第1章【コミュ症でモブで辺境の田舎者なのに英雄と呼ばれて申し訳ありません】7
第7話【師匠】
魔狸を倒したレン達は、魔狸の解体を手伝った後に村の集会所に通され、サモンをはじめとする村の主だったメンバーの他、デニーとモリスンの親子らと改めて対面する。
凹んだ顔をしているモリスンは、どうやら突然のモリスンの弟子入り希望をレンが曖昧に受け流したのが、断られたと思っているようだ。
その表情を見て、レンはちょっと心が痛んだが、英雄だ弟子入りだと、本来の自分とは程遠い扱いを立て続けに受けたレンも、何処かに穴でも掘って隠れたい気持ちでいっぱいだった。
サモンが代表して、改めてミッツ達に礼を言い、本題に入る。
「今回の魔物の襲撃はミッツ達のお陰で凌いだが、元凶である北の森を叩かなければ事態は収束しない。ミッツ達はその為に旅をしており、その旅程でたまたまこの村に立ち寄っただけなのはよくわかっている」
サモンの言葉を無言で聞く一同。サモンは続ける。
「しかし俺達としては、ミッツ達に用心棒として村に滞在してもらいたいのが本音だ」
同席する村人達が強く頷く。レン、ユキ、セシリアはお互い顔を見合わせ、2人と目が合ったレンは嫌そうな表情で顔を横に振る。
これ以上、英雄扱いされることが心底嫌なようだ。
背後でそんなアイコンタクトをしていることはつゆ知らず、ミッツがサモンの申し出に返答する。
「気持ちはわかる。だが、魔物被害が出ているのはこの村だけではない。今のところ、強い魔物に対処出来るのが俺たちしかいないのならば、俺達が北の森へ行って元凶を叩かなければならないのを、理解してくれ」
当然のミッツの返答に、サモンや村人達は落胆のため息を漏らすが、それでもその視線は諦めきれない思いを無言でミッツに伝え続ける。
するとミッツから、驚くべき提案が飛び出した。
「その代わりと言っちゃなんだが、このモリスンも北の森へ連れて行く。10日もあればさっきの魔物ぐらい簡単に撃退できる程度にはなるはずだ」
「なんだって!?」
「たった10日で!?そんな無茶な!!」
「!!!!?」
当然、村人からは信じられないといった類の反応や、どんな無茶苦茶な修行をさせる気だという抗議の声が上がる。
当の本人は青ざめた顔をし、父親のデニーは胡乱な物を見るような目をミッツに向ける。
ミッツは、騒めく村人達に、レンが発見した魔力向上の秘密を話した。
確かに、以前からミッツたち辺境の魔法使いたちは、コセ・シティ周辺地域でも名を聞くほど有名だったが、それはあくまでも危険とされる魔物の森の近くに住み、魔物を狩って生活をしているというだけで、その実力が正確に知られていたわけではない。
ミッツは、ほんの半年ほど前までの自分たちの実力は、先ほどの魔狸を1対1で倒すのが精一杯だったと話す。
しかし、レンが提唱した魔力向上の秘密を実践した結果、辺境の魔法使い達の実力は、魔狸など群れ単位で倒せるまでに急成長した。
つまり、モリスンも同じ事をすれば、短期間で急激な成長は十分見込める筈なのだ。
「何よりモリスンがレンに弟子入り志願している。こんな機会に連れて行ってやらない手はないだろ?」
「ちょ、ミッツ…弟子は、ムリ……」
レンの心からの講義は、声が小さ過ぎて誰にも届かない。
村人達は、まだ半信半疑な様子だが、実際に魔狸を圧倒して見せた──ミッツは何もしてないが──者が言うのだから間違いないのだろうと、一応納得する。
そして当のモリスンは、まだ俯いてなにやらブツブツ言っているが、徐ろに上げた顔は何やら決意したような表情だった。
「お願いします!!僕も森へ連れて行って下さい!!」
そう言って頭を下げる。
その様子に、何故かサモンの表情が固まり、二呼吸程の間を置いてニヤリと口の端を上げる。
「そうか、頑張れよ。期待してるぞ」
不意なサモンからの激励に、驚きながらも喜色を浮かべたモリスンが「はいっ!!」と力強く頷いた。
「てこたぁ、俺ぁどうしたらいいんだ?」
何故か息子ばかり話題の中心になり、すっかり大人しくなってしまったモリスンの父デニー。
「村に帰って、嫁さん安心させてやれ」
サモンが言うと、他の村人から「そうだそうだ」と、同意する発言が飛んだ。
中には「とっとと帰れ!!」などという罵声めいた野次も聞こえる。魔物を退治してやると横柄な態度で過ごしたこの数日が、いかに村人達に不快な気持ちにさせていたかがよくわかる。
だが、それがもう理解出来たのか、デニーは言い返すことはしなかった。
「俺も一緒に行ってやろう。お前1人の説明じゃカミさんも納得しないだろうしな」
サモンの申し出に、デニーは申し訳なさそうに頷いた。
