第2章【魔物なのに普通の犬の様に手懐けてしまって申し訳ありません】1
第1話【北の森】
馬車は、村から20分程度で北の森に着いた。
「森の端はまだ魔力濃度は高くないみたいだな」
茂みの中を跳ねて行く普通の兎を見てミッツが言う。
森の木々も、魔物の森ほど鬱蒼とはしておらず、レンも前の世界の田舎の雰囲気に似ていると感じていた。
「魔物がいそうな方まで行ってみるか」
とは言ったものの、馬車が森の中を行くことは出来ないので、二手に分かれることになった。
レンが道を作れば行けないこともないが、自分達の生活区域ではないので勝手にそういうことはしない方がいいだろうと、ユキが言う。
早速モリスンを修行で行かせようという意見もあったが、まだ何があるかわからないので、森の探索はミッツとセシリアが、馬車移動組はレン、ユキ、ミーユ、そしてモリスンになった。
「とりあえず昼の休憩辺りのところで、目立つように石の塔でも建てて待っててくれ」
「うん、わかった」
朝食を摂ってから村を出たので、まだ時間帯としては朝の内になる。馬車で昼頃まで走った辺りなら、森を歩いて進んでも、陽が沈む頃には追い付くだろうというミッツの計算だ。
レンが森の探索組ではなく、馬車移動組になった理由は、不慣れな土地で迷わず合流するための目印を容易に作れることもあった。ミッツから合流地点の指示を受けたレン達は、馬車を走らせる。
ミッツの巨馬は御さなくても進んで行くが、万が一の危険に対応するためにレンが御者席に座り、その隣にミーユが並んで、ユキとモリスンが荷台に座る。
「あの、し、師匠は、おいくつなんですか?」
少し慣れてきたモリスンが、当たり障りのない質問で、レンに話しかける。
「あ、えと…その、師匠っていうの、やめてもらっていいかな?ぼ、僕、そんな、人に教えるようなこと、で、出来ないし」
師匠と言われ、しどろもどろのレン。何とか師匠と呼ぶのをやめてもらえるよう言葉にすることができたのは、モリスンに同じモブ気質を感じたからか。
「何言ってるんですか、あれだけ凄い魔法使えるのに」
だが、モリスンの方はそうは思っていない。モリスンにとってレンは凄い人なのだ。
「そ、そうじゃなくて、その、教えるのとか、僕、に、苦手だし…」
「フフフッ、それこそ何言ってるのよ、カーズ君たちにあんなに上手に剣術教えてたじゃない」
ユキが話に加わって来た。自分の娘よりも若いレンが可愛い息子のように思えるのか、困り顔のレンを見ると放って置けないようである。
「あれは、その、お爺ちゃんが言ってたことを、そのまま言っただけだから…」
「それが、教えるってことよ、レン君」
「え?」
レンにはユキの言った意味がよく分からなかった。レンにとっての教えるとか指導するとかは、厳しい祖父の姿そのままであり、臆病な自分は祖父のようにはなれないと思っているからだ。
「人から教えてもらったことを、同じように誰かに伝えたり、自分で考えた事を、他人に伝えたりするのが、教えるってことよ」
「……うん」
わかるような、わからないような心持ちのレンの俯く表情を見て、ユキは少し方向性を変えてみることにした。
「最近ミーユが、魔法のコントロールが上手になってきたじゃない」
「うん!!ミーユじょうずにできるようになったよ!!」
自分が話題に出ると反応が早い幼女である。そんな幼女を微笑ましく見る美魔女。
「それは、どうやって覚えたの?」
「レンにいに教えてもらった!!」
「ほら」
身近な成功例を示してやる事が出来たので、ちょっと得意顔なユキ。
「…うーん」
しかし、レンはまだ難しい顔で唸っている。
「君は、教えるのが苦手なんじゃなくて、まだ慣れてないだけよ。とにかく頑張ってやってみなさい」
「…うん」
「モリスン君は魔法を、レン君は、教えるっていうことを、これから一緒に学べばいいのよ」
まぁ、すぐに理解するのは難しいことである。ユキは時間をかけて教えて行こうと思った。
レンは不安そうな顔で、モリスンはキラキラした目で、それぞれ頷くのだった。
「私もレン君に魔法教えてもらおうかな〜」
母親世代の上目遣いに、不安そうだったレンも期待に目を輝かせていたモリスンも、苦笑いした。
ユキ、レンを息子の様に可愛く感じている…というよりは、単純に若い男の子にキュンキュンしているだけなのかもしれない。
「あ、で、師匠はおいくつなんですか?」
そう言えば話が逸れていたと、モリスンが再びレンに問いかける。
どうやらこの師匠は魔法使いとしては一流でも、人間的には自分に近いタイプかもしれないと感じたモリスンは、なんだか一気に緊張が解けたようだ。
「あ、えと、17…」
「え?じゃあ僕の方が歳上?」
モリスンは、一昨年前にこの世界でいう成人の16歳を過ぎて、現在18歳である。
「あ、いや」
レンはふと思った。
