるようにした。
「山を登るのとは違うな」
レンもセシリアも息を切らしていたが、2人合わせたぐらいの体重がありそうなミッツはかなり辛そうだった。
なぜか6歳児のミーユが、1番元気よく登った。
とても疲れはしたが、塔を回るように登って行く螺旋階段なので、登るごとに見える方角が移り変わる楽しさもあった。何より、登り切った時の感動は格別であった。
外壁に階段が出来てしまったので、レンは真ん中を空洞にしてエレベーターを中に拵え、帰りはエレベーターで帰った。
これも、可能なら魔法以外の動力で動かせるようにしたいなと、レンは考えた。
階段で登ったことで随分時間がかかってしまい、朝食を用意して待っていたユキが、少し不機嫌そうだった。
「うおおお!!」
掌に揺らめく中指ほどの高さの炎を見て、モリスンが声を上げて感動している。
今までの親指大の炎に比べれば、5割り増し程度だが、それでも、魔法を身に付けて以来初めての大きな変化に、激しく感動したようだ。
一晩寝て起きたので、昨日の魔狐の魔力が自分のものになっているはずだと、師匠に言われやってみたのだが、思った以上に興奮する弟子(自称)に師匠の方が引いていた。
「よ、喜んでくれたみたいで、よ、よかったよ。あの、それで、今日、魔物狩りに行くんだけど…」
「行きます!!行かせてください!!」
魔法の炎以上に、モリスンのやる気に火が付いた。
ご閲覧いただきありがとうございます。誤字・脱字、矛盾点等ありましたら、ご指摘頂けると幸いです。