こうして、翌朝には村へ帰ることが決まったデニーと、北の森への修行の旅が決まったモリスン。
そうこうしていると、大鍋を抱えた恰幅のいい婦人と、それに続いて女達が4〜5人食器を手に入って来た。
「さあ!!魔物の肉を食って、精をつけようじゃないか!!」
恰幅のいい婦人が、丼に鍋の中の汁物を掬って、女達が各々に配る。
先程倒した魔狸の狸汁だ。
「あれ?この味って…」
魔狸汁をひと口啜って、レンは不思議に思った。この世界の食事は、多少の調味料はあるものの、殆どが素材の味を活かした物が多い。
しかし、この狸汁は
「味噌汁?」
レンも良く知る、日本の家庭料理代表格、味噌だった。
カーズ家に「いただきます」の文化もあったし、きっとニホンジンの世渡り人が伝えたんだろうなぁと、レンは久し振りの故郷日本の味を堪能した。
「サモン、もしよかったら、余った魔狸の肉は氷漬けにしてやろうか?」
「氷漬け?」
唐突なミッツからの聞き慣れない提案に、眉根を寄せるサモン。
「氷漬けってのは…見たほうが早いか。ミーユ」
「んあ?」
丼を抱え込み、掻き込むようにして狸汁を食べていたミーユが、口の周りを汁でベタベタにしたままミッツの元へトコトコと歩いてくる。
「お前、もうちょっと上手に食べろよ」
「んぶぅー」
布巾で顔を拭かれてスッキリするミーユ。
「この肉を、凍らせて見せてくれ」
「いーよー」
匙で掬った大振りな肉を前に差し出され、ミーユは小さな指先でちょんと肉に触れる。
その瞬間、肉にサッと白い霜が付き、ほんの少し匙に浮いていた汁も凍り付いた。
「なっ!?」
「触っていいぞ」
「うおっ!?え、え、冷てぇ…」
サモンの声に反応した村人達が群がり、冬場しか見ることのない氷に驚いた。
村人達がミーユの魔法に群がる様子を見て、セシリアも何かしたがったが、雷は危険だとミッツに止められた。
ちなみに、魔狸を解体するのに雨の中での作業は可哀想だからと、レンが土魔法で即席の小屋を作ってやったのも村人達の度肝を抜いた。
「樹魔法の方を見せてやればいいじゃないか」
セシリアも何かして、みんなの注目を浴びたいのだろうと察したミッツ。
「あれは地味だから嫌だ」
だが、セシリアは樹魔法も使えるが地味だからと使いたがらない。しかし、今回の旅をきっかけに、こういう場で簡単に披露できる便利さから、今後少しは覚えようかと考え始めるのだった。
そんな、ちょっとした晩餐になった中で、恰幅のいい婦人と共に集会場に現れた女達の中で、一際若いまだ少女と言える年頃の娘がサモンに近づく。
「パパ、お代わりいる?」
「ああ、頼もうか」
どうやら少女はサモンの娘らしい。椀を少女に預けながら、ふとサモンは視線に気付く。
モリスンが椀に顔を隠すように、こちらをチラっと…いや、ガン見していた。
デニーと2人で村に来た時、モリスンはサモンの娘を初めて見た時から目で追っていたので、目を付けられたとサモンは思った。
モリスンやデニーが娘を嫁に欲しがっても断るつもりでいたのだが、レンに弟子入り志願した時のモリスンの表情を見て、頑張り次第では考えてやらないこともないかと思えてきたところだ。
デニーもこれに懲りて大人しくなってくれるなら、娘の義父として認めてやらんでもないことも含めて。
翌朝、雨は止んで空はよく晴れていた。雨上がりの空気はよく澄んで、小高い峰になっている北の森の緑がよく映える。
氷漬けにした魔狸の肉をいくらかと1匹分の毛皮を貰い、村を後にしたミッツ達は北の森へと向かった。
馬車の荷台では、緊張した面持ちのモリスンとレンが並んで座り、2人と向かい合うように、ユキと、珍しくユキの隣にミーユが座っていた。
弟子入り志願され、不承ながらも師匠となってしまったレンは、元々のコミュ症をフルに発揮して、モリスンにまったく話しかけられずにいる。
その様子に、もしかしたら不機嫌にさせてしまっているのではないかと、モリスンは益々緊張する。
その緊張感が伝わって、何か話さなければと思えば思う程、頭はどんどん真っ白になっていくレン。
並んで座っているだけでどんどん緊張感が増していく、コミュ症モブキャラタイプの2人を前に、ユキはクスリと笑った。
「モリスン君の魔法見せてもらってもいい?」
これ以上このままにしておくと、どちらかが気を失ってしまうんじゃないかと思えてきたユキが、モリスンに話しかける。
「え?あ、は、はい」
そう言って、両手を水を掬うよに合わせて前に出し、真剣な目付きで集中するモリスン。
やがて、掌の上に親指ぐらいの大きさの炎が灯る。
「へぇ、モリスン君は炎系なのね。もっと大きくできる?」