この世界に来て半年近く経っているし、季節も春から夏に移り変わっている。
ジョージのノートにも、この世界の1年は元の世界の1年とほとんど同じ日数だと書いてあった。
偶然にも、転移してくる前も転移後も春だった。1ヶ月程度前後していたとしても、7月生まれのレンはとっくに誕生日は過ぎていることになる。
全く気にしていなかったのですっかり忘れていた。
「たぶん、18歳になったと思う」
「え!?じゃあ自分と同い年ッスね!!」
どうやらレンとモリスンは同い年らしい。
その頃、森へ入ったミッツとセシリア。
「そろそろ魔物が出てもおかしくないエリアに入ったな」
茂みを掻き分け進んで行くミッツが、森の様子を見て感じたことを口に出す。魔物程大きな変化はないが、植物も魔力濃度が濃くなると大きく育つ傾向があるので、注意深く観察していれば変化に気付ける。
「うん」
すぐ後ろを歩くセシリアが、簡潔に返事をした。
レン達と別れ、真っ直ぐに北の森を進むミッツとセシリア。地元の魔物の森もたまに2人で行くことがあるのだが、どうもセシリアと2人っきりだと、ミッツは出会った時のことを思い出す。
今から3年半程前、魔物の森で狩をして帰ろうとしたところ、火を焚くような臭いに気付き、山火事かと思い、日の暮れかかった山の中を奥へと入って行った。
すると、野盗のような連中に襲われているまだ幼い少女、当時12歳だったセシリアがいた。
火の元は、野盗のような連中が焚いていた焚き火で、ミッツはセシリアを助けた後に、松明代わりに一本薪を拝借し、山火事防止のため水魔法で消火した。
魔物の森に人が住んでいるなど聞いたことがない。いったいあの野盗のような集団はなんだったのかと疑問は残ったままだが、あの時ミッツが火の匂いに気付かなければ、セシリアは野盗達の慰み者にされていたか、最悪の場合殺されていた可能性も十分あり得る。
ミッツは後ろを振り返る。
そこには、あの時の少女の面影を残した、凜として気の強そうな女がいる。
あの時はまだ12歳の幼い少女で、ビクビクしながらミッツにしがみついて歩いていたのに、月日の経つのは早いものだとミッツは思った。
「何だ?」
「いや、何でもない」
目が合って、不思議そうな顔をするセシリア。
再びミッツは前を向いて歩いて行く。
ミッツの大きな背中に着いていると安心する。
あの日セシリアは、故郷の町の古い石畳の歩道を歩いていた。
蹴った小石が石畳を転がり草むらへと入って行き、セシリアはその草を踏んで違和感に気付いた。
歩道の途中にこんな草むらなど無い。誰かの家の庭にでも入ってしまったのかと思い顔を上げると、いつのまにか景色が深い森へと変わっていた。
特に印象に残っているのは、森の中を飛ぶ1匹の大きな紫の蝶々。その美しい模様は今でもはっきり思い出せる。
慌てて振り返ると、森の中に刃物で切ったような切れ目があり、そこから僅かに町の様子が見えていたけど、すぐに切れ目が閉じるように見えなくなった。
突然の見知らぬ森の中、出口を探して当てもなく彷徨い、徐々に暮れていく空にどんどん心細くなり、泣きながら歩いていると、人の声と炎の灯りが見えてきた。
すでに辺りは暗くなっており、孤独感と恐怖で気が狂いそうだったセシリアは、一目散に駆け寄って行ったのだが、そこに居たのは明らかに堅気ではない様相の男たち。
よくわからない言葉で話し合っていたが、男達は下卑た笑みを浮かべるとセシリアに近づいて来た。
言い知れぬ恐怖を覚えたセシリアは、悲鳴を上げながら必死に逃げ、あわやというところで助けてくれたのがミッツだった。
彼の言っている言葉は解らなかったが、何となくこの人なら大丈夫と思えたので着いていき、無事に森を抜けることができた。
まさか、この大きな背中に一生着いて行くことになるとはあの時は思わなかったけど、人生を救ってくれたこの大きな背中なら、これ以上の幸せはないと思うセシリアだった。
半年前、成り行きで告白してしまったが、本当に良かったと思う。
さすがにその場で婚約が成立するとは思ってもいなかったが。思い出すたびに今でも笑える。
それまでは、距離の取り方もよく解らず、ミッツが出かけても家で待っていることが多かったが、婚約をきっかけに遠慮なくミッツにくっ付いて行くようになった。
どこにいてもミッツが一緒なら大丈夫。もし危なくなっても、今度は自分が助けてあげられる。
そう思うと、自然に顔が綻ぶセシリアだった。
ただ、役に立ちたいあまりミッツがピンチになるのを心待ちにしている節もあるので、少々危険な思考になっているが。
「ヴルルルル…」
そんなセシリアの思惑が通じたのか、しばらく進んだ所で魔物らしき唸り声が聞こえた。
後ろにいるセシリアを手で制し、姿勢を低くするミッツ。セシリアもミッツの動きに合わせて体を屈める。
ザッ、と跳ぶように現れたのは、大型犬程ある兎の魔物だった。
長い耳は幅も広く、齧歯類の特徴的な前歯は鋭く尖っている。
こちらに気付いた魔兎は、鋭い前歯を叩きつけるようにこちらに向かって大きく跳躍した。
ミッツが動こうとしたが、それより早くセシリアの石薙刀がミッツの肩を掠めるように前に出て、鋭い前歯を破砕して魔兎の口に突っ込んだ。
「一瞬だな」
「どんなもんだい!!」
魔兎を突き刺したままの石薙刀を地面に立てて、仁王立ちで胸を張るセシリア。
もうミッツに守ってもらわなくたって、一丁前に戦えるぞとアピールする。
「もう、俺が守ってやらなくても大丈夫だな」
だが、ミッツにそう言われると、何だか急に寂しくなるセシリア。
まるで置いていかれてしまいそうな気分になる。
「ミ、ミッツがピンチになったら私が守ってやるから、私の側から離れるなよ!!」
つまり、離れたくないだけなのだ。
「これは、完全に魔物の森と化しているな」
小1時間程歩いて、すでに4匹の魔物を仕留めたミッツとセシリア。そのほとんどが小動物系の弱い魔物なので、2人とも疲労はないが。
ここまで村からほぼ真北へ向かって真っ直ぐ森を歩いてきたが、ここから進路を東へ変えて行く。
北の森は、コセ・シティからだと真北に歩いて3日で抜けるらしい。抜けたその先には大河ベルスの奔流が流れているそうだ。
奥の方の捜索は拠点を決めてレン達と共に行く予定なので、今日のところは北の森が魔物の生息地になっている事が確認できただけでOKだった。
「ミッツ、あれ」
不意に、セシリアがミッツの服の裾を引っ張って止めた。
斜め後方、ミッツ達から見ると森の奥の方に、森林の緑に溶け込むような保護色の生き物が、茂みに身を隠すように動くのが見えた。
「まさか…ゴブリンか?」
その体躯や、体毛の無い露出した肌の様子から、魔物の森に慣れたミッツは容易にその魔物の名に思い至る。
これまで魔物のいなかった北の森にゴブリンがいるということ、それはすなわち、近隣の町村の者が森に入り、ゴブリン化してしまったことを意味する。
「思ったより、深刻かもな」
2人は先を急いだ。
「レン君、そろそろいいんじゃない?」
太陽の高さを見て、ユキがレンに声を掛けると、馬車は次第に速度を落として止まる。
「じゃあ、目印の塔を建てるね」
「レンにい、なにするの?」
馬車を降りたレンは、手頃な場所を探して歩き、ミーユがトテトテとレンに着いてくる。
馬車からは、師匠が何をやるのか、モリスンが期待を込めた目で見つめていた。
「森から見えるぐらいだから、100mぐらいあったほうがいいかなぁ」
となると、あまり細いのも具合が悪い気がする。
そこでふと思い付いた。
最近できた東京の新しいランドマークは、確か三本の柱を主体に作られていると聞いた覚えがあった。
レンはまず、5mぐらいの石の棒を地面から生やして、それを横に倒した。
掴める程度の太さの棒だが、離れた所で見ていたモリスンはそれだけで驚く。
「あんな長い棒を、一瞬で!?」
倒した棒の端に、地面に向いた突起を生やす。反対の端にも生やして、片方を自分で抑える。
「ミーユ、そっちの端を持ってこっちにぐるーって動いて」
「うんっ」
レンが片方の端を抑えているので、ミーユがもう片方の端を持ってレンの指示する方向へ動くと、綺麗な円が描けた。
つまりコンパスである。
「すごーい!!まるになった!!」
「あと2つ丸を描くよ」
ミーユと2人で協力しながら、コンパス代わりの石柱でなんとかかんとか円を3つ描いたレンとミーユ。
直径10mの円が3つで、最大幅は20mに及ぶ。地上に立って見ると正確な位置に描けているかちょっと不安だけど、早速レンはその中心に立って各円に均等に魔力を流す。
「上が細くて下は太い方がいいよな」
離れた馬車の上にいるユキとモリスンにも感じられる程の震動が起き、レンを囲むように三箇所の地面が円形に迫り上がり、どんどん高く登って行く。
「わっ!!うわっ!!うわっ!!」
先ほどの細い石柱の比ではない。一軒家が余裕で建つぐらいの面積の地面が、巨大な柱となって天高く迫り上がって行くのだ。
近隣の村々で唯一の魔法使いと言われていたモリスンは、当然他の魔法を見る機会などない。
町の魔法使いに会ったこともあるが、皆自分とそれほど変わらないレベルばかりだった。
唯一出会った凄い魔法使いは、辺境からやって来る魔法使いの一家、つまりミッツやカーズ達だが、当時の彼らでさえこれほどでは無かった。
モリスンにとって魔法とは、生活の補助ぐらいのもので、こんなとんでもない現象を起こせるものではないのだ。
この日、モリスンの価値観は大きく変わった。
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