「……はい!!」
ユキに言われて一瞬戸惑いを見せたけど、必死な顔つきになりグッと集中力を高める。
一瞬、ゆらりと炎が大きく揺らめいたように見えたが、そこで魔力を振り絞ってしまったのか、炎は徐々に萎み始める。
「ありがとう、いいわよ」
「ぶはぁ!!はぁ、はぁ…」
ユキの合図で魔法を解除すると、まるで水から上がったように荒々しく息をつくモリスン。
息が止まるほど集中していたようだ。
「レン師匠、今のどう思う?」
「し、師匠って…そんな…」
ユキに師匠として話を振られ、戸惑ってしまうレン。
もちろん、誰かの目上に立つ事でさえ戸惑うレンだが、“師匠” とか “師範” などの呼び名は、厳格な祖父を連想するので、尚更萎縮してしまう。
隣から畏怖と期待の混じった視線を向けて来るモリスンのことなど、目を向ける余裕すらない。
そんなレンの様子を察しているユキは、笑顔を変えることなくレンに再び課題を投げかける。
「モリスン君が出した炎はコレくらいだったけど、この炎で魔物にダメージを与えるとしたら、どうしたらいいかしら?」
今度はより具体的な問いだったので、レンは考え始めた。
モリスンの手元を見て、つい今しがたモリスンが出した炎を思い出す。大きさは親指大で、持続時間はせいぜい10数秒。
普通に考えたら、魔物を倒すどころか焚き火に火を灯すのが精一杯だろう。
しかし、真面目なレンはそれでも真剣に考えて、やがて1つの結論に辿り着く。
「あのままだと、ただ熱いだけだから、もっと密度を上げればいいと思う」
「ふんふん」
「みつど?」
頷くユキと、聞き慣れない言葉に首を傾げるモリスン。
「うん。見てて」
そう言うとレンは、両掌の上に高さ15cm程の炎をそれぞれ出す。
これだけでもモリスンは凄いと思ってしまうが、レンは構わず続ける。
「今はこれ、どっちも同じ温度なんだけど、右だけ密度を高めていくね」
レンがそう宣言すると、右手の炎がスーッと小さくなるが、その明るさはグッと増した。
「触り比べるとわかると思うよ」
そう言ってモリスンの方へ炎を差し出すと、突然炎を向けられたモリスンは思わず身を仰け反らせる。
「いやレン君、どっちも熱いでしょ」
ユキから的確なツッコミが入った。
「あ、そっか。うーんと…」
「じゃあミーユ、氷を2つ出してくれない?」
レンが困っていると、ユキがミーユに言う。
「いーよー」
ミーユがパッと手を開くと、渦を巻きながら水が溢れ、瞬時に凍り付く。ミーユの拳大の氷が2つ出来上がった。
ユキも凍属性の魔法が使えるが、凍属性は凍らせるだけで氷を生み出せるわけではない。
このようにパッと氷を生み出すことができるのは、水属性と凍属性を併せ持つミーユならではの魔法だ。
お箸の国に生まれたユキが、二本の細い棒で器用に氷の塊を摘んで、大きい炎に近づける。
炎の真上で、氷はゆっくり溶ける。
次に、小さい方の炎に氷を翳すと、さっきよりも早いペースで氷が溶け、モリスンが驚いた。
「つまりね、ギュッと縮めると温度が高くなるから、それを魔物のおでこにぶつけたり、口の中にいれたりすると、ビックリして死んじゃうかもしれないよ」
レンの説明を聞いて、わかったようなよくわからないようなモリスン。そもそも、親指大の炎を持続するので精一杯なのに、そんな難しいコントロールができるかもわからない。
「し、師匠はどのぐらいの炎が出せるんですか?」
困り果てたモリスンが、なんとか会話を繋げるためにレンに尋ねる。師匠と言われてももどかしいが、レンはリクエストに応えるべく少し考える。
「ここじゃ危ないかな」
言うとレンは馬車を飛び降りてしまった。
「ええ!?」
驚くモリスンだが、ユキ達が平気な顔をしているので師匠なら大丈夫なんだろうと納得する。
レンは飛び降りた所で真上に向かって手をかざしている。
「ほっ」
ボンッ!!
「うわぁー!!」
「キャッ」
「うひゃー!!」
「なんだ!?」
「レンか!?何かあったのか!?」
モリスン、ユキ、ミーユだけでなく、セシリアやミッツまでもが驚く。
大気を吹き飛ばすような爆発音と共に天へ登ったレンの炎は、地上30m以上に打ち上がり、範囲はその倍に広がった。
「思ったより大きかったなぁ」
遠ざかって行く馬車の様子に気付く筈もないレンは、1人呑気に呟くと、石刀を伸ばして飛んで馬車に戻る。
もちろん、この移動方法にもモリスンは腰を抜かして驚いた。
もしかしたら、自分はとんでもない師匠について来てしまったのかと、恐怖と興奮が入り混じり、身震いした。
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